日本リーダーパワー史(821)『明治裏面史』 ★ 『「日清、日露戦争に勝利」した明治人のリーダーパワー、 リスク管理 、 インテリジェンス㊱『日本史決定的瞬間の児玉源太郎、山本権兵衛の決断力⑧』★『軍事参議院を新設、先輩、老将軍を一掃し、戦時体制を築く』★『日露開戦4ヵ月前に連合艦隊司令長官に、当時の常備艦隊司令長官の日高壮之丞ではなく、クビ寸前の舞鶴司令長官の東郷平八郎を抜擢した大英断!』
日本リーダーパワー史(821)『明治裏面史』
★ 『「日清、日露戦争に勝利」した明治人のリーダーパワー、
リスク管理 、 インテリジェンス㊱
『日本史決定的瞬間の児玉源太郎、山本権兵衛の決断力⑧』★
軍事参議院を新設、先輩、老将軍を一掃し、戦時体制を築く
三点目は軍事院条例の新設である。これは老将軍、老害軍人を一掃するためのものだった。
山本・児玉両中将の第一回の会議のとき話題になったのが、陸海軍ともに部内の最上位を占めていた最古参の先輩たちの存在であった。特にこの非常時を乗り切って行くには、彼らの存在は大きな障害となっていた。
階級序列だけがいかに上位であっても、古い頭で、もはや体力気力に乏しく、現状で開戦を控えて一大勝負に一身を捧げることのできる人材はきわめて乏しかった。
そこで戦時態勢を想定して人事の一大刷新強化を図り、思い切って新人の登用を断行すべきである2人の意見は一致し、陸軍で寺内陸相が率先して、その具体的方法として「軍事参議院条例」の制定を提案した。
この軍事参議院は従来の軍事参議官と異なり、元帥・陸海軍両大臣・参謀総長・軍令部長等の小数者から構成され、天皇の御下問に応じて参議会を開いて、その結果を上奏すると定められていた。
この規定では議長は最古参の者となっているが、実際には山県元帥ということにな
り、陸軍の大山元帥や海軍の西郷元帥などの最長老も名を連ねているので、この参議院の決定で万事が迅速に処理されることになった。
現に児玉中将の上には陸軍の大将として以下の⒒名(別に小松宮大将もおられた)がいた。山県、大山、野津、佐久間、桂、黒木、奥、山口、岡沢、長谷川、西の各大将。
これら各大将にいちいち相談していては間に合わない。新条例では山県、大山の両元帥と参謀総長の大山元帥、つまり実際は寺内陸相をふくめた合計三名だけで、陸軍のことは陸軍の参議院の名において実質的に処理できる仕組にした。
この新条例に基づく措置の一例として野津道貫大将(教育総監)と、黒木為楨・奥保鞏(おく やすかた)両大将(東・西部都督)を軍司令官要員に決定して直ちに、出征軍の統帥準備につかせるなどの重要人事が迅速に決定した。
また海軍でも、山本海相が伊東軍令部長と2人だけ相談して、戦時の連合艦隊司令長官
の座を日高壮之丞操督から東郷平八郎提督に交代させる有名な抜擢人事を断行した。
この結果、戦時の司令官たちとその幕僚をいち早く早くから準備につかせると同時に、先輩の将軍たちも軍事参議院決定の名で強行したのでトラブルもなく『戦時指導人事と体制』がつくられた 。
「日本一の切れ者」の源太郎さんと権兵衛さんの黄金コンビの必勝の布陣がここに築かれのである。
日本リーダ―パワー史(122)『海軍の父・山本権兵衛』の最強のリーダーシップと実行力に学べ・
『無能な幹部は首にして、最強の布陣で臨め』
http://www.maesaka-toshiyuki.com/person/3288.html
この日本史に残る最高の人事には数多くのエピソードがある。
東郷平八郎は明治27年の日清戦争では浪速艦長として豊島沖海戦に参加。「高陞号」撃沈事件で一躍、世界的にその名を知られた。戦争末期に少将に進んで常備艦隊司令官となり、台湾にも出動した。
38歳から40歳にかけては一時体調を崩し、病気療養が続いた。その後、海軍大学校長、佐世保鎮守府、舞鶴鎮守府の各司令長官を歴任し、明治37年、56歳で大将に昇進した。海軍内では傍流を歩み、特に病気勝ちで目立たない地味な存在だった。
日露戦争前に海軍が大整理を行った際、予備役となる寸前を「東郷はもう少し様子をみましょう」との山本権兵衛海軍大臣が一言で、あやうく首にならなかった。 ところが、日露開戦4ヵ月前に連合艦隊司令長官に、当時の常備艦隊司令長官の日高壮之丞ではなく、大方の予想をくつがえして東郷舞鶴司令長官が大抜擢されたのである。
心配した明治天皇の『なぜ東郷か』の質問に対して、山本海相は「東郷は運のいい男ですし、命令を正しく実行する男です」と太鼓判を押した。
日高の健康が優れなかったこと、東郷の「高陞号」撃沈事件で見せた的確で周到な行動力、英国で身につけた国際海洋法の秀でた知識、独断専行型の日高と違い海軍軍令部との緊密一体となった作戦行動には東郷がうってつけであることなどが抜擢の理由だった
