池田龍夫のマスコミ時評(52)●「南海トラフ地震」に備えよー原発再稼動を急ぐな
●「南海トラフ地震」に備えよー原発再稼
動を急ぐな
池田龍夫(ジャーナリスト、毎日新聞OB)
世界各地で天変地異が相次ぎ、日本列島では地震の恐怖が広がる一方だ。福島原発事故の後遺症に悩む日本は特に深刻だが、野田佳彦政権は打開の道筋を提示できず、「3・11後の混乱」が続いている。
日本地震学会は東日本大震災後の昨年10月15日、初めてシンポジウムを開いた。冒頭、「地震学は敗北した」と率直に表明して討議に臨んだ研究者たち。世界最高水準を自負してきた日本の地震学界が「マグニチュード9・0」をなぜ予測できなかったか……無念の表情が痛ましかった。
阪神・淡路大震災の後、大地震の長期予測に向け、力が注がれた地震のメカニズム研究。大陸の下に潜り込むプレート境界面にある「固着していて地震の時に大きくずれる部分(アスペリティ)」の研究が進み、地震の発生場所と規模については、ほぼ実用的な予測が〝出来るはず〟だった。しかし、今回の大地震は、場所も規模も研究者の予測を大きく外れるものだった。今、地震学者は、地質学や測地学など異分野とも連携した新たな模索を始めている。
浜岡原発などへ20㍍を超す津波が…
地震への関心が高まっている折、想定を超える「南海トラフ」地震予測が4月1日付各紙朝刊に公表され、衝撃が広がっている。
東海から九州沖に延びる「南海トラフ」で起きる地震について、内閣府の有識者検討会(座長・阿部勝征東大名誉教授)は3月31日、予測規模を発表した。地震の規模を東日本大震災のマグニチュード9・1に設定して、各地の震度モデルを試算。満潮時の津波は高知県黒潮町の34・4㍍を最大に、東京の島しょ部から静岡、愛知、三重、徳島、高知の6都県29市町村で20㍍を超えるとの予測に、大きな衝撃を受けた。
中でも、浜岡原発のある静岡県御前崎市付近では21㍍の津波が予測され、現在補強中の防波壁を3㍍上回るという。中部電力は停止中の浜岡原発の耐震・津波対策を講じて再稼動を急いでいるが、またまた深刻な難題が持ち上がってしまった。
大津波対策に「地下シェルター」計画も
突然の〝大津波予測〟に驚いた太平洋岸の自治体・住民の間で防災強化の動きが高まっており、県紙などを参考に、問題点を探ってみた。
毎日新聞4月6日付高知版は、高知県は太平洋沿岸部の住民を津波から守るため、「地下シェルター」計画の検討会を発足させる方針を決めたと報じた。内閣府の有識者検討会の津波予測によると、同県黒潮町で最大34・3㍍の物凄さ。尾崎正直知事は「確実に逃げるためには、これまでの津波避難タワーでは対処できない」として、首相官邸で野田佳彦首相に会って、地下シェルター計画を説明した。高知県内の津波の高さは、土佐清水市で31・8㍍、四万十市26・7㍍などと予測されており、そんな津波に襲われたら、海抜12~15㍍の避難タワーでは対処できない。30㍍超のタワー建設などは現実的に難しく、高台やビルのない沿岸部では「地下シェルター」が有効と判断。「産学官連携の検討会を発足させ、1年以内には結論を出したい」としている。
伊方原発の耐震設計を危ぶむ声
神戸新聞4月3日付社説は「兵庫県内では、南あわじ市と洲本市で震度7が想定される。瀬戸内沿岸の市町も震度6強か6弱に見舞われる。津波高は南あわじ市で9㍍、洲本市で6・7㍍に達するとされる。3㍍の津波でも、一般的な木造家屋は流される。『まず逃げる』という住民の意識と、避難しやすい町をつくる行政の不断の努力が不可欠だ。
西日本巨大地震ともいえるこの災害は、静岡県の浜岡、愛媛県の伊方など原子力発電所に被害をもたらしかねない。さらに都市部の地下街の浸水など、東日本大震災とは異なる被害も起こりうる。だが、日本の災害対策は東海地震と東南海・南海地震が別々の法律で規定され、3連動地震に対応する総合的な制度が整っていない。それぞれの自治体も政府の動きを待たず、避難路の整備や地域ぐるみの防災教育など、あらゆる手を尽くす必要がある」と警鐘を鳴らしている。
愛媛県伊方町にある伊方原発の安全審査では、南海トラフ地震も伊方沖の中央構造線断層も耐震設計で考慮されていないが、「震度6強」に引き上げられた状況下で地震が起きれば、「原発災害を防ぐ術はない」と住民の不安は募っている。
