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日本メディア(出版、新聞、映画など)への検閲実態史②『満州事変と検閲の実態を調べる。前坂俊之著「太平洋戦争と新聞」(講談社学術文庫、2007年)より。

   

 

満州事変と検閲の実態を調べる。以下は前坂俊之著「太平洋戦争と新聞」(講談社学術文庫、2007年 34-38P)より。

 

一九三一(昭和六)年九月の満州事変前後から、新聞、出版の発売禁止件数(安寧秩序紊乱)はうなぎのぼりに増え、一九三二(昭和七)年にはピークに達した。一九三二年の安寧総数は四九四五件で、新聞紙法二〇八一件、出版法二八六四件である。

新聞紙法違反は昭和七年は二〇八一件で前年の二・五倍、一九二六(昭和元)年の八倍、出版法も含軌た全体の件数は四九四五件で昭和元年の12倍と最高を記録した。

翌三三年も四〇〇八件と減ったものの、共産主義運動が壊滅させられたこと、当局のきびしい取締まりで新聞、出版が自粛、注意したことなどによって、一九三四(昭和九)年には、一三〇〇件と激減した。

一九三二(昭和七)年の差し止め処分の内容は次のようになっている。

 

・満蒙(満州)事変に関する事項     27件

・上海事変に関する事項         14件

・警視庁前不敬事件に関する事項      1件

・五二五事件に関する事項         1件

・財界撹乱に関する事項         10件

・軍事的機密に関する事項        7件

・治安維持法違反被疑者検挙に関する事  4件

 

満州事変では、満州国での「満州国交通政策上の重要事項」「満州国関税制度に関する事項」「満州国の国防問題に関する事項」は三月二二日付で差し止め示達が出た。

三月一七日付で「上海付近の戦闘でわが戦闘員中、捕虜となったものがあるかどうかは陸軍省発表以外の一切の事項」は差し止め示達といった具合である。

こうした報道統制、検閲の中で、記事差し止め、禁止、掲載不可を恐れながらの報道、論評することがいかに難しいか、報道の自由が自明のことになっている今からみても、想像もできない。

では、実際の検閲はどのように行われていたのだろうか。

一九三二 (昭和七)年六月、警視庁では特別高等課が拡張され部となった。検閲係も検閲課となり、係員は警視二警部四、警部補四、巡査一二、書記一と増員され、各警察署に配置された検閲係員八二人が出版警察を担当した。

出版警察の方針として、

  • ➀検挙第一主義に対して執行第一主義、
  • ②風俗主義に対して風俗 安寧並行主義が新しく打ち出された。

警視庁管内の新聞紙は当時2652種類もあり、全国発行の新聞の二四%を占めていた。このうち主要日刊新聞26紙を特別の取締対象としていた。『東京朝日』『東京日日』などの全国紙、一般紙はこの中に含まれていた。

この主要日刊紙に対しては検閲課が直轄して事務に当たり、記事掲載差し止めや解除の通達は直接、課員を各方面に派遣していた。差し止め命令が出て正本を印刷して、各社に伝達する時間は約30分であった。

発禁を受けた場合、各販売店(計1444カ所)に差し押さえの執行が行われるが、各警察署に手配され、警察官への連絡に要する時間は約三〇分であった。

しかし、日刊紙の差し押さえは最も難しく、特に号外は執行不可能といわれた。実際、差し押さえられた部数は一割以下が大半だった。このため、検閲課は行政処分の足りない点は司法外処分の運用によって補っていた。

内務省警保局編『出版警察概観』によると「日支事変(満州事変のこと)に関する記事取締まりに関する件」では出版警察担当者はこう指摘している。

 

「昨秋突発したる日支事変(満州事変)は事態極めて重大にして、もし新聞報道により、軍事上の機密が漏洩して、わが外交関係を悪化させれば、国運の消長に至大の影響を及ぼおそれがあるので、当局は、この種、新聞記事の取締につき関係当局と密接なる連絡協調を保ち取締上遺憾なきを期した」

