『Z世代の日本ための日本インド友好史②』★『インド独立を助けた頭山満<ジャパン・タイムス(頭山翁号特集記事)>★『超人としての頭山翁』
2025/01/15
日本リーダーパワー史(71)記事再編集<ジャパン・タイムス(頭山翁号特集記事)>
前坂 俊之(ジャーナリスト)
大正十三年六月七日、インド詩聖タゴール翁が八年ぶりに来日して東京に入るや、そのころあった米国の排日運動によって漸く白人文明謳歌の声も潜め、東洋は東洋固有の精神文明に立脚すべとの信念がわが国民の胸裡に蘇らんとする時、東洋の精神文明を高唱して起てる此のタゴール詩人を迎える人心は異常の興趣に充たされた。
この時、国民対米会、その他アジア関係諸団体の奮起による歓迎の宴がハ月十二日、上野精養軒に開かれ、タゴール翁と頭山翁と当代アジアの2偉人が-堂に会するを見たことは、特に意義深きことであった。
来会者百八十名、宴の開かれるに先だち、タゴール翁と頭山翁とは別室において初対面のあいさつをかわす、タゴール翁は頭山翁に向い、帰化インド志士ボース氏を通訳として、「貴下が従来、我がインド人のために尽くされたる御厚誼は予の常に感謝しておかざる所である』と述べた。
斯くて両雄相並んで立に揚ぐるが如き記念の撮影をなして後宴を開き、両翁差し向つて座を占め、其左右にはタゴール翁の随行者英国人アンドエー氏其他インド人敷名、立花陸軍大路、堀内中婦、遠藤、副島両博士、木内重四郎、田中舎身、内田良平、佃信夫の諸氏列席、田鍋安之助氏歓迎の辞を述べ、タゴール翁はこれに答ふべく、宛ら銀鈴を振るような美声で英語演説をなした。

この歓迎宴の模様についてはアンドリュー氏が執筆して、かのガンデー氏が主宰する『ヤング・インデイア』に寄せ、さらにこれをカルカッタの『モダーン・レヴュー』誌が紹介、転載した。
「ビンドテナート・タゴール翁の日本訪問記は、全インド必読の文字である。頭山翁はその武士的性格と礼譲とにおいて、日本で最も尊敬される人士の1人である。頭山翁とタゴール翁とが初めて相会するや、この尊敬すべき両者は暫し黙して言葉がなかった。
而して頭山翁は日本流の意義深遠なる礼譲をされたが、詩聖タゴール翁は印度の習慣により両の掌を合はせ終始、祈禱しつつ瞠目せられていた。それは日本の老大偉人と、インドの老大偉人との会見で、並みいる会衆はあたかも礼拝の行はれる前に脆づけるが如く、荘厳なる沈黙に引き入れられた。その光景たるや恰も東洋における二つの国がこの儀式に依って、慈愛の絆で結び付いたかの如く思われたのである。
次で昭和四年六月、タゴール翁の日本に来た時には頭山翁と会見の機を得ず、頭山容が支那旅行から帰つた六月十二日に先だつこと六月八日付で左の如き手紙をボース氏に托して帰国の途に就いた。
親愛なる友よ。
予は日本を去るに臨み、この別辞を貴下に書き残す。人道の大義のために尽くすされつつある貴下の使命と、同じく人道のために人類の同胞愛を、彼方より此方へと押し広めつつある予の使命との一致することを知って、予は限りなき喜悦を感ずる。予のこの心持を貴下にお告げ致したい。
予は日本を去るに臨み、この別辞を貴下に書き残す。人道の大義のために尽くすされつつある貴下の使命と、同じく人道のために人類の同胞愛を、彼方より此方へと押し広めつつある予の使命との一致することを知って、予は限りなき喜悦を感ずる。予のこの心持を貴下にお告げ致したい。
一千九百二十九年六月八日
ラビンドラナート・タゴール
ラビンドラナート・タゴール
頭山満翁
写真に見る通り、タゴール翁の六尺を超ゆる偉躯、その力強き燗燗たる眼光、これは只の詩人ではないと何人にも感ぜられるー左にコーラン右に剣のマホメットを思い出すような風格がある。伊大利のダヌンチオが其国の危機に臨んで詩人から遠征将軍への飛躍をなしたように、風雲に恵まれさへすれば龍ともならう素質を十二分に備えているようにも思はれる。
ただ大英帝国の強圧下に在っては、ガンジー氏は糸を紡ぎ、タゴール翁は詩をひねくるより外仕方がないであらう。
現にこの写真を当時、新聞紙上に掲載しようとした時、『タゴール翁と頭山翁と並んだ写真を掲げるとは対英感情を刺激して問題を起す恐れがあるから』と云って中止した話がある位である。
現にこの写真を当時、新聞紙上に掲載しようとした時、『タゴール翁と頭山翁と並んだ写真を掲げるとは対英感情を刺激して問題を起す恐れがあるから』と云って中止した話がある位である。
タゴール翁の頭山翁に初動面後の印象は如何を質した者に対し、タゴール翁日く、『前回、日本に来た時と違って、今度は眞の日本人に接したことを喜ぶ。頭山満氏に対する予の印象は、インド古代の聖者を目の前に見るような感じである』と。
◇超人としての頭山翁
[ジャパン・タイムス](頭山翁号特集記事)
人を判断するにあたり人々はそれぞれ異つた標準を持ってゐる。西洋人は日本人が頭山満翁に払ってゐる異常な畏敬―何等定まった生活手段を持たず、また日本国民のために.成し遂げた明瞭な記録を持たない翁を、まるで生神様か
何かの様に崇敬してゐることを如何にも怪訝に思ってゐる。
