<日本最強の参謀は誰か-杉山茂丸>⑨『明治の国家的プロジエクトを影で自由自在に操った神出鬼没の大黒幕』
<日本最強の参謀は誰か–杉山茂丸>⑨
人は法螺丸と呼び、自らは「もぐら」と称して政治・外交・戦争
の舞台裏を生きた怪物・破天荒な策士・杉山茂丸の黒子人生
日清・日露戦争をはじめ明治政府の国家的プロジエクトの陰で
伊藤博文や山県有朋ら元老や巨頭を自由自在に操った
神出鬼没の大黒幕
<月刊「歴史と旅」(1998年4月号)に掲載>
前坂 俊之(ジャーナリスト)
この秘密同盟に桂が加わったのは明治三十四年六月の桂内闇が誕生する直前であった。
ロシアに対抗するためには当時、世界で唯一の超大国・イギリスを味方につける日英同盟が不可欠であり、三人はこの点でも意見が一致しており盟約を結んでいた。
ところが、伊藤がその前に立ち塞がっていた。「俺の目の黒い間は、決して日露戦争は実現させぬぞ」と明言しており、「日露協商」を何とか締結したいと考え、「日英同盟」には真正面から反対していた。
伊藤の腹をいち早く読んだ杉山は、この難問を解決するために奇策を編み出した。伊藤をまず日露戦争の戦死者の第1号に祭り上げることであった。
日英同盟は、日本側の一方的な申し込みの場合には条件が悪くなる。英国側にも同盟のメリットを十分認識させる必要があった。
「天皇の信任の厚い伊藤が直接でかけて行ってロシアという臍を押せば、必ず日英同盟という屁が出る」と杉山は桂ら二人に断言していたが、その目に狂いはなかった。
杉山は自らの意図を隠して、伊藤にロシア行きを熱心に勧め、桂、山県、児玉もこれをバックアップした。宮中より十五万円の下賜金があり、伊藤はロシアに出発することになった。杉山も米国に旅立ってお膳立てを行った。一方、桂は秘密裏に日英同盟の交渉を進めていた。
明治三十四年十一月に伊藤がロシアを訪問して日露協商を持ち出す途中で、日英同盟の成立が決定された。
当時、大英帝国もシベリア、満州、ビルマ、インド、アフガニスタン、ペルシャなど、世界各地でロシアの脅威にされていた。世界にその存在さえもまだ知られていなかった東洋の一小国・日本と大英帝国が同盟を結んだのは、各国に驚きを持って見られた。
伊藤にとって日英同盟は煮え湯を飲まされ、面子が丸潰れであった。以後、元老であり、政友会を率いた伊藤は、海軍拡張によって日露戦争を着々と準備する桂内閣の政策にことごとく反対するようになる。
明治三十六年四月二十二日、京都にある山県の別荘「無隣庵」で極秘に伊藤山県、桂、小村寿太郎が集まって日露談判の方針が決定され、ただちに天皇の裁可を得た。この時、杉山は児玉とともに別室に控えて会議の成り行きを見守っていた。
軍艦五万トンの補充費を巡って桂と伊藤は対立して、ついに桂は辞表を提出する事態となった。ふたたび伊藤が立ちふさがったのであった。
杉山は「どうすれば、よいのか」と思案にくれていたが、歌舞伎座に芝居を見に行行った際、舞台から踊っていた主役が突然、天井につり上がって消えていくシーンをみて、ピンとひらめいた。
さっそく、児玉と相談して、伊藤を枢密院議長に祭り上げ、政友会総裁もはずさせる案を山県や他の元老の間を回って根回しする。伊藤に鈴をつける役目は杉山がやり、伊藤自身から承諾書を取り付けた。
天皇から伊藤に枢密院議長の勅語が出ると同時に桂の辞表は不可となり、桂は翌三十七年二月に開戦となる日露戦争に真正面から取り組むことが可能となった。
満鉄プラン
伊藤は日露開戦と同時に、ルーズベルト米大統領とハーバード大学で同期生だった金子堅太郎を米国の世論を日本びいきにするために派遣したことはよく知られているが、杉山がフランスに宮崎民蔵(宮崎酒天の兄)を派遣してレーニンに会わせ、レーニンのメッセージを持って帰った宮崎の進言で、児玉と計って、明石元二郎大佐を秘密工作員としてヨーロッパに派遣した裏にも杉山の影があったといわれる。
日露戦争の終結にについては、日露講和条約についても満州軍総参謀長となっていた児玉が絶好のタイミングで帰国して決めたことになっているが、この裏でも杉山が重要な役割を果たしていた。
児玉は満州に渡る際、杉山に 「どんな情報でも逐一自分に知らせてほしい。仔細な情報こそ戦略上、役立つものだ」と依頼していた。
明治三十八年三月、杉山のところに知り合いの米国商社員のモールスとその友人で「ニューヨーク.タイムス」秘密通信員のナップが訪ねてきて、驚くべき話をした。
それによると、モールスがあるドイツ人、オランダ人から聞いたとこでは、奉天の勝利以後の日本軍の戦略について、その占領計画、軍費、兵力動員などの具体的に数字が盛り込まれた作戦計画がドイツ参謀本部に漏れているという話であった。
米国が日本を援助するにしても、「すでに日本軍は戦争能力の底をついているのではないか」。
モールスはこの話が事実かどうか確かめる必要があり、山県参謀総長に近い杉山に取材するためナップと同道した、というのであった。
