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日本リーダーパワー史(788)「国難日本史の復習問題」 「日清、日露戦争に勝利」した明治人のリーダーパワー、リスク管理 、インテリジェンス⑤』★『日本史の決定的瞬間』★『撤退期限を無視して満州からさらに北韓に侵攻した傍若無人のロシアに対し東大7博士が早期開戦論を主張(七博士建白書事件)』★『七博士建議書の全文掲載』●『現在日本を取り巻く地域紛争の激化―北朝鮮・中国の軍事エスカレーションと比較しながら、この提言を読む』

   

 日本リーダーパワー史(788)

「国難日本史の復習問題」

「日清、日露戦争に勝利」した明治人のリーダーパワー、リスク管理 、

インテリジェンス⑤』★『日本史の決定的瞬間』★『撤退期限を無視して

満州からさらに北韓に侵攻した傍若無人のロシアに対し

東大7博士が早期開戦論を主張(七博士建白書事件)』②

 

七博士建議書の全文は次の通りである。

 

天下ノ事で一成一敗は、間髪をいれず、よく機会に乗ずれば禍を転じて福とできるし、機会を逃せば、幸い転じて禍となる。外交は特に機敏な措置が重要である。

ところが、『三国干渉」以来の七八年の我が国の極東外交をみると、往々にしてこの機会を逸している。三国干渉の結果の「遼東半島の還付」では、返還した地域の不割譲の条件を留保していなかったので、最も必要な機会をのがすことになり、今日の満州問題を引き起こす原因となってしまった。

このため、ドイツは膠州湾を侵略すべく、貧弱な海軍力で長時間を要してわが極東に臨んできた。ドイツ艦隊は後後続の部隊もなく、進んで依拠すべき地盤、港もなかったが、万里の波濤をこえて、航海、侵攻してきた。この時、侵略を阻止する正義の旗はわれにあり、わが海軍の実力をもってすれば、ドイツの侵攻を制することは困難でなかった。ドイツの膠州湾占領を日本が阻止すれば、ロシアもまた容易に旅順、大連の租借を要求することもできなかったことは明白である。

ところが、我が国は逡巡して(決断できないで、ぐずぐずすること。しりごみすること)なすところなく、ついに彼等の侵略の欲望をとげさせてしまった。実に嘆かわしいことだ。

機会(チャンス)を逃した結果は重大である。

  北清事変のあと、各国が兵を撤兵する際、詳細二満州の撤兵に関する規定を立てておれば、今日のロシアをして撤兵に躊躇させる余地を残さなかった。これまた、外交の機を逸したものと言わざるを得ない。

しかし、これらの失策はもとより現内閣諸公の責任ではない。しかし、第二撤兵の期既に過ぎてロシアはなお、実行していない。この時に当り、空しく歳月を経過して条約の不履行を不問に付して、もって千載の好機を逸すれば、切に恐れる、その責任がついに諸公に帰せんことになる。

 

以下は原文のまま掲載する。この時のロシアの動向と、この20年ほど前から日本を取り巻く地域紛争の激化―北朝鮮のミサイル発射、核開発疑惑、国連安保理の制裁決議の紛争と、中国の尖閣問題、南シナ海での一連の軍事的エスカレーションへの日米安保体制リアクションを比較しながら、この文章を読んでみると、当時の雰囲気がよりリアルに伝わってくる。

 

 ああ我が邦ハ既三度 遼東ノ還附二好機ヲ逸シ 再ビ 膠州湾事件二之レヲ逸シ、又三度之レヲ北清事件二逸ス。豈更二此ノ覆轍ヲ踏ンデ、失策ヲ重ヌべケンヤ。既往ハ追フべカラズ、只之レヲ東隅二失フモ、之レヲ桑楡二収ムルノ策ヲ講ゼザルべカラズ。

 

特二注意ヲ要スべキハ、極東ノ形勢漸ク危急二迫り、既往ノ如キ幾回モ機会ヲ逸スルノ余裕ヲ存セズ。今日ノ機会ヲ逸スレバ、遂二日、清、韓ヲシテ再ビ頭ヲ上グルノ機無力ラシムルニ至ルべキコト是レナリ。

 

 今日ハ実二是レ千載一時ノ機会ニシテ、而カモ最後機会タルコトヲ自覚セザル可カラズ。此ノ機ヲ失ヒ以テ万世ノ患ヲ遺スコトアラバ、現時ノ国民ハ、何ヲ以テカ其ノ祖宗二答へ、又何ヲ以テカ後世子孫二対スルコトヲ得ン。

