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日本リーダーパワー史(451)「明治の国父・伊藤博文が明治維新を語る③」 明治の奇跡「坂の上の雲」の主人公こそこの人

   

  

   日本リーダーパワー史(451

 

「明治の国父・伊藤博文が明治維新を語る③」

 

◎<伊藤博文がいなければ、明治維新の開国・西欧文明の受容・明治
憲法の制定、議会制度の導入、初代総理大臣に就任し、元老として
日露戦争勝利の外交インテリジェンスはできなかった。
明治の奇跡「坂の上の雲」の主人公こそ初代大宰相・伊藤博文なのであ
る。明治時代は伊藤時代といって過言ではない。

                

前坂俊之(ジャーナリスト)

 

○<切腹覚悟でイギリスに密航し、ロンドン大学に留学して、西欧文明に衝撃を受けて攘夷から開国派に180転換、アジア全土が植民地支配を受ける中で、唯一独立を保ち西欧列強の仲間入りを果たした。>

  

<TPP,開国、外国人移民に反対する150年前と同じ佐幕攘夷政治家
たちが今も大部分なのだ>

 

『下関戦争の真相はこうだ』―井上馨、高杉晋作と英国・長州藩間の交渉役で奔走す

 

下関戦争とは・・・

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8B%E9%96%A2%E6%88%A6%E4%BA%89

 

その当時は攘夷論なり、幕府に反対するなりで、他から探偵などに這入って来るやつを厳しくやっておるので、鑑札がなければ通れぬ。ようよう代官から鑑札を貰って、夕方に山口に着して、その晩、宿屋に泊って、翌日君側の役人をしておる毛利登人といふ者に逢って、予ねて知っておる人であるから、

実はこううこう云ふ訳で帰って来たのだから、君公の前に出て殺されても宜しいから、どうかあわせて呉れと云ったら、大きに驚いて、マー能く帰って来た、この国難の時に当って能く帰って来た、早速君公に蓬はせてやるから安心せよ、それは誠に有難いと云って宿屋に帰って、翌日呼び出しになって家老、始め列席の所に於て尋ねられたから、なんでも四時間ばかり先づ地図を指して我々の耳目に見聞して居るだけのヨーロッパの文化の形勢をいふより仕方がないと思ってその事を述べてそれから今、正さに横浜に集って居って馬関の砲撃をなさうとする所の十八隻の船はかくの如き構造である、大砲の数は幾門、弾薬はそれに応じて備えてある。

 

 

且ツ一切の兵器の備っておることも述べて、是れに抵抗して戦争をした所が勝てる目的はない、のみならず毛利家が僅かに一藩を以てこれに抵抗して何等の益があるか、それよりは寧ろ立で和睦して、王政を復古して、日本の国力を統一しなければ、外国には抵抗することは出来ぬといふ議論であった。

 

長州藩はヨーロッパ共通の敵

 

所が横浜を発するに当て各国の公使から毛利公にあてたる書翰を出して、お前達、帰るなら持って行って呉れと云ふから受取ったが、この手紙の中に何が記してあるか分らぬ、うかつにこの手紙を出すことは出来ぬ、出せば西洋人の御便に帰ったとしか見られない、不徳義かは知らぬがこれは出さぬと極めて握り潰した。その手紙にはヒドイことが書いてある。

長州は関西十一国の諸侯と共同して日本和親を結んだ各国に対してゆえなく砲撃を加ふる、かくの如き所為は世界のコンモン、エネミー(共通の敵)と認める、公敵はそのままに差し置かぬから近日、各国申合せて軍艦を送って砲撃する積である、併ながら殿下が其時分、プリンス、ハイネスを用いて居るが……殿下の命を以て欧州へ学問をさせに道はされてあった、両名の青年は自国の危難を救はむとて、わざわざ帰って来て各国公使に申出たに依って、殿下の許へ送る、付てはこの送るだけの好意に対しても各国が敢えて長州の砲撃を好むものでない、故なく戦争をするものでないと云ふことが、御推察が出来るだらう。

 

併しながらそれに拘はらずおやりなさると云ふことなら致し方がない、砲撃する、砲撃した以上はどうするかと云へば、かって英仏両軍が合して北京に攻入った如く、天子の勅許を請ふて開港するより外ないと斯う云ふ文章であった。

