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★『日本戦争外交史の研究』/『世界史の中の日露戦争』③―「1903(明治36)年1月3日 付『英タイムズ』『満州とロシア鉄道』(上)『日本外交の失敗は三国干渉を受諾した際、三国は返還した遼東半島をその後占領しない旨の一札をとっておれば,その後の東アジアの戦争は起きなかったであろう』●『このため、3年もたたないうちに,ロシアは日本を追い出して満州を軍事占領した。』

   

  『日本戦争外交史の研究』/『世界史の中の日露戦争』③

 

1903(明治36)年13

『英タイムズ』『満州とロシア鉄道』(上)

 

極東のすべての問題は,日本が先見の明をもって1っの措置をとっただけですっかり変わっていただろうとは,よく言われることだ。
つまり,ロシア,フランス,ドイツの3国が,割譲された遼東半島を日本が占領すれば東洋の恒久的な平和のためにならないと合同で申し入れてきた際,日本は,それなら3国のいずれも同半島を占領しない旨の,自己否定の誓約を容易に取りつけられただろうから,もしそれを取りつけていたなら.問題は変わっていただろうというわけだ。
 
だがその誓約は求められず,3年もたたないうちに,ロシアは日本を追い出したその領土と要塞を軍事占領していた。
それだけでなく,ロシアは比類なき外交手腕を発揮して,この南部の要塞地帯と満州中部に建設中のロシア人のある都市とを結ぶ権利を確保したが,その都市こそロシア領のシベリアと3本の異なった鉄道でつながれることになっていた。

 

かくて満州は占領され,ロシア帝国のもう1つの大きな州となった。今やロシアを満州から駆逐できるのは武力,それも中国以外のどこかの国の武力だけなのだ。

 

 以下の手紙は,満州鉄道の現状を簡単に概観し,またロシアが満州における軍事的地位を不動のものとしつつある決意を描写するために書かれた。私は5年前,満州横断鉄道の建設予定コースを踏破した。最終的なルートはまだ決定していなかった。

 

すでに3回も方向が変更され,変更のたびごとに線は南下して,満州のいよいよ広い領域をロシア領へと囲んでいった。

 

189837日のタイムズ紙に掲載された記事は,鉄道は「名目上は中国領だが,まもなくその不可分の一部ではなくなる」領土を通過するだろうと書いている。これは無難な予言だった。

その領土はまだ名目上は中国のものだが,その相当部分がすでにロシアに吸収されている。

 

 今全線が開通し,毎日列車3本が上下に走っているが,恒久的な工事は未完成であり.まだ工事中の部分では,乗客が旅行を許されるのは権利でなく恩典ということになっている。

 

 満州とその鉄道についてできるだけ明快な概念を持つために,満州は3省で構成されていることを覚えておく必要がある。

 

最北の黒龍江,中部の吉林,それに南部の奉天で.3省の面積合計はフランスとドイツを合わせたに等しく,各省はタタール人(モンゴル人)の将軍に統治されており,奉天省の場合,彼は中国の知事ないし総督としての文官の機能も持っている。

 

最も裕福で人口も多いのは奉天省で,同省の中でも最も豊かなのは広大な遼河流域で,この川は牛荘から遠く北の奥地まで延びている。

次に豊かな流域は松花江のそれで,これは遼河流域の北からアムール川に延び,これら2つの川はハノヾロフスク近くで合流するが,そこにパイカル湖以東の主な軍管区司令部がある。

 

遼河流域には満州のすべての主要商業都市がある。

松花江流域には近代都市建設に必要なすべての自然の特徴が備わっていた。そこで.ロシアは近道で満州を横断する鉄道を建設することを決めた際,同鉄道の中心点として,松花江沿いの満州中心部のさる場所を選び,そこに都市を建ててハルビンと命名した。

