ユビキタス社会のサービス多元化がもたらす決済システム
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<2003年12月>
静岡県立大学大学院国際関係学研究科 堀智久
1. 決済の重要性
ユビキタスとは、ギリシャ語で「いつでも」「どこでも」という意味を指すが、ユビキタス社会で期待
されているのは、「いつでも」「どこでも」サービスが受けられる利便性に対してである。
私たちはそのサービスを利用しようとするとき、そのサービスが用意されていることを前提にアク
セスするわけであるが、そのサービスは常に無償であるとは限らない。サービスは、公共財として
税金等によって開発され無償で提供される場合もあれば、端末商品を買った際に、その付加とし
て組み込まれている場合もあるだろう。だが、その多くはおそらく、そのときどきにおいて購入され
るものであって、購入者によってそのサービスに価値が認められて初めて、売買契約が成立する。
この場合、提供者の側は常に、購入者の流動的なニーズを察知し、そのサービスの価値を高める
努力を行っていかなければならない。
ここでは、そのサービス提供の対価としてのお金の支払い、すなわち、決済は重要な意味をもつ。
いつでもどこでもサービスを手軽に利用するためには、その分、手軽にお金を支払う方法、決済
の利便性が求められるからである。たとえば、外出中に急に音楽を聞きたいと思ったとき、携帯端
末で音楽をダウンロードして購入しようと思えば、即座に支払える決済手段が必要となる。現状で
は、クレジットカードによる支払いが、もっとも利用されている方法であろう。クレジットカードの暗
証番号等を打ち込むだけで――もしくは、携帯端末がそれらをすべて記憶している――、その場
で即時に音楽をダウンロードして聴くことができようになっている。
<デジタル音楽ソフトウェア会社の Musicmatch 社> 20 万曲以上のライブラリを謳い文句に、1 曲99 セン
トでダウンロードを提供
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2.クレジットカード
現状で、もっとも一般に普及し利便性の高い決済方式は、クレジットカードによる決済で
ある。現在のクレジットカード決済の仕組みは、三者間取引と呼ばれるものである。すなわち、カ
ード会社、加盟店、会員の三者によって、加盟店契約(カード会社と加盟店)、斡旋契約(カード会
社と会員)、売買契約(加盟店と会員)からなっている。
クレジットカードの歴史はきわめて古く、その起源は1950 年のダイナースによるT&E カードに
求められる。本来、クレジットカードは、エリートとしてのステータスを誇示するものとしての意味合
いが強いものであったが、近年では大衆化し、幅広い年齢層、社会的地位の人々によって保有さ
れ、実用的な意味合いが中心となっている。これまでのクレジットカードの利用は、デパートやスー
パーなどでの利用が中心であったが、最近では、高速道路、タクシー料金、病院の診察料、携帯
電話の利用料金支払いなど、その利用可能範囲は急速に広がっている。
とりわけインターネットの普及によって、クレジットカードの利便性は最大に発揮されることが認
知され始めた。ネットショッピングはもちろん、カード入会から住所変更までさまざまな手続きをイ
ンターネットによって簡便化することができる。また最近注目されているのは、ネット会員制度であ
り、利用代金明細照会、ポイント照会、住所変更、リボ変更、スピードキャッシングなどのサービス
をインターネット上で簡単に行うことができる。この中でも、とりわけ一般に支持されているのが
「利用代金照会」であり、一般大衆にとって「今いくらお金を使用したか」は最大の関心事であり、
インターネット上で、随時チェックすることができるのは、カードへの安心感を強めることに繋がっ
ている。
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クレディセゾンのNet 会員制度、Net アンサー
2. クレジットカードに代わる決済カード
クレジットカードは、決済方式として極めて長い歴史をもつことを触れたが、近年では、これとは
別の新たな決済方式が提案され実用され始めている。とりわけ重要なのが、デビットカード方式と
電子マネー方式である。
デビットカードはクレジットカードと似ているように思えるが、決済システムとしてはまったく異なっ
ている。クレジットカードは、サービス購入時に加盟店に対してカードを提示し、カード会社を通じ
て後払い決済するものであるから、言ってしまえば、会員はカード会社に借金をしている。そのた
めカード会社は、サービス購入時にオーソリゼーション(本人確認)により顧客の利用データをチェ
