『ガラパゴス国家・日本敗戦史』㉕『大日本帝国最後の日 (1945年8月15日米内海相の不退転の和平と海軍省・軍令部①
2017/08/15
『ガラパゴス国家・日本敗戦史』㉕
『大日本帝国最後の日―
(1945年8月15日)をめぐる攻防・死闘
終戦和平か、徹底抗戦か⑨』
<米内海相の不退転の和平説得と海軍省・軍令部①
前坂 俊之(ジャーナリスト)
米内海相は、鈴木首相よりも東郷外相よりも、はるかに確固たる信念で降伏・和平を推進した。軍令部の豊田・大西コンビによる〝一億玉砕″論を、論理でねじ伏せた米内だが、天皇の放送終了後、「よかった」と言いながら、豊田軍令部総長に握手を求めたという。
豊田・大西を叱りとばした米内
八月十五日。青空が広がり、盛夏の太陽がジリジリと照りつけていた。東京霞ケ閑
の焼け残った建物に囲まれた海軍省の中庭の広場中央に拡声器がすえられた。
正午の玉音放送を前に海軍省、軍令部の全員が東側に縦列を作って整列した。最前列には米内海相、豊田軍令部総長が並び、沈痛な表情で待っていた。
「…堪へ難キヲ堪へ、忍ビ難キヲ忍ビ、以テ万世ノ為二大平ヲ開カント欲ス‥…・」
聞きとりにくいが、厳然たる終戦の詔書に、頭を下げ聴き入っていた者の中には、感
極まって、泣きだすもの、茫然自失するものとさまざまであった。
「湿度の高いその日の陽ざしはひときわはげしく、憔悴した米内の横顔には深い疲労
がありありと見えた。
だが、その心の奥底には宿願の終戦がついに実現したことにたいする一種の安堵感
がひらめいていた」 (実松譲『わが海軍わが提督』光人社、昭和五十五年刊)
米内の首相時代に秘書官をつとめた実松はその時の米内の心境をこう書いている。
米内は放送が終了すると、すぐ左側に立っていた豊田総長に向かって「よかった」と
握手を求めて、大臣室へ引き上げた、という。
さばさばした表情の米内と比べて、対照的に思いつめた顔が特に印象に残ったの
は大西滝治郎軍令部次長であった。
米内からの密命で終戦工作に取り組んだ高木惣吉は、大西次長の隣で玉音放送を聞いたが、大西は顔面蒼白で「平常の巨眼の光も濁り、汗の臭気」にみちていた、という。
米内とは対照的に暗うつな表情で悄然としていた。大西が自決したのはこの翌日のことであった。終戦への過程で海軍は陸軍と比べて、より混乱が少なかったのは米内海相の存在であった。
米内海軍大臣に不退転の決意
海軍大臣として、「海軍の全責任を預かる以上、米内の胸には海軍を微動だにさせず押え切る」という不退転の決意があった。米内は鈴木内閣の海相に声がかかった時、固辞して引き受けなかった。
「君があくまで承知しないなら、自分は組閣の大命を拝辞する」と懇願されて、留任し
た。鈴木が終戦を目的とした内閣であり、終戦に持ち込むためには、米内がどうしても必要なことも、米内はわかっていた。
米内自身も終戦に向けて不退転の決意を固めていたのである。
そのために、どのような汚名を着ようと意に介さない、という鉄の意志を内に秘めてい
た。終戦への困難な、しかし奇跡的な成功の真には、天皇の一貫した強い意志を補完する形で、微動だにしなかった米内の功績と海軍の存在が何といっても大きかった。
鈴木首相も時々、グラついていたし、東郷外相も米内が敢然と支持しなければ、あ
れだけガンバリつづけられたかどうか、は疑問であった。
「終始一貫東郷を支持し、挫けんとする鈴木の腰骨を鞭撻して、終戦にこぎつけさせ
た米内の卓見と実行力は終戦史上、特筆大書されねばならぬ」と緒方竹虎は激賞し
ている。
終戦三旦別の八月十二日、日本政府のポツダム宣言受諾通告に対して、連合国か
ら回答の放送があった。
この回答の中の「サブジェクト・ツウ」をめぐって豊田軍令部総長、梅津参謀総長とともに、
米内海相には無断で天皇に反対の惟帳上奏したのであった。
海軍内でも最強硬派であった大西次長にたきつけられて、「陸海軍の軍令系統は断
じて不可」と米内海相を飛びこす形で行われた。これを聞いた米内は烈火のごとく怒った。
豊田総長を大臣室に呼び、一時間半にわたって激しく叱責した。
「何を基礎にして上奏したのか」
との質問に、肥満した豊田は一語も答えられなかった。
米内は烈火のごとく怒った
「私の意見に盲従しろとは言わぬ。
人それぞれ考えがあり、その所信に従うのはやむを得ないが、そのためには大臣と
よく意見を交え、私の意見が違っておれば、私はこれを改めるにやぶさかではない。
逆に私の意見が正しいとすれば協調するのが当然である。
質問に答えられないような基礎で行動するのは甚だ軽率至極である」
体はやせ細ってはいるものの、すさまじい気迫の米内に激しく詰め寄られた豊田は
「敵側の条件では甚だ困ると思っていたところに、放送を開いたので誤った」と弁解し、
「進退はいつでも覚悟している」と言った。
