世界が尊敬した日本人①米国女性が愛したファースト・サムライ・立石斧次郎
2019/07/29
1
2004、11,1
前坂俊之
1860年(万延元年)6月16日。ニューヨークは日本からのサムライ使節団を一目見
ようと市初まって以来という約50 万人の市民たちがマンハッタンを埋め尽した。
日本人を乗せた馬車がくると、女性たちが一斉に「トミーはどこなの?」「トミーはどの
人?」と大声で叫び興奮はピークに。馬車の条約箱の後ろに陣取ったトミーが現れる
と、「トミー!こっちを向いて!」「トミー、バンザイ!」と大歓声。トミーは笑顔で手を振
って応えた。『彼があの中で一番ハンサムね」とため息や悲鳴が上がり、ジャパンフィ
ーバー、トミー・コールが続いた。(『ニューヨーク・ヘラルド』1860 年6 月17 日付)
ペリーが黒船で来航し、日米和親条約(安政元年=一八五四年)が結ばれてから今
年でちょうど百五十年。万延元年(一八六〇年)二月、幕府遣米使節団=新見豊前守
(正興)正使ら計77 人=は日米通商条約を米ホワイトハウスで批准するため咸臨丸
とともに米軍艦の蒸気船『ボーハタン号』で太平洋を渡った。アメリカ議会は一行を国
賓待遇で迎えたが、その中で一人、人気が集中しアイドルと化したのが、トミーこと最
年少の十六歳の通詞見習い立石斧次郎である。
イケメンの〝ファースト・サムライ〟トミー(立石斧次郎)は、全米に一大旋風を巻き起
こした。女性からラブレターが殺到し、彼をたたえる「トミーポルカ」という歌までできた。
ヤンキースの松井選手やイチローの人気どころか、アメリカで最高にモテた仰天の日
本人だった。
一行は太平洋を二ヵ月間かかってサンフランシスコに到着、ワシントンへ行き、ブキャ
ナン大統領に謁見、ホワイトハウスで正式に条約批准書に調印。ボルチモア、フィラ
デルフィア、ニューヨークと回った。使節団はいく先々で、圧倒的な歓迎を受け、各都
市では盛大な歓迎祝典の行事が繰り広げられた。
米政府は鎖国を解いたアジアの大国・日本が米国と最初に通商条約を結び、使節団
を派遣したことを歓迎し、メディアもはじめてくる日本人に興味津々で、特派員を派遣
2
して大々的な報道合戦を繰り広げた。ホワイトハウスの訪問や調印式、ニューヨーク
のパレードなどは大特集で数ページにわたって驚くほど詳細に伝えている。中でも使
節団の一行よりも、トミーにスポットライトを当てて報道した。
『ニューヨーク・ヘラルド』紙(1960年六月十七日付)は「トミーは、若き日本の美しい
代表である。一行の主だった人々は、冷たい威厳のある態度であるが、トミーはそれ
と対照的で、ざっくばらんで明るい。」
『ハーバース・ウイークリー・ニュース』(六月二十三日付)はトミ-の写真を掲げて、ワ
シントン滞在中の動静を伝えているが、『婦人たちの間で大変なお気に入りとなった。
気立てのやさしく、人柄もかなり良く、その上新しい状景や珍しい同席者に自分を適
応させる道を心得た若者である』
「トミ-は記者に対して、この国で適当な妻を見つけて、その人と永久に和やかに暮し
たいので、日本に帰りたいなどとは決して思わない、と打明けた。』(トリビューン)など
その一挙手一投足にスポットライトをあて、センセーショナルに報道した。
トミーは米国人とすぐにうち溶け、英語を積極的に覚え、他のメンバーがしりごみする
中、ただ一人、客車から蒸気機関車にのり、汽笛を鳴らしたり、消防士に交じってホー
スで放水したり、コミュニケーションを深めていった。フィラデルフィアでは「ピアノの伴
奏で日本の歌とアメリカの歌を歌って婦女子の喝采を浴びた」 (フィラデルフィア・イ
ンクワイヤラー)と報じられているが、この時の日本の歌は『お江戸日本橋』であった。
米国の少女に恋をして自分の髪を切って与えたとも報じられた。米国人女性とキスを
した最初の日本人もトミーである。
トミーの人気を決定づけたのが、『ニューヨーク・イラストレイテッド・ニュース』(一八六
〇年六月二三日付)で、第一面にトミーのイラスト全身像の写真とともに記事がドデか
く掲載された。「トミー、日本人の陽気な男」と題した長文のトップ記事はこんな調子で
絶賛した。
『良き一団には必ず随行する陽気なお供がいるもので、日本使節もその例外ではな
い。一行にはトミ-がいて、何人も楽しませ、婦人たちや美しい少女たちに、一目でも
あいたいとおもわせる名物男で、しかも彼ほどの男は他にいない。彼ははしゃぎまわ
る、陽気な男で、その素敵ないい顔立ちはまんまるで、ふくよかだ。彼は不滅であり、
この国の歴史のなかで今後もずっと永遠にトミ-である』と書いている。
3
今、ヤンキースの松井選手やイチロー選手のように米メディアでも大きく取り上げられ
ているが、この150 年間でみてもトミーはほど米女性にもてた日本人はいない。
トミーは異文化コミュニケーションのスキル(技術)を自然と体得していたのである。
長い鎖国が続いたので、使節団が異文化を理解できなかった中、ただひとりトミーは
異文化コミュニケーションに成功し、人気者になった。
異文化コミュニケーケーションでの言葉の占める割合は意外と低い。最も大切なの
は、外国人と積極的に交流しようという気持ち、積極性、友好心、言葉以外の顔の表