日高壮之丞中将は、自分が連合艦隊司令長官に就任するものと思っていた。ところが、ずっと後輩の東郷がつき、左遷されたことにカンカンに怒って海軍大臣官舎に短剣を持って現れた。
机の上にドーンと突き刺し「返答によっては刺し殺す」と迫った。
「山本、きさま、わが輩を侮辱するのか。わが輩をさしおいて、なぜ東郷を司令長官にしたのだ。理由によってわが輩がきさまを刺し殺すぞ」と必死の形相だった。
山本は落ち着き払って「貴公が日清戦争の際、『松島』の艦長などとして、大いなる武勲をたてた。しかし貴公は、あの時海軍軍令部の命令を無視して単独行動を取った。
今度の日露大海戦は、戦国時代の一騎討ちのような戦法は許されない。東郷はあの生真面目な性格で貴公と正反対なので、軍令部と緊密に結んで戦うのだ」と東郷の長所を説いて日高も初めて納得した、という。
東郷は日本海海戦で空前絶後の戦果をあげて山本の期待に見事にこたえたのである。日ロ海戦の勝利は山本海軍大臣の見事なマネージメントの勝利だったのである。
関連記事
-
-
知的巨人の百歳学(113)ー徳富蘇峰(94歳)ー『生涯現役500冊以上、日本一の思想家、歴史家、ジャーナリストの健康長寿、創作、ウオーキング!』
2018/11/30 2018/12/01 …
-
-
速報(298)『大飯原発再稼動、検証委もグラツク?(池田龍夫)』『5月10日チェルノブイリ周辺の永久立ち入り制限 小出裕章』
速報(298)『日本のメルトダウン』 ●『大飯原発再稼動、検証委も …
-
-
世界、日本メルトダウン(1033)ー『米中会談の内幕は・』★『中国が北朝鮮問題を解決すれば、米国との通商の取り決めは中国に良いものになる」とブラフ外交、ディール外交(取引外交』を展開』●『トランプ氏は「まず外交,不調なら軍事行動の2段階論」を安倍首相に説明した』
世界、日本メルトダウン(1033)ー 『まず外交,不調なら軍事行動 …
-
-
尖閣問題・(資料)『琉球処分にみる<日中誤解>(パーセプション・ギャップ)<歴史認識>の衝突④『琉球朝貢考』清国新聞『申報』
尖閣問題・日中対立の先駆報道の研究 (資料)『琉球処 …
-
-
日本リーダーパワー史(223)『日本の政治家で最も少ないグローバルな戦略をもった経済政治家の先駆者―山本条太郎』
日本リーダーパワー史(223) <三井物産の中興の祖・山本条太郎> …
-
-
日本リーダーパワー史(430)★「山本太郎の<平成天皇手紙事件>を見て、日本の民主主義政治社会はどこまで、成熟したのか
日本リーダーパワー史(430) …
-
-
『日本戦争外交史の研究』/『世界史の中の日露戦争』⑯『開戦4ゕ月前の「仏ル・タン」の報道』- 『極東の紛争』『露仏同盟のフランスはシベリア鉄道によると特権をもつロシアの満州占領を擁護』『アレクセイ提督の極東総督府を創設した段階で,それを放棄する意向があると見なすのは的外れというものだろう』
『日本戦争外交史の研究』/『世界史の中の日露戦争』⑯ 1903( …
-
-
速報(124)<座談会・フクシマの教訓①>『事故原因、原子力村、事故処理、低線量被爆など徹底討論する』(上)
速報(124)『日本のメルトダウン』 <徹底座談会・フクシマの教訓 …
-
-
『中国紙『申報』からみた『日中韓150年戦争史』 ㊾ 「日清戦争開戦10日前)『中国が朝鮮問題のため日本と一戦交えざるを得ないことを諭ず』
『中国紙『申報』からみた『日中韓150年戦争史』 日中韓のパーセプション …
-
-
知的巨人の百歳学(132)-『石油王・出光佐三(95)の国難突破力/最強のリーダーシップ/晩年長寿力』②『日章丸事件で石油メジャーに逆転勝利した最強のリーダーシップ』
2018月1日記事再録/日本リーダーパワー史(180) <国難 …
- PREV
- 日本リーダーパワー史(820)『明治裏面史』 ★ 『「日清、日露戦争に勝利」した明治人のリーダーパワー、 リスク管理 、 インテリジェンス㉟『日本史決定的瞬間の児玉源太郎の決断力⑦』★『日英同盟によって軍艦購入から日本へ運行するまで、英国は日本を助けて、ロシアを妨害してくれたことが日露戦争勝利の要因の1つ』●『児玉、山本権兵衛の『先見の明』と『最強のリーダーシップ』の証明でもあった。』
- NEXT
- <F国際ビジネスマンのワールド・カメラ・ウオッチ(209)> 『7年ぶりに、懐かしのアメリカを再訪,ニューヨーク めぐり(5月GW)⑥『2階建バスツアーでマンハッタンを一周』ブルックリンブリッジを通過、 イーストリバーを右手に、国連ビルを見上げ、 トランプタワーを見て、セントラルパークに向かう②
