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NHK歴史大河ドラマを見ると歴史の真実はわからない『福沢諭吉が語る「サムライの真実とは・・」(旧藩事情)②

   

  

 

 

NHK歴史大河ドラマを見ると歴史の真実はわからないー

福沢諭吉が語る「サムライの真実とは・・」(旧藩事情)②

徳川時代の武士の生活中津藩の武士階級(1500人)は

上士族・下士族の超断絶社会で下士族は貧困階級で内職に

追われていた。

 

 

               前坂俊(ジャーナリスト)

 

-中津藩の武士階級(1500人)の状況。

 

中津旧藩士の数は約1500人であった。その階級の状態は各諸藩(徳川時代の約300藩)と大同小異であまり変わらない。

 

 その身分、役名を精細に分ければ、100以上もあったが、これを大別して上士族と下士族にはっきりと分断さていた。上士族は下から儒者、医師、小姓組、給人、トップは大臣(家老などを出す重役)となる。大臣と小姓組(給人)はかなり差があるが、上土の次男、三男が分家すれば小姓組となるので、身分違いではない。

 

下士族は祐筆(書記、記録係)、中小姓旧厩(うまや)格供小姓、小役人格より、さらに下は足軽、帯刀の順である。その数は上士族は約400人弱で下士族は1100人ほどの1対3の割合。上士族と下士族の内部の身分差以上に、両間は完全に隔絶された存在であった。

具体的には下等士族は何らの功績、才能があっても、決して上等士族の席に昇進できなかった。まれに祐筆などが立身して小姓組に入る例もあったが、徳川時代二百五十年間、わずか三、五人という。そのため下等士族は出世や昇進を最初からあきらめていたというより、考えもしなかった。

 

 

3-厳然たる礼儀作法が両者間を隔絶し―上士族には下士族は雨が降っても
道端で「土下座、平伏する」決まり。


また足軽は一般に上士族に対して、下座とて雨中、往来に行逢うとき下駄を脱いで、路傍に平伏する決まりである。足軽以上、小役人格の者も、大臣にあえば「下座平伏」しなければならない。大臣のみならず上士の用人役たる者に対しても、同様の礼をしなければならない。

また下士が上士の家に行けば、次の間よりあいさつして後に同間に入り、上士が下士の家に行けば、座敷まで刀を持ち込むのが定めであった。こうして厳然たる作法礼儀の差別があった。

言葉の使い方も、上士が下士に年齢に関係なく子供までも、「貴様」と呼び、下士は上士に「あなた」といい、足軽が平士に対して、徒士(かちー徒歩で戦う下級武士、足軽よりは上)が大臣に対しては、直にその名をいうことはできず、一様に「旦那様」と呼んで、その交際は主従関係でしばられていた。

また上士の家は玄関の敷台があったが、下士にはこれを許されなかった。上士は騎馬し、下士は徒歩し、文学は下士のやることではないとして他国への遊学も認められなかった。

こうした上士族と下士族との間のこと細かい差別は枚挙にいとまないが、その出生、門閥によって権利を異にした制度に疑問を持つも者は全くなかった。

 

4-上、下士族間での縁組(結婚)は不可能だった。

 

給人以上と徒士以下とは縁組(結婚)したものはなく、縁組は藩法で許されなかった。中津藩の二、三百年の歴史の中で、上下両族間の結婚例は全くなかったのである。つまり、一藩中に人種の異なる階級が厳然と存在しているようなもので、上士,下士とも藩が同じで君(藩主)を共にするものの骨肉の情や新類縁者ではなく、両族間にコミュニケーションは全くなかったということだ。

 

5-「家禄」(給与)について

 

中津藩の歳入は約五万石余、このうち藩士の常禄として渡すものは、40パーセントの二万石余、残りの三万石は藩主家族の私用と藩の公用に供していた。

「家禄」(かろくー知行のことで領地から年貢を取る権利。給与)にも大きな差があり、大臣(家老)は大藩では二万石以上の者もいるが、三万石ほどの藩では千石に満たない。

大臣は1000石(筆者の注・1石は10斗にあたり、同じく100升、1,000合に相当する。一石の年貢は、四公六民として四割が収入になるので、四斗の計算である。換金すると一石一両ほどである、1両は、現在の米価で換算すると二十万円以上に相当する)

 

1食に米1合、13合がおおむね成人一人の消費量とされているので、1石は成人1人が1年間に消費する量にほぼ等しい)、二千石、これ以上の者もある。

上士族の最下等の小姓組や医師は、十人扶持より少ない者もあるが、正味二十二、三石より四十石から五、六十石の者が最も多い。

藩で幹部になる役人は、百石以上の家に限るのが通例であった。

藩では正味二、三十石以上の米があれば、普通の家族で衣食に不自由することなく子供にも相当の教育ができた。
 これに反して、下等士族は十五石三人扶持、(家来を三人を食べさせる意味)十三石二人扶持、十石一人扶持もあり、中以上のところでも正味七、八石から十余石にならなかった。

<注・山本博文著「学校で習わない江戸時代」(新潮文庫)によると、「中小姓、徒士、小役人などの下級士族は、どこの藩でも百石未満の武士で、「何石」という知行ではなく、○○俵人扶持というように切米で表示されるのが一般的である(切米一俵は知行の1石に相当する))という。これで現在の米価・貨幣価値に置き換えて計算すると、15石で300万以下、200万円台であり、生活は大変苦しいことがわかる>

 

夫婦暮しで、三、五人の子供と老親があれば、この歳入ではやっていけない。このため、家内で内職を行うのが普通で手細工や紡績などで辛うじて生計を立てていた。名は内職だが、その実は内職が本業で藩の公務を内職にする者も多く、士族というよりも一種の職人であった。食うために忙しく子供の教育を顧みる余裕はなかった。

このため、下等士族は教養に乏しく、自から賤しんでき商工人の風情があった。の風があった。

その点、上士族は衣食が足りているので、文武両道で学ぶ余裕もあった。読書をして騎馬、槍剣などを行うこともでき品行、高尚になった人品風格のある人物が多かった。

下等士族は全くそうではない。役目の外は、馬に乗る者は一人もなく、内職のかたわら少し武芸を勉め、四書五経を勉強するものもない。

特に勉強するのは「算筆」(そろばん勘定、生活の算段)で、この点では上等士族の及ぶところではなかった。

 

当時の封建士族の世界では「算筆」を賤しむ風があったのは、これに従事する者が自からその品行も賤しくして、士君子(名士)の仲間に列せられなかったからだ。
 一方、上士族は概して生計には心配はなく、ただ支出のみに心を用いた。一方、下士族は収入にも、支出にも心を砕いて苦労したので、その経済観念、家計の細かいことは上士の夢にも及ばないものだ。

 

二人扶持とは一ヵ月に玄米三斗。夫婦に三人の子供あれば一日に少なくも白米一升五合(1升は15キロ)より二升は必要、月二、三斗が不足するが、内職で麦、粟を買い、粥や団子にして食を足していた。

食物はやっと足りるにしても衣服はない。これは家婦(主婦)の仕事で、昼夜の別なく糸を紡ぎ木綿を織り、十日の労働で百五十目の綿を一反の木綿に織上れば、三百目の綿に変えたり、売ったりもできる。

家計の一分を助け、一反を余して私用にする。娘の嫁入前には母子ともに大変忙しいのは、花嫁道具を買って整えるのではなく、その品を自分で作るためなのである。

 

 

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