『日本の運命を分けた<三国干渉>にどう対応したか、戦略的外交の研究講座⑧』★『日清戦争を招いた東学党の乱』★『川上操六参謀次長の<今回は一戦も辞さず>の決意と陸奥宗光の外交力』★『クラウゼヴィッツの戦争論「戦争は他の手段をもってする政治の延長にほかならない』
逗子なぎさ橋珈琲テラス通信(2025/11/10am11)
日清戦争を招いた東学党の乱
一八九四(明治27)年一月、欧州の強国、露仏両国が同盟を結んだ。これが日清戦争後のロシア、フランス、ドイツによる三国干渉の原因になる。二月一五日、朝鮮の全羅道古阜郡(チョルラド コブ郡)は、かつての李氏朝鮮の行政区画である「全羅道」にあった地域で、郡主・趙乗甲に対する農民の反乱が起こった。いわゆる東学党の乱である。朝鮮宮廷は東学党に責任があるとして弾圧を始めたが鎮圧できず、東学党の農民軍に敗れた。 三月末には全羅道でも東学党が一斉蜂起し、忠清道、慶尚道でも勢力を拡大した。
三月一五日フランス、ドイツは仏領コンゴとカメルーンの境界線を画定、アフリカの植民地とアジアの次の植民地拡大を虎視眈々と狙ってきた。

同月二八日、日本に亡命した朝鮮独立党の金玉均が清国、朝鮮両国の謀略で上海に連れ出され、朝鮮国王の刺客・洪鐘字に暗殺された。これに憤激した玄洋社の面々は「日本の国辱だ」として、的野半介を代表として陸奥外相のもとに派遣、「清国と決戦せよ」と強硬談判した。
陸奥外相は「君たちのは書生論だ。 一亡命客の横死を以て、直ちに弔い合戦を起こせといっても、できることではない」と一蹴した。しかし、的野があまりにしつこいので、陸奥は手を焼き「とにかく、戦ができるかどうか、川上将軍に一度聴け」と一通の紹介状を与えた。
的野は早速、川上操六参謀次長を訪ねたところ、川上は話をじっくり聴いてくれた。的野は玄洋社が金玉均を「窮鳥フトコロに入れば、猟師もこれを殺さず」と保護してきたことを説明し、「閣下は昨年末より、満州、シベリアを漫遊され清国内情の把握をされてきた。清国店懲のため出兵をお願いする」と訴えた。
川上は「貴君の話は了解した。しかし、平和主義者の伊藤首相を相手にして、それは到底できるものではない。まず君たちは朝鮮半島に付け火せよ。火の手があがればわれわれが消してみせる」と答えた。