 

それは私は出さなかったが、さう云ふやうなことも一々私は話をした、所が久し振りで座ったものだから急に君公の側を立つことが出来ぬ、それからマア座って評議の模様を見て居ったが、どうしよう、斯うしようと云ふことでなかなか急に決せられない。

そこで我々は旅宿に退きたり、井上は山口で私は萩だから、なんでも御互にない命だ、三日保てるか、四日保てるか分らぬから、とにかく、父母に久し振りで逢っていとまごいをして来てはどうかと云ふから、それなら行かうとなって出て行った。

彼是れする中に議論が動いて来た、動いて来た時に、先鋒隊というて君側を警固して居る隊から、是りや井上、伊藤がヨーロッパから帰って来て色々の事をいうた為めに、藩議が動くことになったからあれを置いてはいかぬ。

 

伊藤、井上に暗殺隊せまる

 

今夜、暗殺するという事になった、そこで井上は言ふに、我々は折角、帰って来たが志を得ずして人手に掛っては遺憾だから自殺すると云ふから、私は井上に向ってそれはいかぬ、最早どうせ斯うやっておる以上は人手に掛っても仕様がない。

 

若し今夜来たら多勢に無勢でも刃向って切り死をしようということに決して、腹を切ることは止めた。さうした所が幸に藩から先鋒隊を制したために暗殺と云ふことも止んだ。その当時長州に騎兵隊と称する攘夷隊あり、元は高杉が作りたり、山県も其内に加はわり居たり、高杉と云ふものはその後政府の役人であった。皆懇意であった。

高杉は故ありて、我々帰国の当時牢に入って居る時であった。騎兵隊の連中は時々やつて来て君等は以前同志だから仕方がない、同志だから殺す訳にいかぬといふことで、そのお蔭を蒙った。

今の改進党自由党の間にもさういふ訳があるかも知れぬ、それから段々する中に日限が経過する、其間に余程危ぶない事が沢山あったが、細かいことはよして大体を御話するが、十二日間といふ日限が切れるといふ事になって、軍艦は待って居るし、どうしても返答をしなければならぬ。

 

どうしたら宜からうと云うてその間に政府の役人と相談したけれどもどうも極らぬ。それが到頭日限が切迫して返答に行かなければならぬと云ふ場合になった、その中に山口の政事堂という参政の会する、即ち今日の内閣といふやうなものが開かれておって、その政事堂で相談して、抑々長州が攘夷をやるにも勅命で朝廷の御意を奉じてやったのであるから、この攘夷といふことをやめるに付ても朝廷の命を伺はねば私にやめる訳にはいかぬ。

 何れ長門守上京天意を朝廷に伺った上で御返答申さうから馬関へ来ることは三箇月猶予して呉れ、併しそれも聞かぬといふことなら何時でも戦ひの用意をして御待ち申さうといふ返答だ。

 それからこの返答では実に外国人に約束した通りにいかぬから甚だ困る、井上とも相談した所が井上の言ふに、どうもさう云ふ訳の分らぬ返答は幾ら外国人と云つても出来ぬぢやないか。

 

しかし、それもさうだけれども、かくよりこの返答をした方が増しだ、それなら行かうと云って、今度は三田尻より船に乗って姫島に行った。丁度十二日の日切りの満つる前夜、正に明朝出帆しょうと云ふ其晩に着いた。

 

アーネスト・サトウから「生きていたかと」シャンペンで乾杯

 

確か、この事は「ブルー、ブック」の中に出て居ると思ふが、サトウに逢うたら能く帰って来た。辻もお前達は活きて居らうとも思わぬだったと云らて、シャンパンを抜いて出して、談しはどうしたといふから、色々尽力をして見たが連もいかぬ、手紙の返答はといふから手紙の返答は別にないと斯う言ったら、受取一もないかといふから、受取もない。

 

即ち孜々の生命を以て御返答申すと言った事も「ブルー、ブック」に書いてある、そんなら今度何れ弾丸雨注の間に御目に懸ると云ふやうな話で、悄然として我々は分れた。

 