情、笑顔、米国人のような陽気な性格(はしゃぎや魂)、アイコンタクト(目配り)、ジェス
チャー(身振り)といったさまざまなボディーラングウエッジ(肉体言語)であり、根本は相
手文化への尊敬、その文化を理解しようとする熱意、情熱である。
トミーの成功の秘訣は誰からも教わることなく、人権尊重、レディーファースト、個人主
義の理念などの西洋文化をいち早く理解したその異文化コミュニケーションスキルの
高さにあり、それを実践できたことだが、このような国際交流術を身につけたのは天
性の資質があったのであろう。
これだけ人気を博した日本人は、日米150年の交流史の中でも例がない。ただ、日
本の研究者の間で評価はそれほど高くはない。咸臨丸で同行した福沢諭吉や勝海舟、
小栗上野介らは研究し尽くされているが、トミーについては若くて人気者になった道化
役、トリックスターとして取り上げられることばあっても、異文化コミュニケーションにた
けた先駆的な人物という視点でこれまで評価されたことはなかった。
日本では立石は成功しなかった。帰国後は明治政府から目をつけられ長野桂次郎と
名を変え岩倉派米使節団に同行して、再び訪米し、その後、工部省の役人や、北海
道で開拓史になったが出世せず、役人をやめハワイに渡って移民監督官になったが
うまくいかず、2年で帰国。47歳で大阪控訴院の通訳官などをして73歳でなくなった。
海外留学生の多くが明治政府下で出世した中で、立石その卓越した異文化コミュニ
ケーションの能力を活かされることはなかった。
日本のその後の英語教育は英語の読み書きのみに最重点がおかれ、異文化コミュ
ニケーションへの視点が欠けていた。現代人がトミーから学ぶことば多いのではない
だろうか。
(前坂 俊之=静岡県立大学国際関係学部教授)
4
関連記事
-
-
『Z世代へための台湾有事の先駆的事例<台湾出兵>(西郷従道)の研究講座㉔』★『中国が恫喝・侵略と言い張る台湾出兵外交を絶賛した「ニューヨーク・タイムズ」 (1874(明治7年)12月6日付)「新しい東洋の日本外交」』
2013/07/20   …
-
-
「Z世代のための台湾有事の歴史研究」★『2023年台湾有事はあるのか、台湾海峡をめぐる中国対米日の緊張はますます高まってきた』★『過去千年にのぼる中国・台湾・日本・琉球の戦争と歴史のねじれを研究する』①
前坂 俊之(ジャーナリスト) ヨーロッパでは、多く …
-
-
『Z世代のための天皇論講座』★『日本リーダーパワー史(199)『約110年前の日本―「ニューヨーク・タイムズ」が報道した大正天皇―神にして人間、即位とともに神格化』(上)再掲載
2011/10/16 日本リーダーパワー史(199) 『ニューヨーク …
-
-
今から80年前に発行されていた驚異のマンガ全集『現代漫画大観』〈全10巻〉大空社から復刻する
今から80年前に発行されていた驚異のマンガ全集を復刻する   …
-
-
速報(67)『日本のメルトダウン』●(小出裕章情報2本)『今までと違う世界に生きる覚悟』『ストロンチウムよりセシウムが影響大』
速報(67)『日本のメルトダウン』 ●(小出裕章情報2本)『6月8 …
-
-
日本メルトダウン( 986)-『トランプ次期米大統領の波紋』 ●『トランプ次期大統領「就任初日にTPP離脱通告」 2国間協定交渉へ』★『【社説】浮上するトランプ政権の全容 次期閣僚への打診を本格化、意外な名前も』●『オピニオン:トランプ不安、日本の「改憲」後押し=エモット氏』●『尖閣で日米同盟が試される…米メディア』▼『ポピュリストの波、メルケル独首相も飲み込むか』◎『コラム:トランプノミクスは日本経済に追い風か=河野龍太郎氏』
日本メルトダウン( 986)—トランプ次期米大統領の波紋 …
-
-
速報(366)『日本のメルトダウン』総選挙前にー原発廃炉まで50年、迫る巨大地震を前に事故を忘れ去りたい無責任な政治家、企業
速報(366)『日本のメルトダウン』 総選挙を前にー原発廃炉まで5 …
-
-
『オンライン講座/三井物産初代社長/益田 孝(90歳)晩年学』★『『千利休以来の大茶人・「鈍翁」となって、鋭く生きて早死により,鈍根で長生きせよ』★『人間は歩くのが何よりよい。金のかからぬいちばんの健康法』★『 一日に一里半(6キロ)ぐらいは必ず歩く』★『長生きするには、御馳走を敵と思わなければならぬ』★『物事にアクセクせず、常に平静を保ち、何事にもニブイぐらいに心がけよ、つまりは「鈍」で行け。』
2012/12/06 人気記事再録/百歳学入門(59) …
-
-
日中対立の先駆報道の研究『日清戦争にみる<日中誤解>(パーセプション・ギャップ)の衝突②『日本に天誅を下せ』『申報』
尖閣問題・日中対立の先駆報道の研究 (資料)『日清戦争にみる<日中誤解>(パーセ …
-
-
「チャットGPT」で「リープフロッグ」せよ』★『AI研究の第一人者・松尾豊・東大大学院教授は「インターネット時代には日本は遅れたが、AI時代には「リップフロッグ」(カエルの二段とび)でフロントランナーなれる」★『絶好のチャンス到来で、デジタル日本経済の起爆剤になる』
前坂俊之(ジャーナリスト) 「チャット GPTの出現で、「ホワイト …
- PREV
- 正木ひろしの思想と行動('03.03)
- NEXT
- 「センテナリアン」の研究