前坂俊之オフィシャルウェブサイト

地球の中の日本、世界史の中の日本人を考える

*

日本リーダーパワー史(158)『江戸を戦火から守った”三舟”の高橋泥舟の国難突破力②-泥舟の槍・淋瑞の禅』

   

日本リーダーパワー史(158)
 
『江戸を戦火から守った”三舟”の1人・高橋泥舟
の国難突破力②-泥舟の槍・淋瑞の禅の対決

 前坂 俊之(ジャーナリスト)
 
勝海舟・山岡鉄舟と共に幕末三舟の一人として知られた高橋泥舟は、槍術では当時、天下無双の達人といわれていた。ある日、黒衣の二十歳位の僧が泥舟の槍法を見たいと申込んできた。この青年僧は小石川伝通院内の淋瑞律師と呼ばれる奇傑であった。
 
門人中から特に優れた高弟を選んで、泥舟自らから槍を執って、力一杯の秘術を尽くして見せた。泥舟自身にも、いつも以上の出来栄えの妙技で、得意満面で、「和尚!拙者の槍術をいかに見られたか」
 
と尋ねた。淋瑞は静かな笑みをたたえて「いや謹んで拝見いたしました。先生の槍術は神妙で、世間普通の槍使いのかなうところではない。しかし、愚僧等の道からすると、どうも今少しというところである」と批評した。
 
泥舟は心中大いに憤り、ジっと怒気を抑えて自室に引上げ、改めて淋瑞を呼び二人で対座した。
 
「さて和尚、御身は拙者の槍術にはいまだ間然するところありと申されたな。定めてお考えもあってのことであろう。それを承りたい」
 
 淋瑞はおもむろに言った。
 
「先生の槍術は、その妙なることは至極妙である。たとえば仏如来の世間に出て天魔を降伏し、正覚を成就して一切衆生を救済したようなもの。その境地にまで先生の槍術は到達しているようにみえる。しかし、無遠慮に評せば、今一歩を進めて大機大用を得られる真の極致に至っては、いまだという感であった」と。
 
これを聞いて、泥舟は心中なおおさまらず、「然らば、その大機大用とはどのようなことであるか」と質問した。
 
この時淋瑞は声に一段と力を入れて、
 
「さればじゃ、愚僧がまず聞かん。御試合を拝見するに、槍頭出没して、一見神妙を極めし如くであったが、その呼吸は終始一貫せぬものがあった。これは他でもない、先生はしばしば他のことを思慮されるところがあったのではないか。そこを一考願いたい。先生が稽古であるからとて、槍先に真の鋒を用いられぬためであろう。もし、実際に敵と相対し、真の鋒の長槍を用いての真剣勝負であったならば、試合に臨み、心中何か思慮される如きは、とうてい承服し難いところである」とピシリと突っこむ。
 
さすがの泥舟も大いに感じ入った。
 
「貴僧は実にタダの人ではない。拙者は見誤っていた。」と、讃嘆の声を惜しまなかった。淋瑞はなお語を続けて、
 
「古人の言に、無念・無住・無証、有にして無、無にして有、両頭撒開して仲間放下し、一念不生にして始めて自由自在の分あらん、よくよく究めて看られるがよろしい」
と、初めて心要を説いて示した。泥舟はここに至って全く膝を屈し
 
「ああ、今日図らずも貴僧に接見して、尊き仏教最高の妙理を拝聴することを得た。何という幸せであろうか。今や貴僧は拙者の師、希くは今後、将来、仏教の真理を以て拙者に槍術の秘妙を教えたまえ」
 
以後、師事することとなった。淋瑞は泥舟のこうした気性に対し「先生こそ誠に資性かっ達・殺活自在の力を備えられておる。末頼もしきお方よ」
と賛辞を呈し、それから後は互に親しく往来して国事を談じ、また泥舟は仏教の玄理を淋瑞にきいて槍法の奥妙を究めた。
 
それから約三年をへたある夜のこと、泥舟は一室に独座、瞑想していたが、やがて深夜になって、かつ然として悟入するところがあった。ほどなく泥舟は寝についたが、夢の中に十年前になくなった兄の山岡紀二郎が現れて
 
