名リーダーの名言・金言・格言集(23)『才能ではなく熱意がハシゴを作る』(松下幸之助)◎『だますより,だまされよ』(堤康次郎)
<名リーダーの名言・金言・格言・苦言・千言集(23)
前坂 俊之
●才能ではなく熱意がハシゴを作る
松下 幸之助(松下グループ創業者) 『わが経営を語る』
私は熱意のある人を買います。「何とかしてでも、二階に上がりたい」という熱意があれば、ハシゴというものを考えつきます。ただ何となく「上がってみたいなあ」と思うぐらいでは、ハシゴは考え出すところまで行きません。
「どうしても、何としてでも上がりたい。自分の唯一の目的は二階に上がることだ」というくらいの熱意のある人が、ハシゴを考えつくわけです。
もちろんその人の才能が非常に優れているからハシゴを考え出せる、という場合もあるでしょう。いくら才能があっても「それほど、二階に上がりたいとは思わない」というのでは、ハシゴを考え出すところまでは行きません。
「ぜひともやってみたい」という熱意があってこそ、その人の才能とか知識が十分に生きてくるのです。仕事をしていくには何といっても、熱意が大切だと思います。
◎『だますより,だまされよ』
堤 康次郎(西武グループ創業者)
私は三十歳になるまで、百事百敗、何をやっても大した成功はおさめなかった。だます人間をあまりにたくさん相手にしたからである。しかし、今になると、これが私のたいへんな得になった。
だますことは一ペンコッキリだ。あとが絶対通用しない。そのうえ、十を得たところで百を失い、千を失う。元も子もなくす損な生き方だ。そこへいくと、だまされるのは生来の馬鹿でないかぎり、それによってたいへん知恵がつき、用心深くなる。二度と再び失敗せぬように警戒する。それがあとでどれだけの得になるか、測り知れない。 だまされるのが利口でないまでも、だます方はよほどの大馬鹿ということになる。
◎販売は恋愛なり。恋も一押し二押し 三に押し、
販売もここだと思えば、四、五十回はかよえ
石橋 信夫(大和ハウス社長)
好きな女性がいても、黙っていては恋は実らない。何度も顔を合わせ、この人だと思えば一押し二押し三押し、して恋が成就する。
商売も同じ。何回も訪ねていけば、しまいには情がわいてきて、相手も「あれだけ熱心に来るのだから会ってやろうか」となる。四、五十回も通っているうちに、それまで見向きもしてくれなかった人とほとんど縁ができる。
石橋は会社創業時、国鉄(現・JR)の全国の管理局と二六四五の駅をすべて訪問する
ために全国を回った。そこで、国鉄だけではもったいないと、私鉄はもちろんNTT、郵便局、電力も片っ端から訪ねていった。
同じところを一日四回訪問したことも再三あった。こうした社長が先頭に立った血のにじむ営業が、基盤作りにつながった。
「水となれ」も石橋の口グセであった。水は自ら流れて進路を拓き、周囲に変化を与える。この水に自らなって動かなければ、他は動かない。水は障害にぶつかれば、ダムなどのように大きな力を出す。
「働く」という字は「人が重いものを持って力を出す」と書く。また、「努力」という字は「女が又を開いて力み、また力む」と分解される。大変な努力、苦しみを乗り越えて玉のような赤ん坊が生まれる。
◎監督がいなくても、仕事をする会社を目指せ
野間 清治(講談社創業者)
すべて監督によってする仕事でなく、自発的にする仕事にしたい。社員全部が社長とか主任とかの命令によって働くのでなく、自らの心を社長として、主任とし、自らの心によって働くということに…
人を監督すると、訓戒する手数、配慮、これは容易なものではない。命令されて行い、小言を言われてこれを行うのでは、命令や小言が言われない時は、いよいよその仕事は鈍ってしまう。
また、始めから命令や小言ではその効果もおぼつかないし、自然に下の人を陰うつにならしめ、上の人がいない方がみんな朗らかだということになる。上に対して敬愛でなく、敬遠になる。ややもすれば嫌悪になる。
また、始めから命令や小言ではその効果もおぼつかないし、自然に下の人を陰うつにならしめ、上の人がいない方がみんな朗らかだということになる。上に対して敬愛でなく、敬遠になる。ややもすれば嫌悪になる。
上の人として、その人がいるために力強く感じ、何となく懐かしく慕わしい感じ、にぎやかな張り合いのある明るい感じ、全体が勇み立つ感じ、いないと淋しい感じでありたい。
◎お客は鏡である。あなたの心が映る
原 一平(日本一のセールスマン)
原一平は明治生命のセールスマンで、日本の生命保険業界のトップセールスマン。一ヵ月千枚の名刺を作り、百人の見込み客を訪問し、七十歳を過ぎても月平均三十件という記録を残し、努力、行動の人であった。
その原は入社当時、身長一四五センチ、体重五二キロの貧弱な体で、押し出しが武器のセールスマンにとって、外見では大きなハンディを負った。最初は失敗につぐ失敗で、成果はまるで上がらない。日本一へ躍進するきっかけとなったのは先輩からの一言から。