ックし、お金を貸すかどうかの判断を行う。カード会社は、その会員が今までどれだけお金を借り
ているか、今どの加盟店で何を購入しようとしているのか、までをも根こそぎチェックし、お金を貸
すかどうかの判断をその購入の都度に下すのである。
一方でデビットカードは、銀行が発行するものであり、支払いの際に、即時にその購入代金が自
分の銀行口座から購入しようとしている店に振り込まれる。クレジットカードと違って、借金をして
いるわけではない。クレジットカード会社のように、購入時にいちいちどこで何を買ったかまでチェ
ックされることがなく、その意味では、クレジットカードよりも利用者のプライバシーが守られている。
もちろん、借金をしているわけではなく、自分の口座から振り込まれるだけであるので、口座の預
金残高がなければ使うことができない。
電子マネー方式としては、基本的にIC チップ(IC カード)を利用したものが提案されている。IC
カードは、CPU とメモリを埋め込んだものであるが、メモリの中に現金価値を収納する。現金価値
をデジタル化することによって、このデジタルデータをやりとりすることによって、決済を行う。ATM
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やリーダ・ライタ(パソコンに接続)を用いることによって、預金がある限り、何度でもメモリの中に
現金価値を補充することが可能である。
3・「スーパーキャッシュ」の実験
NTT が開発したIN カード型電子マネー「スーパーキャッシュ」は、99 年4 月以降新宿地区で実
験を開始している。利用者は、家のパソコンに取り付けたカード・ライタからIC カードへ預金の引
き落としを行い、お店で商品を購入する際に、また、インターネット上でオンラインショップを行う際
に用いる。IC カードによる電子マネーはほとんど現金と同じように使えるため、デビットカードと同
様、プライバシーが守られる。また一般のプリペイドカードが落したら終わりなのに対して、電子マ
ネーは暗証番号を併用することによって、この点にも上手に対応している。
<スーパーキャッシュ:上の写真は口座引き落としできるリーダ・ライタ、下の写真は残高・支払い履歴
が確認できるビューアーソフト>
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4・・IC チップのメモリのなかに何を入れるかが鍵――情報の詰め込み・表示・管理
JR 東日本のSuicaは、IC カードを確実に身近な存在にさせた。Suicaは、定期券入れに入
れたまま改札を通過できる非接触型IC チップを埋めこんだIC カードである。
IC チップとは、CPU とメモリからなることは先に触れたが、問題は、‘メモリにどのような情
報を入れるか’である。たとえば、Suicaの登場によって、私鉄もこのIC カード方式を採用し
始めているが、とりわけ百貨店を持った私鉄にとっては、マーケティングとして重要な意味を
持っている。メモリのなかに、会員カードとしての情報を組み込めば、私鉄系列の百貨店での
買い物の割引など、確実に相乗効果をもたらすことが予測できるからである。
また、メモリの中に入れるのは、社員証であったり、ETC であったり、さまざまな情報が考え
得る。実際、住民基本台帳カード(2003 年8 月)、健康保険証IC カード(2001 年度4 月)、
介護保険証IC カード(2004 年度以降)、運転免許証IC カード(2004 年)といった、従来考え
もしなかった情報を、IC カードのメモリの中にいれる計画が浮上し実験が進められている。
‘IC チップのメモリの中にどのような情報を入れるかが鍵’であるとしたが、お金もまた情報
であり、この現金価値を情報としてメモリの中に組み込んで使用するのが、先に述べた電子
マネーである。つまり、IC チップのメモリの中にどのような情報を入れるかということを考えた
ときに、お金、各種カード、免許証、名刺などすべての情報を詰め込んでしまうことが考えられ
る。IC チップを財布そのもの(財布以上)にしてしまおうというわけである。
そこで次に問題になるのは、この情報をどのように表示するかである。商品の購入時になっ
て、レジの前に立って初めてお金がいくら入っているかわかるのでは使い勝手が悪いし、また
いちいちパソコンのリーダ・ライタに差し込んで、情報を表示するのは面倒である。そこで現在
もっとも注目を集めているのが、携帯電話(携帯端末)である。
携帯電話は、キーボード、ディスプレイ、制御部を備えており、IC チップのメモリの中の情報
を表示するのに最適である。また携帯端末は、これをさらに通信キャリア側で一元管理するこ
