I will introduce the Kamakura guidance over KAMAKURA History Road,to foreign touristsー「名越の切通し」「まんだら堂」
湘南海山ぶらぶら日記ー名越の切通し、まんだら堂が「鎌倉古道ウオーキング」
(KAMAKURA History Road)の絶景歴史ロードだよ
▼名越えの切通しや「まんだら堂」へはどういくのか。
一番、簡単な方法は鎌倉駅前の「緑が丘入口」行きのバスで名越えのトンネルに出て終点の「緑ヶ丘入口」で下車しリサイクルショップ「くるくる」の前の階段から登ればよい。
もう1つは、昔の切り通し道を辿るもので、長勝寺前でバスを降り、横須賀線の線路わきを辿ってもよく、又街道を少しトンネル側に進み、小さな踏み切りを通って線路沿いに上ってもよい。道は線路の横の土手を次第に上り、やがてトンネルの入口を眼下に見ながらその上に出る。
そこから、林の間を上ると・次第に古道らしい苔むした岩の露出した山合いへと入って行く。しばらくそうした人影のない林間の道が続くが、やがて、右手に杉林の谷戸が見え、その上のふちをぐるりとう回して通る。この谷戸がさきに記した火葬場のある所で、目の前にその煙突が立っている。
谷戸の真上に当る左側の山ふちに「史跡名越えの切通し」解説板がある。そ
の少し先に、前に配した「まんだら堂」正面入口がある。(ここは現在工事中で、だれもはいることはできない、12月21日も工事関係者が作業をしていた)
まんだら堂へ上らずに峠道を行くと間もなく苔蒸した切り通しの跡がある。更に進むと、道が下りになりとたんに岩肌を縦に切り取ったはざまに入る。これが切り通し入口で史跡「名越切り通し」の四角い杭が立っている。いにしえの古道の趣きが弱冠そのまま残っている。
しかしそこを抜けると小坪の亀ケ岡団地の住宅が拡っている。長勝寺バス停からのあるいての距離はせいぜい20分ほどの短い古道で、昔の山道の面影、雰囲気の距離は近年の開発で少なくなっており、約500mほどである。
また、近年の台風、大雨、強風によって山道の杉その他の倒木が目立ち、道をふさいでいるところもある。その分、荒廃した古道の感じがよくでていて「強ものどもの夢の跡」の雰囲気を一部かもしだしているのでハイキングの値打ちは十分ある。
切通(きりどうし)とは一体なにか。
「鎌倉事典」(平成4年版、東京堂書店)によると、鎌倉は三方を山に囲まれた要害の地であるため、鎌倉とその他を結ぶ道路を開くには、山場を越える道を切り開く必要があった。これが山を切り開く、切通しといわれる。俗に鎌倉の七切通し・七口とよばれ、西から極楽寺・大仏坂・化粧坂・亀ケ谷坂・巨福呂(小袋)坂・朝比奈・名越の各切通をいう。鎌倉防禦の上で重要な意味をもち、また、切通しの外の地域は、ほぼ北条一族で占めていた。
極楽寺付近は赤橋氏、大仏坂・化粧坂の外地、常盤に北条政村の別邸があり、巨福呂坂の外、山ノ内は北条得宗領、という類である。京都七口を模しての呼称であろう。
名越切通しは倉から三浦へ通じる重要な道であった。旧道は名越トンネル上にある。名越坂ともいう。道筋は「古事記』にいう日本武尊が東夷征伐のさい、いまの横須賀走水の海をわたって蝦夷に向かった、いわゆる古東海道であろうといわれる。峠は、いま鎌倉市と逗子市との境になっているが、昔も鎌倉と三浦との境界であった。国の史跡に指定されている。
ちなみに、名越(なごえ)は大町の東の一帯の総称で、鎌倉時代からの地名で『吾妻鏡』のところどころにこの名が現れる。北条時政以来北条氏の居館があった。問注所執事三善氏の屋敷もここにあったという。中世には寺院や武士の邸宅の多かった地域である。
鎌倉世界文化遺産指定のポイントーまんだら堂やぐら群(700年前)
三浦勝男『鎌倉の史跡』(かまくら春秋社、昭和58年刊)によると、
「国史跡・名越切通」は『玉舟和尚鎌倉記』が「名越坂三浦口」と書いているように、この切通は鎌倉から三浦へ通じる重要な道で、名越トンネル上に昔の古道の姿をとどめている。名越は古くは「なごし」とよばれたが、その由来は”難越〟にあったといわれるほど、文字どおり険路であったことが、現況からもよくわかる。「鎌倉志」も「名越切通は三浦へ行道也、此峠、鎌倉と三浦との境也、甚瞼峻にして道狭、左右より覆たる岸二所あり、里俗大空洞・小空洞と云ふ、峠より東を久野谷村と云、三浦の内也、西は名越、鎌倉の内なり、」とつたえている。峠は、いま鎌倉市と逗子市との界になっている。
名越切通が開かれた時期は未詳だが、巨福呂坂や朝夷奈切通の新道造営が北条泰時の仁治元年{(1240)で、いわゆる鎌倉七口の開整整備は、ほぼこの時期とあい前後して行なわれたであろうと思われる。
