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『リーダーシップの日本近現代史』(97)記事再録/ 『中国/朝鮮行動学のルーツ⑥』『中国紙『申報』 からみた「中国が行っている冊封の儀と 属国の国力強化について」(1884(明治17) 年2月9日付)★『中国流のダブルスタンダード、言行不一致の典型で、南沙諸島での軍事基地の建設増設と同じパターン』

   

 

   日本リーダーパワー史(691)

 前坂俊之(ジャーナリスト)

  • 『属国の内政についても干渉はしない。国情、歴史、慣習の異なる属国には押しつけ的な行為は避ける』といいながら、壬午事変1882年(明治15年)では日本の公使館の焼き討ち、在留邦人30以上が惨殺されたのに、清国の袁世凱軍が介入して大院君を連れ去り、以後、朝鮮の内政・外交は清国代理人・袁世凱の手に握られた。
  • 中国流のダブルスタンダード、言行不一致の典型で、現在の南沙諸島での軍事基地のシャニムの建設増設と同じパターンである。

日中韓150年戦争史のルーツはこの記事の中にすべて書かれている。

中国が冊封体制によって属国という『琉球王朝』(日中両方に朝貢していた)を明治維新後に一方的に「琉球処分」して、日本が沖縄県に編入したことが対立の出発点なのである。

中国が世界の中心であるという「中華思想」「冊封体制」と韓国のこれに服属した『事大主義』対「西欧近代主義に転換した明治日本」との対立の構図である。

このボタンのかけ違い、認識ギャップ、漢民族中心主義(エスノセントイズム)、尊大主義、メンツ最優先の事大主義、排外主義などダブルスタンダードの変則行動パターンが日清戦争へと発展していった。現在の日中韓の対立、北朝鮮の暴発、属国ながら制御できない中国のジレンマのルーツもここにある。

1884(明治17)年2月9日(光緒10年甲申正月13日)付「申報」論説

『中国が行っている冊封の儀と属国の国力強化について』

 

属国に対して中国が行っている冊封の儀礼は.実に丁重なものと言える。新王が即位すると,朝廷は正副2人の使節に冊書をもたせて派遣する。到着すると国王は恭しく出迎え,ひざまずいて文書を拝受し冊書の宣議を受ける。

すべての儀式がきわめて厳かに行われる。それから使節を迎賓館に案内し.慣例に従い宴を設ける。使節の帰国後,国王はまた上表して謝意を述べる。その後は朝貢のたびごとにすべて大臣を派遣する。ただ、国王自らが赴くことはない。国家の慶祝行事の際も.中国の都まで赴く義務は負わせない。

それは大国の小国への思いやりの精神の表れであり.遠路を行かねばならぬ労苦を免じてやるわけだ。また毎年の朝貢を要求するわけではなく,1年おき,あるいは3年に1度.または5年.7年.10年に1度という間隔で行わせている。

遠国の物産の献上を強要せず.その国の脆弱な経済力を考慮してやるわけだ。

中国との関係は表面上は希薄に見えようが.名分はすでに定まって変わることなく.中国の正朔を奉じ,王制を尊び,謀反の意図など持ち得ない。属国の内政についても干渉はしない。国情を異にし,その国の歴史の中で確固たる慣習が成立している以上,押しつけ的な行為は避ける。

中国との貿易往来も自由に行わせている。しかし国境地帯で毎年監察期間を設け,双方の好民が国境を越えて事を起こさぬよう,辺境の司令官が属国の地方の文官武官とともに巡寮を行っている。

このように厳しく国境を監査しているため,双方の人民間には摩擦は生じない。互いに詐り欺くことなく恩義誠信によって密切な関係を保っている。わが清朝は朝鮮に接する遼東地方より勃興した。

清軍は長城以南に進攻する前に.まず東方攻略を行った。朝鮮は代々明朝の保護下にあったため,にわかに旧来の友好関係を捨てることができず,清に対してあくまで抵抗しようとしたが.2度にわたり清軍の進攻を受けて江華島に逃れた未.ついに服属するに至った。
その後は今日まで一貫して忠勤に励み,最も親密なる属国となっている。琉球.安南.シャム,ビルマなどの他の属国も以前は明の支配下にあったのが.清朝建国後はその支配に服した。

琉球はもともと中日双方に服属していたが、一方的に日本が征服した。

琉球は海洋中に散在する島峡群であり,国力がきわめて脆弱で自立は困難であり,長い歴史を有する安南(ベトナム),シャム(タイ)とはおのずと異なっている。しかし朝廷は分け隔てない待遇を与えている。

