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池田龍夫のマスコミ時評⑲ 暴かれた沖縄返還「密約」・杉原裁判長が明快な「原告勝訴」の判決

   

 
池田龍夫のマスコミ時評
暴かれた沖縄返還「密約」・杉原裁判長が明快な「原告勝訴」の判決
ジャーナリスト・池田龍夫(元毎日新聞記者)
 
 
四月九日午後二時すぎ、東京地裁103号法廷は興奮に包まれた。昨年六月十六日の第1回口頭弁論以来五回の審理を重ねてきた「沖縄返還密約文書開示訴訟」につき、極めて明快な「原告全面勝訴」が、この日言い渡された。毅然とした杉原則彦裁判長の言葉が特に印象的だった。――「外務大臣および財務大臣は、原告が求めた『文書を不開示とする決定』を取り消し、原告らに一連の行政文書を開示せよ」と、堂々と命じる〝歴史的判決〟だ。

沖縄返還に伴う原状回復費の日本側財政負担などについて「国民に知らせぬまま負担することを、米国との間で密約していた」と、司法の場で認定したのは初めのこと。さらに裁判長は「国民の知る権利をないがしろにする国側の対応は不誠実」として、「原告に対し、それぞれ十万円及びこれに対する平成20年10月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。また訴訟費用は国側の負担とする」と、明快な判断を下した。

判決言い渡し直後の法廷では、原告らが肩をたたき合って握手を交わし、満員の傍聴席でも全員が勝訴の喜びを分かち合った。その後、東京地裁近くの「松本楼」で記者会見。原告団の共同代表・桂敬一氏は 「この上ない完全勝訴。壁に大きな穴を開けることができた」と語り、さらに「情報公開の不備を変えなければ本当の民主主義にはならない」と今後の決意を述べた。また、「半年前まで政府は密約を否定し続けており、(密約の)壁は難攻不落と思っていたが、政治環境が変わった。『情報革命』が起こった」と、西山太吉氏が晴れやかに語った姿は感動的だった。民主政治における「情報公開制度」の重要性を国民に認識させた意義は絶大で、「知る権利」に応える健全な社会構築の出発点にしたいと、切に願っている。
 
「歴代政府のウソ」に風穴を空ける
そもそも「沖縄返還・密約問題」は、日米交渉の中で米側が負担すべき沖縄の米軍用地の原状回復費用四〇〇万㌦およびVOA(ヴォイス・オブ・アメリカ)の移転費用一六〇〇万㌦について、日本側が肩代わりすることを合意した「文書」を西山太吉・元毎日新聞記者が1971年スクープしたことが発端。長い間くすぶっていたが、2000年前後に「密約」を裏づける米公文書が相次いで発見された。当時の交渉担当者・吉野文六外務省元アメリカ局長の証言などの新証拠も掘り起こされたが、自民党政府は一貫して否定し続けてきた。

麻生太郎政権時代の昨年六月の第1回口頭弁論で外務省は「密約」と「文書」の存在を明確に否定する書面を裁判所に提出した。ところが、三カ月後の九月、民主党への政権交代で就任した岡田克也外相が密約調査を指示すると、国側は方針を転換。いずれの存在についても「あり」「なし」の主張を留保する戦術に出た。結審となった今年二月の弁論では、文書の存在を再度否定したものの、密約の存在については引き続き態度を表明しないままだった。その背景に、岡田外相の要請で設置された「有識者委員会」(北岡伸一座長)の密約調査に足並みをそろえ、外務省の〝聖域〟を守ろうとあがく姿勢が垣間見えた。

「国民を欺いた財政密約」を厳しく断罪
杉原裁判長が読み上げた、六項目にわたる「判決主文」を聞いただけで、「原告勝訴」を実感できたが、法廷では朗読されなかった「事実及び理由」の主要点を紹介し、参考に供したい。A4版60数㌻に詳細な分析が書き込まれており、「密約文書」究明に総力を傾注した裁判長の迫力を感じた。最大の争点となった「原状回復費などの日本側肩代わり密約」(財政経済交渉)を記した個所には、次のように明確な「裁判所判断」が示されていた。
 
「日本政府は、『米国から沖縄を金で買い戻す』という印象を日本国内で持たれたくないと考えていたため、福田赳夫大蔵大臣は、昭和44年9月27日及び28日の福田・ケネディー会談において、財政経済問題についての合意は佐藤栄作・ニクソン共同声明の後にすべきであるあると主張した。これに対し、ケネディー財務長官は、米国は沖縄返還に伴う費用を負担しないという基本的立場を前提に、佐藤・ニクソン共同声明の前に日米両国間で財政経済問題に関する明確な合意をすることを求めた。

