前坂俊之オフィシャルウェブサイト

地球の中の日本、世界史の中の日本人を考える

*

◎「世界が尊敬した日本人―「司法の正義と人権擁護に 生涯をかけた正木ひろし弁護士をしのんで③」

   

  

 

◎「世界が尊敬した日本人―「司法の正義と人権擁護に

生涯をかけた正木ひろし弁護士をしのんで③

 

<月刊「公評」(2013年11月号)に掲載>

 

前坂 俊之(ジャーナリスト) 

 

○戦後は数々の冤罪事件で超人的な活躍をした正木弁護士。

 さて、話を正木弁護士のその後の軌跡に戻すが、戦後、プラカード事件、三鷹事件、チャタレイ事件、菅生事件、白鳥事件などで権力悪との戦いを続けて、無実に苦しむ名もなき人のために驚くべき持続力で戦い、日本の司法制度を改革することを念願しました。

約十八年後にやっと無罪を獲得した八海事件。無実で二度も死刑判決を受けたAの救援を依頼する手紙に対して正木弁護士は次のような返事を出しています。

『私はキリスト教の教理の真正なることを確信し、十字架を尊敬するために自らが貴君の身代りになるつもりでこの事件と取組んでいることを記憶していて下さい。私自身がキリスト教の真正なることをアカシしようとしているわけです』 (昭和二十九年六月十九日付)

『どんなことがあっても君等を見殺しにするようなことは絶対にない。僕は君と生死を共にする。それがキリストの愛の教えである』(同年十月二十五日付)。
彼はこの言葉を寸分たがわず行動に移したのです。

正木弁護士はキリスト教を熱心に信仰されていた。訴訟の記録や書物がところ狭しと並んだ二階の書斎。そこに数冊の聖書があった。背綴がポロポロで、うっかり開くとページが落ちるほど熱心に読み返されていた。しかし、教会に行くとか、特定の宗派に属さず、あくまで、正木弁護士独自の信仰でした。


「人間一人一人がみんな神の子なんだね。権力が人間を踏みにじるのはもちろん我慢できないが、若い人が自殺したり、若死にすると裏切られたような腹立たしい気持になるんだね」

それだけに、冤罪にまき込まれた名もなき人の生命をいとおしんだのです。


「いわば、次から次へと、僕の前を助けを求めて流されてくる。放っておくわけにはイカンだろう」とも話された。

法の不正そのものである冤罪こそ、氏が最も憎むべきものとなるのは当然であった。

日本人には正義と公正という観念は希薄で、戦後でさえ、「正義」はいつも「自由」「権利」「生活」「経済」という言葉の陰に追いやられがちでしたが、封建的な社会の忠君・上下関係、人間関係が残っているためです。


テレビや映画ではいつも正義の士が躍っているというのに。現実の正義の士、正木弁護士は孤立無援の戦いを強いられてきました。冤罪に陥とし入れられた被告は一様に貧しい。弁護料などもちろん払えるはずがない。

正木弁護士の収入といえば、事件について著述した原稿料か印税しかなく、これとて貧しい被告にカンパすることが多く、生活を度外視した活動でした。

しかし、こんな正木弁護士の態度を〝売名の徒〝スタンドプレー〟と法曹界の中でも非難する人が多かったのです。

「日本は戦前も、戦後もー貫して暗黒なんだね。国民は一度もルネッサンス(人間解放)を経験していない。僕はこの暗黒の社会を照らす〝残置灯を自負しているのだ。将来の日本人の一つのモデルになればと思っている。いわば僕自身の人生が実験だねとしみじみ話されたのが、強く印象に残っています。

 

正木弁護士は私のこのインタビューの1年後に亡くなられた。78歳、取材に行ったあとに「「半世紀も年の離れた若い新聞記者が冤罪の解明に立ちあがったことを偉とす。裁判の実態を世の中に広く知らせてくれることを願い、楽しみに待っている」との手紙が届きました。 

 

○オリバー・ストーン監督の日本人批判

 

さてさて、すでに昭和敗戦から約70年、正木弁護士にあってから35余年が経過しました。

この70年は昭和の敗戦、焼け跡、廃墟のどん底から復興、東京オリンピック、高度経済成長の驀進、世界第2の経済大国のピークに達して、経済バブル化、平成とかわってそのバブルがはじけて、「失われ10年」へ。

平成となり、さらに「失われた20年」が続く興亡サイクルをたどり、2011年の、3・11の東日本大震災・福島原発事故に直撃され「第3の敗戦」を迎えようとしていますね。

 

清沢洌の指摘した日本人の精神構造における「官僚主義、形式主義、あきらめ主義、権威主義、セクショナリズム、道徳的勇気の欠如、感情中心主義、島国根性」が原発事故対応についても鮮明な既視感(レジャビュ)をもってよみがえってきたこの頃です。

 