愛媛新聞4月8日付社説は、「国会と政府の二事故調査委員会の調査では、地震の揺れが原発の機器や配管類にどう影響したか注目されている。津波ではなく、地震の揺れが原因で破壊され炉心溶融に至ったとすれば、耐震設計審査指針の見直しは必至。全原発の耐震性に影響し、再稼働どころではなくなる可能性もある。
…本県では7市町13万人が伊方原発30㌔圏に入り、危機感を強めている。伊方町の山下和彦町長は『コメントする立場にない』と言及を避けたが、八幡浜市の大城一郎市長は『国、県、四電、地元の合意が必要であることは共通認識だ』と疑問を投げかける。福島事故の後、国任せの思考停止はやめにしたい。生命を守るため、自治体、住民は声を上げなくてはならない」と警告していたが、大飯原発(福井県)再稼動の動きと同様、地元民の不安感は高まっている。
高知県など太平洋沿岸9県の知事らは3月29日、中川正春防災担当相に対し、「南海トラフ巨大地震対策措置法」の制定を求めたが、政府は早急に法改正を急がなければならない。
「南海トラフ地震」とは別に、文部科学省の研究チームは3月30日「M7・9規模の首都圏直下型地震」の震度分布図を公表した。東京湾岸で地震が発生した場合、江戸川区・江東区・品川区・大田区・川崎市などで震度7、23区の大半が震度6強になると予測、首都圏各自治体に防災対策の見直しを要請しているが、国民一人一人の自覚こそ必要だ。
「日本列島は、地震の巣」と再認識を
「日本列島は地震の巣」と言われるほど、昔から地震災害に苦しんできた。明治三陸地震(1896年6月15日)関東大震災(1923年9月1日)の惨害は語り継がれてきたが、敗戦前後の数年間でも大地震が頻発していた。60数年前の記録をたどって、被害甚大の地域を探ってみる。
昭和南海地震は、1946年(昭和21年)1212月21日午前4時19分過ぎ潮岬南方沖78㌔㍍を震源としたM8・0の地震で、死者は1330人。この領域では、2年前の1944年12月7日にもM7・9の東南海地震が発生(死者1223人)。1940年半ばの日本ではこのほかにも43年9月10日の鳥取地震、45年1月13日の三河地震、48年6月28日の福井地震などが相次いだ。
いずれも死者1000~3000人もの大被害だったが、太平洋戦争終結前後の混乱もあって、詳細な調査・検証が行われず、忘れ去られてきた。阪神淡路大震災が17年前の95年1月17日。昨年3月11日の東日本大震災を引き起こした地殻変動が、今後も続くとの〝警鐘〟に戦慄を覚えるばかりである。
GPSで素早く地殻変動を探知
産経4月7日付朝刊によると、「国土地理院は6日、GPS(衛星利用測位システム)を用いて地殻変動を読み取り、地震の規模や発生場所を素早く把握できるシステムの試験運用を始めた。
気象庁と連携し、津波予測に役立てるように実用化を目指す」という。同院によると、東日本大震災では気象庁の地震計が振り切れたため地震の規模を示すマグニチュードの判定が遅延。地震発生後約3分でM7・9と発表したが、最終的にM9に訂正されたのは発生から2日後だった。
新システムでは、全国1240カ所にある電子基準点の変化で地殻の変動を計測。東北大などの研究グループが開発した解析手法を用いて、迅速に地震規模が把握できるようになった。東日本大震災時の各地の計測データを新システムで入力し計算したところ、約3分後にM8・7と実際に近い値が推計できたという。スピーディーな地震予知の〝新兵器〟によって地震被害を最小限に止めたいものだ。
「南海トラフ」の危険性が、従来の予測より高まっていることは確かで、いかに天変地異に対処するかは、日本国の最重要課題である。野田政権は目下、「大飯原発再稼動」の判断を迫られているが、〝大地震の危険性〟が指摘された深刻な事態を厳粛に受け止めてエネルギー政策を見直し、「脱原発」へ針路を切り替えるべきではないだろうか。
*新聞通信調査会「メディア展望」5月号
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