それから国へ帰った所が、丁度其時、長州では三条公以下七卿を連れて、さうしてこの間死んだ元徳公長門守と云った人が京都に出て行かうといふ騒ぎになった。既に京都には福原、益田、国司の三人に、それに木戸なども居った、さうして戦争を今にも始めようと云ふ容易ならざる所へ、三条以下七卿が出て行くと云ふことになった。

 

その出て行くのは、表面は哀訴歎願、哀訴歎願だけれども、許して呉れといふ話でなくって、朝旨を奉じてやったと云ふ弁疏的のことである。其実どうかといふと、兵を交へるといふ仕掛だ。

 所が近時著さるる維新史料といふ歴史を詮索するに、あの中に書いてある事で我々の知らぬことが一ツ出て来た。其中に長門守上京の趣意はどうだといふに、井上聞多、伊藤俊輔が近日ヨーロッパから帰って来て報告する所に依れば、容易ならぬ外国の景況である。

 軍艦を率ひて摂海に乗込んで開国の勅許を迫ると云ふことだ。実に国家重大なことであるから出て行くと云ふやうなことで、我々の帰ったのが口実になって出て行くやうに書いてある。此事は当時聞かなかった、此間も井上とも話したが、御互ひに知らぬことで、是れは全く藩吏が出したものに違ひない。

 

所が先刻御話をしようと思った、清水清本邸と云ふ家老があって、この清水清太郎といふ人の先祖は清水長左衛門といふ、彼の高松城水責めの時腹を切った、あの家で一日私の話を聞きたいと云ふから、話をした所が貴様の話は如何にも尤だと同意した。この人はどっちかと云ふと、小早川隆景流の男だが、貴様の話は尤だ、今日より貴様に同意する。

 

而して攘夷心は五十年の間、腹の中に納めて置くから直ぐ京都に行って呉れぬか、今あすこで事を起されてはどうもならぬ、京都に行って宍戸左馬介等と談じて、なんでも貴様の量兄で話して呉れ、どうか攘夷論を止めさして其勢を以て王政復古をやれと云ふから、そんなら宜しい、行かうと云って備前の岡山まで来ると、京都より戦争をした敗兵がヒヨロヒョロして帰って来るに会った。 

三条以下七卿は海路播州室の津まで来て引返したと云ふことで、仕方がないから私も三田尻に帰った、所が君公には会議を開くといふことになった、京都で負けたので余程長州の形勢も変じた。

決断できぬ長州藩、時間切れで戦争へ

 

馬関に軍艦を引入れてもう一戦やるのは甚だ困難だから、何とか之を防ぐ工夫はないかといふ議論になった、夫はムヅカシイ今日になっては併しやって見ようか、当時、横浜に行かうといふのはムヅカシイから、長崎に出て行くより仕方がない。

 

それなら工夫して見ようと云って、僅の日数の経過した中に、姫島に十八艘の軍艦が来た報知のありたる其夜、山口の宿屋に泊って居った所が、今、兵庫県の知事をして居る周布の親父の政之助、是れが我々が帰った時には蟄居させられて居った。

 

それが俄に呼出しになって、所謂、内閣と云ふやうな所で、軍艦が来たさうだが、どうかして止めやうがないかといふから、それはムヅカイと思ふ、今度外国人も覚悟をして来て居るから、辻も止らぬ。

 

けれども何とか方法はないかといふから、それなれば今、薪水食料を与へて馬関交通を自由に許すといふ条件にでもしたらどうか、それで宜しい、それなら君公の書翰を認め印判を取って出掛けて見ようと云ふことになって、人を呼び評議する暇がないから書面を書いて君公の寝て居る所に行って印判を貰って三田尻の松島弘蔵といふ水師提督と号して居る者を同行すると云ふことになり、直に命令を下して翌朝私は三田尻に出て行った。

 それからバツテーラに乗って姫島まで七八里もある、そこを漕ぎ出して半ばまで行くと、今の三時過ぎであったが、蒸汽船が煙りを焚いて下の関の方に行くのを見た。是れは連もバツテーラで行った所が追ひ付く話でないといふもので引返した、どうせ事が始まると思ったから三田尻に泊って翌日、山口に帰った。帰った所が萩で牢に入れられた高杉が出て居る、尤も其頃は自分の家の座敷内で牢居して居った。

つづく

 

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