そこで、日米両国間で財政経済問題に関する交渉が開始されることになったが、その内容は佐藤・ニクソン共同声明には盛り込まれないこととされた。なお、福田大臣は、ケネディー財務長官に対し、大蔵省の許可を得ることなく、外務省との間で財政経済問題に関する交渉をしないよう求め、ケネディー財務長官がこれに応じたため、以後、財政経済問題については、大蔵省と米国の財務省との間で直接交渉が行われることになった」。(『判決理由』32~34㌻)
 

「日本政府としては、三億二〇〇〇万㌦という金額が決まった経緯やその実際の内容について、これを国民に秘匿する必要があった。沖縄返還協定7条が『合衆国の資産が前条の規定に従って日本国政府に移転されること、合衆国政府が琉球諸島及び大東諸島の日本への返還を1969年11月21日の共同声明8項にいう日本国政府の政策に背馳しないよう実施すること、合衆国政府が復帰後に雇用の分野等において余分の費用を負担することになることを考慮し』て日本が米国に三億二〇〇〇万㌦を支払うという表現になり、同金額の内訳が限定列挙されなかったのはそのためであり、同表現を前提にすれば、日米両国がそれぞれの立場から上記三億二〇〇〇万㌦の内訳を説明することができ、実際に同金額を受領した米国において、そのうち四〇〇万㌦を本件原状回復費用に、一六〇〇万㌦を本件移転費用にそれぞれ充てることがあったとしても、日本としては感知しないという態度を取ることが可能であったのである。

しかし、沖縄返還協定7条に規定する三億二〇〇〇万㌦という金額は本件原状回復費用及び本件移転費用に含まれており、実際には日本が国民に知らせないままこれらを負担することを米国との間で合意していたこと(密約)を示すものというべきである。また、そもそも日本政府がその存在自体を秘匿していた移転費等関連費用の物品及び役務による提供額六億五〇〇〇万㌦に言及するものである。以上によれば、日本政府としては、本件文書の存在及び内容を秘匿する必要があったものと考えられる」。(『判決理由39~40㌻』)

日米両政府の「密約」工作の実態が、実証的に描き出され、完璧な論理構成だ。原告側が提出した精緻な準備書面を読み解いたうえで、公正客観的な判断を下した杉原裁判長の勇断には頭が下がる。
 
38年前の刑事裁判(国家公務員法違反)に敗訴した西山氏が提起した「国家賠償訴訟」(2005年)審理でも、密約の実質審理をしないまま形式的裁判を繰り返した末、最高裁は訴えを棄却。〝国家権力〟と〝司法の在り方〟に疑念を持ち続けてきた筆者には、「晴天の霹靂」のような感慨が走った。「民主党への政権交代」の時代背景があったと、簡単に論評する向きもあるが、裁判長の「密約文書開示法廷」での訴訟指揮は最初の口頭弁論(麻生政権時)から際立っており、被告(国)側は抗弁できない局面に追い詰められたのである。
 
「情報公開」拡充と「知る権利」推進を
現行の情報公開制度は、公開請求の原告側に極めて不利なことが指摘されてきた。国が保有する情報の立証責任を負わせるなど、国民が公開を引き出すのは、ほぼ不可能な仕組みだ。今回の杉原判決では「国側が文書不存在を主張する以上は、保有が失われたことを主張立証しない限り、保有が認められる」などとし、文書がなぜないのか、廃棄されたなら誰がどのように廃棄したのかを立証すべきだと、要求している。情報公開法1条に沿い、政府は事実関係を検証して国民に説明する責務を全うすべきだとし、民主主義国家における国民の知る権利の実現を重視しており、判決は情報公開法の抜本改正を指摘したと評価できる。 さらに「国民の知る権利をないがしろにする外務省の対応が不誠実」と批判しており、漫然と不開示決定した政府の責任は重い。
 
訴訟代理人弁護士、・小町谷育子さんは判決後、原告の立証責任の範囲について「文書の処分など立証が難しい部分があったが、原告が立証するのは作成、取得、保有まででいいとされた初めての判決だ」と説明し、類似の情報公開訴訟への波及を期待していた。53歳の杉原則彦裁判長は任官後、大蔵省課長補佐や最高裁調査官なども経験したエリート。06年4月に東京地裁部総括判事となり、行政訴訟を担当している。清水英夫弁護団長は「彼のキャリアからすれば、時の権力に遠慮しがちだが、気骨のある良い判決を書いてくれた」と話し、訴訟指揮ぶりも高く評価していた。
 
