『リーダーシップの日本近現代史』(310)★『明治維新の元勲・大久保利通の性格は典型的な武士気質の「寡黙不言・決断・断固実行型」―
2014/10/01 /日本リーダーパワー史(526)
西郷隆盛と竹馬の友で最後に雌雄を決することになった明治維新の元勲・大久保利通の性格は
典型的な武士気質の「不言実行タイプ」―岩倉使節団で世界一周した際も、ほとんど口をきかない。いつも葉巻タバコをふかし、全く寡黙で、周囲から恐れられた。
前坂 俊之(ジャーナリスト)
以下は、歴史家の大久保利謙(大久保利通の孫)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E4%B9%85%E
4%BF%9D%E5%88%A9%E8%AC%99
が久米邦武から聞き取った談話である。
- 『(岩倉使節団で) 洋行中の大久保公』についての久米邦武の談話。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%85%E7%B1%B3%E9%82%A6%E6%AD%A6
汽車は一つの車輌が六人ずつ這入るようになっていて、
木戸(孝允)さんは私はごく親しくしていたし、また逢えば話のある人でい
ろいろ話を聞きもしたから逸話も多いが、大久保さんは1871年(明治4)の暮
に岩倉(具視)大使
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%A9%E5%80%89%E5%85%B7%E8%A6%96
が欧洲へ行かれた時に随行された、
<岩倉使節団>(明治4年11月12日(1871年12月23日)から明治6年(1873年)9月13日)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%A9%E5%80%89%E4%BD%BF%E7%AF%80%E5%9B%A3
あの時に一緒になったきりであったから、あまり話がない。もっとも大久保さんとはあの旅行中は始終一緒であった。私はその時分、
鹿児島人の杉浦広蔵(本名は畠山義成)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%95%A0%E5%B1%B1%E7%BE%A9%E6%88%90
という男と同じ役目で、何事も二人は一緒にしていた。
畠山は大久保さんには愛された人だが、なんでも鹿児島の門地のある人とかで、ごく素直な人であった。そのちに遊学していたが、随行中はいつも私と一緒だった。
その時分の私どもの乗っていた車の中には岩倉大使に大久保さん木戸さん、それにやはり副使として山口尚芳さん、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E5%8F%A3%E5%B0%9A%E8%8A%B3
この四人と私と畠山の二人、合わせて六人であったが、洋行中はこの六人はいつも一緒であった。
ナニ、伊藤(博文) 副使? ウム、あの人は同じ車でなかった。いつでも伊藤さんは別だった。副使ではあの人一人がこの中からはずれていたが、福地(源一郎・桜痴) だの何だのという若い連中で手におえぬ奴らがいたので、あれらを操縦するのは伊藤さんだけであった。なにしろ大久保さんが恐ろしいので、途中でも宿へ着いてからでもあまり福地なんかは、傍へは来なかった。今の林(董)伯なども伊藤さんたちと一緒だった。
それに伊藤さんはなかなかの色師で、福地なんかと一緒に美人でも探していたのだろう。伊藤さんでも大久保さんはよほど煙たかったに違いない。
私どもはこういう風で大久保さんとは緑は深かったけれども、なにしろ大久保さんは無口な人で、汽車の中でも始終、煙草ばかり吹かしていた。馬車に乗って見物する時でも、皆が珍しがって何とか彼とか言っても、大久保さんは葉巻煙草をプカプカと吹かして黙っていた。大久保さんの煙草のみは非常なもので、大久保さんが汽車におると、外から戸を開けて這入った時、煙が濠々としているくらいだった。
だから、汽車でも岩倉さんと木戸さんとは盛んに何か話をするし、私と畠山と話している処へでも木戸さんはすぐやって来て議論をするという風であったが、大久保さんはただニコニコと笑って黙っていた。
ニコニコ笑うといっても、大久保さんの笑い振りは、どこか親しげな微笑が浮かぶのみで、そう愛想笑いをするのでもなく、ただなんとなく打ちとけた笑い方で、恐ろしい中にも心から信頼のできる親に対するような気持ちがされ
た。(明治四十三年十月二十三日)
- 一度だけ、大久保公が口をきいた話の内容は・・
洋行中に公の口を開いたのは数えるほどしかない、それほど公は無口であった。チェスターで、ある貴族の家から招かれて行った。その晩はそこで一泊したが、なかなかの豪家であった。
私は公のすぐ側のテーブルに腰かけて晩餐の馳走になっていたが、この時に一遍、口を利いた。食事にはその家の令夫人も出てきて岩倉公にも挨拶したり、いろいろ世辞を言って愛想を振り撒いていた。その時にトロマンヤという人の令夫人が岩倉公に羊の肉と牛の肉とどちらがお好きですかと尋ねた。
岩倉公が「どちらもようございます」と答えられると、令夫人は重ねて「いつから肉をお食でござ
