前坂俊之オフィシャルウェブサイト

地球の中の日本、世界史の中の日本人を考える

*

日本興亡学入門⑩ 『企業利益よりも社会貢献する企業をめざせ』ー渋沢栄一、大原孫三郎、伊庭貞剛

      2019/01/09

日本興亡学入門                  09年6月16日  
 
 
       毎日新聞情報調査部副部長・前坂俊之
 
 
 
以下の文章は今から18年前の1991年にある雑誌に書いた文章です。当時から日本株式会社のあり方に警鐘を鳴らしていた点をわかっていただくために掲載いたしました。
 

″日本株式会社″は今年で創業百二十二年目を迎える。明治二年(一八六九) に福沢諭吉、早矢仕有的らによって横浜に設立された貿易商社「丸屋商社」(現・丸善)が日本で初の株式会社である。
 
 以来、百二十年余。今や世界一の〝日本株式会社国家〟に成長したが、喜ぶのは早すぎる。あらゆる組織は内部的要因によって崩壊するといわれるが、このところ、日本の政治、経済には大きな亀裂、赤信号が激しく点滅している。
 
 この数年間のバブル経済の常軌を逸した狂乱のツケが今、襲ってきている。その無残な象徴が住友銀行・イトマン事件にみる金融機関の暴走であり、″リバイアサン〟と化した企業は貿易摩擦を世界中で引き起こし、国内的には鼻つまみ者の一億総にわか成金と化し、サラリーマンが真面目に一生働いても家一軒買えないという異常事態を生んでしまった。この結果、コレステロールが全身にたまった高血圧症の老人に似た、重症の肝臓病患者に日本経済もかかってしまった。
 
 「経済は一流、政治は二流」とこれまで言われてきたが、経済も一流どころか三流であり、湾岸戦争での日本の政治に至っては五流以下であるお粗末さを示した。日本の成功は二十一世紀までもたないのではないかと思う。
 
 その理由は政界や財界のトップリーダーの″老害化〟そのものであり、その志の欠如、哲学の貧困であり、何よりもリーダーたちの社会的責任感の欠如である。戦前、世界を知らぬ無知な軍人たちのオゴリと老害による軍国主義の暴走によって日本は自滅してしまったが、今度は会社主義、お家大事主義の無知とオゴリと無責任で同じ失敗の道を歩むのではないかと気になる。
 
 今回イトマン事件の本家・住友グループでは明治時代の「中興の祖」といわれる伊庭貞剛(1847~1925)は明治三十七年、五十八歳の時、「事業の進歩発達を最も害するものは、青年の過失ではなく、老人のバッコである。老人は少壮者の邪魔をしないことが一番肝要である」と唱えて、住友総理事のポストをサッサと若い四十余歳の鈴木馬左也に譲って、引退してしまった。
 
あくまでポストにしがみつき、誤断して組織を荒廃させ企業倒産に至る老残、老醜の経営者や、国を崩壊させる国家リーダーるが多い中で、全く見事な退き際であった。
 伊庭は住友の本山・別子銅山が大争議でつぶれるかどうかの瀬戸際を奇跡的に解決した人物だが、「老害」きびしく戒めて、以後の住友大発展の精神に魂を入れたのである。
 
 二十一世紀に向け急速なパワーシフトが起きている現在、日本のあらゆる組織の中でガン化している老害こそいち早く克服しなければ「死にいたる病」となる。明治には伊庭のような毅然とした志の高く、私益よりも公益を重んじた人物が少なからずいて、今日の日本経済の発展の基礎を作ったのである。
 
  そういえば、日本株式会社、日本資本主義の父である渋沢栄一(1841~1931)は、一身一家のための富の蓄積など全く考えず、社会や国家の繁栄を絶えず念頭に置いていた。三菱や三井、住友のような財閥を作り、個人で巨万の富を貯財しようと思えば、渋沢の力をもってすれば簡単に出来たが、社会的責任を自覚していた彼は一切そんなことはしなかった。
 
 明治初め、ガス事業は公共事業であり、東京府(現在の都)の所轄であった。ところが、営利事業を行うのはけしからんと、浅野総一郎(日本セメント創業者)らが、ガス局の民間払い下げを要求した。
 当時、ガス局長であった渋沢に対し浅野は「十五万円の分割払いで払い下げてほしい」と迫ったが、巨額の投資をしていた渋沢は府民の財産に損害を与えるとこれを敢然と拒否した。
 
 浅野は「利益の一部を贈るから」と渋沢にワイロ戦術に出たが、これに対して渋沢は「盗賊と同じ」とカンカンにおこって、より激しく拒否した。二年後に渋沢自ら二十五万円で払い下げたのが、現在の東京ガスの前身である。資本主義における〝公正〟(フェア・プレー)を渋沢は体現していたのである。
 
