前坂俊之オフィシャルウェブサイト

地球の中の日本、世界史の中の日本人を考える

*

情報から見たユニークな近代史=<情報・通信技術はいかに近代日本をつくったか>

      2015/01/02

1995年1月28日     『読書人』掲載 の<書評>             
 
石井寛治著『情報・通信の社会史』(近代日本の情報化と市場化)有斐閣1957円>
 
情報から見たユニークな近代史=<情報・通信技術はいかに近代日本をつくったか>
 
前坂俊之
(静岡県立大学国際関係学部教授)
 
 ゴア米副大統領は1993年12月、「情報スーパーハイウエー構想」を発表し、マルチメディアの理念、ビジョンを明らかにしたが、その冒頭で『タイタニック号』の悲劇の教訓を紹介した。
 
 世界一の豪華客船「タイタニック号」は1912年、当時発明されたばかりの無線電信を備えて処女航海に出た。大氷山が接近中という無線を何度も傍受しながら、不沈船
といわれたタ号はなぜ衝突してしまったのか。
 
また、タ号のSOSに対して周辺の船はなぜ救出に向かわなかったのか。無線電信が一番威力を発揮できる時に、できたばかりのこの情報・通信技術がうまく活かされなかったのである。
 
その原因は 金持ちのプライベートなメッセージの通信に忙しくて、危険の通信が受信できなかったばかりか、タ号のSOS発信を周辺の船舶の通信士は寝ていて聞いておらず、当時、無線電信は発明されたばかりの珍しい道具ではあっても、命を救う手段になるという認識がなかった。
 
 こうした「タイタニック号」の悲劇にふれながら、ゴア副大統領は「すべての米国民によりよいサービスを低価格で届ける。情報化社会の中で『持てる者』『持たざる者』との情報の貧富の差をなくすのが目的だ」と「情報スーパーハイウエー構想」理念を説明した。
 
「情報を制する者が世界を制する」ーは真理である。
 
人間のコミューテーション活動が市場経済はもちろん、社会生活の前提である。情報・通信手段の発展がこのコミュニケーションを活発化させ、社会、経済を進展させ、変革していく。
 
 今、騒がれているマルチメディアは21世紀の産業革命を引き起こすといわれているが、19世紀の産業革命以来の情報・通信技術がどのように社会、経済を変えていったのか。特に、近代日本ではどうであったのかを考案したのが本書である。
 
専門書としての深みを備える同時に、数多くのエピソードや事例が随所に盛り込まれており興味深い読み物にもなっている。
 
無線通信と日露戦争の関係では、日本の海軍はマルコーニの無線電信発明(一八九六年)にいち早く注目した。日露戦争開戦直前に実用可能な無線機を完成、連合艦隊はすべて無線装置を搭載した。さらには戦地と内地に海底ケーブル敷設し、日本海海戦に備えた。
 
 信濃丸の敵艦発見の第一報の無線が、相互に伝えられ大勝利に結びついた。一方、バルチック艦隊は無線機は装備していたものの、その有効な活用ではとうてい日本側には及ばなかった。
 
 幕末では、勝海舟が上洛には四、五日間のスピードで行ける蒸気船を利用するように主張したのに対し、幕府は二十二日もかかる大名行列にあくまで固執していた。蒸気船をフルに活用したのは薩摩藩で、西郷、大久保は専用汽船で往来して、そのスピードで幕府を圧倒したこと。
 
 電話は警察電話、鉄道電活から発展し、鉱山電話で坑内などで幅広く利用された。職種別では、証券、取引仲買業者が有価証券取引に積極的に活用し、相場情報の入手に利用したことなど、具体例が豊富に示されており、情報からみたユニークな日本近代史と仕上がっている。
 
本書では、情報・通信技術の中でも、特に郵便、電信、電話にしぼって、どのように社会生活に影響を与えたのか。軍事、市場経済、日常生活の三つの分野について詳細に研究している。
 
 著者によれば、日本では産業革命に先立って通借革命である郵便、電信、電話の普及が始まり、両者はほぼ同時並行で進んだ。
 郵便は低料金のため、庶民にまで幅広い国民に利用され、情報の拡散、普及と共存をもたらした。電信の場合は海底電線の普及が商社や貿易商人の情報独占をくずし、陸上電信網の拡大は市場経済のあり方を大きく変えていくが、生活の視点から綿密な相互関係の検征が行われている。
 