満州事変以降 取締当局の検閲、差し止め、発売頒布の禁止と、それを何とかうまくかわそうとする新聞社のあいだで熱いかけ引きが演じられた。

しかし、それも急激な軍部の台頭で「非常時」「準戦時体制」に突入していく過程で、新聞、出版への圧力はより強化される。陸軍がコントロールして地方の司令部や在郷軍人会は新聞、雑誌を監視し、憲兵隊は執筆者の身許調査や自宅訪問を行い、圧迫を加え、何か気にくわぬことを書くと、たちどころに不買同盟が結ばれた。

『読売新聞』のコラム「編集手帳」の執筆者として、また名文章家として鳴らした高木健夫はこう回想している。「報道差止め、禁止が毎日何通もあり、新聞社の整理部では机の前に針金をはって、差止め通達をそこにつるすことにしていた。このつるされた紙がすぐいっぱいになり、何が禁止なのか覚えるだけでも大変。頭が混乱してきた。禁止、禁止で何も書けない状態になった」

これは 1941年12月の太平洋戦争開戦後のことだが、この状態「新聞の死んだ日々」になるまでさほど時間はかからなかった。

以下に「マル秘資料」を紹介する。

厳秘)満州事変以来の検閲係勤務概況   内務省警保局作成

 

出版物検閲事務は平時においては社会の公安風俗の維持をその主たる任務となし(新聞紙法第二十三条)、犯罪捜査の秘密保持または軍事、外交上の機密を保護するがごときは主務官庁の権限に属し(新聞紙法貨十九条同罪二十七条等)、内務省検問事務当然の範囲に属せざるを原則となす。

従って全国における新聞紙の発行総数約一万一千余の多数に上り、検閲係一人の一日当たり分担量(普通出版物を除く)約百五十部に相当するも、これら多数の新聞雑誌中、安寧、風俗壊乱の記事を掲載する傾向、常習あるものを除きては、

他は平時においては検問上格段の注意を要せざる平穏の記事を掲載するもの大部分を占むるにより、事変以前においては新関雑誌の発行総数の多量なる割合に比し比較的小人数の検閲係員なるにかかわらず、今日まで辛うじて検閲上大過なく、日常勤務を遂行しおりたる実況にありたり。

しかるに昭和六年九月十八日、日支事変(満州事変)勃発以来、軍務当局の依嘱により内務省也版検閲係が同年九月二十二日はじめて軍事機密に関する新聞記事差し止めを発令して以来、その後満州派兵その他皇軍の移動または満州国内外における国際情勢の変化とともに、事変関係の記事差し止めは別表〔略〕に示せるごとく引き続き頻発せられて、内務省始まって以来空前の多数なる差し止め件数を数うるに至り、ほとんど平均差し止め件数の約十三倍の驚異的指数を示せり。

 

しかしてこれらの差し止め事項は平時の禁止標準たる安寧、風俗に直接関係を有せざる事項なるにかかわらず、いったん記事差し止めをなしたる以上は検閲当局の責任上軍事差し止違反の記事も安寧、風俗の壊乱と検閲上全然同価値の掲載制限事項となるをもって、この範囲においては検閲事務の分量は平常勤務に比し、差し止め件数の数量とまさに相比例して十数倍の割合をもって増加したる結果となれり。

 

しかも、日支問題は「ニュース」価値の点より観るも世界的人気の中心をなす観あるにつき、日々発行せらるる全国約一万何千の日刊その他の新聞紙雑誌にして、軍隊の動員、出発、奮戦、戦死、戦傷、帰還または凱旋等、皇軍の活躍その他日支事変に関連せる問題を掲載せざるものほとんどこれなしというを得べく。