的野は大喜びして玄洋社総帥・頭山満に報告したのち、さらに玄洋社社員の実業家で、豊富な資金を持つ平同浩太郎(のち玄洋社社長)を訪ねて、川上訪間の顛末(てんまつ)を語り、「今より直ちに朝鮮半島に入り、活動をしてくるので、その資金を提供してほしい」と申し出た。
平岡は即座に「よか、よか― 草履代(ぞうりだい)を出そうたい、川上たあ― 面白い奴ばいね、俺も一度会うてもうか」と大笑いし、五月二七日に川上を訪ねた。
平岡は持論の清国進出論を述べ、「清国は大きな牛である。世界列強は清国をみてよだれを垂らす。日本が進出しなければ、欧米列強が分割して利益を奪うのみだ。欧米の侵略を指をくわえてみているのではなく、わが国こそ進出すべきである」と主張し、川上と意気投合した。
当時の政局は混乱していた。清国、ロシアの脅成に対して軍備増強予算を提出した伊藤内閣は 野党が議会を牛耳っておりことごとく反対、五月末には野党が一致して提出した内閣弾劾上奏案が可決された。しかし、天皇は宮内大臣を通じて弾劾案の不採用を伝達した。
東学党の乱の火の手は広がるばかりで、五月三一日、東学党が朝鮮王朝の発祥地の全州を占領したため、朝鮮国王は清国駐在官・衰世凱に清国軍派遣を要請した。
李鴻章は北洋海軍に命令し、威海衛にいた「揚成」「平遠」など軍艦四隻で一千五〇〇人の兵員を派遣、六月八日に牙山に上陸した。李鴻章は出兵と同時に、天津条約第二項に基づいて日本政府に公文知照(お互いに通知し合うこと)した。
朝鮮駐在代理公使の杉村濬(すぎむらふかし)は朝鮮国上の清国軍派遣要請を察知して陸奥外相に報告、伊藤首相にも伝えて、六月二日、首相官邸で緊急閣議が開かれた。会議の冒頭、陸奥外相が「清国が軍隊を韓国に派遣する以上は、わが国も相当の軍隊を派遣し、朝鮮での日清両国の勢力均衡を保たねばならん」と主張。しかし、伊藤首相は慎重で「日清衝突を避けるため」に最低限の出兵しか認めなかった。
今回は一戦も辞さず――川上の強い決意
閣議の夜、川上は陸奥外相公邸を訪問し、「今回は一戦も辞さず」との強い決意を語った。林董(ただす)外務次官も同席した。その席では次のような問答があった。
川上操六参謀次長「明治維新以来の朝鮮との外交交渉は清国の妨害、朝鮮の事大主義によって一向に進まず、征韓論を巡る国内分裂、西南の役、西郷、大久保の死、壬午事変、甲申事変など日本公使館の焼き討ち、邦人虐殺が相次いだ。西欧列強ならば当然戦争となるケースだが、わが国は隠忍自重してきた。
事変で三度とも清国にしてやられたのは日本側の兵力が少なすぎたためだ。今回は清国よりも多くの兵を送り込み、彼の五千に対し、こちらは八千も送ったら大文夫だろう」
陸奥宗光 「確かにその通りだが、しかし、その数は閣議では通らんよ。八千も送れば、必ず衝突を起こして戦争になる。ところが親方(伊藤首相)ときたら君も知る通りで、戦争は絶対に避けなきやならんという意向だから」
川上 「しかし、旅団の派遣なら、閣議で通してくれるんじゃないか。旅団といえば二千の兵ぐらいとは、親方も知っとるだろう」
陸奥 「旅団ならいいかもしれんな。あの天津条約は伊藤さんが自分で決めてきた。清国が朝鮮に兵を出すなら、こっちも出すということになっているのだから、自分の顔も立つ。ただその出兵を、戦争にならない程度に止めたいだけなのだ」
川上 「よろしい。それでは一個旅団だけ派兵するということで、閣議を通過させて下さい」
陸奥 「わずか二千ぽっちで、足りるか」
川上 「閣議さえ通ったら、軍の方で打つ手はある。緊急事態で、混成旅団に切り替えることは、こちらの権限だ。混成旅団の構成は、八千ぐらいになる」
陸奥 「それは妙案だ」
この話によって陸奥は、川上の指示の通り、 一個旅団の派兵を閣議で通した。伊藤首相はなお不安で、川上を呼んで、兵数はなるべく少なくせよと念を押したが、「いったん、出動と閣議で決定した以上は、旅団の構成や兵員の数は参謀本部の方にお任せ下さい」と政治の関与を封じた。
そして、川上次長が日頃から片腕とたのんでいる田村 怡与造(たむら いよぞう)中佐に、内閣の考えの変わらぬうちに一晩で起案させたのが、混成旅団(八千人)である。
一方、川上の参謀本部は即座に行動した。六月一日に日本郵船会社に対し、「大演習の準備に必要だから、至急、会社所有の船が今、停泊している所と、収容人員を調べて提出せよ」と依頼した。
三日後、川上から、日本郵船社長に会見の申し込みがあった。副社長になったばかりの近藤廉平が参謀本部にいくと、川上は先日さし出した一覧表に赤いマークをつけて「一〇隻の船を借り受けたい。 一週間のうちに字品(広島)に回してもらいたい」と申し出た。
近藤は急な申し込みに異を唱えて押し問答となったので、川上は「実は演習のためでなく、内密だが朝鮮に出兵するためだ」と本心を語り、近藤を説得した。近藤も了解した。
「ただし、取締役会にかける必要があるので、その上で返事をします」というと「もし清国側に情報が漏れれば国家の一人事じゃが、その点は大文夫か」と川上は難色を示した。近藤はきっぱりと答えた。
「私も日本男子です。国家を思う赤誠は断じて閣下に譲りません。この秘密を知るのは、あなたと私だけで、万一漏れたら二人のいずれかなので、その場合失礼ながら閣下と共に割腹して果てましよう」
近藤は、川上の注文より二日も早いわずか五日間で指令の船を全部、字品港に回航させた。日清戦争緒戦の成歓への大兵の護送、勝利の影には、近藤のこの機敏な協力があった。
以上は前坂俊之著『世界史を変えた「明治の奇跡」』ーインテリジェンスの父、川上操六のスパイ大作戦』(海竜社、2017年刊)174ー179頁

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