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『オンライン米中外交史講座』★『米中対立は軍事衝突に発展するのか?』★『130年前の日清戦争の原因と同じ』★『頑迷愚昧の一大保守国』(清国)対『軽佻浮薄の1小島夷(1小国の野蛮人、日本)と互いに嘲笑し、相互の感情は氷炭相容れず(パーセプションギャップ)が戦争に発展した』★『トランプの政策顧問で対中強硬派のピーター・ナヴァロ氏「米中もし戦わば」(戦争の地政学)も同じ結論』

   

『リーダーシップの日本近現代史』(161)/日中北朝鮮150年戦争史(6) 日清戦争の発端ー陸奥宗光『蹇々録』の証言②

「パークス」の検索結果 33 件

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日中北朝鮮150年戦争史(21)世界史『西欧列強の植民地争奪合戦』 の中での日清戦争勃発〈1894年)③清国(中国)との交渉は『無底の釣瓶(つるべ) を以て井戸水をくむが如く、いつも その効なく、無益に終わる」(パークス英公使)

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thMJ1TM7DV       

日中北朝鮮150年戦争史(6)

< 日清戦争の発端ー陸奥宗光の『蹇々録』で読む。>

パークス英公使いわく。『清国(中国)とは話し合っても、話し合っても、『 いつもその効なく』無益に終わる。『話せばわかる』相手ではなく、「話してもわからない」国だ。

明治維新以後、日本は西欧的文明を代表し、清国は東亜的習慣(アジア的旧弊システム、習慣、風俗)を保守する正反対の異観を呈した。

②日本は清国『頑迷愚昧の一大保守国』と侮り、清国は日本を『軽佻躁進(軽佻浮薄)、欧洲文明の皮相を模倣する一小島夷(1小国の野蛮人)』と日本人を嘲り、両者の感情は氷炭相容れず(パーセプションギャップの拡大)、いずれの日か戦争が起きる状態になっていた。

陸奥宗光

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%99%B8%E5%A5%A5%E5%AE%97%E5%85%89

 

蹇々録』(けんけんろく、蹇蹇録

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B9%87%E3%80%85%E9%8C%B2

≪以下は『蹇々録』の第5章の現代訳である>

第五章 朝鮮の改革と清韓宗属との問題に関する概説

朝鮮内政の改革、清韓宗属(宗主・属国)の問題は日清両国が朝鮮における権力競争の結果であり、今この問題が如何に進展してきたかを論考する前に、日清両国のこれまで関係を概説する必要がある。
そもそも日清両国が友隣の邦国として互いに往来、交際したのは大昔からであり、政治、典例(法令、前例、手本)、文学、技芸、道義、宗教など数多くの文明の元素たるべきものは殆どその淵源を同一にし、かつ往昔にはわが国は常に彼の国の文明により誘導された恵みを蒙ったことが多かった。彼(清国)は自ら先進国の地位を占め、わが国は自ら後進国の状態だった。
ところが、近来、ヨーロッパ列強国がその勢力を東洋にのばして、西欧的文明の元素もまた極東の町々までに流入してきた。特に我が国は維新以来ここに二十有七年、政府も国民も汲々として西欧的文明を採用することに努め、これによって百般の改革を実行し長足の進歩をとげ、ほとんど古来の日本の面目を一変して新日本の勃興を見て、時の先進国たる欧米各国をして驚嘆させた。
ところが、清国は依然、昔ながらの習弊習慣、旧体制を墨守し、すこしも内外の形勢に応じてその旧弊を改革する所がなく、わずかに一衣帯水を隔てる両国で、日本は西欧的文明を代表し、清国は東亜的習套(アジア的旧弊システム、習慣、風俗)を保守する正反対の異観を呈した。

かつて我が国の漢儒者たちは常に彼の国を称して中華または大国といって尊敬し、清国がすこぶる日本を屈辱するのを異一顧だにせず、しきりに彼を崇慕(崇拝)した時代もあった。

今は、我(日本)は彼(清国)を称して『頑迷愚昧の一大保守国』と侮り、清国は日本をみて『軽佻躁進(軽佻浮薄)、みだりに欧洲文明の皮相を模倣するの一小島夷(1小国の野蛮人)』と日本人を嘲り、両者の感情は氷炭相容れず(パーセプションギャップの拡大)、いずれの日かここに一大争論(紛争)を起きる状態になっていた。

外面の争論は如何なる形跡にでても、その争因は必ず西欧的新文明と東亜的旧文明との衝突』となることはとは明らかであり、国土を相接し国力の均等した隣邦の間には常に存在する相互の功名心、相互の猜疑心は日に日にエスカレートして両者の憎悪と嫉妬とが燃え上がり、両国が互いに実態のない不信感、疑念、軽蔑感を増幅し、いまはまだ兆候はないものの、いつ何時、ちょっとした契機で爆発するかわからない。

