前坂俊之オフィシャルウェブサイト

地球の中の日本、世界史の中の日本人を考える

*

日本リーダーパワー史(587)「 中国の沙漠をよみがえらせた奇跡の男・遠山正瑛」不毛の砂漠は約300万本のポプラの植栽並木と緑の農地によみがえった。

      2015/10/15

日本リーダーパワー史(587) 

世界が尊敬した日本人(51) 

中国の沙漠をよみがえらせた奇跡の男・遠山正瑛

遠山は80歳を越えてから、 内蒙古自治区のゴビ沙漠に1本1本、ポプラ木を植え続けた。

2001年12月には300万本を達成し、不毛の地は立派なポプラの並木と緑の農地によみがえった。

遠山は「満足とは、自分が金持ちになり、財産や、名誉、地位を持つことではありません。

生きている間は世のため人のために尽して、一人でも困っている人を救うことです」

 

前坂 俊之(静岡県立大学名誉教授)

 

地球温暖化、沙漠化対策が世界の緊急課題となっている今、中国・ゴビ沙漠の不毛の大地に300万ものポプラの木を植え、緑をよみがえらせた奇跡の男・遠山正瑛

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%A0%E5%B1%B1%E6%AD%A3%E7%91%9B

が注目されている。

遠山正瑛は1906(明治39)年12月、山梨県富士吉田市に生まれた。1934年、京大農学部を卒業後、外務省の国費留学生として中国に農業研究にわたった。広大な沙漠を知るとともに、黄河の大洪水で農地も家屋も流された農民の悲劇に衝撃を受けた。一九三七(昭和12)年、北京郊外で日中戦争が勃発した。遠山は中国軍からスパイ容疑で拘束されたが、車で命からがら脱出して帰国した。

帰国後は、鳥取大学農学部教授となり、鳥取砂丘で砂地農業に取り組んだ。「不毛の沙漠で農作物はできない」という常識を打ち破って、スプリンクラーを日本で初めて導入し、メロン、イチゴ、ブドウなどの高級果物の栽培に成功した。「国立沙漠研究所」を設立して所長を務め、日本の砂地農法、砂漠緑化の第一人者となった。

1972年、65歳で同大学を退官した遠山は中国の沙漠緑化に本格的に取り組んだ。人口13億の中国は国土は日本の25倍だが、耕地面積はわずか11%しかかない。しかも沙漠面積は日本の4倍、毎年、東京都の面積が沙漠化しており、100万人以上の農民が土地を失い、食糧難が年々深刻化していた。 遠山の沙漠緑化への情熱は2千年以上の日中友好の歴史ともに、日中戦争などの侵略に対して賠償を一切求めず、逆に旧満州の残留孤児を親身に養育してくれた感謝と贖罪、恩返しの気持ちからであった。

遠山は中国に何度もわたり、「砂漠緑化は食糧増産につながり、戦争を防ぎ、世界平和への道だ」と要人たちを説得して回ったが、「不可能ことだ」と相手にされなかった。「やれば、出来る。やらなければ、出来ない。続けさえすれば、いつかは成功する」と遠山は日本でボランティアを募り、募金を集めて、苗を買って独自に植栽に取り組んだ。

昼は気温40度を突破する沙漠は、夜はマイナス10度にもなる凍てつく。沙漠に強く根が短期間に1mも伸びるくずを黄河流域に何万もタネをまいたが、遊牧の羊に食べられて失敗した。今度は成長の早いポプラの木を植えて牧柵をつくって、羊を防ぎ、砂防と緑化の1石3鳥の作戦を考えた。内蒙古自治区のゴビ沙漠に1本1本、ポプラ木を植え続けた。これには中国人も驚き、アリがゾウに立ち向かうようなものとあきれて見守っていた。

1991年、やっと中国科学院も協力を示し、遠山も「日本沙漠緑化実践協会」を設立し、内蒙古自治区クブチ沙漠で本格的にモデル地区を作って取り組むことになった。この時、遠山は84歳。1年のうち300日近くも現地でテントに寝泊りしながら毎日10時間以上も黙々と植え続けた。

「地球環境も食糧問題も日中は運命共同体」との遠山の熱心な呼びかけに、日本側のボランティア、献金が続々集まり、10年間に延べ7千人が砂漠との戦いに海を越えた。1995年8月にポプラの植林は累計でついに100万本を突破、98年には200万本、2001年12月には300万本を達成し、不毛の地は立派なポプラの並木と緑の農地によみがえった。

まさに、「愚公、山を動かす」、奇跡がおこったのである。

江沢民前国家主席は、遠山と二度にわたり会見し、砂漠緑化への貢献を高く評価した。現地では遠山に感謝して銅像が建てられた。中国で、生前銅像が建てられたのは毛沢東と遠山の2人だけという。その台座には「90歳の高齢ながらたゆまず努力し、志を変えなかった。」 と讃えている。

