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地球の中の日本、世界史の中の日本人を考える

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『Z世代のための日本の超天才人物伝⑥』★『Z世代のための生成AIを超えた『世界の知の極限値』★『南方熊楠先生の書斎訪問記(酒井潔著)はびつくり話③』★『先生は本年65歳。数年前より酒を廃して養生に心がけ、90歳まで生きて思うよう仕事を完成して、「死んだら頭の先から爪の先まで売り払って乞食にいっぱ飲ましてやる」と豪語された』

   

 
 記事再録編集

<以下は酒井潔著の個人雑誌「談奇」(昭和5年9月25日号掲載)

「南方先生訪問記」より転載>

 

だいたい日本の本を書く連中には不届きなのが多い。と言いながら、先生は私達の面前へ太い足を、ニューと投げ出す。それから巻煙草を取上げて火をつけようとするのだがなかなかつかない。つかないはずだ。

先生話に夢中になっているので、煙草の先を口にくわえて、吸口のほうへマッチを持っていくのだから、ちょっとやそっとでは点火しそうもない。はなはだ滑稽な寸景だった。注意してあげると、そうかとも言わず持ちかえて、今度はうまく点火した。バッハッと噴火山のように紫煙が昇る。その煙の下から、辛辣な悪口がのべつに飛び出してくる。

人の文章を引用する場合、この頃の著者はどうも原作者に対する礼儀を尽くさない。ひどいのになると、まるで自分の説のように書きかえて平然としている。わしなんかはよくそうした被害者だ。だから今度からは、わざと間違いをつくっておいて、エセ学者が自分の説のように盗んだら、それはどことどこが間違っている。お前なんか本当にその原書を読んだのではないだろう、ザマ見ろとやっつけてやるつもりだ。

君なんかも気をつけねばいかんよ。ここにそうしたエセ学者どもをやっつけた原稿があるから、君のほうへやってもいい。この槍玉に上がった連中のうちには現在著名な民族学の学者の名があったが控えておこう。

(以下略)別の話「心霊術」に飛ぶ。

わしのように完備した実験室も道具も助手も持たない人間が、目に触れるものを片ッ端から顕微銭で覗くなんて面倒なことをしていたら、いつまでたっても一ツだって成功しやしないよ。

だからわしは一種の霊感によって、これはと思う物を採集して来る。するとメッタに的ははずれぬ。たとえ目的の物はなくとも、何か他の発見がある。わしは無駄足を踏まない。また吾輩が旅行から帰るとき、汽船が田辺から数丁のところまで来ると、家で何も知らず寝ている妻の耳に、平常通りのわしの声で、今帰ったとはっきり聞きとれる。そこで妻は戸を開けて待っているのじゃ。

こんなことくらいはちょっと修養ができてる人間なら、誰にでもできる心霊現象じゃ。

極く寒いとき高山へ登って断食した者は経験することだが、夜寝ていると、自分の首がズーと延びて戸外へ出る。それからグルリと右のほうへ廻って、そこに何と何があるということを見てくる。そのとき何かゴトゴトとでも音がすると、首は吃驚してピョイと返って来るが、首は根本から数尺の点でピタリと止まってしまう。しばらくすると、またそろそろ延び出してこのたびは左の方面を観察する。というような奇現象があるそうである。

なお先生の説によると、幽霊と幻影とはその出現する状態が違うとのことである。幽霊のほうは地面と直角に立って出現するが、幻影のほうは観者の背髄と平行して現れるそうだ。

