百歳学入門④<クイズ>明治以来の日本の代表的長寿経営者は一体誰ですか!?
百歳学入門④<クイズ>日本の代表的長寿経営者は誰か!?
前坂 俊之
(静岡県立大学名誉教授)
渋沢栄一91歳が何と言ってもナンバーワン!
<Q-明治以来の経済人で、長寿で最後まで活躍した経営者を教えてください。日本の代表的な長寿経営者です?>
「明治時代では90歳以上まで活躍したという長寿者は数少ないですね。もともと明治末でも日本人の平均寿命は50歳を超えていないからね。70歳まで生きれば、長寿です」

『確かにそうですね、70代、80歳代になれば長寿と認められたころですから、そんな中では、ダントツは日本資本主義の父・渋沢栄一(天保11年1840 – 昭和6年1931)の91歳ですね。
生涯500以上の会社を作り、日本の株式会社を最初につくり、その後の日本経済発展のレールを引いたドンであった彼が財閥を作らなかったのはりっぱですね。三菱、三井のように作ろうと思えば、いつでも渋沢財閥は簡単に出来る立場にいたのにやらなかった」
「『論語』と『ソロバン』を処世術にして「道徳経済合一主義」を唱えていた渋沢は、企業は公益のものとして、私利私欲を最後まで排しています。社会活動、慈善事業、ボランティア、国際親善に彼ほど熱心に取り組んだ実業家は現在もいないんじゃないですか、その面で明治以来、渋沢を超える経済人はまだ出ていませんね。日本式経営はまさしく渋沢精神だろうけどね」
「渋沢は近代社会は誰が引っ張っていくのかーをフランスでじっくり学んだ。市民、民間人こそが主体となる。日本の幕藩体制のように役人、官僚がお上意識をもって国民を無理やり引っ張って行った明治政府には反対の気持ちを持っていました
。だから、生涯、政府の大臣などには何度請われてもならなかった。外交も役人などには任せておけないと民間外交を自ら進めているのは、明治人のなかでは図抜けた見識です」
。だから、生涯、政府の大臣などには何度請われてもならなかった。外交も役人などには任せておけないと民間外交を自ら進めているのは、明治人のなかでは図抜けた見識です」
「80歳を過ぎて悪化する日米関係を立て直すための民間人の日米財界会議などに老体を鞭打って船、列車の長旅で出席するなど最長老、トップリーダーとして、最期まで活動したのは大変立派な態度ですね。
健康長寿の秘訣については「書をたしなむことと、国際交流である」とも語り、最期まで書をたしなみ、直筆による書簡や掛け軸も数多く揮毫しています』
健康長寿の秘訣については「書をたしなむことと、国際交流である」とも語り、最期まで書をたしなみ、直筆による書簡や掛け軸も数多く揮毫しています』

『三菱財閥では創業者の岩崎弥太郎(50歳没)の長男・岩崎久弥(1865―1955)が90歳で長寿ですね。敗戦での財閥解体で、三菱の全役職を辞任しますが、アジア研究のための東洋文庫を設立、六義園を寄付するなど社会貢献しています。
三井財閥では番頭といってよい益田 孝(1848- 1938、90歳)が鈍翁と称して茶人として高名でした』
『日本の元祖ベンチャーで真珠王・御木本幸吉(一八五八―一九五四)は年齢でも96歳と明治期では最長老ですね。御木本翁は小食、薄着で生命保険が大嫌い。90歳を過ぎても占領軍の米将校と一緒に抜き手を切って見事に泳いで、周囲の者は心臓マヒを起こさないかと、ハラハラさせたという元気者です。』
「長寿の秘訣はおかず以外は、朝晩は米飯1杯、昼はサツマイモとパンだけの小食主義、「食を選んで大食せず、うまいものなら二箸残す。胃腸と一緒に寝る」を死ぬまで続けた。いつも、薄着で、冬でもストーブや電熱器はいっさい使わず、息子が火鉢に手をかざすと叱ったというほど。「衛生を守り、健康に注意することが最も確実な生命保険だ」と死ぬまで入らなかった、合理主義者ですよ』
・城山三郎は明治の経済人を「野生児」「野生の人々」と名つける
『財閥系では一代で「ホテルオークラ」に象徴される大倉財閥を築き上げた大倉喜八郎(1837-1928)も90歳と長寿。幕末の鉄砲屋から身を起こした成金男です。
身長150センチと小柄だが、タフネスで全身、エネルギーの固まり、84歳で子供が産まし、90歳で日本アルプスに登ったというからすごいヤツです。ウナギが大好物で、昼食はいつもウナギのカバヤキに刺身、それにビール1本を死ぬまで欠かきなかったとか』
身長150センチと小柄だが、タフネスで全身、エネルギーの固まり、84歳で子供が産まし、90歳で日本アルプスに登ったというからすごいヤツです。ウナギが大好物で、昼食はいつもウナギのカバヤキに刺身、それにビール1本を死ぬまで欠かきなかったとか』