 著者は「あとがき」で日本では鉄道、船舶などの交通史、交通経済史の研究はあるものの、通信経済史、社会史がないことが本書の執筆の動機と書かれている。
筆者はマスコミ論が専攻だが、この種の情報の日本史がないのを残念に思っていただけに、待望の一冊といえる。
(静岡県立大学国際関係学部教授)
 

 - IT・マスコミ論

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

  関連記事

no image
オンライン講座/新型コロナパンデミックの行方(2020/10/19 ) 』-『新型コロナと世界の沈没―コロナ共存社会は数十年続く可能がある⓷』(8月15日)★『「米中大国の興亡」の歴史、覇権国の行方は?』★『時代は、時代に後れる者を罰する』★『『3ヵ月をきった米大統領選挙の行方は?』

    2020/10/19 &nbsp …

片野勧の衝撃レポート(83) 原発と国家―封印された核の真実⑭三谷太一郎 (政治学者、文化勲章受章者)の証言②『主権国家中心の現在の「国際社会」ではなく、 主権国家以外のさまざまな社会集団も加えた 多元的な「国際社会」を再構築することが必要だ」。

 片野勧の衝撃レポート(83) 原発と国家― 封印された核の真実⑭(1997~2 …

no image
『観光立国・日本』ー『2020年には外国人旅行者4000万人、その消費額8兆円の目標に一歩近づいた』★『日本観光のメリットは『世界一の多様性に富んだ自然環境(デービッド・アトキンソン氏)』●『観光の語源とは「国の光を観る」こと』★『伊藤博文は100年前に日本の地理学的、自然的な特徴から世界的な観光地になれる『観光立国論』を提言』

    観光とは「国の光を観ること           今年は国際観光年に当たり …

no image
『ニューヨーク・タイムズ』「英タイムズ」などは『ペリー米艦隊来航から日本開国をどう報道したか」★『『日本と米合衆国ー通商交渉は武力を 誇示することなく平和的に達成すべし(NYT)』

   1852 年(嘉永4)2月24日付 『ニューヨーク・タイムズ』 『日本と米 …

「王の子供は王じゃない。王になるのは能力者」=南インド映画「数学の天才・アーナンド先生の教室」(2019年制作)をみて、いたく感動した。インド映画は哲学的、アクション、歌、ダンス、ラブコメディーあり、てんこ盛りで超楽しいよ。

  「王の子供は王じゃない。王になるのは能力者」 このところ、インド映 …

no image
日韓レーダー照射問題にみる『異文化コミュニケーションの難しさ―『感情的』か、『論理的』かーが文明度の分かれ目』★『外交バトルの底に日中韓ケンカ作法の違いが見える』

  米中貿易戦争は軍事衝突に発展する可能性は!? トランプ大統領は20 …

no image
『F国際ビジネスマンのワールド・ ニュース・ウオッチ(183)』「 AIで人事部いらず? データで最適配置 :日経」●『米第3艦隊が東アジアへ活動範囲を拡大、中国との緊張悪化で』●『英国のEU残留は楽観できない、離脱なら世界恐慌の懸念も』●『電気動車からドローンまで「次のIT」を支えるあの電池』

 『F国際ビジネスマンのワールド・ ニュース・ウオッチ(183)』   …

no image
★『 地球の未来/世界の明日はどうなる』 < 米国、日本メルトダウン(1048)>『トランプ大統領は弾劾訴追されるのか』★『トランプは大恩人のFBI長官解任で二度、墓穴を掘った』●『中国まで心配するトランプ「反科学政策」の現実離れ』★『どこが違う? トランプ・ロシア疑惑とウォーターゲート』★『トランプ降ろし第3のシナリオは、副大統領によるクーデター』★『北朝鮮危機が招いた米中接近、「台湾化」する日本の選択』

 ★『 地球の未来/世界の明日はどうなる』 < アメリカ、日本メルトダウン(10 …

『Z世代のための日本の超天才人物伝⑦』★『世界の知の極限値』★『ーエコロジーの先駆者、南方熊楠の家族関係』★『父・弥兵衛は遺書(財産分与)に「二男熊楠は学問好きなれば、学問で世を過すべし。ただし金銭に無頓着なるものなれば一生富むこと能わじ』と記していた」』

日本天才奇人伝③「日本人の知の極限値」評された南方熊楠の家族関係  & …

no image
世界/日本リーダーパワー史(902)ー『米朝会談はどうなるか、米国はイラン問題を優先し、 東アジア情勢は先延ばしで日本ピンチか!』(上)

  『米朝会談はどうなるか、米国はイラン問題を優先し、 東アジア情勢は …