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日本風狂人伝⑨ <泉鏡花・幻想文学の先駆者は異常な潔癖症・・>

   

 

日本風狂人伝⑨
            2009,6,25
 
泉鏡花・幻想文学の先駆者は異常な潔癖症・・
 
                                          前坂 俊之
 
 
(いずみ・きょうか一八七三~一九三九)作家。尾崎紅葉に師事、鋭い感性と批評眼で『湯島詣で』などを発表。幻想的、夢想的な鏡花文学を開花させ、『婦系図』『歌行燈』などの傑作を発表した。当時の自然主義文学に対して独特の〝美の世界″を構築した。
 
 
泉鏡花は今でいうなら過度の潔癖症、清潔病患者である。カミナリ、犬、浪花節が大嫌いだったが、中でも一番怖がったのは〝バイ菌〟だった。一度赤痢にかかった体験から、鏡花はバイ菌に異常なほど神経質になった。
キセルでタバコを吸い、吸いカスをポンと落とすと、吸い口に素早く紙製のキャップをかぶせた。タバコを詰めるまでに、空気中のバイ菌が入るのを防ぐためだった。
 
 バイ菌への恐怖から、ヤカンやキュウスの口は、すべて同じやり方で紙製の筒でふさぎ、台所の食器棚も、とりはずし自在になっていた。夜、ハエやネズミが入ってバイ菌をつけないように、食器をタンスにしまっていた。
 ある時「そんなことで、バイ菌が防げると思うのか」と友人から尋ねられたが、鏡花は答えた。
「いや、そうは思わないが、こうしないと怖くてならないのです」
 
 バイ菌予防のために、金属ケースにアルコールに浸した綿を入れたものを持っており、何かあると、この綿で指をふいて消毒する気の配りようだった。
 掃除のやり方にも神経を配った。階段をふくために専用のゾウキンが作られ、それも、上、中、下の三種類あり、上の部分、中、下の部分をふく場合はそれぞれ専用のものがあてられる念の入れようであった。
 
 ホコリが落ちる量は上、中、下の階段の場所によって異なるから、ゾウキンが同じではいけないというのが理由であった。
 これにならって、食器用、棚用などのフキンも、用途別に全部違っていた。
 
 外出の時にはアルコールランプを絶えず持ち歩き、出されたお菓子は火であぶってから、恐る恐る食べた。水も沸とうさせて飲んだ。
 トウフが大好物だが、これも湯豆腐だけ。豆腐の席は〝腐敗″に通じるので、〝豆府″と書いた。ナマものはとにかくイヤで、シャコやタコはみるのも嫌い。エビは水死体に群がるから、と手をつけなかった。
 
 アンパンも火にあぶってからでないと食べなかった。それも白いアンパンを表、裏と焼いて、今度は横に一回転して、すべてを火にあぶってから、その一端を指でつまんで食べ、食べ終わってから、指でつまんだ部分だけは捨てた。
 指があたってバイキンがついた、というわけである。
 
 日本酒が大好きだが、これまた変わっている。日本酒を熟燗にし、それも熱燗を通りこして沸騰してグラグラ煮立っている、煮爛を好んだ。
周りのものは、特に〝泉燗(いずみかん)″と命名。グラグラ煮立っているナベの徳利、とても普通の人では持てないようなものを、指先でつまむように持ち、あわてて、右の耳をつまんで冷やしながら、
「熱いほうなら、いくら熱くても平気」
 と機嫌よく飲んでいた。
 食べものにはあれこれうるさい鏡花も、こと酒になると、この「泉爛」を晩酌に毎晩飲んでいた。
 
 原稿用紙の上にハエでも飛んでこようものなら、サア大変。追いはらったあと、塩をまいて浄(きよ)めてから書いた。机の上には、水を入れたお神酒徳利がたえず置かれ、筆をとる前には原稿用紙の上にのせた半紙に水を一、二滴ふりかけては浄めの水にしていた。
 
 言葉の霊を信じていた鏡花は、原稿で抹消した部分は黒々と塗りつぶした。言霊の生きかえるのを恐れたためであった。
 原稿を書いていて、行き詰まったり、文章がなかなか出てこないと、この浄めの水を再びふりかけては、書き続けた。
 浄めの水によってポロポロになった半紙は、とりかえなかった。一度、原稿と一緒にこの半紙を出版社に送ってしまった鏡花は、大騒ぎしてとり戻し、戻ってきた時は大喜びした。
 
