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 『憲法第9条と昭和天皇』ー <エピソード憲法史=現憲法はペニシリンから生まれた!?>

      2016/02/03

 憲法第9条と昭和天皇                         2006年8月15日      
エピソード憲法史=現憲法はペニシリンから生まれた!?
                     前坂 俊之(静岡県立大学国際関係学部教授)
わずか1週間でできた新憲法は『マッカーサー憲法』『平和憲法』『占領軍憲法』「おしつけ憲法」『ペニシリン憲法』『避雷針憲法』などさまざまな呼び名がつけられ、以後60年にわたる論争が続いている。
草案作成から成立までのGHQ、日本側との交渉、駆け引き、制定までのいきさつについてさまざまなエピソード、名場面、珍談がある。
1・・【ペニシリンから生まれた憲法!?】
『ペニシリン憲法』というのは昭和21年1月24日、マッカーサーと幣原喜重郎首相との会談で『戦争・戦力放棄』の第九条が生まれたというエピソードである。
74歳と高齢だった幣原首相は、前年12月25日夜、「天皇の人間宣言」(1946年1月1日)の原稿執筆のため、暖房もない広い官邸の執務室で仕事をしていて、窓のすき間からの冷たい風でひどい風邪を引き、肺炎にかかり、寝込んでしまった。
重症で高熱でうなされていた時、当時の日本では入手困難なペニシリンをマッカーサーから贈られて、服用しやっと熱が下がり肺炎もなんとか治まった。治癒した1月21日、皇居に参内し天皇に報告し、憲法改正にとって最も重要な会談となった24日にはマ元帥を尋ねて、まずペニシリンの御礼を言った。
そのあと、戦力放棄をおずおずと口にして、マ元帥を驚かせた。天皇の象徴化と「戦争放棄」の平和憲法は幣原のペニシリンの御礼から始まり、この中で提議されて生まれたと、いわれている。
2・・『毎日新聞スクープされた始まった憲法草案!』
昭和21年2月1日、毎日新聞は『憲法草案全文』をスッパ抜いて1頁全面に掲載する大スクープを放ったが、これがきっかけでGHQは憲法草案つくりを始めた。
これをスクープしたのは毎日新聞政治部・西山柳造記者で「政府は甲案、乙案の二通をまとめた。われわれは、それを抜こうと日夜、取材に当たった。1月31日、ある官邸筋から入手した乙案を本社に持って帰って、パラバラにしてみんなでサーッと写して、ふたたび元どおりにして返した。各社はあわてた。
全く立っていられないくらい、びっくりしていた」(「毎日新聞100年史」)と回想している。
この特ダネをとった秘訣は、当時の毎日の取材体制にあった。当時、西山記者は政治部所属で首相官邸と宮内庁も持って憲法取材を命じられた。枢密院も取材範囲だった。各社では宮内庁は社会部記者しかいなかった。西山記者は内閣と枢密院と双方からの情報を総合できたことが、スクープにつながったというわけだ。
西山記者はこのスクープの前には1945年12月21日に「近衛の憲法改正草案」もスッパ抜いており、この一年間に47本の特ダネを抜いた。重要法案は全部枢密院にかかったので、どこかの段階でスクープしたのである。
3・・天皇日蝕論
昭和20年11月の第八九回帝国議会で憲法に関して激しい議論がたたかわされた。松本蒸冶国務相は「憲法は調査中」の答弁を繰り返し、やっと「議会の権限を拡充、臣民の権利自由を保護する」など松本4原則の1部を発表したが、肝心の天皇の統治権には一切ふれなかった。
これが激しい批判を浴びて、「占領軍の一方的な意志で、わが国の国体が決定されるのではないか」との質問に対して、松本は「そのようには考えておりません。占領軍と国の統治権とは別のものです。たとえば日蝕がある。
日蝕があるがゆえに、太陽がなくなっているというのは間違いで、光がさえぎられているということはあっても、太陽自身はなくなっていない」と答弁した。
 これが松本の「天皇日蝕論」として有名になった。GHQ民生局次長・ケーディスらはこの国会論戦を逐次、英訳して読んでおりこの日蝕論をみて、「松本案は明治憲法のワクを一歩も出ない」とその保守性に見切りをつけた。この発言がきっかけで、「憲法問題で日本政府を強く刺激する必要を感じて」と独自のGHQ案作成に動いたという。
つまり、松本の「天皇日蝕論」がGHQの憲法案の生みの親の1つとなったというわけ。
4・・ジープ・ウェー・レター
昭和21年2月13日、はじめてGHQ憲法案が提示され、日本側は大きなショックを受けた。このため、日本側の憲法への取り組み姿勢と行動を説明するために、終戦連絡事務局次長・白洲次郎が15日、英文の手紙をホイットニーあてに出した。
これが世に言う「ジープ・ウェイ・レター」である。
「(憲法を作成担当者)松本国務相は若い頃は社会主義者で、今なお心からの自由主義です。GHQ草案とはその精神において同一のものです。GHQ自分たちも同じ目標をめざすものだが、そこへの道には大きな違いがある。GHQ側の道は全く米国式で、まっすぐで直線だが、日本の道は回り道であり、曲りくねり、狭い。あなた方の道を航空路とすれば、日本の道はジープ道なのです。
急激な形で提出された改正案は、結局はうまくいきません。日本側はこの問題は注意深く、ゆっくりと取り上げなければならないと感じています」とGHQの強引なやり方をやんわり批判する内容で挿絵まで書かれていた。
16日にホから丁寧な返書があった。「あなたのいう意味は理解できます。しかし、この間題は急を要するのです。外部から別の憲法を押しっけられた場合(極東委員会の共和制憲法のこと)、マッカーサー最高司令官が何とか守ろうとしている天皇制も押し流されてしまうでしょう。日本国民が憲法を自らの意思で一日も早く世界に宣言して、平和国家への誓いをたてることが必要なのです」
日米の異文化コミュニケーション、行動パターンのギャップを象徴した内容である。

