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日本リーダーパワー史(100)金子堅太郎・日露戦争で全米を味方にした驚異の外交力<世界史上最も成功した外交術>

      2015/01/19

日本リーダーパワー史(100)
 
金子堅太郎・日露戦争で全米を味方にした驚異の外交力
 

<ルーズベルトを説得し、世界史上最も成功した外交術の1つ>

   
 前坂 俊之(ジャーナリスト)
中国漁船衝突事件、尖閣諸島の領有権問題をめぐって日中対立が続き日本外交は迷走、沈没寸前である。かつての日本外交を振り返ってみると、失敗の連続だが、日露戦争における「金子工作」のように、世界の外交史上でも稀に見る成功事例もある。私はこの「金子工作の全貌」を今年3月、『明治37年のインテリジェンス外交』(祥伝社新書)としてまとめたが、その後の民主党の鳩山、菅の外交力ゼロどころかマイナスを見せつけられると、今こそ金子のインテリジェンスに学べと声を大にして言いたい。
金子工作はどのようにおこなわれたか
明治三十七(1904)年二月四日タ、日露戦争の開戦を決定した御前会議を終えた伊藤博文(当時・枢密院議長)は、官邸に帰ると、すぐ電語で腹心の金子堅太郎(前農商務大臣、貴族院議員)を呼んだ。
伊藤は「ついに開戦が決まった。戦争は何年続くかわからない。私も鉄砲かついでロシア兵と戦う覚悟だ。君は直ちにアメリカにとび、親友のルーズベルト大統領に和平調停に乗り出すよう説得してもらいたい」と告げた。金子はこの時51歳であった。
金子は旧福岡藩士で明治4年、岩倉遺外使節団で渡米し、11年にハーバード大学法科大学を卒業、セオドアリレーズベルト米大統領(在任1901-1909)とは同窓生で、以来二十数年、交友を深めていた。電話王・ベルとも友人で、日本きっての米国通であった。ただし、ルーズベルトと同窓生といっても、ハーバード大学在学中の友人ではなく、その後ルーズベルトが弁護士となり日本を訪れた段階で知り合い、親密な関係となっていた。

  「米国の友好的な対日世論を形成せよ」-

―の密命を帯びた金子は3月26日、ホワイトハウスに大領を訪ねた。
数十人の客が待っていたが、大統領は自ら廊下を走って出てきて「君はなぜもっと早く来なかったか。
僕は待っていたのに」と肩を抱きあって大喜びし、執務室へ招き入れた。開口一番、「今回の戦争で米国民は
日本に対して満腔の同情を寄せている。軍事力を比較研究した結果、必ず日本が勝つ」と断言したのには金子の方が驚いた。
ルーズベルト大統領は「日本人の精神がわかる本を教えてほしい」と依頼し、金子は新渡戸稲造の「武士道」の英訳本を贈った。ル大統領はこれを読んで感激し、30冊を購入して知人に配布し、5人の子供にも熟読するように指示するなど、一層、日本びいきになった。
言うまでもなくハーバード大は米国での最高のエリート大学であり、米国の世論形成の中心である。以後、金子はルーズベルト大統領、ハーバード人脈をフルに活用して、全米各地を回って世論工作、外債募集にと獅子奮迅の活躍が見せた。ルーズベルト大統領も『日本の最良の友!』として努力することを金子に約束した。
全米での日露戦争への関心は高く、金子は政治家、財界人、弁護士、大学人らのパーティーなどに引っ張りだこで、講演依頼が殺到する。英語スピーチの達人の金子は大聴衆を前に日本軍の強さ、武士道精神を説明して感銘をあたえ、日本びいきを増やしていった。
 