『とにかく、明治の経済人を城山三郎は「野生児」「野生の人々」と名づけていますが、スケールがケタチガイだね。
「東洋のビール王」といわれた馬越恭平(1844-1933)88歳などはその典型の元気人間です。日本で初めて銀座にビアホールを開くなど奇抜なアイデアと四時間睡眠法で働きまくった。大日本麦酒を設立、社長になり、全国のシェアの72%を占め、“ビール王”呼ばれた。』
「東洋のビール王」といわれた馬越恭平(1844-1933)88歳などはその典型の元気人間です。日本で初めて銀座にビアホールを開くなど奇抜なアイデアと四時間睡眠法で働きまくった。大日本麦酒を設立、社長になり、全国のシェアの72%を占め、“ビール王”呼ばれた。』
「馬越恭平には珍談奇談が多いよね。精力絶倫で生涯一六〇〇人斬りを達成、一〇〇人目に当たった芸者は落籍し、赤坂、新橋、神楽坂で家一軒をボンと与えたり料亭をもたせ、その数一六人というからスゴイ。
スタミナの秘訣は、居眠の名人だったこと。少し時間があるとすぐ休む、会議中でもつまらん報告ではこっくりこっくり居眠り、しかしツボはしっかりおさえていたといいます。モットーは「心配すべし。心痛すべからず」。苦心配慮し、心を配ることは大切だが、自分の身体が痛むほど、心を痛むことは愚かなことだとし、『元気、勇気、長生き、腹のおちつき』の「四気」こそ大事と説いています』
関連記事
-
-
知的巨人の百歳学(122)-「地産地消のチャンピオン/真珠王・御木本幸吉(96歳)の創造力こそ長寿力なり」②「資源もない」「金もない」「情報もない」「技術もない」ないないづくしの日本で御木本はモノづくりで外貨を稼ぐ「貿易、技術立国」目指して、独力で真珠養殖に成功した』
知的巨人の百歳学(122)-「真珠王・御木本幸吉(96歳)の長寿、健康訓」② & …
-
-
『Youtube鎌倉カヤック・フィッシングチャンネル・10周年記念トップ10①』>『かって鎌倉海は豊穣の海だった』★『鎌倉沖海上でカヤックフィッシング<ナブラの山をシイラ爆食>★『 厳冬の鎌倉海のカヤックフィッシングでヒラメをゲット!と思いきや大カサゴ!』
鎌倉沖海上でカヤックフィッシング<ナブラの山をシイラ爆食>(200 …
-
-
★『巣ごもり動画で私の鎌倉古寺巡礼で最も好きな<苔の寺/妙法寺』を紹介します』★『鎌倉通―梅雨で美しい<奇跡の苔石>800年前の鎌倉時代の面影を残す唯一の古寺』★『<鎌倉古寺巡礼>『鎌倉で最高の巡礼のお寺はどこでしょうか?ー妙法寺(苔寺)の山道じゃ。単独で往け』
「秋の紅葉の鎌倉めぐりのおすすめは!・・苔寺/妙法寺 …
-
-
知的巨人の百歳学(156)記事再録/ 百歳学入門(155)文化勲章のもらい方ー文化勲章は大嫌いと断った「超俗の画家」の熊谷守一(97歳)と〝お金がもらえますからね″といって笑って答えた永井荷風〈当時72歳〉
2016/07/22   …
-
-
★人気リクエスト記事再録『百歳学入門(200)』<知的巨人たちの往生術から学ぶ②>『森鴎外、中江兆民、一休、熊谷守一の<死に方の美学>』★『よく生きることは、よく死ぬこと、生者必滅、生死一体の実践』●『「立って半畳、寝て1畳、天下をとっても2合半』
百歳学入門②ー知的巨人たちの往生術から学ぶ② 2010/01/21 前 …
-
-
『リーダーシップの日本近現代史』(46)記事再録/『江戸を戦火から守った西郷隆盛と勝海舟、高橋泥舟、山岡鉄舟の(三舟)の国難突破力①』★『『人、戒むべきは、驕傲(きょうごう)である。一驕心に入れば、百芸皆廃す』
2011/06/04 日本リーダーパワー史(157) &n …
-
-
世界の最先端技術『見える化』『読めるよ』チャンネルー『ポケモンGOを作った男、ジョン・ハンケ独占取材』●『「忙しすぎてレベル5」●『ポケモンGO利用者、米国では女性が6割超 「大卒で年収9万ドル」の調査結果』●『「1兆個のチップを地球上にばらまく」孫正義氏が出した“シンギュラリティ”に対する答え』●『「ARMはIoT時代の主役」孫正義氏がほれ込んだチップの可能性』●『「江南スタイル」がYouTubeで26億回再生突破 最新チャートでも13位』
世界の最先端技術『見える化』『読めるよ』チャンネル 「1兆個のチッ …
-
-
『オンライン現代史講座/2・26事件とは何だったのか』②ー『日本最大のクーデター2・26事件(1936年/昭和11年)は東北大凶作(昭和6ー9年と連続、100万人が飢餓に苦しむ)が引き金となった』(谷川健一(民俗学者)
昭和11年に起きた日本最大のクーデター2・26事件の原因には東北大凶 …
-
-
リバイバル★百歳/鎌倉釣りバカ実践入門(234)『海の忍者カワハギ軍団との鎌倉沖決戦・死闘編の巻』★『釣りバカは死んでも治らない、100歳まで生きるよ』
<鎌倉釣りバカ、カヤック日記>『海の忍者カワハギ軍団との鎌倉決戦・ …