また,琉球は距離的にはさほど遠方ではなく,台湾影湖に接近した位置にある。陸関が重畳と連なり.少数民族と界結する南方の辺地に比べれば往来は敏捷だ。

したがって琉球の朝貢船はしばしば到来し,安南,シャムなどよりも深く中国

の覆育の息を受けている。国土の遠近や国境を接しているか否かにかかわらず,自主性を重んじて,行政的、軍事的統制を加えてはいない。

というのも統制するならば実質的には自国の領土に組み入れてしまうことになり,属国という名称も有名無実化するからだ。また.統制を加えようにも遠隔の地ゆえ耳目が行き届かず,時の経過に従い弊害が続出するおそれもある。

属国を懐柔するのに紛々として多事にわたるべきではないのだ。しかし現在直面している事態を見るに,この方針は適宜改変すべきかと思われる。たとえば琉球は中日双方に服属していたが.日本が突如事を起こし.国王を東京に拉致した上,王国を廃して沖縄県としてしまった。

しかるに中国は日本との善隣関係にひびを入れまいとして,暫時これに対抗措置をとらず不問に置いた。当局者としては慎重に外交を行い.平和を守り.大所高所に立って細目にこだわらないのも大事ではあるが,そこで機を失したために,ヴェトナムの事変でフランスに次のような口実を与える結果となった。

先のサイゴン条約に対し中国が関与することはなかった。そしてトンキン地方もヴェトナムの地である以上,サイゴンを保護領としているフランスがトンキン地方をも守ることについて.中国は干渉すべきではない。

かつ琉球王が内地に遷され那覇に県庁が置かれ,首里が故城となり果てた事態において,中国は日本に対しなんの対応も行わなかったではないか。中国の属国とはいっても,単に往来して贈物をするだけの存在であり.これは単に国際間の交際の常道にすぎず.それだけで属国の名に値しようか。

もしも真に属国であったならば.琉球問題に関しては日本を阻止し,さらにサイゴン問題に関係してはわがフランスを防いだはずではないか.と言うのだ。

中国はそのように行動すべきだったのだが.事実はそうでなかったため,フランスは格好の口実とし,中国は自ら乗ずべき隙を与えたのだ。

私が思うに,現在ではもう属国に対する従来のやり方は通用しなくなっていると言える。わが国は小国の内政に関与すべきだ。今日の情勢は三皇五帝以来の難局であって,国本を重んじ国威を樹てるならば,あらゆることについて変革が必要であり,属国に対する儀礼のみ変更の必要なしとは言えないのだ。

外国は.中国が周辺小国の内政に関与していないことを口実に,それら小国を侵略しようとする。琉球,安南,シャム,ビルマなどは,大国が内政に関与しなければ,弱少に甘んじ振興に努めず,兵力、軍需ともに貧弱で,人民,財務共に困窮しているから.他国の侵略を受けるのは必至だ。西洋諸国のいう属国とは,属領のことにはかならない。

遠方より支配の手を加え.その財物を収奪し,もって本国を富ませようとするのだ。こうしたやり方は中国の貴ぶところではない。ただしかし単に使節を派遣して朝貢させるだけでなく.現地に大臣を特派して常駐させ,法制や政務を整理参画し.人事,財政,通商.軍事など国家富強にかかわるすべてを管理運営する必要がある。

そうして従来の軟弱な風気を一変し,国際交易の仲間入りをさせ,外国の侵犯に対抗できるようにする。このような方策は属国保護の道を踏みはずしたものとは言えまい。

朝鮮は太宗の征服以来200余年恭順に服属しているが.朝鮮への対し方は南方

諸属国に対する場合と同様だった。しかし一昨年夏に日本公使館が保守派によって襲撃される(壬午事変)や.日本側は軍事行動を起こして報復を行った。

事件には主謀者がおり,まさに一大事とならんとしていた。そのとき,中国は軍事行動を起こして乱を平定し.旦夕にして成果をあげたのだ。

それから商業を発展させ諸外国と貿易するよう指導した。朝鮮も中国に対して人員を派遣して掌理せしめ.万全を期さんことを求め,中国はそれを許可したのだ。そして1年余りですでに成果があがってきている。これは異例に属することではある。

東方属国は首都の藩屏,南方属国は雲南広東への門戸にあたる。この重要性は決して忘れるべきではない。現在ヴェトナム情勢はまだまだ流動的だ。事理から見てフランスの強盛はもとより悼むに足らず.軍情から見てもフランスの敗北は座して待つべきだ。

しかし,事定まった後は旧来のやり方は改めねばならず.属国に対し保護と指導を加え.日々自強へと進ましめ,将来の列強の侵略の野望を断つべきだ。これを安南からさらにシャム,ビルマへと及ぼせば,これら諸国は等しくその国本を固めることができよう。

 - 人物研究, 戦争報道, 現代史研究

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