「君の体じゃ“押しのセールス”はムリ。笑顔しかない。どんな客の心をも溶かす笑顔で当たれ」。それ以来、原は笑顔を真剣に研究し、笑顔で相手の心を溶かすことを一生懸命工夫した。そして、実に三十七種類の笑顔のレパートリーを持つに至った。
「お客は鏡である」。その鏡にあなたの笑顔と誠意、真心を映して、笑顔がかえってくけばシメたもの。セールスは口先だけのものではない。心から相手のためを思っていれば、それは相手に伝わる。明るい笑顔が日本一のセールスのスタートになる。
◎景気は自ら作るもの
青井 忠治(丸井創業者)
「景気が悪いから売れないというのは責任逃れの言葉だ。不景気でも売れる店があるではないか。景気は自ら作るものであり、
工夫、努力でいくらでも売れる」
工夫、努力でいくらでも売れる」
「不況でみんなが伸び悩んでいる時にこそ、業績を伸ばすのが実力のある企業だ」―と青井は回りの者に話し、ハッパをかけた。
この言葉の象徴されているように、青井は積極的に攻めの経営を行った。戦前でも、宣伝広告だけではなく、「蓄音機一台買上げのお客さまにレコード一枚、針四本、レコードケース一台進呈」とか「ラジオ一台ごとに電気スタンド一台進呈」と積極的なオマケ、景品プレゼント作戦を展開していた。
駅構内の一番目立つ場所での広告、宣伝の看板はもちろん、テレビの出始めにいち早くスポーツニュース提供のスポンサーになるなど、時代の先取りで景気を自ら作り出した。
◎“重役心構え 六ヵ条”
松下 幸之助(松下グループ創業者)『松下幸之助に学んだもの』
松下は昭和四十八年七月、松下電器会長から相談役に退き、高橋荒太郎に会長を譲った。この際、
「重役諸氏への要望事項」を示したが、この教えは現在も生きている。
「重役諸氏への要望事項」を示したが、この教えは現在も生きている。
一 会社業務全般を統御していくため、互いに円滑な意志疎通をはかりつつ、互いがすべてを知り合っておくこと。
二 会長、社長は確固たる経営の基本方針を遵守し、当社へ寄せられる期待に応える。
三 現業は専務、常務止まりとする。副社長は複数の分野を大所高所から担当し、会長や社長は個々の業務に関する具体的指示をなくすことが望ましい。
四 各担当者が会長、社長に報告・指示を仰いでも、右の方針を堅持して対処する。
五 新生松下発足の方針を強化していくこと。
六 重役諸氏は社会すべての人を師と仰ぎ、大事なお得意と考え、常に礼節を重んじて、謙虚な態度で接し、全従業員にこの重要性を徹底すること。
◎お客さまと三〇%感覚がズレていると思え
伊藤 雅俊(イトーヨーカ堂創業者) 『商いの心くばり』
ある店長に会った時、伊藤は聞いた。「最近、銀座へ出ることはありますか」「イヤ、サッパリで…」とその店長は頭をかいた。
三十代、四十代になり、家庭も子供もあり、仕事も忙しいと、どうしても行動半径が狭くなる。伊藤自身も若い頃は、休みというと盛り場へ出て、街を行く人々の服装や食べ物、百貨店などの品揃えを見て勉強したが、今はそうも行かない。
伊藤は言う。「お客さまはどんどん銀座などへ出かけて、新しいものを見ている。それなのに、売る方の店長が新しいものを知らないでは、お客さまの方が先に進んで売る方の感覚とズレてくる」。「私の見るところでは、イトーヨーカ堂のどの店も、お客さまの感覚と三〇%は狂っている。これでは売ろうとしも、売れるわけはありません」と。
★一日三時間寝ればたくさん
浅野 総一郎(日本セメント創業者)
浅野は氷売り、酒、味噌屋店員から身を起こし、明治二十年に大日本人造肥料を創立。浅野(現・日本)セメント、造船、製鉄、電気、物産など、一代で“浅野コンツェルン”を築き上げた。浅野は事業成功の要因を、決心、勤勉、根気、節倹、健康、信用の六つあげている。
浅野はモーレツな働き者で「人間、一生懸命働きさえすれば独立できる。人が八時間働くところを十時間働けば、それだけ多くの収入が得られる。十時間働いて、なお生活費に不足を感じる場合は十二時間働けばよい。なんでも他人の二人前働くことが大切。私は人は三時間寝ればたくさんと思っている。
貴重な時間を睡眠に費やすのは惜しい」と述べている。昭和五年、八十一歳になった浅野翁は、それまでより一時間繰り上げて、午前四時に起床、社員と午前六時まで打合せ、そのあと来客と面談し、午前八時に出社した。それ
から午前零時までの猛烈なスケジュールをこなしていた。
●リーダーは統帥すべし、指揮に没頭するな
大橋 武夫(東洋精密工業会長) 『兵法で経営する』
「統帥綱領」では「大軍を指揮することを統帥という。大軍の統帥は方針を示し、後方補給)を準備すればよく、その他の事は部隊のじゃまになることが多い」とある。
社長は方針を示し、資金を準備することが一番大切であり、社長が進路を示すだけで、社員の全能力が自動的かつ積極的に、その方向を集中指向されなくてはならない。
社長は指揮すべからず。統帥しなければならない。陣頭指揮もせいぜい一年に一度ぐらいにしておけばよい。陣頭指揮、率先乗範ということは、何も社長が社員と同じことをして、規範をしめすことではない。
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