前坂俊之オフィシャルウェブサイト

地球の中の日本、世界史の中の日本人を考える

*

「英タイムズ」「ニューヨーク・タイムズ」など 外国紙は「日韓併合への道』をどう報道したか①「英タイムズ」(明治39年1月13日付)「日本と朝鮮』(上)

      2015/09/02

「英タイムズ」「ニューヨーク・タイムズ」など外国紙が

報道した「日韓併合への道』の真実①

 「英タイムズ」<1906(明治39)年1月13日付>の論評「日本と朝鮮』

(本社通信員記事)東京12月5日(上)

11月17日にソウルで締結を見た新協約は.はたして日本人の間にロシアとの講和に匹敵するほどの満足感をもたらしはしなかったのかどうか,その点については疑問の余地があるかもしれない。

朝鮮はそもそも,日露両国の間に戦いを招いた第1原因だった。日本はロシア政府にあてた最終提案で,ロシアが朝鮮から手を引くことを条件に,日本も満州における行動を慎むことを申し出た。実のところ,極東問題に精通した者なら周知のことだが,朝鮮政府に

対するロシアの影響がこれ以上強まらないよう,なんらかの効果的な保証措置を取りっけることは,日本の国策上,絶対に譲れない最低限の要件だった。

ただひとり,ロシア政府だけがこの基本的な事実を無視する挙に出て,戦争を招いたのだ。

仮にも,下関講和条約の締結から1904年2月8日の旅順港の水雷攻撃に至る10年間にロシアがとったのと同じ行動に出る外国があるなら,たとえどこの国であろうと,また

日本との戦争になることは避けがたいだろう。今から20年前は.中国が極東の国際不安を招く主たる要因だった。半独立の緩衝国としてのありように従って,中国は朝鮮に対し,対日問題の処理にあたって絶えず非友好的な妨害行為に出る方針を堅持するようにそそのかした。

その結果,朝鮮を背後で操る黒幕が中国だということを突き止めた日本政府首脳は,あえて武力に訴えて,朝鮮問題に対する中国の影響力行使を一切封じる挙に出た。しかし,中国を退陣させることは,とりもなおさず,代わりにロシアの参入を招くということにほかならなかった。

朝鮮政府はロシアの関心の的となり,それにつれて,日本はこの北方の大国に対して,それまで中国にとってきたのと同様の対処のしかたが必要だということが分かった。日本の国策は,王政復古このかた一貫している。

かねて日本がはっきりと察知していたのは-しかも,これほど早くからそれと見抜いていたのはまさに先見の明と言うべきだが-

ロシアの拡張路線がめざしているのは満州を経由して太平洋に進出することだという点だった。

日本としては,それは必然的に朝鮮をロシア皇帝の支配下に吸収することになると見破っていた。また.朝鮮の名目上の宗主国である中国は,このロシアの動きを制止する上で当てにはできないことも,日本は承知していた。したがって,日本は2つのことを決意した。第1は.朝鮮を中国のうわべだけの保護のもとから解放すること,そして第2は,日本自らが満州の太平洋に開いた門,朝鮮の守護者の地位を占めるということだった。

1895年の一時期,この計画は目的を達したかに見えた。日本は朝鮮から中国を放逐し,中国に遼東半島を割譲させたのだ。しかし,三国干渉が万事をご破算にしてしまった。いや実のところは,三国干渉は中国を復権させたのではなく,ロシアを中国に取って代わらせた。それからというもの,日本は朝鮮を相手に交渉を進めるたびに,かつての中国に代わってことごとにロシア政府の手が動いているのを感じた。

やがてはっきりしてきたのは,行き着くところは2つに1つ,日露の両ライバルが真っ向から衝突をするか,それともいずれかが自制をするしかないということだった。確かに,日本政府首脳は,ロシアとの妥協を試みた。

ロシアが朝鮮のことは関知しないと約束さえすれば,日本はロシアが満州で好きなように振る舞うことに異議を唱えないと申し出たのだ。日本にとって幸いなことに.ロシアはこの提案が本当に意味するところを受け止め損ねた。

それというのも,もしもロシアが10年先を見越し,日本の言うような取決めのもとでの自国の立場が確かに受け入れやすいものだと評価していたなら,喜んで日本の提案に同意したに違いない。

