前坂俊之オフィシャルウェブサイト

地球の中の日本、世界史の中の日本人を考える

*

知的巨人たちの百歳学(133)『一億総活躍社会』『超高齢社会日本』のシンボルー 真珠王・御木本幸吉 (96)、ラーメン王・安藤百福(96)に学ぶ

   

  知的巨人たちの百歳学(133)

『一億総活躍社会』『超高齢社会日本』のシンボルー

  真珠王・御木本幸吉 (96)、ラーメン王・安藤百福(96)に学ぶ

「食を選んで大食せず、うまいものは二箸(はし)残し、胃腸と一緒に寝る」(御木本幸吉)

『人生に遅すぎることはない。五十歳でも、六十歳でも、新しい出発はある』(安藤百福)

  • 96歳 真珠王・御木本幸吉 (1858年3月10日―1954年9月21日)

  • いわずとしれた真珠王。明治26年7月11日に人工真珠の養殖に成功したわが国で初めての世界的なベンチャービジネス家である。昭和2年2月、御木本はニューヨークで世界の発明王・エジソンと会見したが、「私はダイヤモンドと真珠だけはどうしてもできなかった。その真珠を発明されたことは世界の驚異です。おめでとう」と絶賛し、当時69歳の御木本を大感激させた。
  • 明治前期の金もない、技術もない、何もない、ないないづくし時代の中でに徒手空拳で人工真珠に取り組んだ御木本は苦闘の末に世界一を成し遂げた。その独創性と努力は過去150年の日本の生物、科学技術開発の歴史の中でも、トップ10には入ることは間違いない。特に、次の点は傑出している、と思う。  
  1. 地方のハンディーを乗り越えて、三重県という片田舎の海産物を世界な高級ブランド「ミキモトパール」に仕上げたという町おこしの大成功例であること。
  2. 明治44年のロンドン支店を皮切りにパリ、ニューヨークに出店するなど海外販売網をいち早く築き、日本企業の海外進出のさきがけ的な存在。
  3. 来日した世界のVIPがこぞって真珠島を訪れたが、御木本は大いに歓迎して、真珠と日本を大いに売り込んだPRの天才だった。もう1つ御木本の偉大さは、明治の経済人の中でも最も長寿であったことで、独自の健康法、食事法を実践して、96歳8月の大長寿を保ったこと。発明を大きな木に育てて企業を発展させていくには長い歳月が必要で、長寿健康が欠かせない。
  4.   異文化コミュニケーションの天才であり、外国人とのコミュニケーションに抜群の才能を発揮したーなどである。
  • 「真寿(ほんとうの命ながし)」から 「智・運・命」へ世界じゅうの女の首を、真珠でしめてごらんにいれます。」 と明治38年、明治天皇が伊勢神宮に行幸した際に、大見得を切ったかと思えば、 80歳代までは揮毫を求められると、よく「真寿」と書いていたが、九十歳からは「智、運、命」と書いた。  
  •  
  • 智恵とは智識と実行の微分積分である。その智識の実践を何度も積み重ね、失敗することで成功への道が運が介在することで開ける。運は偶然でも、宝くじでもない。努力して切り開くもの、運は練って(寝てではない)待つもの。そのためには、生命が長ければ(真寿)、成功の確率はより高くなる、たくさん失敗するほど成功の確率がより上がる。御木本は何十万、何百万という人工真珠の失敗によって、真珠成功をつかんだ。真珠王の96年という大長寿の実感がこもっている。
  • 寿とは[いのち長し]とよむが、「真寿」とは文字通り真の長寿のこと。人間は知識だけではうまくいかない。知識を智識まで高める必要があるが、それだけでも成功しない。智識を磨いて、実際に試す。その試行錯誤の中で智恵がついてくる。
  • 長寿の秘訣はおかず以外は、朝晩は米飯1杯、昼はサツマイモとパンだけの小食主義、「食を選んで大食せず、うまいものなら二箸残す。胃腸と一緒に寝る」を死ぬまで続けた。いつも、薄着で、冬でもストーブや電熱器はいっさい使わず、息子が火鉢に手をかざすと叱った。「衛生を守り、健康に注意することが最も確実な生命保険だ」と生命保険には入らなかった。
  • 「わしは、ただのホラ吹きとは違うんだぞ。」「わしぐらい大きなホラを吹き、そしてそのホラを吹き当てている者は、世界に類例がないだろう。」と自信たっぷりに吹聴し、「ホラは吹くが嘘はつかぬ。」が幸吉の口癖の一つだった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 

