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『日本の運命を分けた<三国干渉>にどう対応したか、戦略的外交の研究講座⑨』★『ロシアの恫喝(どうかつ)外交に陸奥外相は<清国相手の外交は、底のない桶で水を汲むようなもの、清国の撤兵は信用できぬ>と拒否』★『陸軍参謀本部幕僚たちも震え上がったが川上次長が<断固やるのだ>と一喝!』

   

逗子なぎさ橋珈琲テラス通信(2025/11/11am700)

 

ロシアの恫喝(どうかつ)外交

一八九四年(明治27年)六月七日、清国公使・江鳳藻が、陸奥外相に朝鮮国王の要請に応じ属邦保護のため出兵する、と通告してきた。陸奥外相はこの文書の「朝鮮を清国の属邦とみなす」の一項目に抗議、日本も朝鮮に出兵すると通告した。すでに緊急閣議で伊藤首相は政府の方針を示した。

①朝鮮の内乱は、日清両国の軍隊が共同して速やかにこれを鎮圧すること

②内乱平定の後は、朝鮮の内政を改革するため、日清両国より常設委員を同国

に派遣することを決めていたが、陸奥外相の意見で、

③もし清国がわが提議に応じないときは、ゎが国は独力をもって、内乱鎮

圧、内政改革の実行に当たること

――を追加して、明治天皇の裁可を仰いた。

六月九日、大鳥公使は海軍陸戦隊四二〇人を率いて軍艦八重山に搭乗し、松島、千代田の両艦と共に朝鮮仁川に到着、陸戦隊の護衛の下に漢城に乗り込んだ。続けて陸軍少将大島義昌の混成旅団が仁川に上陸した。

ところが、東学党が全州を撤退したため、朝鮮公使が陸奥外相に日本軍の撤退を要求した。陸奥外相はこれに応じず、清国公使に東学党反乱の共同討伐と朝鮮内政の共同改革を提案。陸奥外相は「日本は内政改革実現まで撤兵せず」と一歩も引かず、日清間の対立はエスカレートした。

李鴻章はロシア公使に手を回し調停を要請したので、六月二五日、東京駐在のロシァ公使ヒトロヴオがやって来た。

ヒトロヴオが「清国が朝鮮から兵を引けば、日本も撤兵するのか」と切り出すと、陸奥は一応「理論としては、撤兵に異議ありませんね」と前置きしてから、ここで声を張り上げた。

「もともと、清国相手の外交は、底のない桶で水を汲むようなもの、あのイギリスでさえ手を焼いていますよ。清国が撤兵するといぅのも信用できませんからね。日本側は朝鮮の自立と平和を希望する以外に野心はないので、将来、清国政府がどんな振る舞いをしようとも、こちらから攻撃するようなことはない」

ヒトロヴオ公使は一応納得して帰った。ところが、五日後に再び外相を訪ねて、今度はロシア本国からの訓令だという次のような公文を突っけた。

「朝鮮政府は、自国の内乱は鎮定したかる日清両国は兵を引き取ってもらいたい。それについてはロシアの援助を望むと言ってきた。そこで、ロシァ政府は日本政府に対し、朝鮮の請求を容れるように勧告する。もし日本政府が、清国政府と同時の軍隊引き上げを拒むならば、日本政府は重大な責任を負わねばならない」

その夜、陸奥は伊藤首相の芝の私邸に駆けつけて、ロシアの公文を見せた。

伊藤首相は黙読し、長い沈思黙考のあとに「どうするか、まさか、ロシアからの申し込みで、ハイそうですかと、折角、海を越えて繰り出した軍隊を、引き返さすわけにもゆくまいしな!」と言った。

陸奥は「私もちょうどそう考えていたところです。首相と意見は一致ですね」と返すと、別れ際に玄関で「それにしても大変な重荷を二人で背負うことになったもんですなあ」と続け、伊藤は「しかし、助けてくれる手はないんだ。われわれ自身でやるしかない」と厳しい表情を一層引き締めた。

伊藤はいつも弱腰だと罵られながらも、勝負時では肚(はら)がすわり決して逃げない強さがあり、陸奥はその点が好きだった。

参謀本部も「ロシアの武力介入も辞さぬ」の胴喝外交に色を失った。特に、川上が強引に出兵した参謀本部の幕僚メンバーは、清国一国でさえ国上の広大さと軍隊、兵力に圧倒される思いなのに、これに軍事大国ロシアが加勢すれば一体どうなるか、と震え上がった。

幕僚の目を覚まさせた川上の一喝!

