★10 『F国際ビジネスマンのワールド・カメラ・ウオッチ(168)』『オーストリア・ウイーンぶらぶら散歩➁』郊外の「ハイリゲンシュタット(Heiligenstadt)」で ベートーヴェンを偲ぶ。
2016/05/17
『F国際ビジネスマンのワールド・カメラ・ウオッチ(168)』
『オーストリア・ウイーンぶらぶら歩き➁』(2016/5)
ウイーン郊外の「ハイリゲンシュタット(Heiligenstadt)」で
ベートーヴェンを偲ぶ。
ウイーン郊外のハイリゲンシュタットは、ベートーヴェンが1802/10、32歳の時に甥のカールと弟のヨハンに宛てた遺書を書いて死を決意した所として知られている。日ごとに悪化する難聴への絶望と、芸術家としての使命を全うするために肉体と精神的な病を克服したいとの願いが表現されている。
ハイリゲンシュタットは現在はウイーン19区、当時は郊外の集落の一つで、医者に勧められてローマ時代からのこの温泉保養地(現在は温水源は無い)に定住した。彼は生涯のほとんどをこのウイーンの街で過ごしている。
ウイーン市経営の記念博物館「ハイリゲンシュタットの遺書の家」では、デスマスクや遺書の真筆、葬儀の模様、最後の部屋の模様のデッサンなどを見ることが出来る。
現在、周辺はウイーンに近い通勤圏、閑静な高級住宅街が連なっているが、ベートヴェンが交響曲第6番「田園」の構想を練った小川沿いの「ベートヴェンの散歩道」は今日も当時の面影を残している。
関連記事
-
-
『オンライン講座/日本興亡史の研究 ⑱ 』★『日本最強の外交官・金子堅太郎のインテリジェンス』★『ルーズベルト米大統領をいかに説得したか] ★★『ルーズベルト大統領だけでなく、ヘイ外務大臣、海軍大臣とも旧知の仲』★『外交の基本―真に頼るところのものはその国の親友である』★『内乱寸前のロシア、挙国一致の日本が勝つ、とル大統領が明言』
2011年12月18日日本リーダーパワー史(831)★『ルーズベルト米大統領、全 …
-
-
日中韓異文化理解の歴史学(7)(まとめ記事再録)『日中韓150年戦争史連載81回中、71-81回終)★『『ニューヨーク・タイムズ』仰天論評(日清戦争未来図ー 日本が世界を征服してもらえば良くなる』●『文明化した聡明な日本が世界征服すれば、中国は野蛮なタタール人に征服され続けているよりは、より早く近代化する。 現在ヨーロッパ各国政府の悪政という重荷と各国間の憎悪と不信感という重荷を背負わされている一般民衆は.日本人を解放者と思うようになり,天皇の臣民の中でも最も忠実な臣民となるだろう』
「日中韓150年戦争史」(71)『ニューヨーク・タイムズ』仰天論評(日清戦争 …
-
-
★「日本の歴史をかえた『同盟』の研究」- 「日本側の日英同盟成立までのプロセス」⑦『伊藤博文が露都で日露協商の交渉中に、元老会議は日英同盟 の締結に賛成した。伊藤は日英同盟に反対し、その条約案 の修正を求めた。』
★「日本の歴史をかえた『同盟』の研究」- 「日本側の日英同盟成立までのプロセ …
-
-
世界リーダーパワー史(40) 『世界の偉人の最期/中国共産革命を実現した毛沢東と周恩来のコンビの最後の葛藤』★『人民に愛され現役総理 のまま逝った不倒翁/周恩来は死んだら火葬にして、その灰を全国土に撒いてほしい」と遺言した』
2010/02/19 「 リーダーパワー史(40)」の記事再編集 …
-
-
★10 『F国際ビジネスマンのワールド・ カメラ・ウオッチ(175)』2016/5『ポーランド・ワルシャワ途中下車–ワルシャワ中央駅周辺』を見る①新しく清潔な空港施設と地下鉄、案内人など 観光客誘致に地道に取組み『魅力的な都会』
★10 『F国際ビジネスマンのワールド・ カメラ・ウオッチ(175)』 201 …
-
-
『世界漫遊記⑪/パリ・モンパルナスぶらぶら散歩』★『モンパルナス地区のカラフルでアートな商店街を楽しむ』
2015/05/11   …
-
-
『リーダーシップの日本近現代史』(87)記事再録/★『単に金もうけだけの頭の経済人はゴマンとおり、少しも偉くない。本当に偉いのは儲けた金をいかに遣ったかである。儲けた金のすべてを社会に還元するといって数百億円以上を社会貢献、フィランソロフィーに遣いきったクラレ創業者・大原孫三郎こそ日本一の財界人だよ①
2012/07/15 …
-
-
★『Z世代のための日本政治史講座㉒』★『歴代”宰相の器”とな何か!』★『日本の近代化の基礎は誰が作ったのか』★『わしは総理の器ではないとナンバー2に徹した西郷従道』★『なんでもござれと歴代内閣に重宝されて内務大臣三回、海軍大臣七回、陸軍大臣(兼務)一回、農商務大臣などを歴任、縁の下の力持ちに徹し、有能人材を抜擢した』
2012/09/09 &nbs …
-
-
『Z世代のための日中韓(北朝鮮)外交史講座⑤』★『明治以降、日中韓(北朝鮮)の150年にわたる対立、戦争のルーツは『朝鮮を属国化した中国」対「朝鮮を独立国と待遇した日本(当時の西欧各国)」とのパーセプションの衝突である』★『1876年の森有礼(文部大臣)と李鴻章の『朝鮮属国論』の外交のすれ違いのルーツがここにある』
2019/10/19/『リーダーシップの日本近現代史』(102)記事再録再編集 …