そうなっていたなら,ほぞをかむ日本を尻目に,満州におけるロシアの勢力の着実な足固めが間違いなく進行したことだろうし,同様に朝鮮政府に対するロシアの策動が確実に強まることも,また避けがたかったことだろう。いったんそうした不利な事態を迎えようものなら,日本がはたして勢力を挽回できたかどうかは,きわめて疑わしい。しかし,運命がロシアの判断力を狂わせた。ロシアは一か八か打って出ることを迫られ,ついにはすべてを失う結果となった。

日本は遼東半島を再び手中に収め,朝鮮におけるかなりの行動の自由を確保して,局面を完全に支配したかに見えた。しかし・相も変わらず困った結果を招きがちな要因が1つ,なおも残っていた。朝鮮は近年ずっと列強各国と接触を重ね.幾多の教訓となる実例を目にしながら,なんら独立の可能性を培うこともなしにきた。旧態依然、ひとつも変わるところがなかったのだ。

たとえ国が危機に直面していようと,朝鮮の政治家たちはおかまいなしに,相変わらずの利己的な関心事と汚職と暴力ぎたにうつっを抜かしていた。

国民もまた年がら年中,緊張からか平程を求めてか,見苦しい怠惰な暮しと愛国心のかけらもない無関心な日常を繰り返していた。朝鮮政府にあっては,国際政治とはほかでもない,1つの国を他の国と張り合わせ,うまく漁夫の利を占める策謀をめぐらすことにはかならなかった。

どこかの外国の影響力が圧倒的な強みを見せるようなら,朝鮮の為政者の果たすべき役割は,そのライバル国の台頭を促すことだった。朝鮮の政治家には,それ以外の政治的な手腕を発揮する能力が生まれつき欠けているように思えた。日本人は朝鮮人に向かって,国の政策というものには別の考え方があることを教え込もうと熱心に啓発を試みた。中国との戦争が終結するとすぐさま,手を代え品を代え何年もかけて,さまざまな企てを進めたのだ。

しかし,日本人の懸命な努力のかいもなく,結果は世界の笑い者となり,朝鮮の人間はさっぱり頼りにならず,へたに頼ればかえって痛い目に遭わされることを思い知るのが落ちだった。当時の歴史は,周知の通りだ。

その行き着くところは,皇后暗殺(閔妃(ミンぴ)暗殺)というショッキングな事件となった。

この犯行で日本が負うべき責めは,一部の国際法学者が主張するように政府が故意に暗殺を企てたということではなく.犯行を看過したという怠慢の罪だった。日本が犯した手抜かりは,危機の混乱に乗じて浮かび上がった朝鮮人社会の屑(くず)をしっかりと管理しなかったことだ。その失敗の代償は大きかった。

 

朝鮮宮廷はたちまちロシアの言いなりとなり,

皇帝自らもロシア公使館に身柄の保護を求める事態となったからだ。ロシア公使館に身を寄せている間に,皇帝はさまざまな譲歩文書に署名したが,その1つはロシアが鴨緑江岸の森林伐採権を取得し,竜岩浦に軍事施設を建設することを認めていた。

つまり,皇后暗殺事件はロシアと日本の間に決定的な不和を招くのに一役買ったと言っても差し支えあるまい。事態の一部始終を見るにつけても.日本はますます確信を深めていった。

ソウルでM・デ・シュペイエルとM・バグロフといったロシア外交官の活躍ぶりを見せつけられ,これ以上はためしに朝鮮に信頼を寄せてみる気も消えうせて,このまま朝鮮に外交をやらせておこうものなら,外国の策謀と朝鮮の愚行が極東の平和をかき乱すのを防げなくなると確信するに至ったのだ。

したがって,日本の政治家は大戦争の勃発に先立っていち早く,朝鮮から外交権を取り上げる必要があることを十分に認識していたと想定しても差し支えあるまい。

そういう措置を講じておけば,朝鮮に進歩と改革の道を歩ませるにしても慎重かつ漸進的に進めることができようが,朝鮮という船を改装中にその舵を引き続きソウル政府にとらせておこうものなら,改装工事の方をそれこそ大急ぎに急がなければならなくなる。日本が戦争に勝利を収めても,この確信に根本的な修正を加えることにはならなかった。

つづく

 - 戦争報道

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

  関連記事

no image
『オンライン講座/国難突破力の研究』★『明治維新は西郷と俺で起こしたさ、と豪語する勝海舟(74)の最強のリーダーシップとその遺言とは⑨』★『国は内からつぶれて、西洋人に遣(や)るのだ。』★『百年の後に、知己を待つ』の気魄で当たる』★『明治維新と現在とを対比して国難リテラシーを養う』

