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日本リーダーパワー史(83) 近代日本二百年で最大の英雄・西郷隆盛を理解する方法論とは・(上)

      2019/06/07

日本リーダーパワー史(83)
近代日本二百年で最大の英雄・西郷隆盛を理解する方法論とは・(上)
            <リーダーシップは力より徳>
             前坂 俊之(ジャーナリスト)
 
 
徳川幕府末期から明治維新、明治、大正、昭和の戦争を経て、現在までの近代日本200年で、最大の日本人とは一体誰でしょうか。英雄と言いかえてもよろしい、近代日本で最大の英雄とは・・・英知と果敢な行動力にたけて日本をチエンジしたトップリーダーは「勝海舟」であると、イザヤ・ベンンダサンこと山本七平は「日本人とユダヤ人」(1970、山本書店)で折り紙を付けているのです。「勝海舟こそ第一等の日本人であると」ー『そして、その海舟が自分以上の大人物とさらに驚いたのが、西郷隆盛です。つまり、日本最大の英雄、人物は西郷であるというわけだが、山本の説明を聞いてみることにしましよう。
 
山本七平はこう書いています。
 
「日本人を手っとり早く理解するにはどうしたら良いか、と外国人から相談をうけた場合、私は即座に『氷川清話』を読めということにしている。確かに、源氏・平家、枕の草子より徒然草、さらに漱石、鑑三、川端康成まで読み、さらに仏典から日暮硯、駿台雑話まで読めば良いのだろうが、外国人には(専門家は別だが)それだけ読破するのは到底不可能だから、私は前記の書をあげる。   

ただこの書にも難点はある。言うまでもなく『氷川清話』は勝海舟の談話を筆記したものだが、その中で海舟が言及しているさまざまの人物や、その人物が活動した明治維新という背景がわからないと理解できない。しかしそれらについてある程度の予備知識があれば、これにまさる本はない。

 
 まず第一に勝海舟という人物が、その時代の第一級(もちろん全地球上での)の人物であったことによる。これほどの人物は確かに全世界を通じて一世紀に一人も出まい。   

彼と比べれば同時代のナポレオン三世などは紙屑のごとく貧弱である。三度の食事も満足にできない貧家に生れ、十二歳にして将軍家慶に見出されて以来、海軍の創設、感臨丸による渡米は言わずもがな、長州征伐、対外折衝、その他すべての難局には召し出されてその任にあたる。その間、反対派の刺客に常につけねらわれながら一人のボディガードも置かず、両刀さえもたない。現状を正確に分析し、当面の問題を解決する手腕は文字通り快刀乱麻を断つで常人とは思えないが、一方、遠い将来をも正しく予測している、実にすばらしい人物であって、まさに「政治天才」の民族の典型であり超人であるといってよい。

事実、彼のことを少しでも知った外国人で、彼に感嘆しない人間はいない。私なども、イスラエルの歴史に、こういう人がひとりでも居てくれたらと思う。
 

 彼のことを知れば、彼が、その時代の世界第一級の人物であったことに異論がある者はおるまい。ところが、この超人・勝海舟が「偉いやつじゃ」といって無条件で頭を下げている人間が、二人だけいる。西郷南州と横井小楠である。『氷川清話』でもこの二人を称賛しているが、小楠のことはくわしく書いてないので、ここでは彼の語る南州を取り上げてみょう。
 
海舟は、彼の名を口にするたびに、ただただ讃嘆しきっているが、これは尋常のことではない。彼は一面、非常に辛辣で人をくった人間であることは同じく『氷川清話』の次の一文で明らかなのだから。   

「おれが始めてアメリカへ行って帰朝した時に御老中から『そちは一種の眼光を具えた人物であるから、定めて異国へ渡りてから、何か目をつけたことがあろう。つまびらかに言上せよ』とのことであった。そこでおれは『人間のすることは、古今東西同じもので、アメリカとて別にかわったことはありません』と返答した。

 
ところが『さようではあるまい。何かかわったことがあるだろう』といって再三再四、問われるから、おれも『さよう、少し目につきましたのは、アメリカでは、政府でも どこでも、およそ人の上に立つものは、みなその地位相応に怜悧(賢い)でございます。この点ばかりは全くわが国と反対のように思いまする』と言ったら、御老中が目を丸くして、『この無礼もの控えおろう』と叱りつけたっけ、ハハハハ……」と。
 
また海軍卿であったころ、来日したイギリスの海軍大将に平然と「貴国の女王陛下が喫せらるるものは何ぞ」と問い「大将あやしみてパンと肉をおいてまた他にあらんや」と答えると「足下も、まじめな大将なるかな」と言うぐらい、人を食ったところがあった。」
 