例えば観者が地面と45度の角度をもつ椅子の背にもたれておれば、出現した幻影も地面と四十五の角度をなすということだ。もって珍説奇論となす価値十二分にあろう。

ちょうど席上に大きな硝子瓶があって、その中に二三尺もある気味の悪い蛇が漬けられてあった。先生の話は幽霊から、この蛇に移る。

よく見ると蛇の尾の尖端に、殻を脱いだヤドカリのようなものが寄生している。海老の一種である。

この海老付き海蛇は非常な珍種であって、容易に発見されない。もし漁師がこれを発見したらたいへんな騒ぎになる。この蛇を舟の上で三ツに切り、その一部を海に投げ込み、他の二ツを舶王様として祭っておくと、この舟が出漁するたびに、無数の鰹その他の魚が群がってきて、捕り次第といった豪勢なことになる。自分が漁に出ぬときは、一日いくらでこの舟を賃貸する。たちまちお金持ちになって、楽隠居。目出度し目出度しという宝物だが、怖ろしい猛毒をもっているから、捕獲のときは細心の注意と大胆なる敏捷さが必要だ。

昭和天皇に御前講義

なるほど見れば見るほど凄い面構えだ。これは他の標本とともに先般陛下の御前講演をされたとき、ご覧に入れたものの、そのときの標本の中には、生きた海の蜘味もあったそうだが、これを採集した月は大荒れで、誰も舟を出す者がなかったのを、無理矢理に数人の荒男を激励して、取って来たとのことだが、六十有余の老翁としては実に大した元気だ。

御前講演も予定時間は二十五分間であったのを、例の快弁でまくし立てて一時間を突破したので、謹んで退出しょうとした。この退出のとき、たいへん立派に振舞って、南方先生大いに男振りを上げたと自賛される。

今では日本古式の優雅な礼式なんかは、一般からは忘れ去られたが、新橋あたりの一流の芸者にはまだ残っているようだ。震災前のことだが、吾輩金持ち連中に招待されて、大いに呑んだことがある。座に侍るのは皆一流の連中で、立居振舞いどれも式にかなって美しかったが、中でも笑香?とかいう妓が特に見事だった。

何にしろわしは汚い着物で、鼻をたらして、洒ばかり呑んでいるので、誰も相手になってくれぬのを、その笑香がいろいろと親切にしてくれるので、特別目についたのか知らぬが、言ざ退場というとき、非常に巧みな裾さばきで、くるりと廻った様が今だに目についている。

そこでお付きの者や宮内省の役人達に、南方熊楠は野人であるが育ちもよく、物も心得ているぞということを示すために、例の笑香流で、クルリといとも鮮やかに退出したというわけさ。

あとで加藤寛治軍令部長http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8A%A0%E8%97%A4%E5%AF%9B%E6%B2%BB

なんか、たいへんに褒めていたということじゃ。

君には解らんだろうがと言いながら、虫眼鏡で粘菌の標本を見せて下さる。なるほどさっぱり解らぬからいい加減に敬遠すると、今度は自分で描いた標本図を見せられる。

画用紙へ鉛筆で輪郭をとり丁寧に色彩をほどこしたものである。そんなのが既に三千枚あるとのことだ。先生目下の熱望はこの標本図の原色出版であるが、資金難のためにどうにもならぬ。

いかにもあの標本図を完全に原色製版するには1枚、百円くらいはかかるそうなると、原図で保存するより方法はない。原図で保存するには画用紙はよろしくない。かつ使用していられる絵具顔料も変色しやすい和製物のようだ(違っていたら失礼)。

かかる大切な学術晶は保存のためにも、もっと上等な紙と顔料をご使用なさるように、専門的立場からご忠告申し上げておく。保存上のみならず紙質および顔料の精選ということは、発色の上においても非常な関係がある。

それらの標本図の中には、先生の令息の描かれたものがある。それを暗然と見て、わしの件は高等学校の試験を勉強して病気になったので、今でも病院へ入れてある。それに毎月二百円いるので困った。あれを学校なんかへやらねばよかった。わしの手元で標本でも描かしていたら、今頃一ッぱしの植物学者になっていただろうに……。私はこの瞬間、初めて家庭の人、人の子の父としての先生の半面を見たような気がした。

