『リーダーシップの日本近現代史]』(27)-記事再録/野球の神様・川上哲治の『V9常勝の秘訣』とはー「窮して変じ、変じて通ず」(野球の神様・川上哲治の『常勝の秘訣』とは) ①「窮して変じ、変じて通ず」 ②スランプはしめたと思え ③「むだ打ちをなくせ」 ④ダメのダメ、さらにダメを押せ
日本リーダーパワー史(154)
「国難脱出に名将から学ぶ」
(野球の神様・川上哲治の『常勝の秘訣』とは)
①「窮して変じ、変じて通ず」
② スランプはしめたと思え
③「むだ打ちをなくせ」
④ダメのダメ、さらにダメを押せ
前坂 俊之(ジャーナリスト)
、川上哲治は現役時代から“打撃の神様”と言われ、また監督としては読売ジャイアンツの黄金時代を築き上げ、 V9 (9年連続セリーグの優勝・日本一)を達成した。愛称は「打撃の神様」、「哲」、「ドン川上」。現役では最高齢のプロ野球解説者
川上が巨人の監督になった最初のシーズンで負けが続き、ドン底のスランプに陥った。禅の教えを受けていた正眼寺の梶浦老師から川上に電話があり、「励ましか」と思い、電話に出ると、開口一番「おめでとう」と言う。
川上がア然として、言葉に窮していると、「しめたと思いなさい」と励ました。
しばらくして、川上はこの言葉の真意がやっと理解できた。ドン底ということは、もうこれ以上落ちない、あとは上がるということだ。チーム全員が真剣に立ち向かえばカベは破れる、スランプに感謝しろ、という意味だとわかった。
王選手の一本足打法によるホームラン王への道も、スランプを克服するための特訓の中から生まれた。人一倍熱心な王選手は、一日三百球から四百球も打った。スランプの壁を感じたら逃げてはいけない。トコトン練習して突き破り脱出すべきで、スランプを克服するたびに一回りも二回りも大きく成長する。スランプこそ飛躍のチャンスなのだ。
『川上哲治の回想』なる文章が(「底なし釣瓶で水を汲む」谷耕月編、柏樹社、1986年刊)に載っているので、紹介する。
わたしが初めて梶浦逸外老師にお目にかかったのは、正力松太郎さんのご紹介がきっかけであった。
当時、わたしは、現役をやめるか、続けるか、コーチとして残るか、あるいはユニホームを脱いで評論家としてやっていくか、いくつかの選択に迫られていた。わたし自身としては、二十余年間の野球生活から離れて、二年なり二年なり、別の角度から人生を見直してみたい、という気持であった。
ところが正力さんは、「まだやれる。そう引退を急ぐことはない」といわれた。また水原監督からは、「現役でやれないとしてもコーチでやってくれないか」ともいわれた。三者意見が別れている時、正力さんは、そんなに結論を急がないで、ワシが紹介するから、日本で一番やかましくて高潔といわれる梶浦逸外という老師のもとで、1ヵ月ぐらい坐禅をしてみて、それから今後の方針を決めたらどうか、とすすめられた。
正力さんの添書をもって正眼寺を訪ねたのは、昭和三十三年の十二月であった。
この時、逸外老師はわたしに数々の質問をされたが、ある質問の答えにわたしが「球が止まって見えた」と答えたのに対し、「よし、君は野球で一応のところは得ている。しかし、それだけでは駄目だ。それをもっと掘り下げて、諸事万般に応用が効くように修行することだ。今、自分が見えるところに酔っていたら、野球だけの人生で終わってしまう。
技術の面では本物であることには間違いないが、しかし氷のように固まってしまっている。これから私も指導するから、君もそのつもりで氷を水に溶かす修行をしなさい。水に成り切れば、高い所も低い所も自由に流れることができ、顔も洗えれば飲むこともできる。そして最終的に、野球道というものをつくり上げていくことを約束するなら許そう」といわれた。