この眼中に人なしともいえる海舟が西郷だけは再三ほめたたえて「こんな大人物はいない」というのだから、その偉さは常人にははかりしれない。
 
また次のようにも山本は書いている。
 
「また勝海舟の彼(西郷)への態度であるが、この実に怜柳・俊敏な人間が、彼に対してだけは別人のようになってしまう。   

有名な品川における西郷・勝の会談は、絶対にヨーロッパ的な意味における交渉ではない。唯一の交渉らしい点は、その前日に勝が、皇女和宮を人質にするようなことは絶対にしないと西郷に保証した一事ぐらいのものであろう。あとは、勝はすべてを西郷にまかせるという。

 
ところが西郷の方は、江戸のことはよくわからないから、すべてを勝にまかせるという。巧みにイギリスを動かして対馬からロシアを撤退させた、ある意味では実に狡知にたけた外交官勝海舟の姿はここにはない。   

さらにいよいよ江戸城あけ渡しで、双方から六人ずつ委員が出る。官軍の六人委員が江戸城に入ってくるわけだが、城内には殺気がみなぎっている。

この六人を斬り殺して城を枕に玉砕しようという考えが、一瞬すべての人の脳裏を走る(海舟すらー彼の告白によれば)。官軍六人委員にもそれが自然に伝わる。

名をあげていないが、そのひとりは、気が動転したためかぞうりを片方だけぬいで片方はいたまま城内に入るという珍事まで起こす。

六人委員のひとり西郷は、席につくと居眠りをはじめ、やがてぐっすりと寝てしまう。-こういうエピソードが次から次へと語られ、それを語るたびに、海舟は、「西郷は偉いやつじゃ」と嘆声を上げるのだが、さてどこが偉いのか。軍の、超人であり、また徹底的俗人(すなわち非宗教的人間)であった膵は、西郷の何を偉いといっているのか。

 
一つの鍵がある。
 
「とにかく西郷の人物を知るには、西郷ぐらいの人物でなくてはいけない。俗物には到底わからない。あれは政治家やお役人ではなく、一個の高士だもの」という言葉である。西郷は政治家ではないのである。高士だという。高士とは何か、俗物にはわからないという。それならば聖人か聖者であろう」
 
ここで、英雄なり、リーダーを後世のものはどのように理解すればよいか、という問題が出てくる。私はこの連載の<日本リーダーパワー史(32)『英雄を理解する方法とは―『犬養毅の西郷隆盛論』』で、次のように書いている。
 
「偉人を理解することは難しい。英雄を理解することはさらに難しい。人物を理解する道は第一に、当人の書いたもの話したものを見聞して、自分も頭で判断することである。鵜呑みにしてはいけない。次はその人物を直接知る人間、当事者の証言であり、作家、学者による研究書は三番目である。作家の創作、研究では資料の少なさも手伝って、推測がどうしても入りやすい。特に、小説の場合はなおさらである。   

事実ではなくフィクションだからである。どうしても、時代とともに偉人は美化され、英雄視されがちである。西郷隆盛、坂本竜馬しかり。日本の英雄として何十倍もの虚像が膨んでおり、その実像をつかむのは容易でない。

NHKが取り組む司馬遼太郎の「竜馬がゆく」「坂の上の雲」の場合も言うまでもなく、歴史小説ドラマであり、これが竜馬であり、明治維新であり、日露戦争の真実であったと思うと、とんでもない歴史誤認を犯すことになる。
 
坂本竜馬と同時代の、それ以上の英雄である西郷隆盛もその実像をつかむことはさらに困難である。自らを語ることが余りに少なかった人物だから。つぎに紹介する文章は、『起てる犬養木堂翁』(額田松男著、昭和5年9月刊)の中の掲載されている、『犬養毅による西郷隆盛、従道兄弟論』である。
 
『憲政の神様』といわれた偉人・犬養毅の西郷隆盛をどのように理解するようになったかの方法論である。隆盛と犬養は27歳違いで、犬養が22歳の時に隆盛は死んでおり、生前に面識はない。西郷の弟従道とは12歳違いの従道が先輩である。政治家になって以来、従道とは謦咳を接することとなり、その人柄、実力から兄隆盛の実像を推測、考察しており、政治家による立派なリーダーシップ論になっているので、ここに紹介する」と。
 
このように、まず間近にみた人間の証言を聞くしかないが、犬養毅とほぼ同時代の尾崎行雄(当時・東京市長)が1921年(大正十)一月二十三日、国民新聞主催の国民婦人会に於ける演説で「大西郷はどこがえらかったのか」と題して講演しており、大変参考になるので、以下で採録する。
 
                          (つづく)
 
 
 

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