前坂俊之オフィシャルウェブサイト

地球の中の日本、世界史の中の日本人を考える

*

日本リーダーパワー史(814)『明治裏面史』 ★ 『「日清、日露戦争に勝利」した明治人のリーダーパワー、 リスク管理 、インテリジェンス㉙『日本史決定的瞬間の児玉源太郎の決断力』★『2階級降下して参謀次長になり、この機会(日露戦争開始4ゕ月前)に起って、日本は文字通り乾坤一擲の大血戦をやる以外に途がない。不肖ながらわしが参謀次長として蝦蟇坊(大山厳)の忠実なる女房役になろう』

      2017/05/27

 

 日本リーダーパワー史(814)『明治裏面史』 ★

『「日清、日露戦争に勝利」した明治人のリーダーパワー、

リスク管理 、インテリジェンス㉙

 

大山厳参謀総長は福島,伊知地についで、次に乃木を推薦した。

児玉と乃木は同じ長州(山口県)派で、仲が良く、この時、乃木は53歳、児玉は51歳の2歳下の中将である。

しかし、軍政歴では児玉がはるかに上だった。この2人に比べて福島、伊知地両少将は福島が50歳、伊知地は49歳と児玉と比べると少将歴でもずっと後進である。経歴、年功、軍歴、序列には対しては一番うるさい軍人世界のことで、

きびしい比較検討がなされた。

山県は福島,伊知地については賛成しなかった。そのため、大山は引退の意向を示し、山県の参謀総長復帰をのぞみ、それがかなわぬ場合には乃木希典参謀総長を推薦したが、山県、寺内陸相は同意しなかった。

当時、山県はすでに66歳の高齢に達し、元老では伊藤博文よりも3歳上の最長老であり、大山は4歳下の62歳。

山県は明治34年ごろから発熱が続き、胃腸が悪く、病に伏せることが多くなり、明治36年夏以来、主治医は「再起することは難しい」と診断していた。参謀総長復帰などできるわけがなかった。

しかも、候補に上ったのが、福島,伊知地、乃木の順番だったので、誰もが内心望んでいた大本命の児玉に2階級降下して、お願いすることはますます言いだしづらくなり,人選は遅れたのである。

『「日清、日露戦争に勝利」した明治人のリーダーパワー、リスク管理 、インテリジェンス㉙

日本が朝鮮を、満州はロシアに任せる「満韓分割論」を主張、ロシアは「満韓全面論」を譲らず、戦争に発展した』

http://www.maesaka-toshiyuki.com/person/24940.html

しかし、ロシア侵攻の国難は日1日と確実に迫ってきていた。

国難に立ち向かうキーマンの人事が1日遅れると1日ロシアに有利になる。軍も国民も1日千秋の思いで決定を待ち望んでいた。しかし、決められない。

7日になって、しびれを切らした児玉が桂首相の官邸にあらわれ、寺内陸相も同席した。

児玉の『後継者はどうなっているのか』との質問に対して、寺内陸相が「大山が山県公の出馬がダメならば、乃木中将を参謀総長の後任に推薦したいと述べて、その先でストップしている」と難航の経緯を語った。

 桂首相は「参謀組長の後任者に乃木希典か、包容力のある大山さんにこの際、やめられては困る」

児玉も「蝦蟇坊(がまぼうー大山のニックネーム)を辞任さすことには、俺も絶対に反対じゃ。どこまでも引きとめなければならぬ」

 寺内「俺も大山さんに罷められては問題が大きくなるので、山口素臣(大将)が病気中のことでもあり、その後任に乃木君でも・・と答えて、大山邸を辞去した。」

 児玉は「この際、この人を適所に配することはお国ために必要じゃが、乃木には乃木の出る舞台と時がある。それはそれとし、蝦蟇坊を輔佐する大次長として予定の後継者はあるのか、おぬし達のはっきりした意向を聞きたい」と桂、寺内の顔をその鋭い視線で凝視して、詰め寄った。

桂も寺内も、大次長は児玉以外にないことを胸に秘めながら、面と向かっては言い出せず、しばらく沈黙が続いた。

児玉は「久しぶりに軍装をして見たが、やはりサーベルがよく似合うわ、どうじゃ」と立ち上がって、体をまわしてアツハハと笑った。

「田村の後釜まだが決っていないというならば、誰彼と改めて物色することはない。蝦蟇坊のために我輩が女房役になろう」と桂、寺内に向つて宣言した。

 桂は「君が……君が参謀次長に就く?」

 児玉は「俺の本当の気持ちじゃ!参謀次長として対ロ作戦を練直す!この前、参謀本部の若手連の松川敏胤

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E5%B7%9D%E6%95%8F%E8%83%A4

田中義一、尾野実信

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%BE%E9%87%8E%E5%AE%9F%E4%BF%A1