一方、ロシア側も巧妙なPR戦を展開、米紙に「日本はノミ、ロシアは親指だ。二、三ヵ月でひとひねりにつぶす」と豪語するなど、激しい外交戦の火花を散らせた。
戦争は連戦連勝で日本側に有利に展開した。大統領はまるで日本の参謀役のように軍事戦術、外交面で金子にアドバイスを寄せた。大統領と金子の友情、親密さを示すエピソードは多い。奉天会戦の時、大統領から金子に面会したいとの手紙があり、その手紙には日本の勝利を祝い最後に『万才!!』と日本語で大書してあった。
日本海海戦の前、熊狩りハンティングに行った大統領は大熊など5頭を射止めたが、「ロシア(大熊)に勝つ、これは吉兆だ」と2人は手を取り合って喜び、そのうち1頭の毛皮は明治天皇に献上した。大統領の私邸に何度も招かれ、大統領自身がベッドメーキングやトイレまで案内してもらう仲の良さであった。
しかし、〝勝った、勝った〝の日露戦争も三十八年三月十日、奉天での勝利までが限界。弾薬も尽き果てて、兵隊も金もなく、戦争継続はもはや困難な状況となった。一方、ロシアは強大な兵力、武器を温存、これ以上戦えば日本はひとたまりもない。
参謀総長・山県有朋は絶体絶命のピンチを桂首相へ報告し、ル大統領の和平調停の望みを託した。大統領はここぞと腰を上げて仲介、ポーツマス会議となった。仲介役の大統領は「日本の弁護士のようだ」といわれるほど交渉の秘密文書も金子に自由に見せるなど逐一情報をいれて、交渉決裂寸前に「条件に金銭を要求せず、名誉を重んずる」講和条件で、何とか平和にこぎつけた。
もし、金子の働きがなければどうなっていたことか。
講和外交の第一殊勲者は金子なのである。
この金子の外交インテリジェンスは松村正義氏の『日露戦争と金子堅太郎―広報外交の研究』(有信堂、昭和62年刊、580頁)によって、その全容が詳細に分析されている。これは外交工作ばかりでなく、日露戦争の内幕を知るための古典的名著である。
同書によれば、金子の広報外交は大統領との直接の会見や晩餐会・私邸への招待など計25回にも及び、高官、ⅥPとの会談、晩餐会、午餐会など60回、各所での日露戦争、日本の立場の演説スピーチは50回、ニューヨーク・タイムズなど新聞への寄稿は5回など世論工作は大成功を収めた。
大統領との友情と人脈をいかして、これほど見事に外交に成功したケースは近代史上にもない。そして、日露戦争から約40年後、日米は太平洋戦争で激突した。日米協会会長、親米派の巨頭とみられていた金子の自宅、別荘(葉山)の周辺は憲兵が監視し、本人も「この戦争は必ず負ける」と予言していたといわれる。
昭和十七(1942)年五月、金子は八九歳でなくなったが、『ニューヨーク・タイムズ』は死亡欄のトップに長文の追悼記事を掲載「ルーズべルト大統領の友人・日米間の友好を説いた平和の唱道者」と最大の賛辞を呈したのである。
「日露戦役秘録」(昭和4年、博文館)
この金子工作はどのように行われたか、昭和3年に金子自身が3回行った講演録をまとめ日露戦役30周年にあたる昭和11年に出版した「日露戦役秘録」(博文館)という本がある。
金子の講演の内容は松村氏も外務省記録綴「金子堅太郎『日露戦役米国滞留記』(明治39年)、外務省編纂『日本外交文書』(日露戦争)などと厳密に照合、研究している。金子の講演は時間の経過もあり、一部の思い違い、に事実関係の異なる部分や誇張して伝えているところもあるが、9割方は事実にのっとった証言である。
「日露戦役秘録」(昭和4年、博文館)は金子が米国での世論工作を約30年後に思い出しながらざっくばらんに語ったものです。金子はハーバード大学での同窓生のルーズベルト大統領の自宅にまで寝泊まりして、日露戦争で積極的な応援を勝ち取っていくまでのやり取りを生々しく語っており、下手なスパイ小説を読む以上にスリリングでメチャおもしろい内容です。『日露戦争』の裏面史を知る上での最高の外交テキストといえる。
実際の外交交渉がどのようにおこなわれたか、その時の会話、対話、表情もまじえての生の語りの方がよほど臨場感がある。
いまの日米同盟のよそよそしい関係ではなく、アっとホームな世界の外交史上にもない緊密な関係が語られており、外交交渉の内幕がわかると同時に、当時のアメリカ人が日本人をどう見ていたか、武士道に大変関心を示し、日露戦争の勝利をわがことのように喜ぶルーズベルト大統領や米市民の姿が感動的に述べられてる。
金子工作は明石工作にも劣らぬ、世界の外交史上でも最も成功した外交交渉である。
昨年から始まったNHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」によって日露戦争について関心が高まるいる。しかし、日本で日露戦争本といえば203高地の乃木軍の肉弾攻撃や、日本海海戦の東郷平八郎、秋山真之の活躍などの戦闘、明石元二郎の謀略工作などばかりが、注目されます。この金子工作の全貌はよく知られていませんので、これをベースにした拙著『明治37年のインテリジェンス外交』(祥伝社新書)が
    外交史の最良のテキストであること。
    内容が古典的な名著であること。
    インテリジェンスへの関心が高まっていること
大変役立つ1冊です。

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