それからまた、相変わらぬ先生に返って、まるで他人のことでも話すように、祖父の変体的行動や、今和歌山で盛大にやっている令弟の悪口を叩かれる。

このとき私はフト南方先生と画聖ポール・セザンヌとの間に、非常に似通ったところのあることを発見した。二人とも一世の師表たるべき大人物でありながら、エックスとか田辺とかいう辺隅に播居して、世人からは奇人扱いを受け、独り己を高く持している。

セザンヌhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%BB%E3%82%B6%E3%83%B3%E3%83%8C

は常に、あの大きな目をむきながら「皆わしを欺こうとしている。だがわしは決して欺されぬぞ」と言い言いしていたそうだ。こうした世事にうとくて、負けぬ気の強いところは、南方先生も多量に持ち合わせているようだ。そういえばなんだか容貌態度まで似ているように思われる。

まさにあの人を射るような、そのくせ善良そうな目がいかにもこの両偉人の全人格を表現している。それから手入れのしてない巨人な髭、プクブク肥えた身体、構わぬ風采、辛辣な悪口、人嫌い、等々全く不思議なほど似通っている。私の常々崇拝する両偉人が、かくも共通な点を持っていられることは、私にとってはなはだ興味深きことで、かの『回想のセザンヌ』なる、よき伝記を書いたベルナールに倣って、もし許さるるならば『回想の南方熊楠』なるよき伝記の筆を執ってみたい熱望に燃えている。

先生は今まで雑誌などに発表された所論「南方論」とか「南方伝」とかいうものをたいへん不満に思っていられる。その夜も先年『グロテスク』に出た「南方論」について、いつまでもクドクド不愉快だ不愉快だと言い続けられた。

だからこの訪問記にしても、先生のお気に人らぬところもあるか知らぬが、私としては、実際見たまま、聞いたまま、感じたままの先生の最近の姿を正直に措写したのであるから、あたかも生徒が試験答案を提出したようなものである。

採点は先生のご自由だが、さて及第か落第かマフト時計を見た。なんと!夜中の三時半を指しているではないか。午後の七時半から、翌朝の三時半卦で正味八時間の長咄だった。

先生のお話はまだ尽きぬ。ゆつくりしていけとおぅしゃるが、話の切れ目を幸いに、雑賀氏がまず腰を上げた。というと読者諸君は、突然雑賀氏が出現したのに驚いて、今さらのように同氏がこの席上にいたことを思い出して、私が最後まで同氏の存在を忘れていたような書きぶりを、不用意千万だと思われるかもしれないが、実のところこの訪問記における私および雑賀氏の存在は全然認め能わぬというほど、先生が一人で喋りまくったのである。

だから私が雑賀氏の存在を忘れていたわけでも、無理に書かなかったわけでもなく、ごく自然に正直にこの記事を書いたら、こんなものになったのだと了解していただきたい。

先生に門まで送られて、お暇する。それから雑賀氏と顔を見合わせて、初めてホットした。雑賀氏に言わせると先生が今夜のように快談したのは近来ないことだそうな。もって光栄とすべきであろうか!

以上でこの訪問記を擱筆するが、もとよりこれだけでは当夜の話の十分の一にもあたらない。しかしだいたいにおいて、その夜の状況を伝え得たと思っている。私はこのとりとめもないような長い話の中から、何物かを掴み得たことを自信する。

先生はとくに私に向かって、君はまだ若いのだから本当の学者になれ。発見せよ。他人の糟粕を嘗めるな等々忠告して下さった。これが中学校の先生から聞くのなら、当然頭を下げて、その上を通過さしてしまう文句だが、南方先生の口から出たというだけで、今なお私の耳底にはっきり残っている。

先生は本年六十五歳。数年前より酒を廃して養生に心がけ、九十まで生きて、思うよう仕事を完成して、死んだら頭の先から爪の先まで売り払って乞食にいっぱいのましてやると豪語された。

人類のために100歳まで御長命をいのってこの記事を終わる。

 

 

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