日本リーダーパワー史(699)日中韓150年史の真実(5) 福沢諭吉はなぜ「脱亜論」に一転したか④<英国ノルマントン号事件ー徳富蘇峰のいう『死に至る日本病』の『外国恐怖症』『恐露病』『恐英病』『恐清病』の真相>
日本リーダーパワー史(699)
日中韓150年史の真実(5)
「アジア・日本開国の父」ー福沢諭吉の「西欧の侵略阻止のための日中韓提携」はなぜ「脱亜論」に一転したかー中華思想、事大主義の原罪を問う」④
<英国ノルマントン号事件ー徳富蘇峰のいう『死に至る日本病』の『外国恐怖症』『恐露病』『恐英病』『恐清病』の真相>
前坂俊之(ジャーナリスト)
- 1885年(明治18)4月ー甲申事変の事後処理をめぐって、伊藤博文と李鴻章による『天津条約』が結ばれ、朝鮮で問題が起こり、軍隊を出動させるときは、いずれも相手国に通報する取りきめができて、これが日清戦争での朝鮮へ日本軍が派兵する理由となる。
この天津条約(1885)締結後、日清は一見対等のようにも見えたが、しかし「清国」の対李朝干渉は逆に強化された。
たとえば、朝鮮国王の内政・外交を指導していた「清」の袁世凱は、実質的に朝鮮外交を掌握し、朝鮮の駐外公使の任命、派遣まで「清国」の皇帝の承認が必要だとし、任地では、「清国b」の公使に着任報告、あるいは重要事項の「清国」の駐在公使との事前協議を命じた。
そこで李朝は「引俄拒清」(ロシアに接近し清を拒む).政策に変わった。それは李朝が「清国」「日本」と対等に独立国であることをロシアに承認させ、朝鮮半島に紛争が生じた場合、ロシアが朝鮮半島と列強諸国事的保護を行なうという政策である。
「引俄拒清」の画策は、袁世凱の知るところとなった。袁世凱は、この間題を朝鮮国王に問責すると、国王はすぐ自分が関係していることを否定し、ロシア公使ウエーバーに送った国王印璽のある文書が偽書であり、家臣の仕業であると弁解した。
そのため、袁世凱は李鴻章に進言して、それを画策した李朝のメレンドルフ顧問を解任し、保定に幽閉していた大院君を帰国させ、朝鮮国王を牽制しょうとした。袁世凱はさらに李鴻章に朝鮮国王の廃位を要請することまでしている。
事大主義という伝統は、朝鮮半島では伝統精神だからすぐ投げ出すというわけにはいかない。事大を求める衝動は、宗主国の意向を問わず、自ら進んで阿訣迎合するのである。(黄文雄『歪められた朝鮮総督府』 光文社、1998年)
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1889年(明治19)10月24日ーノルマントン号事件は有色人種差別の典型
- https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%83%AB%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%B3%E5%8F%B7%E4%BA%8B%E4%BB%B6
- https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%82%A4%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%83%89%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%82%AF
- http://blog.livedoor.jp/sho923utg/archives/51790425.html
明治19年10月23日、英国の貨客船ノルマントン号(240トン)は、横浜を出航し、神戸に向かったが、翌24日午後8時ごろ、暴風雨によって和歌山県沖で暗礁に乗り上げて難破、沈没した。ドレーク船長以下イギリス人、ドイツ人からなる乗組員26人は全員、救命ボートで脱出して助かったが、日本人乗客25人や、インド人水夫12人は船中に取り残されたまま残らず溺死した。
このニュースが報じられると、「人種差別の典型」「白人の有色人種差別、非人道的行為」として日本の世論は沸騰し、英国側に抗議が殺到した。
11月5日、ノルマントン号船長ジョン・ウィリアム・ドレークは神戸の英国領事館で、領事裁判権にもとづいて海難審判を受けたが、ドレークは「船員は日本人に早くボートに乗り移るようすすめたが、日本人は英語がわからず、船内に籠もって出ようとしなかったので、しかたなく日本人を置いてボートに移った」と証言、領事裁判官はこれを認めて、ドレークに過失はないとして無罪とした。
当時、不平等条約改正問題が最重要の外交課題となっており、これに必死で取り組んでいた明治政府は、ひたすら外国人の機嫌を損なわないよう努めていた。条約改正の交渉の相手はイギリスであり、イギリス政府との対立を回避して、一切抗議しなかった。
国内世論の抗議は高まる一方で、白人優越主義を糾弾する演説会が各地で開催された。英国人たちは救命ボートにすがりつこうと、手をかける日本人の指を切りつけて、海中に突き落としたという噂話まででて、人々を激昂させた。
政府もこの事態を無視できなくなり、船長を裁判にかけるよう英国側に申し入れた。当時の日本は不平等条約による治外法権のため、直接司法権を行使することは出来なかった。
そのため、井上馨外相は兵庫県知事に命じてドレーク船長らの神戸出船をおさえ、兵庫県知事名で横浜英国領事裁判所に殺人罪で告訴させた。
裁判は十二月七日、八日の両日、横浜の英国領事館で開かれた。ドレーク船長は有罪となり、禁固三か月の刑となったが、他の英国人乗組員は、全員無罪放免され、死者への賠償金は支払われなかった。
この事件は露骨な「白人優越意識」、自人以外の人間など虫けら同然にしか見なさない「有色人種蔑視」の感情を顕わにした事件で、ヨーロッパでもあまりにもひどいという声が聞かれた。
フランスの画家ジョルジュ・ビゴーの風刺漫画で「英国人乗組員は救命ボートに乗って、涼しい顔をしている。日本人は、首だけ出して波間に漂っている。船長は、救助を求める日本人に金を要求している」という内容。
この恨みを当時の日本国民は決して忘れず、ドレークには「奴隷鬼」の字があてられた。この事件で、外国人に領事裁判権を認めている不平等条約の問題点が国民に広く知られるきっかけとなった。
徳富蘇峰のいう『日本病』とは・・『外国恐怖症』『恐露病』『恐ロシア』『恐英病』『恐清病』
徳富蘇峰は、鎖国状態からから脱して開国、明治の日清、日露戦争までの40年の間の急激な変化の中で、日本人が陥った精神状態、日本病についてこう記している。
「日本国民は、二種の病に取りつかれた。1つは外人恐怖病は、直接に外人と折衝した幕府はもちろん、外人と砲火を交えた薩長人、明治維新の志士たちもすべて、この痼疾(こしつ=長年なおらない病気)となった。
彼はとても外人とは、腕競べしてはかなわぬものと諦めてしまった。その不安、恐怖の念が、長らく日本国民の胸底に刻み込まれて国民的不安心、国民的卑下心(外人コンプレックス)となり、明治三十七八年役(日露戦争)までは、幽霊の如く、妖魔の如く、わが国民を悩ましてきたのである」
『恐怖心は、やがて崇拝心となる。……わが外国崇拝熱が、既に維新改革以前より、国民間に感染しつつあった。市井の言葉にも、上等といえば、舶来といい、舶来といえば、上等というように。
外国品は、外国品だけで優等品と認められた。明治年間での外人バッコについて、わが国民が自信力に欠け、自尊心にも欠け、徒らに外人の顔色を見て、一喜一憂するをことの浅間しき言動は、ついには外人を増長させた。
(徳富蘇峰著『大正の青年と帝国の前途』筑摩書房、植民地残酷物語、山口洋一、カナリアコンミュニケ―ションず、197-198P2015)
つづく
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