日中北朝鮮150年戦争史(16)日清戦争の発端の1つ甲午農民戦争(東学党の乱)はなぜ起こったのか。『閔族一派専横の時代』の内政の腐敗、紊乱、貪官汚吏の収賄,苛斂誅求に対する百姓一揆だった。
日中北朝鮮150年戦争史(16)
日清戦争の発端ー日本最強の陸奥宗光の外交力⑨
甲午農民戦争(東学党の乱)はなぜ起こったのか。
『閔族一派専横の時代』の内政の腐敗、紊乱、
貪官汚吏の収賄,苛斂誅求に対する百姓一揆だった。
甲午農民戦争(東学党の乱)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B2%E5%8D%88%E8%BE%B2%E6%B0%91%E6%88%A6%E4%BA%89
明治27年(1894)3月、再び朝鮮で戦火が上がった。李王朝の本貫(ほんがん、祖先発祥の地)の全羅道の道都・全州で甲午農民戦争(東学党の乱)が勃発した。
東学とはキリスト教の西学に対するもので朝鮮の伝統的な儒教、仏教、道教の3教を折衷した創始者・崔済愚(チェジェウ)による新興宗教。朝鮮政府は1864年、邪教として崔を処刑していた。
東学党の幹部・全 琫準(チョンポンジュン)が悪政、地方役人の横暴(租税などの厳しい取り立て)に抗議して農民を率いて反乱を起こし、全羅道を占領し、国内は内乱状態となった。
—————————-
以下は『東亜先覚志士記伝(上巻)』(昭和8年刊、黒龍会出版部、163-166P)によると、
そもそも東学党というのは、李朝二十五代哲宗の未年、慶尚道慶州の道学者・崔済愚(チェ・ジェウ、さい せいぐ、최제우、1824-1864)で
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B4%94%E6%B8%88%E6%84%9A
号を水雲と称する者が儒道と仏道と仙道を一丸とした道学を発表し、これを東学として、世に広めた。
崔済愚はこれを弘めるにあたって『我は道を天に享けたり』と称して、特殊の呪文を唱え、『我が教えを信じるものは災禍をまぬがれ福寿を得る』と説いたので、信者が激増し、水雲先生の名前は一挙に天下にとどろいた。
朝廷ではこのような物騒千万なものを生かしておいては国家に害を及ぼすとして、翌年「迷世惑民」「邪道亂正」の罪で捕らえて斬罪に処した。崔済愚は42歳で処刑された。
崔済愚は処刑される前に『龍潭水流四海源、亀岳春回一時花』と辞世を読んだ。『われ1人殺したとしても、水の流れて大海となるように、水運の志は後学の伝統により大を成すが如く、百花爛漫の時期が来るであろう』という内容である。
この崔済愚には崔時享という教弟があり、これまた有為な人物であったので、東学の教徒は彼を推して『第2世の道主』と仰ぎ、崔時享も政府、官憲の圧迫をものともせず、鋭意、東学党の教義を宣伝するに努めた。
そのうちに,哲宗がなくなり、李大王が王位についたが、その親戚、外戚バッコして権大党と結び、李朝の政治はますます乱れていった。
これがいわゆる『閔族一派専横の時代』といわれるもので、宮廷にあっては閔妃が李太王の寵(ちょう)をたのんで政治に干渉し、牝雉晨(めんどりが毎朝、大声で鳴くように)、の報で綱紀は全く紊れに乱れて閔氏の一族、家之子郎党は政府のポストを独占し、正義の士のしりぞけて、売官、収賄,誅求の悪弊はとどまる所をしらなかった。
宮中は佞人(ねいじんー口先巧みにへつらう、心のよこしまな人)。、巫視・倡優(しょうゆう、男女の役者)、雑輩の徒。(取るに足らない人物。小者」が跳梁(ちょうりょう)して百鬼の巣窟となった。
中央より地方の末にいたるまで、大小の官吏が収賄,苛斂誅求(かれんちゅうきゅう、情け容赦もなく、税金などを取り立てること)―
を事とし、庶民は賄賂の如何によりて罪の有無が決められ、世に冤罪になくもの少なからず、苛斂誅求のために民力は病弊して、百姓は塗炭の苦しみをうけて、その悲惨さは見るに耐えないものがあったという。
一方には宮中には王族、権官をはじめ貪官汚吏が驕奢にふけり、長夜の宴をはって,歓楽をほしいままにした対照的な姿に、悪政になく諸民が怨嗟の声を募らせていくのは自然の成り行きであった。
ついに百姓一揆が各地で勃発、郡守を殺戮し、郡衛をたおし、天下は騒然となった時、忠清道の山郡を根拠に、天下の悪政を革めて貪官汚吏を排撃することをスローガンに、憤然として義旗をあげたのが、東学第2世の道主・崔時享であった。
地方不平の民はきそってこれに加わり官衛を襲い有司を殺戮し、兵器を奪い、倉庫を占領し、やがて雉林八道を制圧した。
最初、官兵は尚州において東学党軍をやぶり、鎮定の目的を達しようしたが、全羅道泰仁郡の郷士、全琫準
