★「日本の歴史をかえた『同盟』の研究」/「日本側が伝えた日英同盟へのプロセス」⑥ー『各元老から日英同盟への意見聴取で賛成』★『伊藤公の外遊真相』●『桂と外遊中の伊藤との間に対英対露方針に関して、はからずも意見の食い違いが露呈』
2016/12/06
★「日本の歴史をかえた『同盟』の研究」-
「日本側が伝えた日英同盟へのプロセス」⑥
(以下は『機密日露戦史』谷寿夫著、原書房、1966年刊、2p-6p )
元老、閣僚においても、桂の意見に同意したのであった。
8月4日、伊藤は葉山にある桂の別荘を訪ねて桂と会談した。先ず英国の要求に応ずるには、日本は充分の請求をすることを決心を決めて、その回答案を作製した。
その際、伊藤、桂の話し合いでは、「英国がもし請求に応ずれば協商を図って進まん。もし英国が我れの要求を入れなくてももともとで、決して日本に不利にはならない」というものであった。
伊藤は、英国はわが要求を入れること困難だろうとの考えであったようである。
桂は、この日、同盟問題の経過を詳細に報告した。伊藤は主義において肯定承認し、進んで自ら筆をとり、わが対韓政策の地歩に関する意見要旨を認め桂に手交したのであった。
しかも、この日は伊藤は終始好機嫌で、席上、桂のために大毫を揮い、長雲間の扁額を書いて別荘にとどめた。しかしこの日英同盟に関する両者の会談が、後日はしなくも両者の間に、意外の行き違いを引き起こす発端の会見とはなったのである。
桂は翌5日に帰京し、山県有朋を始め井上馨、西郷従道、大山厳、松方正義の諸元老を官邸に招き、林董の累次の報告を内示してその賛成を求めた。
席上、山県、西郷、大山、松方は直ちに賛意を表した。まことに山県は、全然桂と所見を一にすると語った。
桂は8月8日、伊藤起案の趣意を加味した訓電を曾禰荒助臨時外相をして林公使に発出した。その要旨は次のような内容であった。
英国政府の同盟提議に対しては、政府は主義において賛成であるから英国政府にして提議の性質及び範囲に関する意見を、一層明瞭に表明するにおいては、帝国政府は欣然これを迎え、これに対し意見を陳述するのを辞さない。
帝国政府は、韓国にして他国の侵略を受くるが如きには極力反対する。この根本主義は万難を排して維持するつもりである。
また露国にして、満洲においてその現存条約の範囲を超えて主権を拡張するが如きは、韓国の独立を危うくするものであるから、日本にとって不安の因たらざるを得ない。
かつ、かかる主権の拡張や、または北清における領土、もしくは商工業上の利益独占は、その多少を問わず、日英同国の支持する門戸開放及び領土保全の主義と相容れないものと認める。
貴官は、英国政府と折衝するにあたって、よろしくこの綱領を体すべきである。同盟の成否は、かかって一に貴官の裁量と手腕にある。
林は、後日「自分は、実にこの訓令を受けた時ほど愉快を感じたことはなかった」と、人に語っている。
林は同月14日、ランスダウン卿と会談し、従前よりは一歩踏み込んで意見を交換した。だがなお個人の資格としてであった。ラ卿は丁度アイルランドの別藍に避暑にでかけるときだったので、林に対し「自分は旅行中,本問題を篤と研究するから、その間に貴下は東京から全権委託を受けておかれるようにせられたい」と云い残して別れた。
これがため、会談は一時中止の状態になった。この間に小村が北京より帰朝し、9月22日外相となった。小村は日英同盟の必要一層大なるを感じ、桂と全く所見を一にしたのであった。
いよいよ10月6日、林公使対ラ外相の正式会見が行われた。
そして11月6日、ラ外相から協約案を林に手交し、次のように意見を表明した。
英閣員中には、日本の韓国に得たる利益は極めて大にして、英国の揚子江流域に得たる利益とは重要の程度が異なるため、不均衡の嫌いがある。したがって印度を適用範囲内に入れてはどうか、と云うものがある。考究せられたい。
しかるに、いよいよこれに対する回答をするときになって、桂と外遊中の伊藤との間に対英対露方針に関して、はからずも意見の食い違いが露呈されたのであった。
伊藤公の外遊真相
これより先、時の政友会総裁伊藤公は、政局の紛糾をいとい外遊の意志があった。たまたま米国エール大学が創立二百年に際し、名誉法学博士の称号を伊藤に贈ることとなったので、伊藤はこれを機会にしばらく米国に遊ぼうとした。