翁が何等の生活手段を持たないといふ事は、外国人に取っては翁の真の偉大さを理解することを妨げてゐるのである。然るに私は多年海外で暮した者であるが、私は自分が日本人であるといふ所から一部の我国人に正しく紳聖化されて居る頭山翁に対し絶大の尊敬を抱くものである。
翁は壮時より超人たらんことを熱望し、ある程度まで之に成功したのである。天賦の質と尊き努力とに依って翁は尋常普通の人間には見られぬ特性を具現した。
壮時の翁は出きるだけ自分を超人たらしめんが為めに沈思瞑想の目的で山に籠り、草や木の葉を食って仙人の如く生活しょうと試みた。翁は人間の不幸の大部分が人間の弱さからくるととを理解し、それから自分を脱却せしめようと努めた。
彼は利己心を取除き正義の神とならうと務めた。翁は人間の禍の多くは人間の多慾からくるととを考へ、自分は非常に簡素を生活を迭らうとした。翁は精神の鍛錬をなし、その給果死を恐れない人となった。翁は心力を得るために禅僧の助力を受けはしなかった。翁は身長五尺六七寸もあらう所の立派な身性を持って居る。若い時から二人力であった。剣術は習ったことはないが、優れた心力即ち勝つ決意を以て練達の士を破ることが出きた。敵手は翁の精神に圧倒されて容易く打負かされた。翁の眼はけいけいとして人の心の奥底を見ぬき、欺瞞を看破るごとくである。沈着で、どんな場合にも泰然として居る。私は日比谷公会堂で去年の春挙行された翁の七十七歳の祀賀式の際の異常な光景を決して忘れるとができない。
壇上には翁夫妻がズツと親交を続けてきた犬養毅氏や一戸大将などと一緒に坐って居た。式は約二時間績き、演説があり祝辞が朗読された。その時間中翁はまるで生きた巌のように身動きもしなかった。翁が挨拶に起ち上った時、四千人ほどの会衆は熱狂し拍手の嵐は仝食堂を揺るがした。
翁はその時非常を低声で話し、l番前の席に居る人にすら殆んど聞えないだらう
と思われる位であった。それでも会衆は寧ろそこに翁らしい沈着さを目前に見て喜んでその聞えない挨拶を聴いた。
と思われる位であった。それでも会衆は寧ろそこに翁らしい沈着さを目前に見て喜んでその聞えない挨拶を聴いた。
翁の話は「私は最早国家のために何の働きも出来ないほど老いたことを恥しく思ひます、皆様が寄せられた御親切を厚く感謝致します」といふのであった。
数日前東京の一英字紙は翁との会見談を載せ、翁の談話を相当長く書いてい
る。しかし実際、翁の返事は多くの言語を費やさない。若し諸君が「日本の西洋心酔は僚り極端に過ぎるとはか考へになりませんか」と質したとすると翁の答は答えに「さう思ふ」といふに過ぎぬであらう。普通人は質問されないのに自分がどうかう考へる事についてクダくだと理由を述べるものだが、翁に至っては決してさうでない。
る。しかし実際、翁の返事は多くの言語を費やさない。若し諸君が「日本の西洋心酔は僚り極端に過ぎるとはか考へになりませんか」と質したとすると翁の答は答えに「さう思ふ」といふに過ぎぬであらう。普通人は質問されないのに自分がどうかう考へる事についてクダくだと理由を述べるものだが、翁に至っては決してさうでない。
さればとて翁は雄弁でないといふのではない。時として本来の雄弁をふるうことがある。翁は人が何時も喋り過ぎ、あまり空手形を出し過ぎ、しかもそれを実行しないといふ事を知ってゐるから、沈黙を選ぶのである。翁を知るものは象の青葉を山嶽の如く権威あるものとし、翁が『やる』といつたらそれは命を賭してやり遂げること絶対に確かであると云ふ。
重責を負うて立つ人は寡言の人であるといふととは否み難い眞理である。今や指導者の間で、頭山翁程重い貴任の地位に在る人はない。何故か、翁は彼が振り皆でたどんな使命にでも喜んで死する多くの青年の生命を支配して居るから
である。翁がどんな小さな暗示を与えても、青年の中の或者は驀直に死地に飛び込んで行くであらう。
である。翁がどんな小さな暗示を与えても、青年の中の或者は驀直に死地に飛び込んで行くであらう。
過去において然りであった。而して、戦場で死んだ正規の軍人達は公賞に興り、その家族は国家から年金を受けて居るに反して、翁の志を志として国家の食めに身命を賭した志士達は何等の恩賞をも受けず、而して彼等は之に対して何の不平をももらさない。一体に、物質的な生活に全く無関心を翁の心は、地上的な焙ひに没交渉である。象はこれまで過去五十年間の政治的変動に決して心を煩わさなかった。翁の静かを生活が翁の高齢に非常な関係がありはしまいかと思う。
金銭の事に無頓着である翁は、眞の愛国者は決して飢えることはないという固い信念を持って居る。翁は自らの長い生涯において此の信念の真実に行はる~事を示したのである。(長谷董)
金銭の事に無頓着である翁は、眞の愛国者は決して飢えることはないという固い信念を持って居る。翁は自らの長い生涯において此の信念の真実に行はる~事を示したのである。(長谷董)
<参考文献「頭山満翁写真伝」(藤本尚則著、昭和10年)> 


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