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%A8%E3%83%9C%E3%83%B3%E6%BA%96
という豪傑が起って党軍を指揮、監督すると、再び勢力を盛り返し、東学党は一挙に全羅道の古を襲い、郡守を殺し、郡衛を焼き、郡衛に蓄積されていた金穀を塗炭の苦しみに泣く郡民に分ち与えた。
このため、義軍の名勢は大いに上がり、武器をとって党軍に身を投じるものはたちまち数万人にも達し、東学党軍が掲げた『済世安民』は旋風は天下に吹き荒れた。当時、東軍党の党員が唱へ党詩は次のようなものであった。
『金樽美酒千人血』(金の樽に入った美酒は、千人の血からできており)
『玉椀佳魚萬姓膏』(玉椀にある美味い魚は、人民の油でできている)
『燭涙落時民涙落』(ろうそくから蝋が滴るとき、人々の涙も滴り)
『歌舞高處怨聲高』(歌舞の音楽が高く鳴り響くとき、人々の怨嗟
の声も高くとどろく
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B2%E5%8D%88%E8%BE%B2%E6%B0%91%E6%88%A6%E4%BA%89
多年、塗炭の苦しみをなめた民衆がこの党詩を高誦し、東学党の神秘的な呪文を唱へつつ進軍すると、今まで暴政をほしいままにしていた貪官汚吏がたちまち色を失って鼠のように逃走し、御営、訓練の官兵も次々に武器を投じて東軍に降伏する有様だった。
つづく
関連記事
-
-
NHK「花子とアン」のもう1人の主人公・柳原白蓮事件(6)「燁子を救うのか私の義務」と宮崎龍介(東京朝日)
NHK「花子とアン」のもう1人の主人公・柳原白蓮事件(6) 当時の …
-
-
「トランプ関税国難来る!ー石破首相は伊藤博文の国難突破力を学べ②』『日露戦争開戦『御前会議」の夜、伊藤博文は 腹心の金子堅太郎(農商相)を呼び、すぐ渡米させた」★「当時、米国はロシアを第一友好国としており、金子は渡米に反対した』★『ル大統領と親友の金子は和平講和条約の仲介役を同大統領に引き受けさせる広報外交を展開した』
2021/09/01 『オンライン講座/日本興亡史の研究 ⑮ 』 以下は前坂俊之 …
-
-
日本リーダーパワー史(838)(人気記事再録)-『権力闘争対メディアの戦い』②★『日本政治史の分岐点・5・15事件 での犬養毅首相、ジャーナリスト・ 菊竹六鼓から学ぶ➀』
2010年10月17日の日本リーダーパワー史(94) 日本政治史の分岐点・5・1 …
-
-
『MF・ワールド・カメラ・ウオッチ(8)』「フィレンチェぶらり散歩ーウフィッツィ美術館」を見て回る」①
2015/06/05 記事再録再編集 『MF・ワールド・カメラ・ウ …
-
-
『Z世代のためのウクライナ戦争3年目講座①』★『赤い旗(共産主義国家)の利点は殺人者が血に濡れた手を拭っても汚れないうことだ(ユダヤの格言)』★『3年半が経過したウクライナ戦争はプーチン・ロシアの歴史的体質とトランプ氏の支持で、戦争終結はさらに伸びそうだ』
2022/05/11 /『オンライン/ウクライナ戦争講座』記事再録 …
-
-
●リクエスト再録記事『日本インテリジェンスの父』『日本リーダーパワー史(331)空前絶後の参謀総長・川上操六(44)鉄道敷設,通信設備の兵站戦略こそ日清戦争必勝のカギ
日本リーダーパワー史(331)空前絶後の参謀総長・川上操六(44)鉄道敷設,通信 …
-
-
『オンライン/日本恋愛史講座』★『 ウナギ狂で老らくの恋におぼれた大歌人・斎藤茂吉(71)』★『53歳で30歳年下の女性に老らくの恋』★『熱烈なラブレターを出す』★『・ボンレスハムはダイヤモンド以上の貴重品 』
2013/07/25 百歳学入門(77)記 …
-
-
世界/日本リーダーパワー史(954)ー米中間選挙(11/6)の結果、上下院議会の“ねじれ現象”はトランプの国内、対外政策にどう響くか、暴走は一層エスカレートするのか(上)
世界/日本リーダーパワー史(954) 米中間選挙後のトランプの暴走はブレーキがか …
-
-
世界リーダーパワー史(936)ー『トランプ大統領の弾劾訴追の可能性は?』★『ムラー特別検察官の『ロシアゲート事件追及』にトランプ陣営の最側近、参謀たちは総崩れ、危うし大統領!』
世界リーダーパワー史(936) ムラー特別検察官の『ロシアゲート事件追及』はどこ …
-
-
晩年長寿の知的巨人たちの百歳学(111)戦後の高度経済成長の立役者・財界の巨人「電力の鬼」 の松永安左衛門(95歳)の長寿10ヵ条ー「80歳の青年もおれば、20歳の老人もおる、年齢など気にするな」
晩年長寿の知的巨人たちの百歳学(111) 戦後の高度経済成長の立役 …