 


アトミック・シャンシャイン

2月13日に突然、GHQの憲法草案が日本側に示されたが、このときのホィットニー准将の言動がー威圧的で、「アトミック・・」(原爆)の言葉をつかって憲法の受け入れを迫ったとして、その後の「押し付けられた憲法」論争の決定的な場面となった。米側は全くの誤解であると否定するが、そのシーンを再現する。

外相官邸での両者の会談で、まず勝者の定石としてホイットニー将は早春のまぶしい太陽を背にして座り、日本側に一方的に宣言し、15分間の読む猶予を与えるといって庭に出て行った。この時、米爆撃機が低空飛行してきて大轟音が窓を激しく揺さぶった。光と大爆音の演出はまさしく原爆並みに日本側に衝撃をあたえた。
松本、吉田らは草案提示とその劇的な雰囲気、内容の激しさの3重のショックで顔面蒼白となった。しばらくして戻ってきたホイットニーは「われわれは戸外で、目もくらむほど明るい陽光(アトミック・サンシャイン)を楽しんできた」と冗談ぽく語り、再び、厳しい口調となって大演説をぶって「もしこの草案が受け入れられなければ、天皇の身体は保証も考え直さざるをえない」との発言が飛び出した。
日本側にとって「アトミック(原子力)という言葉は、すぐ原爆を連想する恐ろしい言葉であり」、ホ准将が普通に使った言葉に余計にショックを感じ、威圧、脅迫された言葉と被害者意識を強く感じたのである
GHQ側はこれらのすべてについて偶然であり、計算してやったものではないと否定していが、憲法ドラマの『押し付け憲法』の決定的瞬間となった。
別冊歴史読本『憲法第9条と昭和天皇』新人物往来社2006年5月発行

 

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