「進退は君が考えることではない。私が考えることだ」と米内は突っばねた。大西次長に引きずられての結果であった。
豊田総長が退席したあと、大西次長が血相を変えてあらわれた。口論となった。大西
の声は荒々しかったが、米内の声も驚くほど大きく、激しく大西をしかりつけた。
一触即発の雰囲気で、隣室の大臣秘書官も思わず身構えるほどであった。
「すでに聖断が下った以上、絶対であっていかなる困難があっても思召にそうように
万全を尽くすべきである」
米内海相の不退転の、断固たる意志に圧倒されたのか、大西次長は悄然たる表情
で退席した。
陸軍省ほどではないが、以上にみたように海軍省、軍令部もー枚岩ではなかった。
終戦を万難を排して推進するという米内と、特攻による徹底抗戦の大西次長派が対
立していた。
高血圧の持病を押して孤軍奮闘をしていた米内を高木惣吉少将が十二日に訪問し、
激励した。
その時、米内は海軍の内部についてこう述べている。
「部内が分裂することは私の責任としてまことに重大であるが、しかし、悲観もしない。
大したことにはならぬと見ている。また、たとえ分裂が起っても大局上やむを得ない、と覚悟している。国内では真相を知らない者を、煽動する輩があれば分裂も起りうるが、しかし大観してそうはならなくてすむと思っている」(高木惣吉著『私観太平洋戦争』)
つづく
関連記事
-
-
(昭和史事件発掘> 『愛のコリーダ』阿部定事件(昭和11年)とは一体何だったのか
『愛のコリーダ』阿部定事件とは一体何だったのか 前 …
-
-
速報(340)ビデオ座談会(120分)◎尖閣問題ー領土・歴史認識で<紛争、国家威信>対<貿易・経済利益>のバランスとる』
速報(340)『日本のメルトダウン』 ビデオ座談会( …
-
-
『オンライン講座・吉田茂の国難突破力⑦』★『日本占領から日本独立へマッカーサーと戦った吉田茂とその参謀・白洲次郎(2)★『「戦争に負けても奴隷になったのではない。相手がだれであろうと、理不尽な要求に対しては断固、戦い主張する」(白洲)』
2015/01/01 日本リーダーパワー史 …
-
-
日本一の「徳川時代日本史」授業④福沢諭吉の語る「中津藩で体験した封建日本の差別構造」(旧藩情)を読む⑤
日本一の「徳川時代の日本史」授業 ➄ 「門 …
-
-
『F国際ビジネスマンのワールド・ニュース・ウオッチ(197)『直近のNYTは大隅教授のノーベル賞受賞を多角的に報道(Yoshinori Ohsumi of Japan Wins Nobel Prize for Study of ‘Self-Eating’ Cells )日本の科学ジャーナリズムの貧困とは大違い』●『「社会がゆとりを持って基礎科学を見守って」大隅さんは会見で繰り返し訴えた』
『F国際ビジネスマンのワールド・ニュース・ウオッチ(197)★ Yoshino …
-
-
『オンライン/75年目の終戦記念日/講座➄』★『太平洋戦争下の新聞メディアの戦争責任論』★『新聞も兵器なり』との信念を堅持して、報道報国のために挺身したすべて新聞』★『戦う新聞人、新聞社は兵器工場へ』★『●大本営発表(ウソと誇大発表の代名詞)以外は書けなくなった新聞の死んだ日』
2015/06/29 /終戦70年・日本敗戦史(101) …
-
-
片野勧の衝撃レポート(82)原発と国家―封印された核の真実⑭(1997~2011) 核抑止力と脱原発 ■東海再処理工場で火災・爆発事故発生ー三谷太一郎氏 (政治学者、東大法学部長、 文化勲章受章者)の証言➀昭和20年6月の岡山大空襲を9歳で体験、 九死に一生を得た。『原発事故は近代日本の挫折である』
片野勧の衝撃レポート(82) 原発と国家―― 封印された核の真実⑭(1997 …
-
-
日本リーダーパワー史(791)ー 「日清、日露戦争に勝利」 した明治人のリーダーパワー、 リスク管理 、インテリジェンス➈』●『明治36年4月、日露戦争開戦9ヵ月前にロシア・クロパトキン陸相が日本を敵前視察に乗り込んできた』★『クロパトキンの「日本陸軍秘密研究書」による日本軍の欠点『西欧的機関を表面的しか理解していない、無能な老将校が存在し、部隊長の決断が遅く変化に対応できない』
日本リーダーパワー史(790)ー 「国難日本史の歴史復習問題」 ★「日清、日露 …
-
-
池田龍夫のマスコミ時評(122)「三原じゅん子議員の「八紘一宇」発言、議員辞職に値する」(3/30)◎「辺野古作業で岩礁破砕、政府・沖縄県知事が真っ向対立」(3/25)
池田龍夫のマスコミ時評(122) 池田 …
-
-
日本メルトダウン脱出法(726)「スズキとVWの離婚騒動に学べ! 生き残れる自動車提携の条件」●「“イケア帝国”を一代で築いた男 イングヴァル・カンプラードとその経営哲学」
日本メルトダウン脱出法(726) 池上彰が斬る!「朝日より読売、産経が …
