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日中韓外交の教科書―英国タイムズが報道の「日清戦争の真実」➁『日中間の対話は成立せず」ついに「日清戦争」のやむなきに至った

   

日中韓外交の教科書―英国タイムズが報道の「日清戦争の真実」➁

 1894(明治27)年1126日 英国「タイムズ」掲載

日清戦争4ヵ月後―『日本と朝鮮―日清戦争の真実』(中)

20年間.朝鮮問題は常に日本の目の前にあった。中国の保守主義対日本の進歩主義の戦争が朝鮮で起きるーとの日本の政治家は予測していた。日本は故意に戦争を選んだわけではないが,その選択を迫られる可能性があることをはっきりとわかっており.そういった意味で確かに準備をしていた> 

さすが「19世紀に世界を支配して大英帝国のインテリジェンス(情報の正確な分析力)の凄さをこの記事は示しており、明治のトップリーダーのインテリジェンスをも同時に浮き彫りにしている。『日清戦争の勃発までのいきさつ』について、『タイムズ』は次のように見事に分析している。

①    日本と朝鮮は一衣帯水の地政学的な関係にある。朝鮮が占有されれば.日本は大砲の射程距離内になる。朝鮮の行政の無能力や国力の衰退に確実に陥っていることに日本は危機感を抱いてきた。

②    中国の日本に対する態度「(明治維新から)30年間,中国は日本を東洋の原則を破った卑劣な裏切り者とみなし,日本の進歩に向けての努力に対し軽蔑的な嫌悪の情を示してきたのに対し,日本は西洋文明を取り入れた賢明さの際だった証拠を示そうといらいらしてきた」。

③    日本と朝鮮との付合い、貿易で紛糾したすべての場合,朝鮮との交渉の背後にはいつも中国が介入、命令、干渉してくることに日本側は忍耐しながら、最後は戦争になることを予見して、20年間、準備してきた。

④    外国の政治評論家たちは,<中国の保守主義>対<日本の進歩主義>の戦争が朝鮮で起きるだろうとの日本の政治家の予言を支持してきた。

⑤    日本は将来を見越していた。日本は故意に戦争を選んだわけではないが,その選択を迫られる可能性があることをはっきりとわかっており.そういった意味で確かに準備をしていたのだ。(※3/11福島原発事故を経験した我々はあらゆる危機を想定外としてリスク管理しない大失敗を犯した。

⑥    明治のトップリーダーがいかに国力、カネ、軍備なしの困難な状況のなかでリスクマネージメントしていたか、この記事を読むとよくわかる。特に川上操六、陸奥宗光、伊藤博文、山県有朋、西郷従道、山本権兵衛のトップリーダーのインテリジェンスの高さこそが、明治期の『世界史の中での奇跡』を起こしたのである。

⑦    最近、新刊で『対外軍用秘密地図の潜入盗図』なる中国での地図を作製した測量人の手記が出版されているが、『侵略戦争のための対外軍用秘密地図の作成』と銘打っている。陸軍参謀本部が戦争に備えて、敵国の情報を偵察、スパイするのは当然のことで、これが侵略戦争の準備であるという『パーセプションギャップ』のワナに多くの歴史学者、マスコミ、国民が陥っているところに日中韓コミュニケーションギャップがある。

 

 

 

1894(明治27)年1126日 英国「タイムズ」掲載

 

日清戦争4ヵ月後―『日本と朝鮮―日清戦争の真実』(中)

 

 

 

 その間,日本は朝鮮に注目していた。

朝鮮の将来についての日本の関心は,中国にまさるとも劣らず重大だった。朝鮮は,中国の立場からは,北京への航路を支配するとともに.タタール王朝発祥の地である満州と直接通じており.日本の立場からは.対馬,九州と一衣帯水の関係にある。朝鮮が占有されれば.島国の帝国は大砲の射程距離内で外国と相対することになる。(※ロシアに朝鮮を侵略されれば、次は日本がターゲットになる)

 

したがって日本にとって.朝鮮の独立の気運が.その弱体国を守る資格など全くない国の干渉によって徐々につぶされたり,朝鮮の資源の開発が官吏の失政や腐敗によって妨げられたり,絶えず外国の侵略に機会を提供をしている派閥闘争や苦しんでいる地方の暴動が起きたり,要するに,そのどれもが外国の干渉のもっともな口実となるような.行政の無能力や国力の衰退の状態に朝鮮が確実に陥っているということを見るのは,きわめて不愉快なことだった。

 

その上.こういった概して不穏な情勢は,特有の紛糾の種によって悪化した。日本の現在の朝鮮との関係は,朝鮮の独立を承認し,朝鮮を日本と対等の立場に置くことを明記した条約を出発点としている。