わたしは、大変ありがたいお言葉と受けとり、その二日後から約1か月の僧堂生活に入った。僧堂での老師の指導は恐ろしく厳しいものであったが、遷化されるまでの20余年間、その修行は続いた。
厳格な老師は、「一方、やさしい人でもあった。監督に就任してからのことであったが、わたしのチームが三戦、四戦と敗けが続いていた時、老師から電話があって「おめでとう」いってこられた。
わたしには、何の意か分からなかったが、「四連敗もしていればこれ以上悪くはならんだろう。これからは登るだけだ。これが勝ち続けていたのでは、いつ敗けるのだろうかと心配でたまらん」とおっしゃる。
「窮して変じ、変じて通ず」とは、老師からよくいわれた言葉だが、敗けた時にはその敗因を考え、二度と失敗しないように心掛けることになるから、ひいては勝つことに通ずることを教えられた。まさに、あの九連覇の因は正眼寺にあった、と思っている。
【川上哲治】ムダ打ちを嫌った「野球の神様」
不滅のV9を達成した巨人の川上哲治監督は、昭和13年、熊本工から巨人軍へ入った。当時、巨人には専任のコーチはおらず、「選手同士で技術の教え合いをしてはいけない」という不文律があった。
先輩選手の技術や方法を〝盗む”以外になかった。川上は技術を盗む〝チエドロボウ″に徹して、バッティングはみるみる上達した。
川上選手は現役引退までに最高殊勲選手3回、首位打者5回、ホームラン王2回、球界初の2000本安打などの記録を作り〝打撃の神様〟と呼ばれた。その打撃の神様の打撃のh秘訣は「むだ打ちをなくせ」であった。
200打数で60安打の3割バッターは逆に140本のムダを打っている。2割5分のバッターは150本のムダ打ちである。3割と2割5分の差は結局、ムダ打ちが10本多いか、少ないかの差につきる。この10本を確実にものにすれば、2割5分から3割バッターになれるわけだ。
「何としても打ってやろう」という気魄、気力、精神の集中、一球一球をムタにしないことが、この差を生むのだ。
●ダメ押しだけではダメで、ダメ押しのダメ押しのさらなるダメ押しをおせ
川上はマスコミから〝非情の監督″とか、冷酷とかいわれたが、勝つためには不評など一切気にしなかった。五点、六点もリードした試合でも、スクイズで加点した。大差のゲームでもダメ押しの点を取った。相手チームにやる気をなくさせ、「なんともいやらしいチームだ」との印象を植えつければ、それだけ精神的優位に立てる。
勝負において 「カッコいい勝ち方」 とか、「いやらしい勝ち方」 とか区別するのが、おかしい。ルールにかなっていれば、いやらしい勝ち方などあるはずがない。
試合するからには勝たねばならない。その場その場で全力を尽くす。
「勝負の心」 に徹する。勝つためにはあらゆる手段を使う。
とはいっても、あくまでルールを守った上でのことだが、ダメ押しだけではダメで、ダメ押しのダメ押しのさらなるダメ押しで、点を拾い、相手につけ入るスキを与えず、勝ち続けていって、やっとペナントで優勝できるのである。」
〝打撃の神様″はついに〝V9″という不滅の連勝記録を達成し、〝監督の神様″になった。
川上監督の優勝のときの言行録をたどってみよう。
川上監督の優勝のときの言行録をたどってみよう。
Vl (昭36) 「今年の経験を踏み台にして」
V2 (昭38) 「勝ちとった日本一」
VS (昭40) 「日本一になって」
V4 (昭41) 「連続日本一になって」
V5 (昭42) 「為せば成る」
V6 (昭43) 「野球も人なり」
V7 (昭44) 「得るは捨てるにあり」
V8 (昭45) 「勝負は天なり」