次にロシアは同市を旅順のロシア要塞と鉄道で結んだが,そのコースは満州中のほぼすべての重要都市の入口を通るように計画された。

 この鉄道は当然3つの部分に分かれる。つまり西部国境からハルビンまでのマイル,東部国境からハルビンまでの335マイル,ハルビンから旅順までの615マイルで,総計1555マイルになる。

 

これらの距離は短縮されつつあり.そのため西部では興安嶺トンネル,東部でも東部国境近くの山脈にトンネル3本を掘り,南部では奉天市付近で皇帝陵を避けるため迂回しているのを.同市と陵の間を直通させることにしている。

 

全線1555マイルにわたり.すべての都市と駅で,すべての衛兵所とロシア租界で,懸命の工事が続いている。今年末までに全線の4分の3にパラスが敷かれるだろう。恒久的な橋は23の重要でない例外を除きすべて開通しており,トンネル工事もすべて1年以内に完成する。

 

話を西部から始めると,これは西部国境からハルビンに達するが,木のないステップを通って満州に入り,最初の重要な駅はハイラルだ。私は5年前.シベリア国境を旅してこの町に来た。当時この町は中国人町で,山西省を大飢饉で追われてきた人々が住んでいた。今はロシア人の町だ。

 

大通りの両わきにはロシア人の店が軒を並べている。角では辻馬車が客を待っている。大通りにはギリシア教会が建設中で,赤十字病院もある。

 

5年前にはモンゴル人のテントがいくつかあるだけだったところが,今やロシアの鉄道の町となって,レンガの駅舎,ホテル数軒,病院に公園を備えている。ロシア婦人が絹の日傘を差して日当りの中を散策し,男たちは自転車に乗っていた。

機関庫には機関車22台があった。

私が5年前に仮泊した寺は今は中国の警察署になっており,中国人の下級役人が1人,お情けでここに住まわせてもらっている。

彼が出かけるさまはみすぼらしく,すり減ったタイヤをつけた荷車に乗り,それを引くのはラバでなく馬で,供は中国人兵1人だけで,彼は上着に白い円盤をっけており.それにはロシア文字が書いてあって,それでいじめられずに済んでいる。それ以上の役人はいない。

Ambanはロシア人が現れると逃げてしまい.彼の役所は今はネルチンスク予備大隊の何個中隊かに占領されている

ハイラルから興安嶺まで117マイルの距離で,豊かな牧草地帯だ。無数の家畜を太らせることができるステップが鉄道から地平線にまで延びている。

ロシア人が刈った干し草の山が点在している。

ここが中国人の国というよすがは何もない。ロシア人が主で.中国人は侵入者なのだ。ロシア人が進出したのは,あらかじめ定められた不可避の運命と言ってよく,中国自らが勝手にはうっておいた領土を平和的に吸収したのだ。

 

もと,ここにいた中国人は山西省から飢饉に追われてきたもので.政府は飢饉に何も対策をとらず,役人は海外からの救援金を盗みさえした。

モンゴル人の遊牧民はと言えば,彼らは生産的でない。人口が増えず,働きも紡ぎもしない。彼らのさまよう土地が労働者や農民の手に渡るのは避けがたい。この地がロシアに占領されたのは当然、かつ不可避で,やがてロシアが近くカシュがル・トルキスタン,モンゴルを占領するのと同じだ。

 

 興安嶺は密林の山脈で,鉄道と交差して走っており,駅は海抜3500フィートの頂上にある。居留民はイタリア人200人を含め作業員3000人が住んでいる。トンネルの長さは3115ヤードだ。その技師はポチャロフ氏で・多くの固執こもめげず立派な仕事をした。すでにトンネルの下半分は完工し1年足らずで列車が走っているだろう。

 

 興安嶺を越えた後,鉄道は再び木のないステップに下っていく。全長2135フィートの見事な鉄橋でノン江を渡るが,すべての橋と同様,これも厳重に警備されており,さらに7マイル進むとチチハル駅を過ぎる。町は駅の北16マイルにあり,そこまでは人口もまばらな草原で.牛と馬の大群が放牧されている。