「汝の槍術は至極上達したものと認める。いざこれより我と十本勝負をせよ」
 
という。直ちに起って道場に兄と相対し、泥舟は渾身の力を振り絞って対決した。すると兄はガラリと槍を捨て、
「よくぞここまで修業してくれた。兄はもはや満足じゃ」
といって立ち去ろうとする。泥舟は「兄上、兄上」と大声に呼びかけて引き止めようとしたが、その自分の声に目が醒めた。「さては夢であったか」と、起き上って、端座、黙然たる時を過ごした。
 
夜が全く明け放れるのを待って、多くの門人を道場に集め、槍を揮って残らず相手にしたが、この日始めて、槍法の極意、万物の妙致を合点することが出来た。
早速、伝通院に淋瑞を尋ねて行った。すると淋瑞は
 
 「先生、何か好案なきや」と問う。泥舟は待っていたとばかりに、
「別に好案とてもござらぬが、拙者今つくづく愚考するに、従来の御修養状態なるものは、恰も障子一重の隣室に、小野小町や、衣通姫が列座して、ホホホ、ヒヒヒと、歌い舞うを聞きつつ、いやいやおのれは彼女らの声や姿を顧みてはならぬ。
 
そのような煩悩を起すのは道ではない。ヤレ戒行に迷う。それでは本当の修行じゃないと、堅く戒律を守って修行に入念せらるのが、貴僧等の修行であり、道であるのでござろう。
 
ところで、これを拙者の日夜、工夫・鍛錬する槍術より見ると、大に相達するところがござる。それは他でもござらぬ。拙者の道は、小野小町や衣通姫の雪の肌や、玉の膚を上から下までなでさわる。さらに身体検査を致した上で、それから腰巻をつけ、肌着を着せ、中着、上着と仕上げてしまうのが拙者らの道でござる。不見不聞、不言、不飲、不食など、そんな規則ずくめは、拙者等の本来取らざるところでござる」
 
 と、まくし立てた。黙って聴いていた淋瑞は、泥舟の言葉が終ると同時に、ピタリとその場に手をついて「今日よりは、愚僧が貴殿の弟子じゃ、愚僧などの遠く及ぶところでない」と嘆称した。これは泥舟自ら人に語ったところの話である。
 
 泥舟は増上寺の福田行誠上人とも親しく道交があったが、ある時、上人門下の居士が、泥舟を訪ねた折に
 
「ここをしも さとりの峰と思いしは 迷いにくだるはじめなりけり」
 
 という一首を示し、上人近頃の名歌だというと、泥舟は
「なるほど、これは名歌に違いない。しかし我が槍法より見れば、あまり感心したものとも思われぬ。なぜならば、悟りという峰があれば、必らず迷いの道は離れぬであろう。自分ならこうもよむであろう」
 
 と、いって筆を執り、
 
さとりてふ みねもなければ いかにして まよいにくだる道しあらめや」
 
と詠んだ。これを持ち帰って上人にみせると、上人は「いかにも泥舟がいいそうなことじやわい」と、いってただ微笑されたのみであった。
 
道に迷う者には、迷わぬ道を教えねばならぬ。迷わぬ道とは即ち悟りの道であり、本来迷わぬ者には悟りという名すらない筈である。そこにはただ大道あるのみである。
 
大道元来迷悟無し。
 
<参考文献> 国米藤吉「心機百話選」洋洋社(1957年)

 - 人物研究 , , , , , , , , , , , , , ,

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

  関連記事

『オンライン/明治外交軍事史/読書講座』★『森部真由美・同顕彰会著「威風凛々(りんりん)烈士鐘崎三郎」(花乱社』 を読む②』 ★『川上操六陸軍参謀次長と荒尾精はなぜ日清貿易研究所を設立したのか』★『鐘崎三郎は荒尾精に懇願して日清貿易研究所に入ったが、その「日清貿易研究所」の設立趣旨は欧米の侵攻を防ぐためには「日中友好により清国経済の発展しかない」という理由だった』

