前坂俊之オフィシャルウェブサイト

地球の中の日本、世界史の中の日本人を考える

*

『大正の言論弾圧事件』 日本初の政党内閣である大隈・板垣内閣『隈板内閣』で起きた尾崎行雄の共和演説事件

   

『大正の言論弾圧事件』

日本で初めての政党内閣である大隈・板垣内閣『隈板内閣』で起きた尾崎行雄の共和演説事件

     前坂 俊之(ジャーナリスト)

1898年(明治31)6月10日、第3次伊藤博文内閣が議会を解散すると、大隈重信の進歩党、板垣退助の自由党らが合同して新政党『憲政党』を結成し、議会で多数派を占めた。かねてより多数政党の必要性を訴え、政党嫌いの山県有朋と対立していた伊藤は、渡りの船とばかり、大隈重信、板垣退助の2人を後継ときめて、天皇に推挙した。

しかし、大隈、板垣は政治理念を異にし、合同した進歩党、自由党はまるで気風が違い、今後、憲政党がうまくいくかどうかは不安があったため、板垣は当初、慎重だったが、大隈は即座に賛成し、27日に明治天皇から2人に大命が下った。

ここに日本で初めての政党内閣である大隈・板垣内閣『隈板内閣』が誕生した。2人は話し合いで大隈が首相に、板垣は内相(副総理格)となり、陸海軍大臣以外の8大臣は進歩、自由党でそれぞれ4人づつに分けた。外相は星亨 (当時・駐米大使)に決まったが、大隈が当分の間、兼務することになった。

こうして6月30日に隈板内閣はスタートしたが、陸海相は除外しての組閣といい、元老の2頭立てといい、理念の違う政党の連立内閣といい異例ずくめで、前途多難が予想された。

案の定、政府の命令を待たずに星が米国から帰国して外相のイスを要求したが、大隈は「星は外相には不敵格で、天皇も自分の兼任を認めている」主張して譲らず大隈と板垣、旧両党との間の亀裂、猟官争いはいっそう激しくなった。これに藩閥の長州・山県派や薩摩の黒田清隆らが外部からの内閣打倒を虎視眈々と狙っていた。

ちょうど、こんな時に尾崎行雄文相の共和演説問題がおこった。

8月22日、尾崎文相は帝国教育会茶話会で演説をしたが、世の拝金主義、財閥全盛の風潮をきびしく批判して、こんなたとえ話をした。「世人は米国を拝金の本元のように思っているが、米国では金があるために大統領になったものは一人もない。

歴代の大統領は貧乏人の方が多い。日本では共和政治を行う気づかいはないが、仮に共和政治ありという夢を見たとしても、恐らくは三井・三菱が大統領の候補者となるであろう。米国ではそんなことはできない」と述べて、拍手喝采をあびた。

この演説に対して、藩閥の御用新聞・伊藤巳代治社長の「東京日々新聞」(現・毎日の前身)は早速、かみついて「尾崎は共和主義者である」「共和制をいうような文相は国賊である」と批判し、「京華日報」(山県系)「中央新聞」(政友会系)も筆をそろえ、共和演説、不臣演説、国体破壊、大不敬、乱臣賊子と激烈な調子で攻撃した。

山県、黒田、松方正義らもこの事件を巧みに利用して攻め立てた。尾崎の発言は共和制を主張したものではなく、不必要なたとえ話をした失言であったといえるが、攻める側の思う壺にはまったのである。尾崎は誤解であり、演説速記を調べてもらえばわかると強気で反論し、大隈も一旦了承した。

 

ところが、相次いで9月には板垣内相の『仏敵問題』が起こった。これまで監獄の教戒師は仏教の僧侶のみだったが、新たにキリスト教牧師の採用を板垣内相が決めたことに仏教側が反発して、「仏敵板垣」と激しく攻撃を始めたが、この背後に尾崎の影があるとする情報が板垣に伝わった。

憲政党内の旧進歩党対自由党の泥仕合もあって、怒った板垣内相は10月21日に単独参内して、明治天皇に尾崎を弾劾して「尾崎と自分は両立できない』と尾崎の処分を上奏した。

明治天皇は発足時から隈板内閣には危惧を抱いており、元老、田中光顕宮内大臣(山県系)、貴族院らから逐一情報が入っており、陸相で山県の一の子分の桂太郎は逐一、閣議や閣内情報を山県に流し、天皇の耳にも達していた。天皇自身も尾崎の共和演説は大いに問題があるという認識であった。翌22日に侍従職幹事を大隈総理のもとに遣わせて辞職を内旨した。24日に尾崎文相は辞職した。