とが可能である。
つまり、IC チップのメモリの中だけではなく、サーバーとやりとりをすることで、情報を効率よく
管理することが可能である。たとえば、IC チップを紛失してしまっても、サービスの停止や再
発行を容易に行え、またサーバーから新たに情報を仕入れることで、一気に情報を取り戻す
ことが可能である。
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<モバイルFeliCa IC チップ搭載携帯電話ソニーとNTT ドコモ>
5 .結び
ここでは、ユビキタス社会における決済のあり方について考えてきた。ユビキタス社会といっ
ても、実際にはまだまだ言葉ばかりが先行しており、それがどのように実用化され一般から支
持されていくのかということについてはわからないところだらけである。
筆者はあまり空想めいた話をするのが好きではないということもあって、本レポートでは、実
用化にとってもっとも軸になるだろう‘決済’について考えた。
高校生の通学。親からお小遣いをもらう。親の携帯を子どもの携帯に近づけて、現金価
値データを移し替えた。そのお小遣いは、今日の昼食のお弁当を買うためのものであっ
たが、その子どもは、家から出るやいやな、携帯電話(につけたイヤホン)で、昨日出た
ばかりの新曲をダウンロードして聴く。親から弁当代としてもらった小遣いを、音楽のダ
ウンロード代に使ったのである。
3 分ほど歩いて駅についた。まだノリノリである。切符販売所などには寄らず、直接改札
に向かい、改札口を通過する。携帯電話を改札にかざしただけで、携帯電話に組み込
まれたIC チップが定期券認証を済ませてくれる。ホームに着く。ホームにキヨスクがあ
り、弁当を買う。さっきもらったお小遣いは使ってしまったので、携帯電話の別の機能の
デビットカード機能で自分の口座からお金を引き落として、弁当を買う。
そのとき、携帯電話が鳴った。これは電話が掛かってきたのではなく、相互登録された
友人が近くにいることを教えてくれる合図である。ホームのなかを歩き、その友人を発
見する。昨日発売した、新曲のことで話題になる。友人がどうしても、その新曲を聴きた
いっていう。だが、音楽データは特殊な信号によって、コピーは絶対にできない。
どうしても、友人が聴きたいっていうから、その買ったばかりの曲を友人に売ることにし
た。実は、ダウンロードした曲は3 回までしか聴けないバージョンであり、そのため格安
でダウンロードできるファイルデータなのだが、それを3 分の2 の価格で友人に売ること
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にした。友人は残り2 回聴くことができる。友人に曲を売った金で、ホームの自販機でコ
ーヒーを買う。携帯電話を自販機に近づけただけで、商品を買うことができた。
以上は、筆者の勝手な空想であるが、そんな日が来ることはそう遠い話ではないだろう。お
そらく、5 年、10 年先には来るのではないか。
お金のないところに企業はサービスを提供しようとは思わないから、裏を返せば、決済を軸に
することによって、近い将来のサービス提供の市場を予想できることになる。本レポートはそ
の手始めとして、基本中の基本を確認した。
○参考資料
1.『~特集~ユビキタス情報社会でのIC カード――利用者主導のサービス選択、利用者主導のユビキタス
情報社会――』「21 世紀大学レポート」に掲載 編集/織田健嗣
http://www.fuluhashi.jp/u21c/report/re02/021115.html
(21 世紀大学、株式会社フルハシ環境総合研究所ホームページより)
2.『第ニ幕を迎えたIT 社会――ユビキタス時代のIT ビジネスのゆくえ』(JMA マネジメントレビュー10
月号 掲載)日本能率協会IT 戦略マネジメント事業部長 大森俊一、日本能率協会総合研究所 主幹研究
員 佐々木 貢
http://www.jma-it.net/it_item/laptop/yubi/indexf.html
(JMA 社団法人日本能率協会ホームページ)
3.『NexTalk Special Talk:金融系カード/電子マネー/定期券などさまざまな機能を集約――IC チップ+
携帯電話がユビキタスをより現実的に』野村総合研究所 コンサルティング部門 情報・通信コンサルティ
ング部 上級コンサルタント 森本伊知郎
http://www.uniadex.co.jp/nextalk/special/sp2002_10.html
4.岩谷昭雄2003『図解 クレジット&ローン業界ハンドブック』東洋経済新報社
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