    2021/06/01  日本リー …

no image
<F国際ビジネスマンのワールド・ニュース・ウオッチ(211)>「6/8付『エルサレム・ポスト紙(6/8)のキャロライン・グリック女史副編集長の”カタール紛争を 取り巻く諸情勢”に関する分析記事は目からウロコ』★『現カタール首長に反旗を翻すどの様な動きも、イランとの開戦の公算を強める。 』●『エジプトとサウジアラビアがカタールを攻撃するならば、NATO同盟国のトルコとアラブの同盟国が戦争状態になる危険が増幅する』

 <F国際ビジネスマンのワールド・ニュース・ウオッチ(211)>   。『Qat …

『Z世代への歴史の復讐問題③』★『明治維新・大政奉還は西郷隆盛と勝海舟の話し合いで平和裏(江戸城無血開城)に解決した』★『明治維新は世界にも例のないほどの「話し合いによる民主的、平和革命」★『明治維新(1868年、死者約3万人)、米南北戦争(1861 ―65 、約 62 万人)、米第2次世界大戦(約40万人)、フランス革命(1789 ―99、約200万人と比べる』

  2024/05/22 記事再録編集 2024年10月7日 …

no image
日本リーダーパワー史(258)<まとめ>『日本を救った男とは・・空前絶後の名将・川上操六とは何者か②(11回→21回)」

 日本リーダーパワー史(258)   ◎<まとめ>『日本を救った …

no image
日本リーダーパワー史(98)『幽翁』伊庭貞剛・大住友精神を作ったその禅による経営哲学(リーダーシップ)

日本リーダーパワー史(98) 『幽翁』伊庭貞剛・住友精神を作った経営哲学     …

『テレワーク、SNS,Youtubeで社会貢献し臨終定年をめざ方法』★「鎌倉鶴岡八幡宮の源氏池に咲きほこる「蓮の花」★『蓮の花は四日の命 -初日は早朝5時頃から外側の花弁がゆるみ、ゆっくり開花、4~5㎝ほど開花するとそれ以上開かず、八時頃より閉じはじめ元の菅の状態に戻る』

<2012/07/12の動画再録>   鎌倉蓮の花百選ー鶴岡八幡宮の源 …

no image
『リーダーシップの日本近現代史』(160)記事再録/『世界史の中の日露戦争』㉝『開戦2週間前の「英タイムズ」の報道/★『ロシアが極東全体の侵略を狙っており、一方、日本はロシアの熊をアムール川の向こうの自分のすみかに送り返して,極東の平和と安全を,中国人、朝鮮人,日本人のために望んでいるだけだ』★『1904年1月8日付『ノース・チャイナ・ヘラルド』 『われわれは朝鮮をどうすべきか?日本人からの寄稿』』

『日本戦争外交史の研究』/『世界史の中の日露戦争カウントダウン』㉝2017/01 …

『オンライン/東京五輪講座』★『ロンドン五輪(2012)当時の日本のスポーツと政治を考える』★『日本失敗の原因はスポーツ人と政治家の違い。結果がすべて実力のみのスポーツ人に対して、結果責任を問われない政治家、官僚の“無責任天国”なのが大問題!』

  2012/10/10  日本リーダーパワー史(333)< …

「Z世代のための百歳学入門」★『「少子超高齢社会」は「青少年残酷・老害社会」ー250年前の江戸中期、俳人・横井也有の<江戸の老人8歌仙と老害>で自戒する」★『70.80歳過ぎて、いつまでも地位や金やアンチエイジングにしがみつくな!』★『81歳を18歳に逆転する爆笑術!』

 2013/10/15    百歳学入門 …

『チコちゃんに叱られた‼』★『六十,七十/ボーっと生きてんじゃねーよ(炸裂!)』★『九十、百歳/生涯現役・臨終定年の勉強法を見習えじゃ』★「少くして学べば、則ち壮にしてなす。壮にして学べば、則ち老ゆとも衰へず。老いて学べば、則ち死すとも朽ちず」(佐藤一斎)』

  2018/12/26  知的巨人の百 …