『リーダーシップの日本近現代興亡史』(212)『今から100年前の大正時代に世界一の<巨大商社/鈴木商店を作った>財界のナポレオン・金子直吉伝』①
福沢桃介著『財界人物我観」ダイヤモンド社、昭和5年版が原典よりの我流現代文になおす。
金子直吉伝
四国の南端、薩摩藩のそよ吹く土佐の国はわが財界に二大偉人を送った。岩崎弥太郎と金子直吉だ。弥太郎は人も知る通り現今三井と並び称せられる世界的富豪三菱の鼻祖、時代が違ってるとはいうものの、彼が死んだ時の三菱の財産は精々約二千万円、その事業は三菱汽船会社(後に郵船会社となる)、高島炭磯位のものであった。
これに引き換え、鈴木商店すなわち金子の事業は、弥太郎逝去当時の三菱の比ではなかった。日本において他の追従を許さざるのみならず、世界の桧舞台に押し出しても当然ファスト・クラスに匹敵するものだった。
鈴木の支配下における事業と投資額はザット次の通り。
製鋼製鉄業……………四〇、〇〇〇千円
造 船 業…………‥三〇、〇〇〇千円
人造絹糸工業……… 三五、〇〇〇千円
製油(大豆油)工業 一〇、〇〇〇千円
硬化油工業…………‥…六、〇〇〇千円
樟脳事業…………‥… 六、〇〇〇千円
薄荷事業……………… 二、〇〇〇千円
窒素工業……………… 六、〇〇〇千円
製 錬 業…………・三〇、〇〇〇千円
石 炭 業………… 二七、〇〇〇千円
汽 船 業‥‥‥…‥三〇、〇〇〇千円
製 糖 業……………一〇、〇〇〇千円
石 油 業……………一〇、〇〇〇千円
製 粉 業………‥…一〇、〇〇〇千円
毛 織 業………………五、〇〇〇千円
紡 績 業………………七、〇〇〇千円
酒類(ビール、焼酎業)七、〇〇〇千円
倉 庫 業…‥ ‥六、〇〇〇千円
開墾埋立…………… 六、〇〇〇千円
燐 寸 業………………三、〇〇〇千円
塩 業………………三、〇〇〇千円
支那煙草業…………… 二〇〇〇千円
南洋植林業…………… 二、〇〇〇千円
西伯利亜木材業……・ 四、〇〇〇千円
セルロイド工業…・ 二、〇〇〇千円
ファイバー工業……‥ 二、〇〇〇千円
ゴ ム工業・… 一、〇〇〇千円
レザー工業……・ 二、〇〇〇千円
乾溜工業:…:…:…‥ 四、〇〇〇千円
保 険 業…・ 一、〇〇〇千円
染料工業……‥ 二、〇〇〇千円
線綿工業…………… 一、〇〇〇千円
無線電信業…・ 一、〇〇〇千円
漁業………・ 一、〇〇〇千円
合計…3億2100万円
投資額約三億二千百万円、会社五十余、これだけのぼう大な資本と会社を、五千万円の合名会社鈴木商店と五千万円の株式会社鈴木商店で動かしていたのだ。そして製造工業やその他の事業の他に世界を股にかけてわが輸出入貿易の大半を取り扱い、一年の商売高は十億を算し、大正八、九年の全盛時代には十六億に上ったという。
三井物産の昭和三年における商売高は十二億六千万円で、会社創立以来の最高記録であったが、大戦前後は十二億円位だったから、当時はさすがの三井も鈴木には及ばなかったとみえる。
当時スエズ運河を通過した船舶積荷の分量からいっても、鈴木関係は約一割を占めていたそうだ。そして大戦中に鈴木の手で外貨をわが国に吸収した額は無慮十五億に達した。もって鈴木がわが国の貿易に偉大なる貢献をしたことがわかる。
のみならず鈴木は人造絹糸、製油、樟脳再製、窒素工業のどときわが国に必要な基礎工業にも先鞭をつけた。その英雄的行為は驚嘆するにあまりあるではないか。
ナポレオンはモスクワの戦に一敗地に敗れて遂にセントヘレナで悶死したが、やはり彼は歴史上の偉大なる英雄たるを失わぬ。それと同じく昭和二年四月、若槻内閣当時、例の金融動揺に遇って鈴木商店は脆くも没落したが、主脳者金子はわが財界におけるナポレオンに比すべき英雄だ。
由来、実業家に婦人道徳(男女関係)は不向きと相場が定まっている。君子人をもって目せられた荘田平五郎でさえ、清浄無垢の人ではなかったようだ。しかるに金子はオギャーと生まれて六十三歳の今日に至るまで、女房の外に道楽の味を知らぬという聖人である。
英雄すでに不世出、聖人に至ってはなおしかり。いわんや英雄にして同時に聖人たる金子のごときに至っては、幾百幾千年の問に二人を求めることは無理であろう。
つづく
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