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『オンライン講座/独学/独創力/創造力の研究③』★『「鎖につながれた知の巨人」南方熊楠の全貌がやっと明らかに。今こそ地球環境問題/エコロジー思想の元祖・南方熊楠に学ぼう(下)

   

 

前坂 俊之(静岡県立大学名誉教授)

 

●[宮武外骨と奇人2人の裸の交際!は珍無類」

 

熊楠はあの奇人代表格の宮武外骨とも親友だった。天真爛漫、過激な性格で、わい雑なものを好む2人は似たもの同士であった。

夏の間、熊楠はフンドシもつけずに、真っ裸でくらしていたが、外骨がくると、2人で素っ裸となり縁側で日光浴をして、互いにペニスをいじくりながら、民俗学や男色の話に興じていた。

熊楠のところに納税通知が届いたことがあったが、「日本の税務署に納税の義務はない。日本では金を使うばかりでもうけたことがない」として断った。

 

・下半身裸で、ペニスや睾丸に砂糖をまぶして、アリにかませる

 

ある時、妻松枝は熊楠が庭にしゃがんでいる姿を見て仰天した。下半身裸で、ペニスや睾丸に砂糖をまぶして、地面の上に座ってアリが寄ってきて咬むのを待っているのだ。少し前、庭で珍しいきのこを探していて、アリにペニスを咬まれて弓削の道鏡の巨根のように睾丸ともボール玉のように膨れ上がったこともあった。

 

これまで山やジャングルに分け入った時も腰巻1つで観察、採集してきたが、アリに触れられたり、咬まれたりしたことはあっても、これほどひどく膨れ上がった経験はなかった、という。

このアリが何なのか正体を突き詰めようと始めたのだが、1ヵ月ほど同じようにあられもない格好で続けた。、たくさん集ってきたアリはペニスについた砂糖を持ち運んで帰るだけで、咬むことはなかった。

別の種類のアリでも、結局突き止められなかったが、周囲がどう思おうと一切気にせず、自然研究フィールドワーク、実験に没入するのが熊楠流のやり方なのだ。

・自然保護運動、エコロジー運動の先駆者

熊楠は自然保護運動、わが国のエコロジー運動の先駆者でもあった。明治40年代に1村1社にして多くの神社を統合、撤廃した明治政府の神社合祀政策に対して、熊楠は先頭にたって反対した。

当時、和歌山では2700社あった神社が取り壊されて600社となり、三重県では5547社が942社と強制的に5分の1に減らされた。

宗教と伝統的

な文化の守り本尊である神社と同時に地域の自然が保護されていた鎮守の森が破壊され、樹齢数百年という巨木が利権によって次々に伐採され、貴重な緑が奪われていった。

神社の鎮守の森は地域の自然の総合体であり、湧き水があり、その土壌の上に粘菌、苔、水、一体となって植物が自生し、森をつくり昆虫、鳥、動物が一体となって生命体を構築している。

 

海岸に隣接した森林では沿岸の海の海草、魚の培養まで連鎖して総合的な自然環境、エコロジーを形成していることを熊楠は認識しており、神社の破壊は総合自然体の破壊だけではなく、地域の人々の歴史、文化、生活の基盤、シンボル、民俗、お祭り、文化財など総体としての文化を根こそぎ抹殺ていくものであることも知っていた。

 

100年前に生態学・エコロジー的な視点を自然保護運動、公害反対運動の先駆として神社合祀反対に取組んだのである。1909年(明治42)8月15日から1週間にわたって田辺中学校で紀伊教育委員会主催の夏季講習会が650人の人々が参加して開催された。

 

●17日間、警察に拘束された

 

熊楠の武勇伝が起きたのはその最終日。神社合祀を進める同教育委員会・田村和夫理事長に面会を求めてきた熊楠は酔っており、会場に大声で現れ,信玄袋を投げつけ「田村を出せ」「神社を破壊するのはけしからん」と怒鳴りながら、イスを持ち上げるなどして場内騒然となった。何人かが熊楠を止めようとしたが、はねのけて乱闘となった。

 

警察署長が止めにはいり、南方を何とか帰宅させたが、翌日,官命抗拒罪で逮捕され、留置場に入れられた。この時、南方家では保釈金を用意したが、本人は「金で欠点を償う日には富者は悪事を慣れ行ない、貧者のみ獄に入る」と保釈を断り、17日間、ブタ箱生活をおくった。この事件は裁判の結果は無罪となった。

 

・1冊の本になるくらいの長文の手紙を書く、

 

熊楠はよく手紙を書いたが、その手紙そのものが1つの作品であり、論文であるといってよかった。それらの手紙を集めて「南方随筆」として出版されているほどだ。自宅にこもって研究に没頭し、あまり外出しなかったので、近所の人にまで何か用事があるとすぐ手紙を出した。