2001年、国連「人類に対する思いやり市民賞」を、2003年にはアジアのノーベル賞「 ラモン・マグサイサイ賞」を相次いで受賞した遠山は「満足とは、自分が金持ちになり、財産や、名誉、地位を持つことではありません。生きている間は世のため人のために尽して、一人でも困っている人を救うことです」と語っている。

「奇跡の人」遠山は2004年2月、97歳で亡くなった。

2009/05/に月刊『歴史読本』に執筆、

 - 人物研究

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <s> <strike> <strong>

  関連記事

no image
人気リクエスト記事再録『百歳学入門』(221)荻原井泉水(92歳)の『天寿・長寿10ヵ条』「随」の精神で「天」に感謝し「天」に随い「天」を楽しめば【天寿】となる

2015/01/01の百歳学入門(47)   荻原井泉水(92歳)の『 …

no image
『リーダーシップの日本近現代史』(48)記事再録/『明治天皇のリーダーシップ①』 大津事件で対ロシアの重大危機・国難を未然に防いだ 明治天皇のインテリジェンスとスピーディーな決断力に学ぶ(上)

2011-10-05 /日本リーダーパワー史(196) 前坂 俊之(ジャーナリス …

no image
リクエスト再録『百歳学入門(207)』-<昭和の傑僧・山本玄峰老師(95歳)の一喝!>★『一日不働 一日不食。(1日働かなければ、1日食わず、食わんでも死なん』★『 力をもって立つものは、力によって亡ぶ。金で立つものは、金に窮して滅び、ただ、徳あるものは永遠に生きる。』★『 法に深切、人に親切、自身には辛節であれ』

百歳学入門(40)―『百歳長寿名言』 <昭和の傑僧、老師・山本玄峰(95歳)の一 …

無題11
★10『人気記事リクエスト再録』-20世紀に世界で最高にもてた日本人とは誰でしょうかー 答えは「ハリウッドを制したイケメンNo.1, 『ハリウッドの王者』うたわれた早川雪洲」★『映画の都「ハリウッド」を制したイケメン・ナンバー ワンは–「セッシュウ・ハヤカワ」とは何者かー チャップリンを超えた男』●『「働き中毒」「アメリカになじまず」「出稼ぎ労働者の日本人移民」は 「排日移民法、排日土地法」の成立でアメリカから追放され、セッシュウもパリに移った』

  20世紀に世界で最高にもてた日本人とは誰でしょうかー 答えは「ハリウッドを制 …

no image
『リーダーシップの日本近現代史』(142)再録★『異文化コミュニケーションの難しさ― 「中華思想」×『恨の文化』⇔『ガマン文化』の対立、ギャップ➃『『感情的』か、論理的か』★『中国の漢民族中心の「中華思想」華夷秩序体制)」 ×韓国の『恨の文化』(被害妄想、自虐 と怨念の民族的な情緒)⇔日本の『恥の文化』『ガマン文化』 『和の文化』のネジレとギャップが大きすぎる』

2014/06/17  /月刊誌『公評』7月号の記事再録 中国の漢民族 …

no image
『リーダーシップの日本近現代史』(162)記事再録/日本名人・達人ナンバーワン伝ー『イチローは現代の宮本武蔵なり』★『「五輪書」の「鍛錬」とは何か、鍛とは千日(3年間)の稽古、錬とは1万日(30年間以上)の毎日欠かさずの練習をいう』●『武蔵曰く、これが出来なければ名人の域には達せず』(動画20分付)★『【MLB】なんで休みたがるのか― 地元紙が特集、イチローがオフも練習を続ける理由』

2017/10/22『イチローと宮本武蔵「五輪書」の「鍛錬」の因果関係ー免許皆伝 …

no image
『リーダーシップの日本近現代史』(9)記事再録/ 日本国難史にみる『戦略思考の欠落』 ⑫『福島安正のインテリジェンスが日清,日露戦争の勝利の主因①わが国初の国防書「隣邦兵備略」を刊行、清国の新海軍建設情報 を入手、朝鮮を属国化し大院君を強引に連れ去った

    2015/12/03 &nbsp …

no image
『リーダーシップの日本近現代史』(241)/★『1945年(昭和20)8月、終戦直後の東久邇宮稔彦首相による「1億総ざんげ」発言の「 戦争集結に至る経緯,並びに施政方針演説 』の全文(昭和20年9月5日)

    2015/12/10 &nbsp …

no image
★『2018年(明治150年)の明治人の歴史復習問題』-『西郷どん』の『読めるか化』チャンネル ➂<記事再録まとめ>◎『山県有朋から廃藩置県(史上最大の行政改革)の相談を受けた西郷隆盛は「結構です!」と一言の基に了承し、即実行した』◎『西郷の大決心を以て事に当たったからこそ 用意周到、思慮綿密なる大久保や木戸の危んだ 廃藩置県の一大事を断固として乗り切ることができた。 西郷こそは民主主義者である(福沢諭吉の言葉)』③

 ★『2018年(明治150年)の明治人の歴史復習問題』- 『西郷どん …

no image
女性学を切り開いた稀有の高群逸枝夫妻の純愛物語

 「国文学」09年4月号に掲載     <結婚とは死にまでい …