杉山はその返事は自分が調査して知らせる、といって帰ってもらった後、この重大情報をすぐ四千字以上の暗号電報にして奉天の児玉に打電した。
この最後には「ことの真偽はいざ知らず、こうした情報が外国に漏れるような事態は帝国にとって大間題。帝国の軍機はその統率を失った。速やかに全部の軍功を犠牲にしても日露講話の時機と思う」と書いていた。
情報を打ち終えるとすでに午前三時近くになっていたが、その足で山県宅を訪れて伝えると、驚いた山県は即座にナップがつかんでいた数字を、参謀本部の部下を電話でたたき起こして確認した。
漏れていたのは事実であった。山県も戦いは「今が潮時である」と、決意し杉山に告げ、その足で桂のところに向かった。
杉山が自宅に帰ってしばらくすると、桂から呼び出しがあった。山県にした説明を桂にも繰り返して、杉山は「勝った今が絶好の時期です。間髪を入れず日本から講和を申し込むのです」と強調した。
「どこに申し込むのじゃ」
「米国です」
「なぜ、米国に申し込むのじゃ」
「米国は日本の勝利が決まれば、世話を焼きたくてたまらないのです。その事情は金子堅太郎がよく存じております」
杉山はビスマルク、ナポレオンの戦略、故事を引きながら、今が潮時ですと桂を説得した。
つづく
関連記事
-
-
『オンライン/江戸時代の武士道講座』★『 福沢諭吉が語る「サムライの真実とは・」(旧藩情全文現代訳9回連載一挙公開)』★『 徳川封建時代の超格差社会で下級武士は百姓兼務、貧困化にあえぎ、笠張り、障子はりなどの内職に追われる窮乏生活.その絶対的身分差別/上下関係/経済格差(大名・武士からから商人への富の移転)が明治維新への導火線となった』
『オンライン/武士道講座』『時代考証のないNHK歴史大河ドラマのつまらなさ」 & …
-
-
世界のプリマドンナ「オペラの女王」・三浦環
一九二〇年(大正9)3月、三浦環はローマの国立コンスタンチ歌劇場で「蝶々夫人」に …
-
-
日本リーダーパワー史(490)『抱腹絶倒・「なんでもござれの万年大臣」「愛すべき奇人」 西郷従道伝で日本的リーダーシップを学ぶ
日本リーダーパワー史(490) …
-
-
『ぜひ歩きたい!鎌倉古寺巡礼②』★「鎌倉駅から10分の妙本寺の梅が咲き誇る」★『鎌倉・花と仁王像の妙本寺ーこの深閑とした森に囲まれた古刹はいつきても新たな発見、サプライズがあるよ②』
鎌倉ぶらぶら散歩日記・前坂俊之 Wiki 鎌倉・妙本寺https://ja.wi …
-
-
日本名人・達人ナンバーワン伝ー『イチローは現代の宮本武蔵なり』★『「五輪書」の「鍛錬」とは何か、鍛とは千日(3年間)の稽古、錬とは1万日(30年間以上)の毎日欠かさずの練習をいう』●『武蔵曰く、これが出来なければ名人の域には達せず』(動画20分付)★『【MLB】なんで休みたがるのか― 地元紙が特集、イチローがオフも練習を続ける理由』
イチローと宮本武蔵「五輪書」の「鍛錬」 の因果関係ー免許皆伝とは!! …
-
-
オンライン講座/日本は新型コロナパンデミックを克服できるのか(上)』★「インド変異株で五輪開催か、中止の瀬戸際に(上)」★『「死に至る日本病」の再来か』★『3度目緊急事態宣言再延長(5月末)』★『死に至る日本病」の再来か』(5月15日までの状況)★『菅首相のリーダーシップとインテリジェンス(見識)』★『SNS上で「玉砕五輪!」「殺人五輪」の非難合戦』
「インド変異株で五輪開催か、中止の瀬戸際に」 前坂 …
-
-
『チコちゃんに叱られた‼』★『六十,七十/ボーっと生きてんじゃねーよ(炸裂!)』★『九十、百歳/生涯現役・臨終定年の勉強法を見習えじゃ』★「少くして学べば、則ち壮にしてなす。壮にして学べば、則ち老ゆとも衰へず。老いて学べば、則ち死すとも朽ちず」(佐藤一斎)』
2018/12/26 知的巨人の百 …
-
-
よくわかる日中韓150年戦争史ー「約120年前の日清戦争の原因の1つとなった東学党の乱についての現地レポート』(イザベラ・バード著「朝鮮紀行」より)
まとめ「東学党の乱について」各新聞の報道 イザベラ・バード著、時岡敬子訳「朝鮮紀 …
-
-
『Z世代のためのオンライン講座・リーダーパワー史(1256)』★『日本再建にはZ世代のMBL大谷2世を生みだせ!』★『大谷選手は日本が生み出したこの百年間で最高のクリエイティブ・パフォーマー(創造者・起業家)』★『資源がない日本は「マンパワー(人間力)」で発展してきた、米百俵精神(小林虎三郎の精神)、教育しかない』
2022年もあと2ゕ月余となったが、新型コロナ、ウクライナ戦争、世界的インフレな …
-
-
日本リーダーパワー史(268『人間いかに生きるべきかー杉原千畝のヒューマニズムに学ぶ』(白石仁章氏の講演を聞く)
日本リーダーパワー史(268) 今こそ問 …