手紙を書き始めると、次々に用件を思い出して朝、昼、晩と日に3度も同じ人に出したこともよくあった。肝心の用件の方は少なくて、横道にそれた話題や雑談、知識の紹介が次々に書き出して、収拾がつかなくなり延々と続くといった具合。

途中で来客があると、「来客があり中断」「眠くなったので、また」と中断して、翌日また書き続けた。どうしても長い手紙になってしまう。

 

一番長い手紙は3日がかりで5万8千字、400字詰めの原稿用紙に換算して145枚という膨大なものであり、このような長文の手紙も珍しくなかった。長文の手紙の場合は書き初めと、終わりには必ず日付けと時間を記していた。

1925年58歳の時に、熊楠は自らの人生を振り返って巻紙で8m30cmにも及ぶ手紙をだした。字数に換算すると37,000字、文庫本にしても80頁以上という長文の『履歴書』を書いた。

 

熊楠には決まった作品や論文が少ないという指摘に対しては、同じ学問的な問題意識を持った研究者や親しい個人に対して、このような手紙で自ら取り組んでいた思想や知識をそっくり披瀝して書き送っていくスタイルをとっており、当時のライプニッツらの書簡文学の影響を受けていたのであろう。これが熊楠の業績への低い評価の一因にもなっている。

 

●フィールドワークによって採集した隠花植物、菌類、藻類の整理、克明な筆写と標本作りなど、粘菌学、民俗学に取組む。

 

熊楠の研究分野は文学、民俗学、論理学、心理学、歴史にかんする洋書、和漢書の読書と多岐にわたっており、その筆写、比較研究と並んでフィールドワークによって採集した隠花植物、菌類、藻類の整理、克明な筆写と標本作りの作業を同時に並行させて、日課として積み上げていった。

中でも、粘菌学、民俗学に集中して取組んだ。熊楠がロンドンにいた頃の19世紀末当時の学問、生物学の最大の関心は生物の起源に向けられていた。熊楠は粘菌が動物と植物の境界にあり、生物の原初的な形態にあることから、生命の起源を解明しようとして研究テーマにしたもので、現在のライフサイエンス研究の先駆けでもあった。

比較民俗学、比較宗教学への熊楠の思考は地球的広がりの中で、事物の発生と発展を捉えていこうとする研究態度と重なってくる。

 

・●『南方学』は体系、理論が欠如しているという批判は当たっているか。

 

粘菌、隠花植物、生命学、神話的な思考、民俗、野蛮な風俗、比較宗教学、曼陀羅、セクソロジー、男色、猥談、半陰陽など森羅万象についての南方の知の異端な広がりについて、またその博覧強記について、これまで学会や専門家からはガラクタ的な知識の寄せ集めであり、全体貫く理論、思想がないという批判が出されていた。

体系的、総合的な柳田民俗学に対して、あまりに雑然と、多岐にわたっており、『南方学』には体系、理論が欠如しているという批判である。

 

●南方の曼陀羅論、思想は時代を百年間越えて、21世紀に進んでいる。

 

熊楠は那智・勝浦で孤独な研究生活に没頭しながら、東洋の学問と西洋の近代科学との融合という思想的な格闘していた。

高野山管長・士宣法竜への長文の手紙の中で、古代真言密教の曼荼羅と西欧科学の方法論の因果律を深く考察して、仏教の「因縁」の因は因果律(必然的法則)のことであり、縁は偶然性であると指摘して、偶然性という概念を提出しその重要さを主張したのは明治36年(1903)のことである。

 

科学的な方法論で偶然性が重要な問題となってボア、ハイゼルベルグ、ノイマンらの理論物理学者らが量子力学として完成したのは1930年代のことであり、ジャック・モノーが偶然性の概念が出して名著『偶然と必然』が出版されたのは1970年である。

 

また精神医学・分析心理学者のユング(1875-1961)が意識と無意識の世界、無意識の世界にも個人的な意識、普遍的な無意識の世界があることなど無意識の世界の分析を、彼の『曼陀羅論』で展開する以前に、すでに熊楠は深く考察しているなど、時代に先駆けて、いち早く思想的な萌芽を読みとっているのは独創的であり、熊楠の先駆性が示されている。

 

確かに、こうした知見、思考を熊楠はまとまった理論として、この科学的な論文という形式では発表しておらず、士宣への手紙の中で論じているだけで、このため世間に知られる事はなかった。熊楠が正当に評価されてこなかった一因でもある。

「鎖につながれた巨人」熊楠の『知の全貌』は今、やっと明らかにされつつある。

 

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