この8月、ベトナム戦争を題材にした映画「プラトーン」(1986年)などで2度のアカデミー監督賞を受賞したオリバー・ストーン監督が広島での原水禁大会などに出席しました。同監督は米トルーマン大統領の原爆投下の責任と戦後の米国のベトナム、イラク戦争などの戦争犯罪をきびしく追及、返す刀で日本の戦後政治と戦争責任問題も合わせて批判するスピーチを行っています。

 

2次世界大戦の敗戦国のドイツと日本を比較し、戦争責任を自発的に問いアメリカの覇権政治から脱却し、EU統合のリーダーとして平和を目指すドイツに対し、日本は米国の属国に安住し、具体的な平和の行動をとってこなかったと批判。「戦後、日本は素晴らしい文化、素晴らしい映画が、素晴らしい食文化を作りました。けれどもただ一人の政治家も、ただ1人の総理大臣も、平和と道徳的な正しさを代表したことはありません。あなた方は何のためにも戦っていない」と弾劾しています。

 

日本人は「日本的な人間性」「ドメスティック(国内的)なヒューマニズム」の自己愛から、さらに一段上の「人類愛的なヒューマニズム」と具体的な行動を起こしていないという厳しい問いかけです。

 

                              続く

 

 

 - 人物研究 , , , , , , , , , , , , ,

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

  関連記事

no image
『リーダーシップの日本世界近現代史』(300)★『明治トップリーダーのインテリジェンス』★『英仏独、ロシアのアジア侵略で「日中韓」は「風前の灯火」の危機に!』★『国家危機管理能力が「日本の興隆」と「中韓の亡国」を分けた②』

 2015/07/11終戦70年・日本敗戦史(107)記事再録 <歴史 …

no image
『リーダーシップの日本近現代史』(59)記事再録/『高橋是清の国難突破力①』★『日露戦争の外債募集に奇跡的に成功したインテリジェンス

     2011/07/10 / 日本 …

no image
百歳学入門(153)元祖ス-ローライフの達人「超俗の画家」熊谷守一(97歳)③『(文化)勲章もきらいだが、ハカマも大きらいだ。ハカマがきらいだから、正月もきらいだという。かしこまること、あらたまること、晴れがましいこと、そんなことは一切きらい』

  百歳学入門(153) 元祖ス-ローライフの達人・「超俗の画家」の熊 …

no image
昭和外交史④  日本の一番長い日  陸軍省・参謀本部の最期

1 昭和外交史④  日本の一番長い日  陸軍省・参謀本部の最期 <阿南陸相の徹底 …

『Z世代のための 欧州連合(EU)誕生のルーツ研究」③』★『欧州連合(EU)の生みの親・クーデンホーフ・カレルギーの日本訪問記「美の国」③★『子供心に日本はお伽話の国、美しさと優雅の国、同時に英雄の国であった③』

2012/07/06  日本リーダーパワー史(275) 前坂俊之(ジャ …

no image
『 地球の未来/世界の明日はどうなる』-『2018年、米朝戦争はあるのか』⑤『“認知症疑惑”が晴れてもなお残る、トランプ大統領の精神状態に対する懸念』★『トランプに「職務遂行能力なし」、歴代米大統領で初の発動へ?』★『レーガン元大統領、在任時に認知症の兆候 息子が主張』★『ブッシュ政権酔態、飲酒再開?プレッシャーに負けた 20代から深酒、乱闘で逮捕歴も 』

『2018年、米朝戦争はあるのか』⑤ 大統領1年で「うそ」2140回、1日平均6 …

『Z世代のための日本スリランカ友好史』★『 日本独立のサンフランシスコ講和条約(1951年)で日本を支持したジャヤワルデネ・スリランカ大統領』★『同大統領ー感謝の記念碑は鎌倉大仏の境内にある(動画)』

2014/11/30 記事再編集 瀬島龍三が語る『日本の功績を主張したセイロンの …

no image
日本リーダーパワー史(93)尾崎行雄の遺言・日本の派閥政治を叱る、『元老は去れ,政権を返上すべし』

日本リーダーパワー史(93) 尾崎行雄の遺言・日本の派閥政治を叱る、元老は去れ …

『中国共産党誕生100年前講座』★『(動画30分)孫文の辛亥革命を全面に支援した宮崎滔天兄弟の<日中・兄弟・仁義>の原点・宮崎滔天兄弟資料館に歴史を学びに行こうー(動画30分)』

    2014/03/20  記事再録 …

no image
『知的巨人の百歳学(158)記事再録/吉川英治創作の宮本武蔵の師・沢庵禅師(73)の『剣禅一致』 <打とうと思わず、打たじとも思わず、心海持平(しんかじへい) なる時、前に敵なく、後ろに物なし。ここが無の境地じゃ>

百歳学入門(73)   前坂 俊之 (ジャーナリスト)   …