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地球の中の日本、世界史の中の日本人を考える

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『『オンライン講座/日本ベンチャービジネス巨人伝②』★『“ダム経営”を行え』(松下幸之助)★『朝令朝改をせよ』(盛田昭夫)★『目をつぶって判を押せない書類はつくるな 伊庭貞剛(住友総理事)』★『 商売の本質は相互利益であり、面倒をいとわないと成功はあり得ない 江崎利一(グリコ創業者』★『●岩崎家の家訓(三菱創業者/岩崎弥太郎)』★『豊田綱領 ・豊田佐吉(トヨタグループ創業者) 』など

   

   記事再録

★名リーダーの名言・金言・格言・苦言・千言集(16) 

 

◎“ダム経営”を行え

 
松下幸之助(松下グループ創業者)

『山本五十六と松下幸之助』
 
 松下の経営哲学の大きな柱が、このダム経営であり、危機への対処方法でもあった。ダムは何のために造られるのか。川の水を流れるままにしておいて、その値うちを生かさないのはもったいないからである。
 
 つまり、天から受けた水を一滴もムダにしないで、有効に使おうというのが、ダムの目的。経営にもこのダムが必要である。ダム経営とは、最初から一割なら一割の余裕がある設備を、持っていることである。そうすれば、経済的に少々変動があったり、需要の変化
があったしても、余分な設備を動かせば事足りる。
 
 ダムの水を、必要に応じて徐々に流していくのと同じで、常に設備の九〇%操業というところで引き合うようにやっていく。ところが、各企業のやり方を見ると、不安定な予想需要に合わせてムリ算段しており、ソロバンに合わない。これは“ダム経営”ではなく、
不安定経営・無責任経営である。
 

 

☆目をつぶって判を押せない書類はつくるな

 
  伊庭 貞剛(住友総理事)

 

 伊庭は住友の本山・別子銅山の大争議を、その人格で抑えた人物だが、その伊庭の哲学がこれであった。
 「目をつぶって押せないような書類なら、はじめからつくらせぬがよい。また、そんな書類しかつくれぬ部下なら、はじめから使わぬがよい。本当に、重役が生命がけで判を押さねばならぬのは、在職中にたった二度か、三度あるくらいのものである。五度あれば多すぎる。それ以外は、目をつぶって判を押して差し支えない」
 

 これは部下を信頼せよという教えでもある。また、部下を水準以上に鍛えて、黙っておいてもよい状態に、日頃から教育しておけ、という教えにも通じる。伊庭のこうした哲学によって逆に、部下は良案の上に良案を、皆が知恵を絞って書類をつくり出したいう。 

 

●商売の本質は相互利益であり、面倒をいとわないと成功はあり得ない

 
江崎 利一(グリコ創業者)『創意工夫―江崎グリコ七〇年史』
 


 「商売は儲けたり、儲けさせたりの仕事である。売ったり買ったり、利便を図ったり、図ってもらったりの相互利益である。そこで立派な商売人といえば結局、立派な社会の奉仕人というわけにもなる。奉仕による相互利益こそは商売の神髄であり、要諦であろう。儲けようと思って、やる商売にはおのずと限度がある。あくまで社会の要求に沿うような奉仕の精神で打ち込めば、必ずその事業は大成するに違いない」
 その商売を成功させるためには「人のやらない面倒なことをやらなければ、商売は成功せんよ」と次のように述べている。「面倒な仕事だとか、これは出来ないとか、簡単に諦めず、工夫に工夫を重ね、粘り強く取り組むことだ。面倒の中にこそ、商売のチャンスが隠されている」と。

 

●仕事を道楽にせよ

 
鹿島 守之助(鹿島建設社長)
 

 鹿島建設は時代に取り残され、昭和十年(一九三五)に赤字に転落、翌年には減資に追い込まれ、同業他社に次々と追い抜かれた。守之助はこの不振を徹底分析し、同族経営の廃止、マーケット・リサーチ、予算統制などを柱にして再建二十ヵ条を作った。この「事業成功の秘訣二十ヵ条」が大鹿島を甦らせたのである。
 

 一 旧来の方法が一番いいという考えを捨てよ
二 絶えず改良を試みよ
三 有能な指導者をつくれ
四 人をつくらぬ事業は滅ぶ
五 どうなるか研究せよ
六 本を読む時間を持て
七 給料を高くせよ
八 よく働かせる人たれ
九 賞罰を明らかにせよ

 十 なるべく機械を使うこと
十一 部下の協力一致を図れ
十二 事実は大きさよりも釣合い
十三 何よりもまず計画
十四 新しい考え、新しい方法の採用を怠るな
十五 独りよがりは事を損ず
十六 イエスマンに取り巻かれるな
十七 欠陥を改良せよ

 十八 人を恨まず突進せよ
十九 無駄を見つける目を開け
二十 仕事を道楽とせよ

  

●◎●岩崎家の家訓

 
岩崎 弥太郎(三菱グループ創業者)
 

 一 小事にあくせくするものは大事ならず、よろしく、大事業経営の方針をとるべし

 一 ひとたび着手せし事業は、必ず成功せしめざるべからず

 一 断じて投機的に事業を企てるなかれ
 

 一 国家的観念をもって、すべての経営事業にあたるべし

 一 奉公至誠の念に、すべて寸時もこれを離れるべからず

 一 勤倹身を持し、慈善人にまつべし
 

 一 よく人材技能を鑑別し、すべからく適材適所に配すべし

 一 部下を優遇するにつとめ、事業上の利益は、なるべく多くを分与すべし

 一 創業は大胆に、守成は小心たれ、樽よりくむ水にまして、もる水に留意すべし
 

 この中には事業成功の表裏、攻めと守り、の両面をキチンと押さえてある。大胆細心、

慎重が見事に合わされて、三菱発展のダイナミズムの原点となった。

 