当時、北条氏が最も恐れた勢力は、源頼朝いらいの旧臣で三浦半島の雄、三浦一族の存在であった。名越峠の整備と防禦施設の強化・完備は、鎌倉防衛を名目として大勢の武士たちが動員され、多くの期日を要して着々と進められたことであろう。かくして名越峠は鎌倉の他の切通と比較して、最も厳重に防備されたのは、ひとえに北条氏が三浦一族を牽制し生きのびようとした証左にはかならない。
宝治元年{1247}6月、北条氏は永年の宿敵三浦一族をついに滅亡することに成功した。これを宝治合戦とも三浦の乱ともいう。
三浦一族ら五百余人とともに頼朝の法華堂にこもって自害し、ここに三浦一族が滅亡したのであった。
これによって名越峠とその周辺の性格は徐々に変化していったと思われる。厳重に防備された砦としての機能よりも鎌倉・三浦往還の要路としてのイメージを濃厚にしたにちがいない。あわせて「まんだらどう(曼荼羅堂)」なる地名の存在とその意味するところを考えると、もう1つの機能-葬地と化した名越山が想定される。現状のおびただしいやぐら群や五輪塔群から推察しても、明らかに鎌倉時代を中心とした一大葬地であったことがわかる。
やぐら
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%84%E3%81%90%E3%82%89
名越切通し(なごえきりどおし)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%8D%E8%B6%8A%E5%88%87%E9%80%9A%E3%81%97
http://www.city.zushi.kanagawa.jp/syokan/syakyou/newbunkazai/nagoe/nagoe.html
関連記事
-
-
知的巨人の百歳学(147)-「昭和戦後の高度経済成長の立役者・世界第2の経済』大国の基盤を作った『電力の鬼』・松永安左エ門(95歳)の長寿10ヵ条』 「何事にも『出たとこ勝負』が一番」 「80歳の青年もおれば、20歳の老人もおる、年齢など気にするな」
知的巨人の百歳学(147)- 戦後の高度経済成長の立役者・世界第2の経済大国の基 …
-
-
『日中歴史張本人の 「目からウロコの<日中歴史認識><中国戦狼外交>の研究⑥』★『「100年前の清国(中国)の農民,商人の悲惨な環境」★『農民商人の窮状-でたらめな税金取立て、軍隊のピンはね横行』★『憂うべき思想の変化―教育の遅れ』
2015/01/01/の記事再編集 以下は坂西利八郎が1927年(昭 …
-
-
『 オンラインウクライナ戦争講座・日露戦争の研究』★『レーニンは日本を先進的な若い力と高く評価し、旅順陥落を絶賛』★『ヨーロッパの全新聞が難攻不落の折り紙を つけた旅順港要塞を、ちっぽけな、今まで誰からも 馬鹿にされていた日本がわずか8ヵ月で攻略した」★『いざ、学ばんかな、日本人に!」』
2016/01/17 日本リーダーパワー史(643)、日本国難史にみ …
-
-
『Z世代のための日本リーダーパワー史講座』★『江戸を戦火から守った山岡鉄舟の国難突破力③』★『活禅談じゃ、読書の論は何のクソにもならぬ』★『児玉源太郎と南天棒との活禅談の一喝!』
2024/11/02記事再録再編集 2011/06/ …
-
-
知的巨人たちの百歳学(131)『一億総活躍社会』『超高齢社会日本』のシンボル・平櫛田中翁(107歳)の気魄に学べー『いまやらねば いつできる わしがやらねば だれがやる』
知的巨人たちの百歳学(131) 『一億総活躍社会』『超高齢社会日本』のシンボル …
-
-
百歳学入門(62)「財界巨人たちの長寿・晩晴学①」渋沢栄一、岩崎久弥、大倉喜八郎、馬越恭平、松永安左衛門―
百歳学入門(62) 「財界巨人たちの長寿・晩晴学」① ―渋沢栄一 …
-
-
『オンライン講座/不都合な真実で混乱する世界』★『コロナ・ウクライナ戦争・プーチン・習近平・金正恩の大誤算』(5月15日までの情況)(上)
前坂俊之(ジャーナリスト) ロシアのウ …
-
-
日本リーダーパワー史(565)『超高齢社会日本』のシンボル・107歳平櫛田中翁に学べ<ギネス世界長寿芸術家の気魄・禅語・長寿名言10ヵ条>
日本リーダーパワー史(565) 『超高齢社会日本』のシンボル・107歳平櫛田中翁 …
-
-
知的巨人たちの百歳学(111)-明治の大学者/物集高見、高量(106歳)の大百科事典『群書索引』『広文庫』の奇跡の長寿物語➂→「(人間に必要なのは)健康とおかねと学問・修養の三つでしょうね。若い時は学問が一番、次がおかね。健康のことなんかあまり考えないの。中年になると一番はなんといってもおかね。二番が健康、学問なんかどうでもいいとなる。そして年取ると・・・」
物集は膨大な日記を書いている。 それは「百歳は折り返し点」の自伝の「年表の総まく …
-
-
『世界漫遊記⑪/パリ・モンパルナスぶらぶら散歩』★『モンパルナス地区のカラフルでアートな商店街を楽しむ』
2015/05/11   …
