前坂俊之オフィシャルウェブサイト

地球の中の日本、世界史の中の日本人を考える

*

日本リーダーパワー史(624) 日本国難史にみる『戦略思考の欠落』 ⑱清仏戦争で台湾を占拠したフランス、イギリスは ロシアの朝鮮侵攻をけん制して巨文島を占拠、アメリカはハワイを併合、危機迫る日本の周辺事態!

   

  日本リーダーパワー史(624)

 日本国難史にみる『戦略思考の欠落』 ⑱

清仏戦争で台湾を占拠したフランス、イギリスは

ロシアの朝鮮侵攻をけん制して巨文島を占拠、

・アメリカはハワイを併合、危機迫る日本の周辺事態

前坂 俊之(ジャーナリスト)

1877年(明治10年)西南戦争は国内分裂の危機を招き、政府軍の戦死者約七千名、戦傷病者は二万名を超え、薩摩軍の戦死戦傷者等を加えると合計約八万人の犠牲者を出した。国内でも一般住民をも巻き込んだ内乱だけに、その爪跡は大きく、戦後数年間にわたって政府の混乱が続き、この処理をするだけで明治新政府は精一杯だった。

しかも、この年には一般市民が『ころり』と名付けて恐怖におののいたコレラ病が全国で大流行して死者約七千名を超えた。当時大阪に臨時開設された病院の院長をしていた石黒忠悳(いしぐろ ただのり、)一等軍医正

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%B3%E9%BB%92%E5%BF%A0%E6%82%B3

は戦線から後送されてくる戦傷病患者の収容治療に毎日徹夜の看病と手術に疲労し切っていた矢先に、今度は一般市民がコレラの流行病でバタバタと斃れていき「これこそ神にも仏にも見放された日本の苦しいドン底の姿を目の前に見せつけられ、この世の地獄にあった気持だった」「天罰ありとするならば、まさにこの明治十年の生き地縁の有様を思い出す」と石黒軍医正はよく後日語っていた、という。(島貫重節『福島安正と単騎シベリア横断』(原書房、昭和54年、112P)

明治11年8月23日には竹橋事件が起きた。近衛兵の反乱事件で、陸軍裁判所によって55名が銃殺刑、140名が重刑に処せられた陸軍史上最大の不祥事が連発した。

明治14年10月には明治天皇による「国会開設の勅諭」が出された。明治23年を期して、議員を召して国会を開設すること、欽定憲法を定めることなどを表明した。

明治15年1月4日、軍人に対して明治天皇の勅諭が出された。いわゆる【軍人勅諭】である。

http://meiji.sakanouenokumo.jp/blog/archives/2007/01/post_403.html

一軍人は忠節を尽すを本分とすへし、

一軍人は礼儀を正しくすへし、

一軍人は武勇を尚ふへし、

一軍人は信義を重んすへし
一軍人は質素を旨とすへし、

この5ヵ条に集約された軍人勅諭だが、本来の趣旨は「国内戦争を永久に葬り去って、日本人のこのような不幸を絶対に招いてはならぬとして、特に国内治安の重鎮の役目を担当する軍人に対して発布されたもの」と島貫は前掲書(同P)で書いている。

この軍人勅諭は西南戦争、竹橋事件に見る軍人たちの暴走、内乱を防止し、軍人のモラルを高めるための規約で、内容はいずれも妥当なものだが、その後の昭和の軍人たちはこれを守らなかったために日本は滅んだのである。

この軍人勅諭は長文であり、その弊害のみが喧伝されて明治天皇の本来の趣旨はあまり理解されていないが、全文を子細に読むと、

「嘉永の頃より徳川幕府の政治は衰え、外国の紛争も起りてその侮リを受ける情況となった」

「天子(天皇)は文武の大権を掌握するの義を有しており、再び中世以降のような失敗をしないことを望むなり」

「朕と一心になりて、力を国家の保護に尽せば我国は蒼生(再生)し、平和と幸福を享受し、我国の威烈(躍進)は大いに世界に光をはなすことになるであろう、、、」などと前文などにかかれており、後世の歴史家が非難する軍国主義高揚のための訓示ではなく、軍人たちの暴走を抑えて、軍人の行動を規制するものであったことがわかる。

ドイツ参謀本部・モルトケ参謀総長の下に川上操六が弟子入りして、帰国したのは明治21年6月のことだが、明治10年から明治20年までの間の国内政治軍事情勢は以上のようなものであり、国外の状況については川上の指令で福島がインド全域まで足を延ばしての情報収集・偵察の旅(19年3月から9月末)をしていた。

福島情報による日本周辺の著名な事件の概要は次の通りであった。

① 明治17年8月、フランスはベトナム問題で清国と戦闘を交えたが、この紛争の最中にフランス海軍は陸戦隊を台湾に上陸させて、一時台湾を占領し、翌年、清仏間で事件が落着してから台湾占領をも解除したという事件があった。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B8%85%E4%BB%8F%E6%88%A6%E4%BA%89

https://kotobank.jp/word/%E6%B8%85%E4%BB%8F%E6%88%A6%E4%BA%89-82503

② 明治18年4月、イギリス海軍による巨文島占領は、当時ロシアが朝鮮に対し軍事顧問の採用を強要する等の措置に対し対抗的意味をも含めた処置で翌年の明治十九年三月に巨文島から撤兵している。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B7%A8%E6%96%87%E5%B3%B6

http://sinojapanesewar1894.com/370ktonghak.htmlによると

「巨文島事件により日本は、極東に対する列強の脅威を強く感じることになった。巨文島占拠は、ロシアによる元山などの譲渡要求のような対抗処置をまねく、それが認められれば他国もこれにならい、朝鮮は列強に分割され、日本近海は列強の「争乱紛議の中央」となる。このように日本政府は危惧した。