V9 (昭46) 「子は親の鏡」
V10(昭47) 「野球是道」
V11(昭48) 「日々優勝」
常勝ジャイアンツのサイ配を振いながら、川上監督の心は変化していった。
36~38年ごろは、ただただ「必勝」 の精神に燃えた。40年、41年は「常勝」
の精神で戦い、42年、43年と勝ち進むにつれて「常勝」は「不敗」にかわり、つづく5連覇、6連覇で「不敗」は「無敗」の精神にかわった。以後は「無敗」の精神に貫かれて9連覇を達成したのである。
まさに、日本のスポーツ界での空前絶後の名選手であり、名監督である。
まさに、日本のスポーツ界での空前絶後の名選手であり、名監督である。
関連記事
-
-
日本リーダーパワー史(424)『日中韓150年対立史⑩」英「タイムズ」,外紙は中国が侵略という「台湾出兵」をどう報道したか③
日本リーダーパワー史(424) ―『各国新聞からみた東 …
-
-
大日本帝国最後の首相・鈴木貫太郎の晩年
政治手腕なき終戦内閣 昭和十一年(一九三六)に起きた二・二六事件 で鈴木貫太郎侍 …
-
-
「オンライン講座・大谷翔平「三刀流(投打走)」のベーブ・ルース挑戦物語⓵』★『大谷の才能を世界に最初に報道したのはニューヨークタイムズ』(2013年7/10)が日ハム・大谷投手 を取り上げて日米野球論を展開」★『NTYは日本のマスメディア、スポーツ紙の低レベルとは段違いのスポーツビジネス、リーダーシップ論、選手論を分析』』
『それから8年後、大谷は31本の本塁打を放ち、MLBのスーパースターを射止めた、 …
-
-
高レベル放射性廃棄物の処理事業を担う原子力発電環境整備機構(NUMO)・近藤駿介理事長の記者会見動画100分(8/7)
高レベル放射性廃棄物の処理事業を担う原 …
-
-
『新型コロナウイルス/オミクロン株のスピード動向①』★『オミクロン株が世界的に猛威を振るう』★『オミクロン株は2ゕ月遅れで日本に襲来』★『ブースター接種率は米EUは3,40%なのに、日本は先進国ダントツの最低0,5%にとどまる大失敗』★『再び、後手後手の対応のスローモー岸田政権』
オミクロン株が世界的に猛威 前坂 俊之(ジャーナリスト) 世界中で再び新型コロナ …
-
-
『リーダーシップの日本近現代史]』(31)記事再録/帝国ホテル・犬丸徹三が関東大震災で示した決断と行動力に見習え』★『いかに対処すべきかーいまのわれわれに大変役立つ『犬丸徹三のリーダーシップから学ぶ』』
2011/04 …
-
-
『リーダーシップの日本近現代興亡史』(215)ー『リーダー不在の人材倒産国・日本の悲劇①> 『明治の日本を興したリーダー』と『昭和の日本 を亡ぼしたダメリーダーたち』(上)★『 近衛文麿 、石原莞爾、松井石根 板垣征四郎、松岡洋右 、富永恭次、野村吉三郎 、永野修身』
2011/12/30 日本リーダーパワー史( …
-
-
『長寿逆転突破力の時代へ②』★『人生折返し後半戦の50 ,60. 70 ,80からのスタートダッシュの研究』★『『超高齢社会』のシンボル・彫刻家・平櫛田中(107歳)の気魄に学ぶ』★『六十、七十はなたれ小僧、娘、人間ざかりは百から、百から。今やらねばいつできる。わしがやらねば、だれがやる』★『「やってやれないことはない。やらずにできるわけがない。今やらずしていつできる』
前坂 俊之(ジャーナリスト) 2012年初め、平櫛田中記念館(東京都小平市学園 …
-
-
最高に面白い人物史➄人気記事再録★「日本最強の参謀・戦略家は日露戦争勝利の立役者―児玉源太郎伝(8回連載)』
日本国難史にみる『戦略思考の欠落』(62) 『世界史の中の『日露戦争』ー <まと …