この駅からメルゲンを通って満州を北上し,アムール川沿いのロシアの主要都市ヴラゴヴェシチェンスクに至る線が計画されている。

 チチハルそのものは人口5万人の静かな町だが、気候はきわめて厳しい。この一帯はもとは見事な森林に覆われていたが,今は北極からの風をさえぎる木の1本だにない。

 

城壁に囲まれていて,タタール人の将軍とロシアの軍事弁務官ないし軍事駐在官の所在地だ。義和団の乱の際は,この都市はゲラゴヴェシチェンスクから騎馬で強行軍してきたレネンカンプフ将軍とコサック兵300に占領された。

 

抵抗はなかった。タタール人将軍はロシア軍の入城前に自殺して同胞の間に名誉を博した。同市は今は第20東シベリア狙撃兵大隊の3個中隊が抑えている。

 

ロシア人の病院,ロシア人の店に露清銀行の支店もあるが,同銀行は滴州内の条約港以外では独占的外国銀行業務の特権を与えられている。

 

ロシア領事ポガヤヴレンスキー氏とロシア軍事弁務官ポグダノフ中佐がいる。同弁務官はど北部2省を知っている者はいない。彼の宿舎はタタール将軍の役所の真向いにある。そばに市場があってにぎわっているが,そこではロシア人と中国人が親善関係にあるのが分かる。民政と徴税への干渉はない。

 

税金は占領前と変わらず,中国人が徴収している。しかし武器は統制されており,省内のすべての武器は没収された。ロシア側は武器を一切与えていない。中国人の武器と言えば,せいぜい旧式の先込め銃やモーゼル銃だ。

 

ライフルはロシア側が1挺ずつ判を押し,番号をつけている。チチハルからは列車は木もなく,人も少ない広野を走って.満州の主なる松花江に至り、この川にかかった立や橋を渡ってハルビン市に入る。

これがロシアの満州占領の要だ。純粋にロシア人の町で一大軍事中心地となる運命にある。全省を5年間ですっかり変えた,あの見事なエネルギーの例証としてのハルビンは大連にもまさる。

 

 ハルビンには実は3つの町がある。川をまたいで,プレイスタンという繁華街がある。2マイル離れた高台が新ハルビンで,そのまた5マイル先に「旧ハルビン」がある。

「旧ハルビン」と言うが.できてから5年にもならないだが,高台に沿って建設中の,まとまった新市街に比べれば,古いのだ。1軒残らず,1本の道筋も残さず町全体に,赤れんがの家が冬に備えて懸命に建てられている。

やぐらが林立して,何千もの中国人作業員がいる,目をみはる風景だ。

これがアジアにおけるロシアの一大都市イルクーツクをさらに大きくにぎやかにしたものになることを疑う者はいまい。

軍隊のほかにすでに9000のロシア民間人がいる。それが10万人にならないという理由はない。有利な条件はすべてそろっている。

年に6か月は航行できる大河,厳しくても健康的な気候,すでに3方から,やがては4本目の鉄道が通じ,周囲一帯はマニトパのように豊かで,石炭層も遠からず森林も近くにあって,通常の保護を加えれば無尽蔵と言ってよい。

 

川には大小の船舶が行き交っており,厳冬を除いては東シベリアの軍事中心地のハハロフスクとの交通が絶えない。川はロシアが占領していてロシアの川に注ぐから,ロシア以外の汽船は航行できない。

高台に立って川原を挑め,活動の情景を考えるとおもしろい。一生懸命になれば,1国に何ができるかが分かる。このにぎわう川原は5年足らず前には泥の小屋が何軒しかなかったのが今は製粉工場,鉄道工場が建っているし岸辺には数隻の漁船がもやっていただけなのが,今は電灯をつけた汽船が数隻も停泊し,そばに大きな橋が堂々と川をまたいでいる。

 

 - 戦争報道, 現代史研究

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