こうした状勢認識をふまえて日本政府はついに従来の政策の転換を試みる。それが弁法八ヶ条の提議。中心的ねらいは、清の主導(干渉)のもとに朝鮮の改革を行い、ロシア勢力の浸透を阻止すること。清の優位の承認は、ロシアとの対決のさいの危険負担を清にのみ負わせようという日本政府の意向のあらわれ。交渉は順調に進むかに見えたが、結局は失敗、清側は日本側に拒否権を留保することを避けようとした。」

http://sinojapanesewar1894.com/370ktonghak.html

清国の北京駐在ロシャ公使が李鴻章に対してロシアは決して朝鮮領土を侵略することはないとの声明を発した情報は要するにイギリス・フランス・ロシア国間の朝鮮、台湾等をめぐる相互の疑心と牽制の状況の表面に出たケースである。

アメリカも東洋侵略を着々と進めており決して、欧州列強に負けてはいなかった。アメリカと日本との太平洋上での中間地点に存在するハワイに対する侵攻を強め、明治20年1月には真珠湾の使用権を獲得した。その後、米海兵隊の一部がハワイに上陸して、ハワイの王政を廃止させ、次いでハワイ共和国を成立させ、米国がこれを承認し、事実上、アメリカの勢力下においた。

明治30年には遂にハワイを併合したのである。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%AF%E3%82%A4%E4%BD%B5%E5%90%88

日本野周辺事態には赤ランプが点滅し、陸軍参謀本部は危機感を一層募らせていた。

(以上は、島貫重節『福島安正と単騎シベリア横断』(原書房、昭和54年、114Pを参考)

つづく 

 - 戦争報道, 現代史研究

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <s> <strike> <strong>

  関連記事

no image
日本メルトダウン脱出法(871)『アベノミクス、行き詰まりへの道』●『人民元の国際化で中国は世界のマネロンセンターに』◎『パナマ文書で見えた世界の「地下経済」』◎『中国企業のM&A:外国資産を買いまくる金満家 (英エコノミスト誌)』◎『 「映像スタンプ」という怪物が思考力と想像力を奪う 今こそ見直したい「きちんと書く、話す」能力』

日本メルトダウン脱出法(871) アベノミクス、行き詰まりへの道 http:// …

ダウンロード
『明治裏面史』 ★ 『日清、日露戦争に勝利した明治人のリーダーパワー,リスク管理 ,インテリジェンス㊹★『明石謀略戦((Akashi Intelligence )の概略と背景』★『ロシアは面積世界一の大国なので、遠く離れた戦場の満洲、シベリアなど極東のロシア領の一部を占領されても、痛くも痺くもない。ロシアの心臓部のヨーロッパロシアを突いて国内を撹乱、内乱、暴動、革命を誘発する両面作戦を展開せよ。これが明石工作』

 『明治裏面史』 ★ 『日清、日露戦争に勝利した明治人のリーダーパワー, リスク …

no image
速報(417)●『安倍外交は粘り腰が必要なところで、オウンゴール。靖国で中韓と紛争を続けるのは愚の骨頂』

 速報(417)『日本のメルトダウン』 ●『安倍外交は柳腰、粘り腰が必 …

no image
<日中韓三国志・新聞資料編>『台湾出兵』(1874明治7年)についての英『タイムズ』報道』<尖閣列島問題の参考記事>

<日中韓三国志・新聞資料編>   『台湾出兵』(1874年・明治7年) …

no image
『F国際ビジネスマンのワールド・ニュース・ウオッチ(116)「タカタ問題」では「湿気で部品が劣化して 異常破裂する結果」をNYTはいち早く調査報道、日本メディアはNYTの引用で済ませるお粗末』

 『F国際ビジネスマンのワールド・ニュース・ウオッチ(116)』 「タカタ問題」 …

no image
片野勧の衝撃レポート(39)太平洋戦争とフクシマ⑫≪悲劇はなぜ繰り返されるのか 「シベリア抑留と原発」

   片野勧の衝撃レポート(39)  & …

ダウンロード
片野勧の衝撃レポート(72)★『原発と国家』―封印された核の真実⑨(1970~74) 近未来開く「万博怪獣エキストラ」(上)

片野勧の衝撃レポート(72) ★『原発と国家』―封印された核の真実⑨(1970~ …

no image
『中国紙『申報』からみた『日中韓150年戦争史』 ㊾ 「日清戦争開戦10日前)『中国が朝鮮問題のため日本と一戦交えざるを得ないことを諭ず』

    『中国紙『申報』からみた『日中韓150年戦争史』 日中韓のパーセプション …

no image
速報(449)『対中国ビジネスの サポートする青木麗子氏の記者会見動画』『官制クールジャパンの評判は最悪―』

   速報(449)『日本のメルトダウン』   ●『中国語通 …

no image
日本リーダーパワー史(516)日清戦争120年➂高陞号事件で見せた東郷平八郎の「国際法遵守」が日本勝利を決定した。

 日本リーダーパワー史(516) 日中韓150年パーセプションギャップ …