後任文相は星も一旦、候補に上がったが、27日に犬養毅に正式に決まった。それまで選挙区の栃木に引っ込んで沈黙を守っていた星が28日に急遽上京して、自由派の領袖会で「この屈辱を誰が忍びえるか」と叫び、憲政党の分裂を宣言し、旧自由派のメンバーで一方的に解党を決議、新党として憲政党の名前で、警視庁に届け出た。

旧進歩党は憲政会の名前が使えなくなり、憲政本党と名前に変えたが、11月8日についに内閣総辞職。同内閣はわずか4ヵ月間で、議会を1度も開くことなく、次年度の予算も検討することなく短期に終わった。

 - 人物研究, 現代史研究 , , , ,

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

  関連記事

no image
日本リーダーパワー史(287)タフネゴシエーターの大隈重信①英国のパークス公使と堂々と対決して、議論に勝った30歳の大隈

日本リーダーパワー史(287)   <外交ディベート、タフネゴシエータ …

no image
産業経理協会月例講演会ー2018年「日本の死」を避ける道は あるのか-日本興亡150年史を振り返る② 

 <産業経理協会月例講演会> 2013年6月12日  201 …

no image
日中北朝鮮150年戦争史(34)★ 歴史の復習記事再録ー 日清戦争敗北の原因「中国軍(清国軍)の驚くべき実態ーもらった「売命銭」分しか戦わない中国3千年の歴史は皇帝、支配者、共産党幹部の巨額汚職、腐敗政治で今の「習近平政権」も延々と続いている。

 日中北朝鮮150年戦争史(34)                        …

no image
知的巨人たちの百歳学(144)「センテナリアン(百歳人)の研究」➡超高齢社会を元気に長生きするために『長寿脳』を鍛える

知的巨人たちの百歳学(144) 再録「センテナリアン」の研究(2009/02/2 …

no image
日中韓対立のルーツ『日清戦争』を日本の新聞はどう報道したのかー徳富蘇峰,福沢諭吉、朝比奈知泉らの主張は・①『対朝鮮発言権は日本のみと』(徳富蘇峰)

  日中韓対立のルーツ『日清戦争』を日本の新聞は どう報道したのかー徳 …

no image
『 地球の未来/2018年、世界の明日はどうなる』ー「2018年はAIが最重要になる」(MITメディアラボの伊藤穣所長)★『人工知能やロボットには奪われない「8つの職業」』★『AIが人類を超える意味—カーツワイルの予言』★『 レイ・カーツワイル 「加速するテクノロジーの力」(動画)』★『 レイ・カーツワイル:今後現れるシンギュラリティ(動画)』

 『 地球の未来/世界の明日はどうなる』 2018年の世界経済、社会はどうなるか …

『日本議会政治の父・尾崎咢堂のリーダーシップとは何か④ >  日本リーダーパワー史(242)『160年かわらぬ日本の弱力内閣制度の矛盾』(日本議会政治の父・尾崎咢堂が叱る)★『新しい時代には新人が権力を握る。明治初年は日本新時代で青壮年が非常に活躍した。当時、参議や各省長官は三十代で、西郷隆盛や大久保利通でも四十歳前後。六十代の者がなかった』

 逗子なぎさ橋珈琲テラス通信(2025/11/15am700) &nb …

no image
梶原英之の政治一刀両断(4)ー『やらせメールが原発再開を遅らせた』

梶原英之の政治一刀両断(4)   『やらせメールが原発再開を遅らせた』 …

★『時代を超えたスーパー・ジャパニーズ』◎『192,30年代に『花のパリ』でラブロマンス/芸術/パトロンの賛沢三昧に遊楽して約600億円を使い果たした空前絶後のコスモポリタン「バロン・サツマ」(薩摩治郎八)の華麗な生涯』★『1905年、日露戦争の完全勝利に驚嘆したフラン人は、日本人を見るとキス攻めにしたほどの日本ブームが起きた』

コスモポリタン「バロン・サツマ」(薩摩治郎八)の花の生涯(上) http://w

no image
日本メルダウン脱出法(643)「中国主導のアジア開銀に先進各国は参加表明、米国のこの外交失敗に1人追随し、巨大市場への参入を見合わせる日本の損得勘定は?

                                        …