かの琉球問題および台湾問題は今ここに詳述する必要はないが、明治十五年の後は日清両国がその競争の焦点を朝鮮国内に集めたる形となり、以来。朝鮮の事といえば日清両国とも互いに嫉妬の眼をもって相にらみあうじゅおたいとなった。

今回の事件においても、また当初より朝鮮の内乱を機として彼我共にその権力を該当国に張り自家の功名心を満足させたことは事実である。

さて帝国政府の提案した共同委員の説は清国の拒絶する所となり、わが政府は独力を以て朝鮮を改革することになったこれが衝突のきっかけとなることはある程度、覚悟していたが、騎虎の勢いは如何ともしがたい情勢となった。

そもそも日清両国の争点は、第一に朝鮮内政の改革を実行する手段方法、第二に清韓宗属の決定如何にあった。宗属の関係は牙山勝利の後、朝鮮政府はわが政府の勧告に従い自ら独立国であることを言明し、その独立の資格に妨害のある清韓通商章程等の諸定約を公然廃棄することを宜言したために、問題は死滅した形になった。

さらに、下関条約において清国政府が自ら朝鮮を一個の独立国であることを確認したので、この一点については我が政府は全く当初の目的を遂げた。

朝鮮内政の改革については従来から複雑な事情があり、今なお満足なる成果を上げていない。

そもそも、我が国の独力を以て朝鮮内攻の改革を担任すべしとの論議が世間でおきるや、わが国の朝野の議論は騒然となり、「朝鮮は我が隣邦なり、我が国は多少の難難に際しても朝鮮との友好を助ける義侠国の帝国としてこれを避けるべきではない」というもの多く、その後、両国が交戦に及んだ時では、『我が国は強国を抑え弱国を扶けて仁義の軍隊を起すものなり』といい、

殆ど勝敗を度外視し、この一種の外交問題をあたかも政治的必要よりも、むしろ道義的必要より出たものの如き見解を下した。

かかる議論をなす人々の中にも、その胸奥を探ると、陰に朝鮮の改革を名として漸く我が国土の拡張を企図し、朝鮮を以て全く我が保護国とし常に我が権力の下に屈服っさせようと企図したものもあり、また朝鮮をして適応の改革を行わせ、小さいながらも一個の独立国たるの体面を具えさせて、他日、我が国が清国もしくは露国と事(戦争)のある時には、中間の保障とすると思惑をしたものもあった。

また、大早計にもこの際、直ちに我が国より列国会議を招集し、朝鮮を以て欧洲大陸のべルギー、スイスのような列国保障の中立国となすべきである、と論議したものもあったが、これいずれも大概、個々人々の対話私語に止まり、その公然たる世間、

社会の世論は『弱を扶(たす)け、強を抑える義侠論』に外ならなかった。

余はもとより朝鮮内政の改革の政治的必要以外は、全く意味のないものと思った。また、いささかも義侠心を押し立てて十字軍を興す必要をみとめていなかったため,朝鮮内政の改革は、第一にわが国の利益を主眼とする程度に止め、敢えて我が利益を犠牲とする必要は認めなかった。

今回の事件としてこれを論ずれば、朝鮮内政の改革とは、もともと日清両国の間で紛糾した解けざる難局を調停するために案出した一個の政策であった。

事局一変して我が国の独力でこれを担当せざるを得なくなったので、余は初めより朝鮮内政の改革、その事に対しては格別重きをおかず、また、朝鮮のような国柄が果して善く満足なる改革をなし遂げることができるかどうか疑問があった。

しかし、朝鮮内政の改革は今や外交上の死活問題となり、我が政府はともかくこれを実行をせざるを得なくなった。

余はこの問題を、己に一回破裂したる日清両国の関係を再び調和し得べきか、もしこれを調和できなければ、むしろその破裂の機を促進すべきか、ともかくも陰々たる曇天を一変して一大強雨を降らすか、一大快晴を得るかの風雨計としてこれを利用したのである。

つづく

 

日本リーダーパワー史(757 )―『トランプの政策顧問で対中強硬派のピーター・ナヴァロ氏「米中もし戦わば」(戦争の地政学、文芸春秋社刊)を読む」●「米中対話は不可能である」の結論は「日中韓朝対話も不可能であった」に通じる。」★「明治以降の日中韓朝150年戦争史は『エスノセントイズム」「パーセプション」「コミュニケーション」『歴史認識」のギャップから生まれ、『話せばわかるが、話してもわからないことが わかった!」、ならばどうするのか、難問を解かねばならない。

http://www.maesaka-toshiyuki.com/person/23141.html

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