『人生に遅すぎることはない。五十歳でも、六十歳でも、新しい出発はある』 

  • 96歳、日清食品創業者 安藤百福(1910年3月5日~2007年1月5日)

  • 自宅裏庭に立てた粗末な小屋で、大きななべ一つで即席めんの研究に取り組んだのは1958年(昭和33年)のこと。その2年前に安藤が理事長の信組は倒産し、無一文からの出発だった。
  • この時48歳。「別にラーメンでなくとも、ほかに仕事があるのでは」と周囲からは変な目で見られたが、一日3,4時間の睡眠しかとらず執念で取組み1年後に「瞬間油熱乾燥法」による即席チキンラーメンの製品化に成功する。
  • 「起業家としては遅い出発だとよくいわれました。しかし、人生に遅すぎるということはありません。五十歳でも、六十歳でも、新しい出発はあります」と安藤は語っている。
  •  チキンラ-メンは、どんぶりに入れてお湯を注ぐだけで食べられる簡便さが受けて瞬く間に人気商品となった。爆発的に売れ、高度経済成長、スーパーマーケットの爆発的な普及、テレビコCMに乗って「インスタント食品時代」を生み出す大成功をおさめた。
  • 5年後の昭和38年には東京、大阪証券取引所に株式上場して、一流企業に仲間入り。「アイディア、ひらめきは執念から生まれる」『石の上も5年で事業の基礎をつくれ』を実現した。続いて、安藤は米国市場へ進出した。ラーメンを日本・中国の食べ物から世界的な食品にしたいと考えたのである。
  • 当時、米国には日本のような「どんぶり」という食器がなかった。そこで、麺をカップに入れてフォ-クで食べられないか。1966年(昭和41年)、米国を訪問したとき、ス-パ-のバイヤ-がチキンラ-メンを二つ折りにして紙コツプに湯を注しで食べている姿にピンとひらめいた。
  • 昭和46年9月に世界初のカップ麺「カップヌ-ドル」を発売した。しかし、当初、販売は思うように行かず独自の販売ル-トを開拓するなど、苦労の連続であつた。安藤は61歳を迎えて普通の人なら定年退職だったが、カップヌ-ドルという新しい商品をヒット商品に育てることに夢中で取組んだ。 
  •   まさに『世界の食を変えた男『』であり、世界のラーメン王』となった安藤はその長寿でも世界に例のない存在とだった。
  • その健康の秘訣は『ラーメンとゴルフ』。
  • 「腹八分目の食事と適度の運動」「粗食とゴルフ」と答えている。若い頃から、粗食で好き嫌いがない。青みの魚、とくに旬のサンマとイワシが大好物であった。一日一回はチキンラーメンを小鉢で、味噌汁代わりに食べた。これはインスタントラーメンを発明して以来、ずっと続けてきた習慣、イワシなどの魚を骨までサクサク砕いて食べた。
  • 最後まで歯が丈夫で、入れ歯もなかった。運動はもっぱらゴルフ。90代半ば過ぎても1年に100回以上はゴルフを楽しんだ。「私はゴルフ場で倒れたら本望だと思っている。人の厄介にならず、元気に生きて、元気に死にたい」と語っていたが、その通り亡くなる2日までゴルフを楽しみ、仕事始めの訓示を30分行う元気ぶりで、急性心筋梗塞でなくなった。 
  •  
  • 安藤百福は96歳という長寿を保ち、2007年1 月に亡くなったが、『ニューヨーク・タイムズ』は『ミスター・ヌードルに感謝』という異例の社説を掲げ「ソニーのウオークマンなどと並ぶ20世紀の大発明の1つで、飢餓から人類を救った偉大な人物」と最大限の弔意を呈した。
  • 「太平洋戦争終戦直後、食べるものがなく、飢えて死んでいく人が多かった。その悲惨な状況をみて、食を生涯の仕事にした」。これが安藤の原点である。「食足世平」(しょくそくえへい)とは「食たりて世は平らか」という意味で、企業理念に掲げた。48歳で再起し、75歳まで実質上、社長を務め、90歳代でも会長として、生涯現役で世界中を飛び回っていた。
  • 2003年、会社の45周年でチキンラーメンの類型販売数は45億食に達した。
  • ●『人間にとって一番大切なものは食である』『カップヌードルは20世紀最大の発明の一つ』