 

 今ヤ露国ハ次第二勢力ヲ満洲二扶殖シ、鉄道ノ貫通ト城壁、砲台ノ建設トニヨリ漸ク基礎ヲ堅クシ、殊二海上二於テハ 盛二艦隊ノ勢力ヲ集注シ、海二陸二其ノ強勢ヲ加へテ、以テ我が国ヲ威圧セントスルコト、最近報告ノ証明スル所ナリ。

故二 1日ヲ遷延スレバ、一日ノ危急ヲ加フ。然レドモ独り喜ブ、刻下尚ホ我ガ軍カバ、彼ト比較シテ些少ノ勝算アルコトヲ。然レドモ此ノ好望ヲ継続スルコトヲ得べキハ、僅二1歳内外ヲ出デザルべシ。此ノ時二当リテ等閑機ヲ失ハバ、実二是レ千秋ノ患ヲ遺スモノト謂ハザルべカラズ。

 夫レ露国ハ、今日我ト括抗シ得べキ成算アルニアラズ。然ルニ其ノ為ス所ヲ見レバ 或ハ条約ヲ無視シ、或ハ馬賊ヲ煽動シ、或ハ兵ヲ朝鮮二人レ、或ハ租借地ヲ半島ノ要地二求メ、傍ラニ与国ナキガ如シ。今日既二然リ、他日彼レ其ノ強力ヲ極東二集メ、自ラ成算アルヲ知ラバ、其ノ為ス所知ルべキノミ。

彼レ地歩ヲ満洲二占ムレバ、次二朝鮮二臨ムコト火ヲ賭ルガ如ク、朝鮮巳二其ノ勢カニ服スレバ、次二臨マントスル所、問ハズシテ明カナリ。故二日ク、今日満洲問題ヲ解決セザレバ、朝鮮空シカルべク、朝鮮空シケレバ、日本ノ防禦ハ得テ望ムべカラズ。我ガ邦 上下人士ガ今日二於テ自ラ其ノ地位ヲ自覚セザルべカラザル所以、マサニ茲二存ス。

 今ヤ我ガ邦尚ホ成算アリ、是レ実二天ノ時ヲ得タルモノナリ。而シテ彼レ尚ホ未ダ確固タル根拠地ヲ極東二有セズ、地ノ利全ク我二在リ。而シテ我ガ四千有余万ノ同胞ハ皆陰カニ露国ノ行為ヲ憎ム。

 

是レ豈 人ノ和ヲ得タルモノニアラズヤ。然ルニ此ノ際決スル所ナケレバ、是レ天ノ時ヲ失ヒ、地ノ利ヲ捨テ、人ノ和二背クモノニシテ、地下祖宗ノ遺業ヲ危クシ、後世 子孫幸福ヲ喪フモノト謂ハザルべカラズ。

 

 或ハ曰ク、外交ノ事ハ慎重ヲ要ス。英米ノ態度之レヲ研究セザルべカラズ、独仏ノ意向之レヲ探知セザルべカラズト。是レ外交ノ実際上止ムヲ得ザル所ナリトス。

 

然レドモ、諸国ノ態度ハ大体二於テ己二明カナリ。独仏ノ我ガ邦二左祖セザルハ、素ヨリ明亮ニシテ、又露国ト共二戦列二入ラズ。何トナレバ、日英同盟条約ノ適用露国ト共二日本ヲ敵トスルモノバ、同時二英国ヲ敵トセザルべカラズ。然ルニ彼等ハ、満洲問題ノ為メ二、此ノ危険ヲ冒ス決心ナキハ明カナレバナリ。

米国ノ如キハ、其ノ目的満洲ノ開放ニアリ、満洲ニシテ開放セラルレバ、其ノ地主権者ノ清国タルト露国タルヲ間ハズ、単二通商上ノ利益ヲ失ハザルヲ以テ足レリトス。

故二極東ノ平和、清国ノ保全ヲ目的トセル外交二於テ、此ノ国ヲ最後ノ侶伴トセント欲スルハ、自ラ行動ノ自由ヲ束縛スルモノニ外ナラズ。故二米国ノ決心ヲ待チテ、強硬ノ態度ヲ執ラント欲スルハ、適切ノ手段ニアラズ。

 