ところが、かねてから韓国問題に関するロシアの疾視、反日について深く憂慮していた井上は、伊藤の外遊を機に欧洲に渡り、露都に往って当路有志と相語り、日露両国間の禍根を除去すべき一協定を締結する素地をつくるために一骨の力を政府に添えられたく、国家のため一奮発を望むという意衝で、伊藤に露都行を勧誘したのである。
9月11日、伊藤は桂を訪問してこのことを諮った。
桂は、伊藤が右のような目的で露都に向うことを心中歓迎した訳ではなかっただろうが、名声内外に高い伊藤が、個人の資格で露国当路者と談笑し、現行の日露協商にまさる取極めの基礎を発見せんとする一事には不同意を表する余地
もなく、あるいはもっと帝国政府の意思を疎通せしめる上に効果があるだろう
し、且つその外遊を機として、当時閣議決定した外債募集について助力を乞うにも便益あるなどから、桂は伊藤の渡欧に賛成した。(あるいは云う、桂は日英同盟計画に対し、伊藤から容喙、製肘されることを考慮したこと。
しかして伊藤が居なければ、井上を説得することは困難ではない。即ち敬遠的に伊藤の外遊に賛成したのであると。強いて臆測すれば多少その傾向があったであろう。)
小村がかって伊藤を評した言に「伊藤には一種の癖がある。その室に単座するときに事を談ずれば、大概の難件も容易にこれを納得せしめ得るが、席に他の客がある場合には、とかく理屈をならべ、些少の問題もまとまり難くなるのが常である。
故に自分は、用談で伊藤を訪問するときには、邸前に事柄の一台でも待って居るをみれば、自分は敢えて謁を求めず、他日を期してそのまま引返すのを自分等のしきたりとしている」とある。
評して当らざるに非ずというところか。
、他年伊藤に接近してその人となりを熟知した桂は、あるいは伊藤のこの性癖をも考慮したかも知れぬ。
伊藤の露都行について、当時在日露国公使イズウォルスキーの回顧録に、次のことが書かれている。
余は東京駐劉中、本国政府に向って、日本に対して調和的態度を執ること及びやかましい満韓問題に関し日本と一協商をなすことの要を力説した。余のこの方針に関する努力は、遂に日本の有数な政治家伊藤侯爵の日露間に一協商を企図する目的での渡欧となった。
右の回顧録に誤りがなければ、あるいはイズウナルスキーは、いつか伊藤に露都行を慫慂(しょうよう)し、伊藤はその慫慂を多少考慮に加えたのかと思えは思えぬでもない。
ともかく伊藤の出発期日が漸く近づいた9月13日、桂は伊藤のために私邸て祝宴を催した。山県、井上の二元老もまたこれに陪席した。
その席上日露協商問題に閲し、はしなくも伊藤と桂との間に意志が十分に疎通していなかったという事実が露呈されたのである。
伊藤は、当日意気軒昂で桂を顧みて、「若し露国にしてわが希望を容諾するとせば、敢えて問うが、これに対する政府の決心はどうか」と、更に他の答えるのを待たずに言を続けて「わが輩は、いまだかつて今回のような愉快な旅行をすることがない。
何等の官命を帯びず、少しの煩累もなく、欧米の政治家と膝を交えての縦談放論、天下の快事またこれに過ぎるものがあろうか」と云った。
山県これを聴き、端然襟を正して、「日英同盟は、極東全局の利害に鑑み、清韓両国の保全を主眼として議を進めんとしている。今、もし韓国のみについて、別に露国と協商をなさんとし、露国これを容諾するにおいてはわれは必ずしもこれを拒まないけれども、ただかかる重大な国際案件に関しては独断は許さるべきでない。
露国の意向は宜しくこれを政府に報告せられ、政府の決裁を待つ順序に出でられたく、この点について敢えて充分の留意を願う」と、直言し
これに対し、伊藤は憤然として「我輩は好んで自ら外遊するのではない。こむずかしい注文があるなら外遊は止めてもよい」と答えたので一座は撫然となった。
そこで、桂かおもむろに口を開いて、「拙者もと短才浅識で敢えて宰相の器でないが、ただ先輩諸公の扶けによって幸に過失なきを希うのみである。しかしながらすでに誤って輔弼の大任を添うしている以上、大小の国務自ら与かり聞かずして妄りに聖戦を乞うが如きは、君国に忠なる所以ではないと信ずる。
況んや、国家将来の安危休戚にかかわる重要外交案件においておや。諸公なにとぞ、ここに留意せられたい」と、その言は恭であったが、その意は堅硬にいい切った。
山賄、井上とも「もっともである」と云った。伊藤もまた敢えて弁じなかった。かくして祝宴は、献酬歓談に時を移し、お互に健康を祈りながら相別れたという。
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