います」と訊ねた。岩倉公はこのたびの洋行以来、始めて肉食をしたという話をされると、令夫人はま「羊の肉というものは私も初めは食べませんでしたが、あれは始めていただく時には全く変な臭いがして、気に入らないものでございますが、貴方はどんな感じをなさいました」と訊ねた。
そうすると、私の側にいた大久保公はこの時ソツと「だんだん詰問が六かしくなってきよった」と一卜言しゃべった。岩倉公は真面目に「始めの内は変であったが、今ではもう平気です」と答えておられた。大久保公がこんな風の口を利かれたのは、洋行中はこれ一度ぐらいのものであったと言ってもいい。
洋行中に大久保さんに口を利かせようとして種々な悪戯をたくらんだ者もあったが、いよいよ大久保さんの前へ出ると威厳に打たれてなんともできなかった。
私は知らないが、なんでもエジンボロ(スコットランド・エジンバラ)で薩摩の何とかいう人が、大久保さんに一つダンスをやらそうと言って計企んで、宴会に引っ張り出したことがあるそうだ、
その時には娘か何かにどうかあの大久保という人と踊ってくれないかと懇々頼んだので、娘が引きずり出すと、大久保もとうとう立ち上がって踊ったそうだ。私は見なかったが、大久保公生涯の珍事であろう。(明治四十三年十月二十五日)
◎前坂俊之執筆の「大久保利通」について
関連記事
-
-
速報(398)まとめ『3・11から丸2年になる』日本のメルトダウンの連載21回(4/12)―40回(4/24)までを振り返る』②
速報(398)『日本のメルトダウン』 ● <まとめ> …
-
-
『よくわかる憲法改正入門②」★『憲法第9条と昭和天皇』『吉田茂と憲法誕生秘話①ー『東西冷戦の産物 として生まれた現行憲法』『わずか1週間でGHQが作った憲法草案』①
2016/02/28日本リーダーパワー史( …
-
-
知的巨人の百歳学(125)- 世界が尊敬した日本人/東西思想の「架け橋」となった鈴木大拙(95)②『禅の本質を追究し、知の世界を飛び回る』
2013年9月22日記事再録/ 世界が尊敬した日本人   …
-
-
世界、日本メルトダウン(1016)「地球規模の破壊力示したトランプ」とガチンコ対決!★『この「仁義なき戦い」「場外乱闘」はプロレスで見る分には面白いが、地球の運命が核ボタンを持ったトランプの口先介入、指先クリックできまるとなると、「恐怖のトランプ・スリラー劇場」
世界、日本メルトダウン(1016)- 「地球規模の破壊力示したト …
-
-
★『コロナパニックによる外出自粛令で、自宅で閉じこもっている人のためにお勧めする<チャップリンと並んでハリウッドを制したスーパーパーソン>の人物伝>超面白いよ」★『20世紀に世界で最高にもてた日本人とは誰でしょうか!-「セッシュウ・ハヤカワ」
★20世紀に世界で最高にもてた日本人とは誰かー 『映画の都「ハリウッド」を制した …
-
-
★『リーダーシップの日本近現代史』(76)記事再録/ 『明治最大の奇人とは『西郷隆盛の弟・西郷従道です』★『日本海軍の父・山本権兵衛を縦横無尽に 活躍させた底抜けの大度量、抱腹絶倒の大巨人で超面白い!』(1)
2018/02/24日本リーダーパワー史( …
-
-
●★5『 京都古寺巡礼のぶらり旅!』『秀吉ゆかりの「京都醍醐寺」全動画案内30分(9/3)』―わが 『古寺巡礼』で深く感動した古刹、庭園です②』 金堂、不動堂、祖師堂ななどゆっくり散歩
『 京都古寺巡礼のぶらり旅!』 『秀吉ゆかりの「京都醍醐寺」全動画案内30分』 …
-
-
F国際ビジネスマンのワールド・ニュース・ウオッチ(235)ー『台湾の脱線事故で日本車両が「設計ミス」があったと責任を認め自己発表』★『隠蔽して良心の呵責に苛まれながらも、目先の損失を免れ、会社として公的組織的な改革を避ければ、倫理的な腐敗、人心の荒廃、組織の崩壊に繋がる』
F国際ビジネスマンのワールドニュースウオッチ(235) >& …
-
-
日本リーダーパワー史(951)-「ジャパンサッカー『新旧交代の大変身』★『パスは未来(前)へ出せ、過去(後)でも、現在(横)でもなく・』(ベンゲル監督)★『老兵死なず、ただ消え去るのみ、未来のために』(マッカーサー元帥)
日本リーダーパワー史(951) ジャパンサッカー大変身―「「パスは未来(前)へ出 …
-
-
記事再録/巨人ベンチャー列伝ー石橋正二郎(ブリジストン創業者)の名言、至言、確言百選②-『新しき考えに対し、実行不能を唱えるのは卑怯者の慣用手段である』★『知と行は同じ。学と労とも同じ。人は何を成すによって偉いのではない。いかに成したかによって価値あるものなのだ』
2016年7月13日 /巨人ベンチャー列伝ー石橋正二郎(ブリジストン …
- PREV
- 『リーダーシップの日本近現代史』(309)★『コロナパニックは世界大恐慌に突入寸前か!』★『日清、日露戦争の勝利で国難突破力を発揮した 明治の インテリジェンス』★『児玉源太郎は日露戦争直前のクロパトキンの日本敵前視察、恫喝には包み隠さず、一切合切すべてみせろ』と指示した』
- NEXT
- 『リーダーシップの日本近現代史』(311)★『中国紙『申報』からみた『日中韓150年戦争史』㉞ 『自立』したのは『中国』か、小国「日本」か」<1889(明治22)4月6日の『申報』☆『日本は東洋の一小国で.その大きさは中国の省の1っほど。明治維新以後、過去の政府の腐敗を正し.西洋と通商し.西洋の制度で衣服から制度に至るまですべてを西洋化した。この日本のやり方を,笑う者はいても気にかける者はいなかった』