 - 健康長寿

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

  関連記事

no image
百歳学入門(148)「65歳以上の高齢者、ついに総人口の4分の1を超える」●「高年収な人ほど「老後貧乏」に陥りやすい理由―「なんとかなる」という甘い算段は危険だ』●『80歳以上の高齢者数がついに1000万人を突破』●『働き続ける「元気高齢者」が過去最高、就業者総数の1割に』

            百歳学入門(148)   65歳以上の高齢者、 …

『Z世代のための米大統領選挙連続講座③』★『バイデン氏、NATO首脳会議で同盟の意義を強調 健康不安説を一蹴したが・・』★『民主党内の混乱・分裂は一層エスカレートしている』

2024/07/11 世界、日本リーダーパワー史(934) 北大西洋条約機構(N …

『Z世代のための国会開設、議会主義の理論を紹介した日本最初の民主主義者・中江兆民講座①』★『兆民、大久保利通に知られる』★『 自由民権運動の演壇に股引と印ばんてんの服装で登場』★『伊藤、大隈、山県らの元老たちを罵倒す』

逗子なぎさ橋通信、24/06/30/am700]梅雨の合間の夏空に富士山はお隠れ …

『Z世代のための  百歳学入門』★『日本超高齢者社会の過去から現在の歴史』★『来年2025年は昭和終戦(1945)から80年。明治時代〈約45年間),大正時代(15年),昭和戦前(20年 )まで約80年間の平均寿命は約40-50歳だった』

<Q1>それでは、日本人の寿命の歴史的な変遷について話してくれますか。 明治以後 …

no image
百歳学入門(15) <日本超高齢社会>の歴史とは⑤…<徳川歴代将軍の年齢、実力調べ・・・・・>

百歳学入門(15)  <日本超高齢社会>の過去とは⑤… …

鎌倉石仏巡りぶらり散歩①ー『強ものどもの夢のあと』徳川時代の武家の石仏とユリの花の合掌(2022年8月21日)ー鎌倉材木座、光明寺裏にある内藤家墓地は鎌倉の知られざる名所。

鎌倉石仏巡りぶらぶら散歩    

no image
日本メルトダウン脱出法(826)「甘利経済再生相、首相の慰留を振り切り辞任 「何とか耐えて政策を進めて」と首相は慰留」●「甘利大臣“口利き問題”の背景にある 公務員制度改革の抜け穴」●「資源価格下落の利益が 企業の内部留保に吸収されている」●「逆オイルショックの衝撃は世界へ 日本経済が“真の勝ち組”となる条件は」

 日本メルトダウン脱出法(826) 甘利経済再生相、首相の慰留を振り切り辞任 「 …

no image
巨人ベンチャー列伝ー石橋正二郎(ブリジストン創業者)の名言・至言百選ー『遠きを謀る者は富み、近きを謀る者は貧なり。』

巨人ベンチャー列伝ー 石橋正二郎(ブリジストン)の名言、確言、凡語百選ー 『遠き …

『Z世代への日本政治家論』★日本リーダーパワー史(291)原敬のリーダーシップ「富と名誉は諸君の取るに任せる。困難と面倒は自分に一任せよ」③

日本リーダーパワー史(291)原敬のリーダーシップ「富と名誉は諸君の取るに任せる …

no image
『世界が尊敬する日本人⑥初代ベンチャービジネスの真珠王・御木本幸吉(08、05)

世界が尊敬した日本人(6) 初代ベンチャービジネスの真珠王・御木本幸吉      …