2011年7月14日/日本リーダーパワー史(173)記事再録      …

『オンライン講座・ウクライナ戦争の経過』★『ジェノサイド・ロシアの末路(下)』★『歴史は人類の犯罪と愚行と不幸の記録以外の何物でもない』★『赤い旗(共産主義)の利点は殺人者が血に濡れた手を拭っても汚れないこと』★『「プーチン大統領への道」―その秘密に迫る』★『「チェチェン戦争」をデッチ上げた』

前坂俊之(ジャーナリスト) 「歴史は人類の犯罪と愚行と不幸の記録以外の何物でもな …

no image
『リーダーシップの日本近現代興亡史』(215)ー『リーダー不在の人材倒産国・日本の悲劇①> 『明治の日本を興したリーダー』と『昭和の日本 を亡ぼしたダメリーダーたち』(上)★『 近衛文麿 、石原莞爾、松井石根 板垣征四郎、松岡洋右 、富永恭次、野村吉三郎 、永野修身』

  2011/12/30  日本リーダーパワー史( …

『オープン講座/ウクライナ戦争と日露戦争⓶』★『ロシア黒海艦隊の旗艦「モスクワ」がウクライナ軍の対艦ミサイル「ネプチューン」によって撃沈された事件は「日露戦争以来の大衝撃」をプーチン政権に与えた』★『巡洋艦「日進」「春日」の回航、護衛など英国のサポートがいろいろな形であった』』★『ドッガーバンク事件を起こしたバルチック艦隊の右往左往の大混乱』

前坂 俊之(ジャーナリスト) 日英軍事協商の目に見えない情報交換、サポートがいろ …

no image
歴史は繰り返すのか!『現在の世界情勢は1937年8月の「アメリカ/ヨーロツパの情勢は複雑怪奇なり」とそっくり』★『この1週間後にドイツ・ソ連のポーランド侵攻により第2次世界大戦が勃発した★『日本は<バスに乗り遅れるな>とばかり日独伊三国同盟を結び、1941年12月、太平洋戦争に突入する』★『インテリジェンㇲの無知で亡んだ日本』

  「米欧情勢は複雑怪奇なり」   1939年(昭和14)8 …

no image
  ★『 地球の未来/世界の明日はどうなる』 < チャイナ・メルトダウン(1055)>『習近平のメディア・ネットコントロールの恐怖』●『言論規制下の中国で、「ネット経済圏」が繁栄するフシギ』★『習近平、3大国営メディアに「党の代弁」要請 全権掌握へ、「江沢民の牙城」に乗り込む』●『「マスコミの使命は党の宣伝」習主席がメディアの「世論工作」に期待する重要講話』★『中国式ネット規制強化で企業情報がダダ漏れの予感』●『習近平が危ない!「言論統制」がもたらすワナーメディアへの締め付けはいつか反動で爆発も』

  ★『 地球の未来/世界の明日はどうなる』 < チャイナ・メルトダウン(105 …

no image
『リーダーシップの日本近現代史』(154)再録/『昭和戦前の大アジア主義団体/玄洋社総帥・頭山満を研究せずして日本の近代史のナゾは解けないよ』★『辛亥革命百年⑬インド独立運動の中村屋・ボース(ラス・ビバリ・ポース)を全面支援した頭山満』★『◇世界の巨人頭山満翁について(ラス・ビバリ・ボースの話)』

 2010/07/16  日本リーダーパワー史(7 …

no image
『中国紙『申報』からみた『日中韓150年戦争史』⑮ 「甲申事変をめぐる英、米、仏,ロシアの外交駆け引き」(英タイムズ)

  『中国紙『申報』からみた『日中韓150年戦争史』 日中韓のパーセプションギャ …

no image
『リーダーシップの日本近現代史]』(19 )記事再録/『韓国併合』(1910年)を外国新聞はどう報道したか①』<『北朝鮮問題』を考える参考記事>

      2012/01/01&nbs …

『Z世代への遺言」(玉音放送の現代訳音声付)「日本を救った奇跡の男ー鈴木貫太郎首相③』★『鈴木首相の「玄黙」「治大国若烹小鮮」「汐待ち」』★『鈴木首相と昭和天皇の「阿吽の呼吸」で、戦争に終止符を打った<日本の最も長い日>』

  2024/08/20  記事再録再編集 &nb …