参謀本部で直ちに作戦会議が開かれ、ロシアが兵力を投入してきた場合の作戦方針を協議した。参謀本部随一の英才として一日置かれていた東条中佐が議論を総括し「そうなると遺憾ながら、従来の攻勢作戦は断念するほかにありません」と結論し、居並んだ少中佐の参謀たちもこれに賛同した。

この東條英教は東條英機(太平洋戦争当時の首相)の厳父である。

明治政府の賊軍の岩手県出身で、西南戦争時には一軍曹にすぎなかった。志を立て十官学校に、ついで陸軍大学に進み、メツケル教官を感嘆させたほどの英才ぶりを発揮、第一期生の首席で卒業した。川上によって参謀本部に抜櫂され、ドイツに留学して帰国していた。

川上は最初から最後まで部下の自由な発言にまかせ一切、無言のまま耳を傾けていた.東條は後年「川上次長が如何に神出鬼没の名将といえども、しょせんは同じ結論に落ちつくだろうと予期していた」と同想している。

しばらく沈黙が支配し、全幕僚の目が川上の一文字に閉じられた国に集中したとき、川上の日と口が同時にカッと開かれた。
「そうすると、君たちみんなの考えは守勢説か……ダメだなあ、そんな考えでは……。 一体ロシアが今、アジアに集結し得る兵力はどれだけあるのかね」

そう反問すると、テーブルにあった一輪ざしのバラの花びらを、くしゃくしゃにむしり捨てた。ドイツの大モルトケに直々に教わったバラづくりを川上はまねて栽培しており、言葉の柔らかい川上が不満な時にはいつもこうしてクシャクシャにする癖が出る。

「五千とないんだぜ。それと、海軍の方はウラジオストックに東洋艦隊が何隻いる?」

「……」(幕僚無言)

「一〇隻だろう」

「そのうち手ごわいのは七七〇〇トンの『ナヒイモフ』ぐらいなもので、こいつがのこのこやって来て、わが国沿岸を砲撃するかもしれん。しかし日本の海軍は、優勢を誇るとはいわんが、対馬海峡を確保するぐらいなことは、心配いらんのロシアの干渉などにビクビクするな― 従来決めた方針で断固やるのだ」

と吠(ほ)えて、さらに次のように続けた。
「こちらは大元帥陛下が親しく手塩にかけて鍛え上げ、股肱(ここう、一番頼みとする部下。手足と頼むもの)とまで信任している軍隊が、勅諭(ちょくゆー天皇からの諭(さと)しと心の錦旗をもって出動するのだ。ところが相手はどうだ。アヘン飲みで、賭博にふけり、『好鉄不打釘、好人不当兵』(良い鉄は釘にせず、良い人は兵にならないという中国のことわざ)として、自国でも軽蔑されている無頼の徒の軍隊と戦うのだぜ。これで勝負になるのかね」

まさに鶴の一声だった。浮足立っていた参謀本部の面々もすぐさま元通りに落ちついた。東條中佐の回顧録では「川上将軍の所見は実に意外であったが、果たしてこれがロシア一流の恐喝手段であり、兵力干渉をできるほどの力がないことがわかって、幕僚一同は川上将軍の英断に敬服した」と記されている。

一八九四年六月二人日、大鳥公使から次の電信が外務省に到着した。「哀世凱はしきりに大言壮語を弄し、たとえ日清両国が開戦しても、最後の勝利は必ず清国であると豪語し、さらに朝鮮を脅迫して、日本を去って清国につくように悪計の限りを尽くしている。

この上は、日清間に衝突を起こし、清国に痛撃を加えた後でなければ、朝鮮の改革は到底実行の見込みなし」

このころ、駐清ロシア公使カシニーが帰国の途次、天津で李鴻章に会見し「日清が開戦すれば、その結果はどうなるか」と尋ねた。李鴻章は「一、二戦の後は、倭人(日本人)は必ず敗走するに決まっている」と答えた。

これに対してカシエーは、「それは結構、しかし、万一貴国が不利の境地に陥れば、ロシアは必ず援助を惜しまぬであろう」と申し出た。

李鴻章は、カシエーに激励されて戦意を一層高めて、義州方而より続々平壌に大兵を入れたが、なお牙山の陸兵を増加するために英国貨物旅客船「高陛号」を借り入れ、これに砲兵、歩丘( 千五〇〇人を乗り込ませ、軍艦「操江」をその護衛とし、「済遠」「広乙」両艦を先発させた。」

 

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