『オンライン講座/日本興亡史の研究➄』★『日本史決定的瞬間での児玉源太郎の国難突破決断力』★『『2階級降下して参謀次長になり、この機会(日露戦争開始4ゕ月前)に起って、日本は文字通り乾坤一擲の大血戦をやる以外に途がない。不肖ながらわしが参謀次長として蝦蟇坊(大山厳陸軍参謀総長)の忠実なる女房役になろう』★『強欲なロシアが満州を奪えば、その侵攻は朝鮮半島に及び、朝鮮を呑めば対馬に向かう。ロシアの出鼻をくじき、大軍を集めない以前に叩かねばならぬ』
日本リーダーパワー史(814)『「日清、日露戦争に勝利」した明治人のリーダーパワー、 リスク管理 、インテリジェンス㉙
前坂俊之(ジャーナリスト)
大山厳参謀総長は福島,伊知地についで、次に乃木を推薦した。
児玉と乃木は同じ長州(山口県)派で、仲が良く、この時、乃木は53歳、児玉は51歳の2歳下の中将である。
しかし、軍政歴では児玉がはるかに上だった。この2人に比べて福島、伊知地両少将は福島が50歳、伊知地は49歳と児玉と比べると少将歴でもずっと後進である。経歴、年功、軍歴、序列には対しては一番うるさい軍人世界のことで、
きびしい比較検討がなされた。
山県は福島,伊知地については賛成しなかった。そのため、大山は引退の意向を示し、山県の参謀総長復帰をのぞみ、それがかなわぬ場合には乃木希典参謀総長を推薦したが、山県、寺内陸相は同意しなかった。
当時、山県はすでに66歳の高齢に達し、元老では伊藤博文よりも3歳上の最長老であり、大山は4歳下の62歳。
山県は明治34年ごろから発熱が続き、胃腸が悪く、病に伏せることが多くなり、明治36年夏以来、主治医は「再起することは難しい」と診断していた。参謀総長復帰などできるわけがなかった。
しかも、候補に上ったのが、福島,伊知地、乃木の順番だったので、誰もが内心望んでいた大本命の児玉に2階級降下して、お願いすることはますます言いだしづらくなり,人選は遅れたのである。
『「日清、日露戦争に勝利」した明治人のリーダーパワー、リスク管理 、インテリジェンス㉙
日本が朝鮮を、満州はロシアに任せる「満韓分割論」を主張、ロシアは「満韓全面論」を譲らず、戦争に発展した』
http://www.maesaka-toshiyuki.com/person/24940.html
しかし、ロシア侵攻の国難は日1日と確実に迫ってきていた。
国難に立ち向かうキーマンの人事が1日遅れると1日ロシアに有利になる。軍も国民も1日千秋の思いで決定を待ち望んでいた。しかし、決められない。
7日になって、しびれを切らした児玉が桂首相の官邸にあらわれ、寺内陸相も同席した。
児玉の『後継者はどうなっているのか』との質問に対して、寺内陸相が「大山が山県公の出馬がダメならば、乃木中将を参謀総長の後任に推薦したいと述べて、その先でストップしている」と難航の経緯を語った。
桂首相は「参謀組長の後任者に乃木希典か、包容力のある大山さんにこの際、やめられては困る」
児玉も「蝦蟇坊(がまぼうー大山のニックネーム)を辞任さすことには、俺も絶対に反対じゃ。どこまでも引きとめなければならぬ」
寺内「俺も大山さんに罷められては問題が大きくなるので、山口素臣(大将)が病気中のことでもあり、その後任に乃木君でも・・と答えて、大山邸を辞去した。」
児玉は「この際、この人を適所に配することはお国ために必要じゃが、乃木には乃木の出る舞台と時がある。それはそれとし、蝦蟇坊を輔佐する大次長として予定の後継者はあるのか、おぬし達のはっきりした意向を聞きたい」と桂、寺内の顔をその鋭い視線で凝視して、詰め寄った。
桂も寺内も、大次長は児玉以外にないことを胸に秘めながら、面と向かっては言い出せず、しばらく沈黙が続いた。
児玉は「久しぶりに軍装をして見たが、やはりサーベルがよく似合うわ、どうじゃ」と立ち上がって、体をまわしてアツハハと笑った。
「田村の後釜まだが決っていないというならば、誰彼と改めて物色することはない。蝦蟇坊のために我輩が女房役になろう」と桂、寺内に向つて宣言した。
桂は「君が……君が参謀次長に就く?」
児玉は「俺の本当の気持ちじゃ!参謀次長として対ロ作戦を練直す!この前、参謀本部の若手連の松川敏胤
.https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E5%B7%9D%E6%95%8F%E8%83%A4
田中義一、尾野実信
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%BE%E9%87%8E%E5%AE%9F%E4%BF%A1