従って平時においては検閲上注意を要せざる普通新聞雑誌といえども、事変後は軍事差し止めの関係上これら万余の新聞雑誌はすべて例外なく軍事、外交に関係ある検閲上の要注意新聞、雑誌たる性質を具有するに至り、従ってたとえば交通、運輸、通信または軍事に関するもののごとき、平時においては安寧、風俗上注意を要せざる新聞雑誌も、事変差し止め後は一々内容を点検精査して軍機漏洩の記事なきや否やを検出せざるべからざるにより。

平時においても人員不足の勤務状態に加うるに、昭和六年秋以来二年余にわたり平時の数倍あるいは十数倍の繋激なる戦時非常勤務に従事したる検閲係員の心身の労苦は言語に絶したるものあり。

(満州)事変以来、局長、課長、事務官を始め検閲仝係員がこの非常時国難に殉ずる底の献身的緊張味をもって、叙上のごとき繁劇なる検閲事務に従事し軍事、外交上の機密保持に粉骨砕身の努力を惜しまざりし事実は、別紙添付の各表〔略〕により明証し得るところなりと思料し参考として提供しおきたり。

なお次に事変関係の検閲事務増加の状況は単に上述の差し止め事項に原因するものに止まらず、今次の満州問題に対する全国民の態度ないし国論の指導統制なか見地よりするも、平時の安寧、風俗上の検閲標準とその趣を異にし、およそ左記列挙のごとき主張に対しては軍事、外交上国策遂行の観点よりこれを抑制して、国家利益の擁護につとむるところありたり。

満州事変の記事で「検閲、差し止めの対象」となったのは・・

➀、昭和六年九月十八日の皇軍の行動を目して自衛行動にあらずとなすもの。

②満州における自衛的軍事占拠を日本帝国の侵略行為なりとなすもの。

③満州における皇軍の行動を帝国主義的日本資本主義の市場獲得ないし資源掠奪のためにする行動なりとなすもの。

④満州における皇軍の行動を軍縮の結果一部軍閥が自己の生存権擁護のためにする軍事行動にして、全国民の総意に出でたるものにあらずとなすもの。

➄満州は一部資本家または軍閥のみの生命線に過ぎずして、労働者、農民の生命線にあらずとなすもの。

⑥満州新国家は三千万満州人の自然的発意に基づく建国にあらずして日本の軍閥ならびに一部政党人の作製せる傀儡国にすぎずして、その支配の実権は日本帝国の掌中にあり遠からず満州新国家も、また軍一の朝鮮たる運命をたどるものなることは時日の問題なりとなすもの。

 

以上列記のごとき事項は軍事、外交上の差し止吟事項と併せてこれを取り締まりたるをもって、これらの主張を掲載して禁止処分に付せられたる新聞紙雑誌が多数の件数を示したるはもとよりなるも。

その他の時局関係出版物(単行本パンフレット類)といえどもなお相当の禁止件数を出したるごとき実状なりしをもって、対露、対満、対米、対支等時局問題を取り扱える出版物の激増と共に検閲事務はいよいよますます繁劇の度を加え、二年有余の長きにわたり連続日夜勤務に従事したる労苦は局外者の想像の外にありて筆舌のよく尽くしあたわざるところなるが、

なかんずく天津または上海派兵の際のごとき動員出発に関する記事取り締まりには係員総動員にて連日徹夜勤務に従事し、全国にわたる禁止件数一夜にして七拾件の多きに上りたるどとき事例もしばしばありて人力以上の劇務に服し。

平時人員をもってよくこれに耐え銃後にありて軍事機密の保護につとめ皇軍の作戦行動上相当の功績を挙げ得たるは、前言のごとく検閲係員一同の非常時国難に殉ずるの緊張せる日本精神と献身的努力の結果なりと思料す。

 

以上は、内務省警保局「日支事変以来の検閲係勤務概況」(原文カタカナ 昭和九年記)『旧陸海軍文書』 マイクロフィルム所収)『ドキュメント昭和史②満州事変と二・二六』平凡社、1975年収録)

 

 

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