 

三井三菱を圧倒するか、しからざるも、彼らと並んで天下を三分するか

 
  金子 直吉(鈴木商店の大番頭)
 

 鈴木商店は昭和恐慌で倒産してしまったが、大正・昭和初期では三井、三菱と並ぶ大商社であり、一代でその鈴木商店を築き上げたのが金子直吉である。
 

 第一次対戦が勃発するや、金子は一大チャンス到来と勝負に出た。世界的な物価高、モノ不足を見込んで鉄、銅、船から米、豆まであらゆる物資を買占めて大儲けした。

 大正六年十一月、ロンドン支店長の高畑誠一(後の日商岩井社長)に次のような手紙を出した。
 

 「お互い商人として、この大乱の真ん中に生まれ、世界的商業に関係せる仕事に従事し得るは、無上の光栄とせざるを得ず。この戦乱の変遷を利用し、大儲けをなし、三井三菱を圧倒するか、彼ら並んで天下を三分するか、これ鈴木商店全員の理想とするところなり。これ、東郷平八郎の日本海海戦の時の心境なり」と一大奮起を促した。

 

◎小さな損にこだわって、大損をするな

 
  矢野 恒太(第一生命創業者)   『運命を開く』
 

 矢野は明治三十五年(一九〇二)に日本では初めて、相互組織の第一生命を設立したわが国生保の草分け的存在。矢野は事業について次のように書いている。
 「百の利益を取りたい、と思うところを八十の利益で我慢する。三つのマンジュウを三人で食う時も、その中で一番小さいので満足する。割りをくわすのは、得なように見えても、決して得にならぬ」
 

 「割りをくわされた者は、そのうらみを必ず、いつまでも覚えている。どこかで一緒に飲んで、今、こまかいのがない、君払っておいてくれという。いつか返すと思っても、なかなか返さない。もう、あんな奴とはつき合うまいと、本当に得のいく場合でも、誘って   もらえなくなる。古い諺に、終身畦を護るも、一畝を失わず、終身道を護るも、一里を損せず、とある。少しばかりことに、損するとしても、それは結局大した損にはならぬ。それに反し、少しばかり得をしようと、ケチなまねをすると、大損をしてしまう」

 

●金は女とは同じ、心から愛してくれる人のところに集まってくる

 
  福沢 桃介(中部電力創業者)

 

 福沢は来る人に金持ちになりたいなら“金を拝め”とケッサクな“金銭哲学”を披露した。「金を貯めたいと思えば金を愛せよ。集まってきた金は容易に手放すな。いとしいと思う女を君は簡単に手放せるかね。それと同じだよ」
 

 「まず、ここに五十円の金が集まったとする。世間を渡った金だから、手垢に汚れてきたない。それをクシャクシャにしたまま財布に放り込んでおくような人はまず金持ちにはなれない。どうするか。クシャクシャの札をきれいに伸ばして言うのだ。『金さん、金さん、さぞ汚れて気持ちが悪かったでしょう。もう我が家へお越しいただいたので大丈夫で   ございます。二度ときたない目にはあわせません。いつまでも当家にご逗留をお願いします』―こういって、神棚に供え、拍手を打って拝むのだ。もし、金を出す時には『あなた   の家は当家でございます。是非お早く立ち帰り願います。たくさんのお友達を連れて来てくださいますよう』とね」

 

●◎ 豊田綱領

  豊田 佐吉(トヨタグループ創業者)

 

 これは佐吉の遺訓であり、“豊田綱領”である。

 一 上下一致、至誠業務に服し、産業報国の実を挙ぐべし。

 二 研究と創造に心を致し、常に時流に先んずべし。

 三 華美を戒め、質実剛健たるべし。

 四 温情友愛の精神を発揮し、家庭的美風を作興すべし。

 五 神仏を尊崇し報国感謝の生活を為すべし。
 

 トヨタは豊田家の結束によって作られた。豊田自動織機製作所に自動車部が設置されたのは昭和八年(一九三三)のことで、三井、三菱、住友という財閥さえ手に負えない自動車にいち早く取り組んだ。「わしは織機をやった。お前は自動車をやれ」と佐吉は、特許料の百万円を息子の喜一郎にポンと渡した。   

 喜一郎は「困難だからやる」「豊田家なんてつぶれたっていい。自動車業が残れば…」としゃにむに突き進んだのである。

 

●朝令朝改をせよ 

  盛田 昭夫(ソニー会長)

 “朝令暮改”は方針がコロコロ変わる、悪い意味の例えだが、盛田は「朝令暮改、大いに結構、朝令朝改せよ」という。
 スピードが、何より要求される、今の時代は朝令暮改はそぐわない。技術開発のテンポがものすごく早くなっており、新製品は半年、一年後には旧製品となる。昔の格言を信じていては、手遅れになるというのだ。
 ダメだと思えば、「朝令朝改」し、臨機応変に、スピーディに対応せよと力説する。「すごいスピードで変化している世の中。まずやってみることだ。もし、具合が悪ければ、すぐに元に戻せばいい。『ああだ、こうだ』と文句を並べて何もしなかったら、必ず落伍してしまう」

 

 

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