などを呼び.腹蔵のない意見を聞いたが、明37年2月(あと4ゕ月後)までに開戦しないと、永久に機会を逃して、わが国はますます不利になることが明白になった。強欲なロシアが満州を奪えば、その侵攻は韓半島に及び、朝鮮を呑めば対馬に向かう。われわれはロシアの出鼻をくじき、大軍を集めない以前に叩かねばならぬ。
この機会に起って、日本は文字通り乾坤一擲の大血戦をやる以外に途がない。そのために、不肖ながらわしが参謀次長として蝦蟇坊の忠実なる女房役になろうと…実は田村がなくなったという電話を田中義一から受けた瞬間に俺は覚悟したのぢじゃ」
関連記事
-
-
★10 『F国際ビジネスマンのワールド・カメラ・ウオッチ(177)』2016/5『ポーランド・ワルシャワ途中下車③ 『世界遺産の旧市街』ナチスにより徹底的に破壊された市街は市民により丹念に復元され世界遺産となった➂
★10 『F国際ビジネスマンのワールド・ カメラ・ウオッチ(177)』 20 …
-
-
速報(307)『日本のメルトダウン』★『原発事故の東電の責任』●『国会事故調での清水前社長の2時間半の全証言』
速報(307)『日本のメルトダウン』 ★『原発事故についての東電の …
-
-
最高に面白い人物史➂人気記事再録★コスモポリタン「バロン・サツマ」(薩摩治郎八)の花の生涯(上)「空前絶後の完勝の日露戦争―山本権兵衛のリーダーパワーに学べ」―パリで最高にもてた日本人の話(伴野文三郎)
コスモポリタン「バロン・サツマ」(薩摩治郎八)の花の生涯(上) h …
-
-
日本リーダーパワー史(238)今の政治家にも遺伝の日本病(死にいたる病)『世界に例のない無責任政治』尾崎行雄③
日本リーダーパワー史(238) <日本議会政治の父・尾崎咢堂 …
-
-
『中国紙『申報』からみた『日中韓150年戦争史㊼ 「日本か朝鮮を取ろうとするのは,ロシア人の術中に陥っていることを論ず」
『中国紙『申報』からみた『日中韓150年戦争史』 日中 …
-
-
『Z世代のための<バカの壁>の秘密講座①』★『杉山茂丸の超人力の秘密「バカの壁」』★『違ったことを違っていると言えない奴を「馬鹿」という」
養老孟司氏の名著「バカの壁」(累計700万部突破)を再読して、面白かった。世界を …
-
-
速報(252)★『日本の放射線研究の第一人者・岡野眞治氏による『生活環境と放射線』講演会から学ぶ』
速報(252)『日本のメルトダウン』 ★『日本の放射線研究の第一人 …
-
-
日本メルトダウン脱出法(723)「米政府、中国国家主席の訪米前に中国企業制裁へ」(英FT紙)●「中国が直面する「経済の断絶」のリスク」(英FT紙)
日本メルトダウン脱出法(723) 米政府、中国国家主席の訪米前に中国企 …
-
-
日本メルトダウン脱出法(727)「年金では暮らせない“下流老人”を苦しめる格差の実態」●「ふらつく安倍政権を見て余裕が出てきた中国ー安保関連法案に想定外の逆風」
日本メルトダウン脱出法(727) 年金では暮らせない“下流老人” …
-
-
『オンライン講義/昭和戦後史の謎』-『東京裁判』で裁かれなかったA級戦犯は釈放後、再び日本の指導者に復活した』★『A級、BC級戦犯の区別は一体、何にもとづいたのか』★『日本の政治、軍部の知識ゼロ、日本語を読めないGHQスタッフ』★『A級戦犯岸信介は首相にカムバックし、右翼は裁かれず、児玉は日本の黒幕フィクサーとして再登場した』
『日本の政治、軍部の知識ゼロ、日本語を読めないGHQスタッフが戦争犯罪を追及した …
- PREV
- 『オンライン講座/日本興亡史の研究④』★『日本史最大の国難・日露戦争で自ら地位を2階級(大臣→ 参謀次長)降下して、 陸軍を全指揮した最強トップ リーダー・児玉源太郎がいなければ、日露戦争の勝利はなかったのだ。 ーいまの政治家にその叡智・胆識・決断力・国難突破力の持ち主がいるのか?』★『予(児玉)は、全責任を自己一身に負担し、この責任を内閣にも、又参謀総長にも分たず、一身を国家に捧げる決心を以て熟慮考究の上、一策を按じ、着々これが実行を試みつつある』
- NEXT
- 『オンライン講座/日本興亡史の研究➅』★『国家予算、軍事力とも約10倍のロシアに日露戦争開戦に踏み切った児玉源太郎の国難突破決断力②』★『ロシアと戦ってきっと勝つとは断言できないが、勝つ方法はある』★国破れて何の山河じゃ。ロシアの無法に譲歩すると国民は必ず萎縮し、中国、インドと同じ運命に苦しみ、アジアは白人の靴で蹂躙され、植民地からの脱却は何百年も先となるぞ』