 若シ夫レ英国二王リテハ、只単二日英条約ニヨリテ其ノ意志ヲ確ムレバ足レリ。日英条約ノ解釈上日本若シ一国ヲ敵トスルトキハ、英国ハ厳正中立ヲ守ルノ義務アリ。是レ今更交渉ヲ要セザルコトナリ。且ツ四月八日ヨリ今日迄、既二二ケ月ヲ経過ス。此ノ期間ハ英国ノ意志ヲ碓ムルニ於テ巳二十分ナリト謂ハザルべカラズ。英国二対スル交渉ノ時期ハ、四五週間ノ過去二属ス、若シ更二事ヲ交渉二托シテ、遷延日ヲ拡フシ、以テ此ノ千載ノ好機ヲ逸セバ、何ノ遺憾力之レニ過ギン。

 論者或ハ日ク、朝鮮ハ如何ナル理由ニヨリテモ失ハザルヲ期スト。此ノ説又大二可ナリ。

然レドモ朝鮮ヲ守ラント欲セバ、満洲ヲ露国ノ手二帰セシムべカラズ。殊二注意ヲ乞ハント欲スルハ、外交争議ノ中心ヲ満洲二置クト、之レヲ朝鮮二置クト、其ノ間二大径庭アルコト是レナリ。

蓋シ露国ノ政策ハ、問題ヲ朝鮮ニヨリテ起スニ在リ。何トナレバ、争議ノ中心ヲ朝鮮二置クトキハ、満洲ヲ当然露国ノ勢力内二帰シタルモノト解釈シ得ル便宜アレバナリ。

故二極東現時ノ問題ハ、必ズ満洲ノ保全二付テ、之レヲ決セザルべカラズ。若シ朝鮮ヲ争点トシテ、其ノ争議一歩ヲ譲ラバ、是レ一挙ニシテ朝鮮ト満洲トヲ併セ失フコトトナルべシ。是レ蓋シ諸公ノ巳二洞察セラルル所ナルべシ。

 顧ミテ法理上ヨリ之レヲ論究スレバ、露国ノ撤兵ハ其ノ義務ナルコト言ヲ俟タズ。而シテ其ノ撤兵トハ単二満洲ノ甲地ヨリ乙地二兵ヲ移スノ謂ヒニハアラズ、鉄道ノ守備隊其ノモノヲモ撤退スルノ意ナリ。満洲還附協約第二条二日ク。

「清国政府ハ満洲二於ケル統治及ビ行政権ヲ収復スルニ方リ、一千八百九十六年八月二十七日露清銀行ト締結セル契約ノ期限、並其ノ他粂款ノ堅守ヲ確認シ、又該契約第五条二遵守シ、鉄道及ビ職員ヲ擁護スルノ責務ヲ承認ス」

 又此ノ条文中二引用セラレクル露清銀行トノ契約第五条ノ規定ヲ見ル二、鉄道及ビ鉄道二使用スル人員ハ、清国政府ヨリ法ヲ設ケテ之レヲ保護シ云々、トアリ。然ラバ満洲鉄道ノ保護ハ、清国ノ法二道ヒテ之レヲ保護セザルべカラズ。

 

而シテ清国ノ法ハ、未ダ嘗テ露国兵ノ鉄道ヲ保護スルコトヲ認メズ。故二露国ガ自ラ兵ヲ以テ鉄道ヲ保護スルハ、是レ条約二基キクルモノーララズ、又法律二基キタルモノニアラズ。

去レバ満洲撤兵トハ、満洲各所ノ兵モ、鉄道守備兵モ、一切之レヲ撤去スル意ニシテ、露国ハ萬国環視ノ裏二、此ノ誓約ヲナセシモノナリ。是ヲ以テ此ノ不履行ニヨリ危急、存亡ノ大関係ヲ有スル邦国ハ、最後ノ決心ヲ以テ之レヲ要求スルノ権利アリ。切二望ムラクハ、諸公幸二鋭意此撤兵ヲ要求センコトヲ。

 

 若シ夫レ撤兵後ノ方策二至リテハ、一々是レヲ具陳セズ、窃カニ諸公ノ成竹二期ス。唯ダ切二望ムラクハ縦令露国政治家タルモノ、甘言ヲ以テ我ヲ誘フコトアルモ、満韓交換、又ハ之レニ類似ノ姑息策二出デズ、根底的二満洲還附ノ問題ヲ解決シ、最後ノ決心ヲ以テ、極東ノ平和ヲ永久二保持スルノ大計画ヲ策セラレンコトヲ。

 

明治三十六年六月十日

 

法科大学教授法学博士            冨井政章

同     同               寺尾 享

同    同                金井 延

同     同               高橋作衛

東京高等商業学校教授法学博士        中村進午

法科大学教授法学博士            戸水寛人

同    同                小野塚喜平次

つづく

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