 過剰な輸出によって「貿易黒字」を積み上げて自国だけもうける一方で、輸入することを知らない。「富を外国に回していく」、相手にも利益になる金の使い方を全く知らない日本、この金を使う哲学のない日本が不公正な日本、ずるい日本として、世界中から批判されたのです。最近、その反省からか「企業メセナ」(文化的支援)「フィランソロピー」(企業の社会的貢献)がにわかに注目を集めている。
 
 これも、明治・大正には志の高い、尊敬すべき企業人がいたのである。倉敷紡績の創始者・大原孫三郎(1880~1943)である。大原は大原美術館、大原社会問題研究所、労働科学研究所、農業研究所を始め、大病院や孤児院まで「自分はもうけた金はすべて、社会のために使い果たすつもりである」と提供した。
 
大原はもうけた金をすべて社会や文化的な事業につぎ込んで、社会に還元しその額は現在の金額で一千億円近くになる。日本の実業家の中で、こんな多額の金を社会に還元した実業家はいない。
 
一体、何のために企業はあるのか。国家のワクがボーダレス化している中、社会へ貢献する企業こそ、今後求められるものに違いない。日本経済の創業者精神を今一度かみしめるべきときである。
 

 - 人物研究, 現代史研究

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

  関連記事

no image
日本リーダーパワー史(870)―『トランプ大統領の暴露本ショックが世界中に広がっている』★『無知で乱暴で品性下劣なトランプ主演の支離滅裂なドタバタC級西部劇を毎日見せつけられて世界中の人々は怒り心頭である』

日本リーダーパワー史(870) トランプ大統領の暴露本ショックが世界中に広がって …

『オンライン/日本興亡史サイクルは77年間という講座②』★『明治維新から77年目の太平洋戦争敗戦が第一回目の亡国。それから77年目の今年が2回目の衰退亡国期に当たる』★『憲政の神様/尾崎行雄の遺言/『敗戦で政治家は何をすべきなのか』<1946年(昭和21)8月24日の尾崎愕堂の新憲法、民主主義についてのすばらしいスピーチ>』

2010年8月17日 /日本リーダーパワー史(87)記事転載  &nb …

no image
片野勧の衝撃レポート(67)戦後70年-原発と国家<1955~56> 封印された核の真実 「平和利用原発なくして経済発展なし今なお、解除されていない緊急事態宣言(下)

片野勧の衝撃レポート(67) 戦後70年-原発と国家<1955~56> 封印され …

no image
百歳学入門(105)本田宗一郎(74歳)が画家シャガール(97歳)に会ったいい話「物事に熱中できる人間こそ、最高の価値がある」

百歳学入門(105) スーパー老人、天才老人になる方法— 本田は74歳の時、フラ …

no image
『日本占領・戦後70年』昭和天皇の『人間宣言』はなぜ出 されたのか②『ニューヨーク・タイムズ』などの『占領政策と天皇制』の論評

・ 『日本占領・戦後70年』 「1946年(昭和21)元旦の天皇の『人間宣言』は …

「パリ・ぶらぶら散歩/ピカソ美術館編」(5/3日)②「ピカソはオルガ・コクローヴァーの完璧な無表情と平静さを湛えた美しさを数多く肖像画に描いている」

『F国際ビジネスマンのワールド・カメラ・ウオッチ (108)』 パブロ …

no image
『縦割り110番/オンライン/デジタル庁はすぐ取り組め動画』ー日本の最先端技術「見える化」チャンネル 『働き方改革』EXPO(幕張メッセ20201/9/16)での「スーパープレゼン」紹介― ドレ ロドリゲス グスタボCEOによるアルバイトの入社手続きをラクに、簡単に、シンプルにできる「WelcomeHR 」(クラウド労務サービス)」

日本の最先端技術「見える化」チャンネル 『働き方改革』EXPO(幕張メッセ202 …

『F国際ビジネスマンのワールド・カメラ・ウオッチ(117)』ピカソが愛した女たち《ドラ・マール》の傑作2点「泣き女」との対比

『F国際ビジネスマンのワールド・カメラ・ウオッチ(117)』 「パリ・ぶらぶら散 …

no image
<まとめ>『日本興亡学入門』2018年は明治維新から150年目ーリーマンショック前後の日本現状レポート(10回連載)

 <まとめ>『日本興亡学入門』 5年後の2018年は明治維新から150 …

『ウクライナ戦争に見る ロシアの恫喝・陰謀外交の研究⑦』★日露300年戦争(3)★『『露寇(ろこう)事件とは何か』―『教科書では明治維新(1868年)の発端をペリーの黒船来航から書き起こしている。 しかし、ロシアの方がアメリカよりも100年も前から、日本に通商・開国を求めてやってきた』

  2017/11/16日露300年戦争(3) 『元寇の役』 …