 「政府の不誠実な対応」に怒るのは当然
「弁論の全趣旨によれば、沖縄返還交渉当時から密約問題として取りざたされてきたものであること、また、原告西山太吉らは、その問題を当初から追及してきたものであることが認められる。
そして、原告我部政明本人及び弁論の全趣旨によれば,原告らは、沖縄返還から長い年月を経て、米国国立公文書館で公開された米国の公文書の中から、原告我部において多大な時間と労力をかけて本件文書と同一内容の各文書を発見した上で、沖縄返還交渉における反対当事者である日本国政府も本件文書を保有しているはずであり、また、それらに関する報告書及び公電などの文書並びに翻訳文である本件文書についてもこれを保有しているはずであると確信したこと、

原告らは、それぞれ様々な個人的な思いを持ちつつも、本件各文書の開示を先鞭とする日本政府の自発的かつ積極的な情報公開により、国民が政府の政策を正確に把握して、日本、その領土でありながら特異な状況に置かれてきた沖縄及び米国の関係を自ら考え、現在及び将来の政策に結び付けていくことこそ民主主義に資するという信念を共有していたこと、そして、今となっては、日本政府もこれに誠実に応答するものと期待して、本件開示請求をしたものであることが認められる。

そして、上記のような事情の下では、日本政府は過去の事実関係を真摯に検証し、その諸活動を国民に説明する責任を全うするとともに、公正で民主的な行政の推進を図るために最大限の努力をすべきであるから(情報公開法1条参照)、原告らのそのような期待は極めて合理的なものであり、法的にも保護されるべき期待であったことあったということができる。
換言すれば、米国国立公文書館で公開された文書を入手していた原告らが求めていたのは、本件文書の内容を知ることではなく、これまで密約の存在を否定し続けてきた我が国の政府あるいは外務省の姿勢の変更であり、民主主義国家における国民の知る権利の実現であったことは明らかである。……このような国民の知る権利をないがしろにする外務省の対応は、不誠実なものといわざるを得ず、これに対して原告らが感じたであろう失意、落胆、怒り等の感情が激しいものであったことは想像に難くない」。(『判決理由』62~63㌻)
 

〝廃棄された〟文書の徹底追跡を
今回の裁判を通じて、外務・財務両省のずさんな文書管理の実態が浮き彫りにされ、役所側の意図的な文書廃棄の疑いが指摘された。先に、東郷和彦元外務省条約局長が衆院外務委員会の参考人質疑で「後任者に引き継いだ『核持ち込み密約関連文書が廃棄された可能性がある』と証言」しており、さらに司法の場で指弾されたことは、政府の重大な過誤と言わざるを得ない。

二〇〇一年の「情報公開法」施行直前に大量の文書が廃棄された疑いはますます濃厚になってきており、当時の局長らの責任追及と役所の隠蔽体質に大胆なメスを入れなければならない。外務省は有識者委員会の「密約調査報告書」公表によって、密約問題の幕引きを図りたかったようだが、積み残した問題は山ほどある。東郷氏らの指摘を受け外務省は調査委員会を設置する羽目になり、今後、大掛かりな調査に踏み切らざるを得ない状況に追い込まれた。

現在の米軍基地問題に連動するテーマ
原告弁護団は判決後、「財政密約は、結ばれた経緯を通して明確に認定されました。文書の存在に関する原告の主張立証の負担は変わりませんでしたが、原告の主張立証の軽減が認められました。外務省と財務省の情報管理に問題があったことも指摘されました。
情報公開等を通じて広く浸透してきた市民の知る権利の保障をより一層深めた判決に敬意を表します。…情報を得た後に、それを活かしてよりよい政治を求めていくことは、私たち市民の義務でもあります。財政密約は全島米軍基地化されている沖縄の現状と分かちがたく結びついている。この勝訴が、日米安保、在日米軍基地の問題を捉え直し、平和のために日本という国が向かうべき方向を考える、ささやかなきっかけになれば幸いです」と、〝勝訴宣言〟を公表したが、原告・弁護団一体になって、「国家権力の壁」を打ち崩した感動と、未来への期待が込められていた。    

                                                                           (池田龍夫=ジャーナリスト)

  
 

 - IT・マスコミ論

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