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高杉晋吾レポート⑮7月末の新潟県集中豪雨被害(中)ダムは現代集中豪雨には役立たず、被害激増の元凶、脱ダムへ!②

      2015/01/02

 
高杉晋吾レポート⑮
7月末の新潟県集中豪雨被害のルポルタ―ジュ(中)

ダムは現代集中豪雨には役立たず、被害激増
の元凶。被災から身を守る住民の力、
脱ダムへ!治水政策の転換を!②
  高杉晋吾(フリージャナリスト)
 
 
 
 
ダム放水とは!数億トンの水圧に押されたダムのジェット噴流が、
やわで無警戒な住民生活地点を襲う衝撃!
 
また、もう一つ考えていただきたいのは巨大なダムの高さと、そこから放出され落下する水の衝撃の激しさである。ダムは通常の山岳の地形とはかけ離れた高さから一挙に放水する。このジェット噴流のような激しい放水の異常な状況も問題である。
 
数十メートル、あるいは百数十メートルのコンクリートダムの狭められた排出口から、一挙に数千万トン、数億トンのダム湖の水圧に琴祥菊どころではない恐ろしい力でがぶりよりされた水が巨大なジェット噴流となって下流の住民の住む地域に落下放出されるのである。
この膨大な水の量と激浪は、いかなる山岳の自然な鉄砲水も及ばない怒涛の噴流の衝撃となって下流に叩きつけられる。
噴流が叩きつけられる地点は、滝が日常的に流れ落ちる滝壺ではない。滝壺は噴流に叩きつけられても、数万年、数億年の間、噴流に耐える強固な岩盤と噴流の力が拮抗し安定しているので、平然としている。
 
だが、ダムが放出する噴流が落下する地点は何十万トンの激流に耐えられるようにはできていない。人びとが日常生活する土地は地質と砂礫、粘土層、地下水層等がかさなったやわな地盤である。
それは我々の寝室のようなもので、敷布団と毛布、肌がけ、掛け布団などがかさなった無警戒な地層である。そこに数十万トン、数百万トンの噴流が襲うのである。
ダム湖の水圧とダム堤体の高度から噴出する噴流の害もまた、ダムの害を考えるときに重要なポイントだろう。
これらが「予測以上の洪水」が起きるたびに行われるダムの常態なのである。
このダムの建設は石川島播磨が行った。ダムがなければ観光地になるはずであった。ダムが作られたので観光地になるべき土地が滅びた。人びとは人命や貴重きわまる財産をダムによって失った。そればかりか、生活の基盤も失ない、自ら築いた人生の全てを捨てて逃げ惑うのである。
私は、人っ子一人いないダム光景の中で、気持ちまで荒涼としてくるのを感じていた。
 
ルポ、大谷ダムへ
 
14日午後3時過ぎ、私たちは三条市から南々東に向けて車を走らせた。私たちが走っている国道289号線は福島県境まで伸びている。破堤した江口は燕三条から約15キロ、もう五キロも南下すれば福島県只見町との県境に到達する守門岳北北東山麓に大谷ダムはある。笠堀ダムは国道289号線からY字形に東に分かれた285号線に入った直後にある。289号線はこのまま工事を進めれば守門岳の東部の八十里峠を越えて福島県南会津郡只見町に入る。しかしこの道路工事は現在ストップしており、福島県会津郡只見への道はまだ開かれていない。
 
午後4時頃大谷ダムに到着した。
大谷ダムと笠堀ダムはほとんど東西に至近距離に隣り合わせたダムである。
笠堀ダムが機能一点張りの殺風景なコンクリートダムならば、大谷ダムは粘土と岩石を組み合わせたロックフイルダムだ。ダム周辺は茶褐色の近代的な建物、資料館と管理棟が建っている。この建物の中間に広場があり、オブジェのカリヨンの時計塔が不自然な銀色で光っている。
 
あまり自然を重んじているとは思えない異様な光景である。
まあ、笠堀ダムの殺風景な光景に比較すると大谷ダムは観光を意識したデザインといえるだろう。しかしダム管理棟にも資料館にも、周囲には人っ子ひとりいない。
まだ夏の午後四時なのに資料館は早くも閉館している。三男さんが言うように人が来ないのに開館していることもないだろうという感じである。
管理棟の階段を上がり事務所に入った。事務室に一人、職員がいた。
彼は土木技術系統の人だった。
私は大谷ダムが建設されるのにあたって住民に立ち退きを求める際の説明資料をくれないかと訊ねた。詳細の記録はないという話だった。
 
 
大谷ダム、下流に一日二千万トン放水、U宇型放水路の怪
 
「なぜ大谷ダムが必要か?治水が主な目的です。昭和38年に笠堀ダムが建設されていますが、昭和40年代に何回か五十嵐川に洪水が続きました。笠堀ダムだけでは五十嵐川下流の安全を守れないというのでもう一つダムが必要だということになりました。その目的としては洪水調節、治水が一番大きな建設理由だったですね」 語ってくれている技術者は実に温厚そうな人物である。実直に私の質問に答えてくれている。
 