 このように神経過敏な鏡花は、文字の形象にも異常な関心を持っており、川端康成は 「泉鏡花ほど豊富で、変幻きわまりない語彙を持っている作家は、恐らく空前絶後であろう」と評価していた。
「呂」という言葉に「キス」とシャレたルビをふる。「豆腐」の「腐」がいやで、「豆府」と書いたのも、府は「おさまるところ」の意味からである。「二人」を〝きしむかい″、「提灯(ちょうちん)」を〝かんぽん″と読ませた。
 
 そんな鏡花だけに、文字を至上のものとしていた。佐藤春夫が訪れた時、鏡花の話す字がわからず、夕タミの上に指で書くと、鏡花は烈火のごとく怒り「文字をもって世すぎするものが、人の踏む夕タミに尊い字を書いてはダメ」と言った。
 
口述筆記をしていた人が、書き損じた原稿用紙を丸めてポイと捨てると、鏡花の目がイナズマのように一瞬光り、「それをこちらへ」と、丸めた原稿をていねいに、何度もヒザの上でのばし、師である尾崎紅葉の写真の前にうやうやしく供えた。新聞紙を風呂敷がわりにして、物を包んでいた編集者にも小言を言った。
 
こんな鏡花だから、旅行は大変だった。消毒用の湯わかしのほか、旅館で出された食事まで、もう一度煮るための小ナベまで持参して行った。
昭和初め、毎日新聞が主催した日本新八景で、文壇の大家が各景勝地を訪ねて、紀行文を紙上に掲載する企画があった。珍しく鏡花はやる気十分で、十和田湖の取材に旅立った。
 
一行が十和田湖の登り口まで着いた時、困難が持ち上がった。ここからの交通機関は馬しかなく、鏡花は馬が大嫌いであった。土地の有志たちがあれこれ知恵をしぼり、立派なカゴを持ち出してきた。
 
金紋入りの前後二人ずつでかつぐ、大名式の立派なカゴ。鏡花もこれには大喜び。カゴの中で反りかえって、大名気分で悦に入り十和田湖に向かった。実はこのカゴは葬儀用のカゴ。しかもたった今葬儀をすませてきたばかりで、まだ死臭がただよっていた。知らぬは鏡花ただ一人であった。
 
 人一倍鋭い感覚を持っていた鏡花は、少年時代にカミナリの音に激しいショックを受け、生涯、恐怖心が消えなかった。夏の季節、一天にわかにかき曇り、ゴロゴロとカミナリが鳴りだすと、鏡花は恐くてソワソワ、オロオロしていた、と夫人は証言する。
 
 このため、自宅の天井にはカミナリよけのまじないとして、大小のトウモロコシがぶら下げられていた。神経過敏だと鏡花自ら認めて、こう書いた。
「原稿を新聞社なり雑誌社へ郵送する時、自分でポストに入れに行きます。絶対人手に頼まない。ポストに入れても、何となく不安なので、ポストの周囲を二、三べん回るんです」
 
 犬もコワイ。散歩好きの鏡花は、途中で犬にあったらどうしようか、と心配する。このため太いステッキを持って出かけた。
 しかし、犬は敏感なので、ステッキを持っていると、逆にほえかかってこないかとよけいに心配になる。犬を怖がっている人に犬はほえかかる。真っ青になって逃げ出しても、犬は追いかけてきて、かみつきはしないか。鏡花の恐怖心はいっそう増す。
 では、女中を連れていって、身がわりになってもらおうと思ったが、それでは女中がかわいそうだ。では奥さんと一緒というのは世間の人から笑われる。仕方がない、屈強な車屋でも雇って散歩しようか、と次々に心配のタネが広がった。
 
 鏡花の客選別法がまたケッサク。
 
訪問客があると、玄関先で女中が大声で「どなたですか」と聞き、そのあと、もう一段高い声で姓名を復唱しながら、「先生はお留守です」と答える。
そこで客が帰りかけると、決まって、次の間か、二階から「やあ、いたんだよ。お上がり」と鏡花の声がかかる。
鏡花はわざと大声で、女中に名前を呼ばせて聞いたうえで、会うべきか、断るべきかを選別して、声をかけるのである。心得ている人は、わざと声がかかるのを待って、ゆっくりと歩き、聞き耳をたてていた。
 
 「鏡花の恐怖、恐れの対象は超自然的なものであり、一つは観音力、もう一つは鬼神力といってよいものであった。このような超自然力なものの前に、人間の力などしょせん、無力であると信じていた」-と水上滝太郎は分析した。
 

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