 

などを呼び.腹蔵のない意見を聞いたが、明37年2月(あと4ゕ月後)までに開戦しないと、永久に機会を逃して、わが国はますます不利になることが明白になった。

強欲なロシアが満州を奪えば、その侵攻は韓半島に及び、朝鮮を呑めば対馬に向かう。われわれはロシアの出鼻をくじき、大軍を集めない以前に叩かねばならぬ。

この機会に起って、日本は文字通り乾坤一擲の大血戦をやる以外に途がない。そのために、に不肖ながらわしが参謀次長として蝦蟇坊の忠実なる女房役になろうと…実は田村がなくなったという電話を田中義一から受けた瞬間に俺は覚悟したのぢじゃ」

 - 人物研究, 戦争報道, 現代史研究

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

  関連記事

no image
『人気記事リクエスト再録』ー<2003年、イラク戦争から1年>『戦争報道を検証する』★『戦争は謀略、ウソの発表、プロパガンダによって起こされる』●『戦争の最初の犠牲者は真実(メディア)である。メディアは戦争 を美化せよ、戦争美談が捏造される』●『戦争報道への提言を次に掲げる』

<イラク戦争から1年>―『戦争報道を検証する』   2003年 12月 …

no image
日本リーダーパワー史(635)日本国難史にみる『戦略思考の欠落』(28) 『川上操六の日清戦争インテリジェンス①「英国の文明評論家H・G・ウェルズは明治日本は『世界史の奇跡』 と評価」。そのインテリジェンス・スターは川上操六である。

日本リーダーパワー史(635) 日本国難史にみる『戦略思考の欠落』(28)   …

知的巨人の百歳学(150)人気記事再録/百歳学入門(59)三井物産初代社長、『千利休以来の大茶人』益田 孝(90歳)『「鈍翁」となって、鋭く生きて早死により,鈍根で長生き』★『人間は歩くのが何よりよい。金のかからぬいちばんの健康法』★『 一日に一里半(6キロ)ぐらいは必ず歩く』★『長生きするには、御馳走を敵と思わなければならぬ』★『物事にアクセクせず、常に平静を保ち、何事にもニブイぐらいに心がけよ、つまりは「鈍」で行け。』

    2012/12/06 &nbsp …

no image
片野勧レポート③戦災>と<3・11>『なぜ、日本人は同じ過ちを繰り返すのか』艦砲射撃・釜石と津波<上>

片野勧レポート   太平洋戦争<戦災>と<3・11>震災③ 『なぜ、日 …

no image
日本メルトダウン脱出法(787)[アングル:中国で深刻化する大気汚染、電気自動車の好機に]●[日本は移民政策が必要、労働力確保で中国に負ける可能性=河野担当相]●[(米国事情)自宅の修繕や工事なら“Amazon”で業者を呼ぼう]

  日本メルトダウン脱出法(787)    2015年の出来事を動画60秒間で振 …

no image
速報(36)『日本のメルトダウン』(49日目)ーー『日本のメディア、ジャーナリスト、学者の責任と良心を問う』

速報(38)『日本のメルトダウン』49日目 『日本のメディア、ジャーナリスト、学 …

no image
『リーダーシップの日本近現代史』(168)記事再録/『日本で初めて女性学を切り開いた稀有の高群逸枝夫妻の純愛物語』★『結婚とは死にまでいたる恋愛の完成である』★『1941年(昭和6)7月1日は日本の女性学が誕生!』★『火の国の女の出現』★『日本初の在野女性研究者が独学で女性学を切り開いた』★『 至高の純愛日記』

  2009/04/09  「国文学」0 …

no image
『リーダーシップの日本近現代史』(122)/記事再録☆日本一の「徳川時代日本史」授業④福沢諭吉の語る「中津藩で体験した封建日本の差別構造」(旧藩情)を読む⑤☆『なぜ徳川時代はダメなのか、一番よくわかる福沢の解説』

    2014/01/26 &nbsp …

『Z世代のための<日本政治がなぜダメになったのか、真の民主主義国家になれないのか>の講義④『憲政の神様/尾崎行雄の遺言/『太平洋戦争敗戦で政治家は何をすべきなのか』<1946年(昭和21)8月24日の尾崎愕堂(96歳)の議会演説ー新憲法、民主主義についてのすばらしいスピーチ>』 

『オンライン/日本興亡史サイクルは77年間という講座②』★『明治維新から77年目 …

no image
クイズ「坂の上の雲」ーー極秘『明石工作』は日露戦争約1年後に暴露されていた

クイズ「坂の上の雲」   極秘「明石工作」は日露戦争約1年後に暴露され …