しかし.日本と朝鮮との付合いにおいて,また日本が朝鮮貿易で最大の市場占有率をもっことから生じた紛糾においても,そして多くの在留日本人に関する問題においても,すべての場合,日本は事実上,中国の属国と交渉し.中国代表から命令を受けた官吏と交渉していることに気づいた。

 

 

日本は中国の専横で非友好的な干渉を絶えず鋭く感じさせられた。

貿易に対し公式に課せられた破滅的で不法な禁止に対し.補償を得ようとする日本の努力は.中国の駐在官の行動によって妨げられた。そして長々と続いた忍耐の交渉の結果,日本が朝鮮政治に出した最後通告は.李湾章総督から中国の武力介入という傲慢な脅迫を引き出した。

 

ついに中国の介入の態度は,きわめて敵意のある野蛮なものになり,その結果,ソウルの保守派の密偵によって計画された日本を舞台にした策略によって,朝鮮人逃亡者が東京から上海へおびき出され.そこで冷酷に暗殺されたとき,中国は暗殺者を処罰するどころか,犠牲者の死体とともに軍艦で朝鮮に移したほどだった。暗殺者は国から名誉を与えられ.死体は残酷にもばらばらに切断された。(※金玉均暗殺事件)

 

 こういったことすべてによって.徐々に激してきた日本の国民感情を正しく認識するには,長年にわたる日本の政策が懐柔と忍耐の政策だったことを思い起こすべきだ。

1882年と1884年.政府の腐敗と保守主義によって助長された朝鮮の暴動を鎮

圧するため,中国は軍事力を行使した。どちらのときも勝利をおさめた党派は,日本を進歩主義の頑とみなし,ソウルの日本公使館を攻撃,破壊し.公使と随員に苦痛に満ちた屈辱的な退却を強いた。(※壬申の変、甲申事変)このような侮辱に対し,日本は憤りの態度を少しも見せず,きわめて妥当な賠償金で満足した。

 

 

しかし.その後の交渉において日本は,中国によって申し立てられている宗主権の核心に触れる権利を協定により獲得した。というのは,1882年,公使館保護のため,朝鮮に軍隊を駐留する権利が認められ、そして1885年,日本は中国と条約を締結し,両国は朝鮮出兵に際し,必ず事轟に通告しあうことを誓約したからだ。

 

こうして両帝国は朝鮮に関し,軍事的に対等の立場に立つことになった。したがって中国の影響力のために.日本が朝鮮で経験した妨害や拒絶のすべてが.日本自身の忍苦の記憶と,日本は法律上の権利の問題として,そのような扱いを受けないことを保証されているという意識によって強調されたのだ。

 

 

また過去30年間,中国は日本を東洋の原則を破った卑劣な裏切り者とみなし,日本の進歩に向けての努力に対し軽蔑的な嫌悪の情を示してきたのに対し,日本は西洋文明を取り入れた賢明さの際だった証拠を示そうといらいらしてきたことも思い起こすべきだ。

 

 

 このようにどちらの国も.多かれ少なかれ戦争を引き起こすことになる嫉妬と不快のうっ模した感情を内に秘めていた。こうして今年の6月.再度朝鮮において,政治家の腐敗と暴政が原因で,彼らの手に余るような暴動が起き.そして朝鮮の支配的党派が.暴徒鎮圧のため中国軍を招き入れたとき.旧来の茶番劇というより悲劇が再び起きようとしているのが日本にはわかっていた。

 

再び中国は朝鮮へのあらゆる干渉を否認する一方で,その小国の内紛を武力

で解決しようとした。そして再び朝鮮の独立の気運は,外国の軍事力の誇示によって鎮圧されようとし,貪欲で腐放した少数独裁政治の軛(くびき),再び国民の首に固定されようとした。また,朝鮮の自衛力を発展させるという望みはすべて捨てなければならなかった。その結果,日本は干渉を決意した。

 

日本には長い間、干渉の意図があったこと,日本の技師が朝鮮の詳細な地勢図を完成していたこと,そして日本軍が渡らなくてはならないかもしれない川に適した浮橋を実際に建設していたことなどが,日本について取りざたされてきた。日本が軍事上の準備をしていたことは疑いがない。準備がなされていなかったとしたら,全くの愚行といえるだろう。(※陸軍参謀総長・川上操六のインテリジェンスの勝利)

 

20年間.朝鮮問題は常に日本の目の前にあった。そして20年間,外国の政治評論家たちは,中国の保守主義対日本の進歩主義の戦争が朝鮮で起きるだ-

ろうとの日本の政治家の予言を支持してきた。日本は将来を見越していた。日本は故意に戦争を選んだわけではないが,その選択を迫られる可能性があることをはっきりとわかっており.そういった意味で確かに準備をしていたのだ。

 

 

                                 つづく

 

 

 - 人物研究, 戦争報道, 現代史研究

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