高杉「この大谷ダムには『穴あきダム』という特徴があるんですね」
 
担当者 「穴あきダムには、今までのダムのような下流に流すゲートの開閉による誤動作がありません。此処のダムは自然調節ダムです。通常の水位は191.4メーターです。雨が降って水位が191,4メーター以上になると、ダム堤体の右端に水路のようなもの《非常用洪水吐=こうずいはけ》があって、自然に流れてゆくんです」。
 
前述の通り、笠堀ダムなど普通のダムではダム湖に水が溜まりすぎるとゲートを人工的に開閉して、ダム湖の水を調節する。但し、洪水防止のためのダム水の放流と、発電のためのダム水の貯水との間にある治水と利水の矛盾のために、職員が胃に穴が開くような苦渋を味わう。大谷ダム(穴あきダム)ではダム湖に溜まりすぎた洪水を、そのままこの水路で流してしまうというのだから、職員はゲート開閉操作の責任は免れる。
 
ダムゲート操作の責任は免れるが、下流の住民にとっては、ダムが設計以上の洪水が来たら、垂れ流し状態になって、ダムはあってもなくても同じことになる。私は改めて「穴開きダムって何だ?」という感想を抱いた。なるほど、笠堀ダムで職員がゲート操作の矛盾を味わった。だからその職員の矛盾を解決して、ゲート開閉の操作をしないで済む穴あきダム《大谷ダム》を作った。職員がゲートの開閉を行う際の誤操作問題はなくなったが、水位がダム堤体以上に上がれば、自動的に溢れだしてしまうので、大洪水を防止することはでいない。したがって、下流の犠牲は増大した。
 
管理棟窓からみると、左方向にダム湖が広がっている。管理棟の窓を開くと、直下に非常用洪水吐(こうずいばけ)の水路は建物の窓直下を左から右へと幅3,9メーター、高さが3.4メーター、100メートルのU字形のコンクリート水路である。
『洪水が起き191,4メーターの水位を超えるとダム湖から水が最大で220トン/秒、設計では170トンの/秒の水が流れ出し始めます』。
 
高杉「予想を超える洪水が来たら、そのまま流してしまう。その流し込みに人間の誤動作はない。しかし下流はダムが洪水を止めてくれるから安心だというわけにはいかない。洪水をダムが止めてくれないのだから::、一体何のためのダムですかねえ」
 
電力のためのダム?住民の命を守る?苦しむダム職員

一秒で220トン流すということは、一分あたり一万三千二百トン。一時間で七十九万二千トン。一日では一千九百万トンだ。三日間では五千七百二万四千トンになる。
一秒で二二0トンとか、一七〇トン等といわれると分からないが、一日で二十五万トンの巨大船舶が76隻も狭い五十嵐川に殺到するということになる。こう言い直すと、何と膨大な水量をダムは放水するのだろうかと感じることが出来るだろう。
 
後に入手した大谷だムの宣伝パンフをみると子供向きに
「ダムの役目①、治水」
「ダムは水を溜める大きな入れ物です。雨がたくさん降って、河の水が多くなり溢れそうな時は、その一部をダムに溜めておき下流にゆっくり流すことで川の氾濫を防ぎます」
と書いてあるのだが、非常用洪水吐の説明では、「ダムがいっぱいになった時には水が此処から流れてダムが壊れないようにします」
と書いてある。
 
妙な話だ。水が多く流れるのが洪水だ。その洪水が多く溜まってしまったらダムが壊れないように流してしまうのでは下流の人々は堪ったものではない。これでダムがあるから安心しろという方が無理な話ではないか?
管理棟の担当者は疑問を呈する私に苦しそうに話した。
 
担当者 「実は私の住まいも下田です。下田の洪水被害も直接経験しています。集中豪雨というのは一時間に20ミリ、24時間で80ミリというのが異常気象といわれていて、それが災害復旧法の対象です。所が今の異常気象の現実は一時間で80ミリも降っていますのでね。このダムを作った当時は時間あたり20―30ミリを対象にすれば十分だったんですがね、今は当時の降雨状況とは全く違いますからね。降るたびに今までの洪水の概念にはない猛烈な雨が降る。今ではこれが当たり前になっています。ダムが集中豪雨をそのまま流してしまうので命にかかわる被害を受けた住民の皆さんがダムに対して怒っていろいろと批判されるのは身に応えますわ!」
と彼はつらそうで、表情は暗い。
私の胸の内にも
「そんなに苦しまないでくれよ。この水害による被害は、あなた個人の責任じゃないんだから::。貴方も誤ったダム推進政治による治水政策の被害者なんだよ。被害を受ける住民の立場も、誤った治水政策を強制される職員の苦しみも、同時に味わってきた。あなたも犠牲者だ」
という思いが広がってきた。
大谷ダムを建設した会社は『大成建設、飛島建設、国土開発など』
この地区に住んでいた46軒の人々の多くは、旧下田村役場周辺に移ったという。
 
