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日本リーダーパワー史 ⑳ 日露戦争開戦ー明治天皇と伊藤博文の外交インテリジェンスと決断力

   

日本リーダーパワー史 ⑳

明治天皇と伊藤博文の外交インテリジェンスー

日露戦争開戦の決断力―

 
              
                    前坂 俊之
                   (ジャーナリスト)
 
●トップリーダーは国難にあって初めてそのリーダーパワーがと問われる
 
 日露戦争は、近代日本の国の存亡をかけた運命の一戦だった。ロシアとの国力差(面積60倍、国家歳入8倍、常備兵力15倍)は太平洋戦争開戦時の日米国力差よりもはるかに大きい。

約300年の鎖国を解いて世界デビュしたばかりのアジア極東の小さな島国日本の存在など、当時は世界ではほとんどは知らなかった。その新興貧乏小国がいきなり世界の超大国ロシアに戦いを挑んだのには世界は驚き、がぜん注目を集めた。

大白熊(ロシア)に挑む小黄猿(日本)に勝ち目はあるのか、ヨーロッパ各国は「かわいそうに日本はすぐやられてしまう」とみており、ロシアは「日本など小さなノミ、ひとひねりにつぶす」と豪語していた。世界の大半がロシアの勝利を予想していた。

明治三十七(一九〇四)年二月四日、日露開戦を決定した御前会議が開かれた。
その日、空が白みはじめたころ、明治天皇は、最も信頼していた伊藤博文を、急きょ、宮中へよびだした。明治天皇は寝間着のままで、普段誰も入りの許されていない私室「常の御殿」で、憔悴し切った表情で待ちかねていた。天皇は十日ぐらい前から、苦悩のあまりに食事の量は、ふだんの三分の一に減り、眠れぬ日が続いていた。
 
駆けつけた伊藤に「……本日重大事について、元老、閣員の会議があるが、あらかじめ卿の意見を聞きたい」との御下問があった。
御前に平伏した伊藤は「国難がいよいよ切迫してまいりました。万一わが軍に利あらざれば、おそれながら陛下におかれましても、重大なるご覚悟が必要の時がくるやにしれませぬ。

このままロシアの外力の侵圧を許せば、わが国の存立も、また重大なる危機に陥ります。いまや決断を下し給うべき時機なりと存じます」と奉答して退席した。

その日、午後一時四十分から開かれた御前会議は夕刻まで続きついに開戦が決定した。明治天皇の決断の瞬間は森厳、凄烈な空気が会場を圧した。

長い緊迫と沈黙が続いたが、その場の雰囲気を和らげるように伊藤博文が、「これから尻ばしょりでほっかぶりをし、握り飯をもって、数十年前の書生に帰ったつもりで、ご奉公するつもりでございます」

 と、おどけたしぐさでで言ったので、天皇ほか、山県有朋、桂太郎、山本権兵衛、小村寿太郎、児玉源太郎、大山厳らは大笑いして、その場の雰囲気は一度になごんだ。天皇はこの日はなにも食べずにすごした。

日本の運命を決めた決定的な瞬間だった。

伊藤は御前会議を終えて帰ると、すぐ自邸に金子堅太郎を呼んで、アメリカ行きを命じた。

金子は米国ハーバード大学の出身で、ルーズヴエルト大統領とは同窓生で、多くのアメリカ友人がいた。伊藤博文は、金子のルーズベルトコネクション、ハーバード人脈を使って米国世論工作とルーズヴエルトの和平斡旋を計画したのであった。まさしく伊藤博文の卓越した外交術、外交インテリジェンスを示すものだった。

 
 
●金子堅太郎『日露戦役秘録』(博文館、昭和4年刊)によるとー
 
―その時の緊迫した様子が生々しく語られている。

国難に当たってのリーダーシップのあり方がよくわかる。

金子は伊藤の命令を聞いて即座にその任にあらずと断った。これに対して、伊藤は「『君は成功不成功の懸念のためにゆかないのか』と問い詰め、
金子が『さようでございます』と返事すると、こんこんと諭すように続けた。
 
『それならば言うが、こんどの戦いについては、一人として成功すると思うものはない。陸軍、海軍、大蔵でも、日本が確実に勝つという見込みを立てているものは一人としてありはしない。

この戦いをきめる前に陸海軍の当局に聞いてみたが、成功の見込みはないと言う。しかしながら打ち捨てておけば露国はどんどん満州を占領し、朝鮮を侵略し、ついにはわが国家に暴威を振うであろう。

ことここにいたれば、国を賭しても戦うのみである。成功不成功などは眼中にない。かく言う伊藤博文のごときは栄位栄爵、生命財産はみんな陛下の賜物である。すべてを天皇に返上して、ご奉公する時機と思う」

 
 さらに、伊藤は熱い思いを伝えた。
 
「もし満州の野にあるわが陸軍が大陸から追いはらわれ、わが海軍は対馬海峡でことごとく撃ち沈められ、ロシア陸軍が海陸からわが国にせまったときには、伊藤は身を士卒に伍して鉄砲をかついで、山陰道か九州海岸で、博文の生命のあらんかぎりロシア軍を防ぎ、敵兵は一歩たりとも日本の土地をふませぬという決心である。
 
 昔、元寇の役の際、北条時宗は身を卒伍に落として敵と戦う意気を示した。妻にも『汝もわれとともに九州に来たれ。そうして粥をたいて兵士をねぎらえ』と言った。わしも、もしそのようになれば妻に命じて、時宗の妻と同様に九州か山陰の海岸において、粥をたいて兵士をねぎらえ、と言うであろう。
 
そうしてかく言う博文もにわかに鉄砲をかついでロシアの兵卒と戦うつもりじゃ。かくまで自分は決心している。

成功不成功などということは眼中にないから、君もひと1つ成功不成功はおいて問わず、ただ君のあらんかぎりのカをつくして、アメリカ人が同情を寄せるようにやってくれ。

それでもアメリカ人が同情せず、またいざというときに大統領ルーズヴエルト氏も調停してくれなければ、それはもとより誰が行ってもできないことだ。かく博文は決意したから君もぜひ奮発して米国に行ってくれよ」

 
金子は、伊藤博文のその熱誠に感動し、アメリカ行きを決断したのである。

そして、アメリカでは獅子奮迅の活躍ぶりで、ルーズベルト大統領とホワイトハウスではもちろん、私邸、別荘で何度もあって友人付き合いで、日本への協力を求め、ルーズベルトも大変な日本びいきで、ポーツマス講和会議の斡旋役を引き受けたのであった。

世界の外交史上、これほど見事に成功した外交インテリジェンスはなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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