新潟県、五十嵐川と信濃川合流点、河川改修の現状をみる
 
 
9月14日午後5時15分、大谷ダムを出発した。
途中様々な洪水後の光景を見たが詳細の調査が明日あるので、急いで三条市の中心部に向かう。目的は県が2004年7月13日洪水の後に行った信濃川と五十嵐川の合流点3,9キロの河川改修の状況を調査するためである。
新潟県が河川改修を行なった箇所の最上流部分である渡瀬橋(わたらせ)で下車した。周辺は左岸が諏訪地区という低湿地帯、家並がぎっしり詰まっている。ジョギングしている中年の男性に聞いた。
 
「おれの家はもっと上流だ。7年前の水害では2メートル50くれえ水がきておれの家も水に浸かったよ」
新潟県による河川拡幅はここから下流3.9キロまで信濃川合流点までである。
月岡という町があった。諏訪と並んで低湿地である。この町も水浸しになった。
此処が新潟県によって河川改修が行われた最上流の地点である。
五十嵐川の左岸を少し行くと、信越本線を通り抜け四日町、由利町、島田という地域に出る。御蔵(おぐら)橋のすぐ下流である。
 
御蔵橋を右手に見ながら土手から河川敷にでる。対岸は本町。昔は中心街で栄えた町だ。今見える御蔵橋の橋げたで言えば岸から二本目。三十メートルほど川の中の橋げたのあたりまで住宅密集地だったというのだから、今の河川敷光景を見ていると、つい先ほどまで住宅が立ち並んでいたということが信じられない。
 
人びとは恐ろしい所に住んでいたものである。そのままであれば住民は、今回の水害で悲惨な大被害を受けていたところである。
だから2004年7月13日の水害の後に、住民は徹底してダム優先、河川整備無視の行政の治水政策を批判した。その批判の激しさは、もし私がその当時の市長だったら批判に耐えきれず、ただちに辞職しただろうと思われるほど激烈なものだった。その住民による批判の結果がこの河川整備となったのだ。
急なボロボロのコンクリートの階段を河川敷に下りる。
 
この階段、急な斜面である上に、手すりはないわ、階段がひどく
小さく刻まれているわ、で私のような78歳の老人が降りるには甚だ怖い階段だ。『何だこの年寄りを無視した階段は!』等と、ぼやきながらやっと降りる。
対岸の本町に大きな病院がみえる。
河川敷に降り、下流をみると2―300メートル下流に五十嵐川が他の川にT字型に合流する地点がみえた。それは、信濃川との合流点であった。
このあたりの河川は県営管理区分になっている。
 
五十嵐川下流の河川改修、県の努力に頭が下がる::
 
 
芳賀三男さんが説明する。
「前回の7.13洪水のときまでは、この河川敷はほとんど由利町の住宅密集地帯だったんです」。
三男さんは御蔵橋から、下流の信濃川合流点までを指さしながらそう言った。
わずか三・四年前まで、この河川敷が住宅密集地帯だったというのは信じがたい。だが実際にそうだったのだ。
今は静かな河川敷であり、住宅密集地帯の面影は想像すらできない。私には此処がつい最近まで住宅が密集していた地帯だったことは、言われてもすぐには理解できない。数年前とは全く違う光景を私は見ているのだ。
 
三男さんがいう。
「7・13水害までは河川敷の中も、土手の高さまで家がいっぱいでしたね。」
私には、そんな光景は別世界の話のように思える。今は「いっぱいあった家」は消え去って静かな河川敷が私の目の前にたたずんでいるだけだ。
私は、しばらくこの光景を見続けていた。
新潟県行政、そこに携わる人々はこの河川敷を作るためにどんな努力をしたのだろうか?
芳賀三男さんは淡々と話している。
「7・13水害まではこの河川敷に住んでいた人たちは『立ち退いてください』という県の提案には賛成しなかったんです。何度も県は説得したようですよ。でも住民は立ち退きには反対したんです。今回の大水害で、家が流されるわ、水没するわ、というひどい経験をした結果、県の言い分が理解され、それで住民は立ち退きに賛成したんです」
 
私は、立ち退きを求められても、長年住み慣れた住宅や地域から立ち退きたくないという住民の心情は当然だろうと思う。もう少し落ち着いて分析してみよう。
だが、そういう心情を理解しながらも、立ち退かない場合の惨状を見通して反対する住民を説得した県行政の努力についてもようやく理解できた。この努力を無視しても軽視してもならない。いや、頭が下がるような努力だと思える。
 
私がそういうと三男さんは、
「そうですよ。立ち退きを中国の三峡ダム事業のように国家強制による『出て行け』方式はとれませんからね」といった。
私は、この問題に対する評価は、公平で冷静である必要があると思う。
この河川改修事業は、県が行ってきたダム至上主義と、その中で無視されてきた河川整備事業に対する住民の批判があったからこそ、その批判に押されて進められた事業だということである。
だからこそ、それまでの政官財のダム至上主義ではなく、住民の意見に発する森林整備、河川敷整備の事業こそが優先されたのである。私の胸の中では、目の前の河川改修事業の跡をみながら、そういう確信が広がって行ったのである。
その後、いくつかの事情が調査の結果、分かってきた。
 
 

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