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日本風狂人伝⑳日本最初の告別式である 『中江兆民告別式』での大石正巳のあいさつ

      2019/09/22

 
『中江兆民告別式』での大石正巳のあいさつ
 
 
  

 
 御会葬の諸君に申上げまするが、中江篤介君が些一口に依りまして一切神仏の儀式を廃して呉れと云ふことであります、就ては門人又は知己朋友は、余の死したる際には相集って酒でも飲んで別れて呉れと云ふ遺言でありました、然るに今日義に君の終に臨んで、公に諸君と共に義に相集りまする所以は、素と中江篤介君は普通一般私に此世の中を生活した人ではない、生れて死に至るまで其脳力の有らん限り又自分の手腕の続く限は、国家の為に尽されて如何にも瞑するに至るまで、国を愛し国を思ふので実に報国の人でございます。
 
故に此終に臨んで知己友人相集って此死を痛み又国の為めに此人の死を悼むと云ふことは当然のことであらうと思びます、それで今日義に相集りまして知己朋友門弟は此屍骸を置いて、詩文を賦し又以て其遺族を慰むることもあらんかと云ふ考で、此の如く相集りました次第であります。
 
 中江篤介君の名を聞けば、忽ち非常極端なる感想を浮べる人が往々世の中にはあらふと思ふ、中江君を知らざる人の間には如何にも偏屈奇人の如き感想を抱かる~人もあらうと恩ひます、然るに君は決して非常極端に非ず、却て社会世の中は君より遠ざかって居るの
である。
又君は決して偏屈奇人に非ずして、却て世の有様は偏屈奇人の多くあるのではないかと考へる、然れども又君の行動に於て普通一般に斯る感想を起す所以は何故であるかと顧みて見ますれば、其故なきにあらず、即ち専制抑圧の政が行はるゝに当って自由民権の大義を執りて大に之を攻撃し、又官尊民卑の盛なる時に方りて自由平等の論を唱ふ、是即ち世間一見して其距離の遠きに驚いて、或は此の如く非常極端と云ふ感想を起すであらう、抑も君は此貴族的階級を非常に排斥をせられ、貧富平民的平等の説を鳴られて、曾て此天下の弊を矯むる為めに新平民と伍しても此悪弊を矯め世間の堕落を矯めんとすることを努められました。
 
君の非常極端と云ふことは其時世に通切なるものではないが、天下の極度の悪弊を矯むるには最も有力なる点であらうと思ふ、而して君は終始一徹一の慾心なく一の望む所なく、帰する所は国家の為め、国を愛し国を思ふと云ふ一念に外ならぬ行動をされて居る、世間
は或は君の思想を以て、君の為す事を以て偏屈奇人なる如き感をなすものありと錐ども、是は大に誤れるものであります、君は此愛国の念、国を思うふの念に駆られて、君の本領とせらるー学問の立場を離れて、一時政界に身を按ずることに至りました。
 
 元と君の帰する所は、国家の境域に限あり人の数に限あり時勢に限あると云ふ範囲に、我脳力を尽して働くと云ふことは、是は狭量なるものである、世に限なき土地に限なき時代に限なき天地に、我脳力を働かして、国家の為めに全力を尽すの大志を樹てられた人で
ございます。
 
故に常に好んで哲学を研究し、宇宙万象を携りて之を材料とし、人世の真理を発明して、以て国に尽し人類に尽すと云ふことを義務とせられたる本領を樹てられて屠る、然れども君の国を愛するの熱情は目前の我同胞の堕落国家の悲境を見て、之を棄つるに忍びず一時身を政界に投ずるに至りました、其政界に於ける君の言動と云ふものは復走れ一種世間の普通の行動に離れたる説を唱へ、或は其離れたる所の行動をされたのである、君の常に日く、平易にして得たる自由民権政体と云ふものは決して良好巣を奏さぬものである、難難辛苦を経て得たるものにあらずんば決して其美果を顕はさぬと云ふ説、を唱へて居ったが、果せるかな、杓々君の先見は当りはせぬかと云ふ事実を、往々世の中に発見すること多いではありませぬか。
 
 又国会の開くるに臨んでは、籍を議員に一旦寄せられましたけれども、遂に此国会の無能腐敗を嘆ぜられて、或は「アルコール」中毒云々と云ふことを以て議会を退かれたことがある、即ち此「アルコール」中毒なる語は、世の腐敗と同僚の意気地ないことを慨嘆せ
られて、同僚を戒しめ世を諷する為めに此の如きことをせられた、而して世の益々非なるを感じ、是非とも此政界の大刷新を計らなければならぬと云ふ観念よりして、君は大に内に政界の刷新を計り外に国力の伸張を期せられて大に経論せらる~所があった、然れども
此世の愛国者たる者は、いつでも大概不遇のことに終って、自ら世を愛し国を愛し世の為めに国の為めに謀ることは、却て世の為めに顧みられず、国の為めに愛せられぬと云ふのは、古今其例も乏しからぬことでございます。
 
即ち君の生涯は国の為めに尽されたのに、国は君を顧みることはなかった、君は五十年の間国家の為めに一身を犠牲に供した二点の慾心なし、一点の名誉心を持せず、悉く我心力を捧げて国家の為めに尽されたけれども、国は君の為めに報ゆる所なかつたと恩ひます、此点から見ても、国と云ふ立場から、君の死に臨んでは一点の情を生じ憐を生じて然るべきことではあるまいかと考へます。
 
 斯の如く君は大志あれども其目的を達するの資力に欠けて、己むを得ず又身を一時実業界に投ぜられた、是は決して君の本心でないけれども、又世に大に飛躍せんとするには資力を賀することは勿論であります、君の如きは赤貧洗ふが如くこの資力のない故に実業界に身を投ぜらゝるに至った、此時最も我々を感動せられたことがある、共時君が所謂実業界に入って錨鉄の利を集めて富を為すと云ふことは二錨集って旦一鉄集っても、殆んど目的を達することが出来ない、然らば一攫千金の目的を定めて前の目的を求むることに努めなければならぬ、即ち此得た所の金を以て国家に尽すの目的である、然らば多くの日月を要さなければならぬ、就ては唯一の楽として居る所の酒を廃さなければならぬと云ふことを感ぜられた、酒を廃すには命を悼むに就てゞある。
 
国の為に尽すには一日でも命を延べなければならぬ、其命を延べると云ふ方に向つて酒を禁ぜられましたのである、世には禁酒と云ふこともございますが、唯一身の為めに禁酒すると云ふことさへむづかしいことであります、然るに君は禁酒するに当って爾後一口も口にしたことがありませぬ、此心と云ふものは可愛らしいではありませぬか、即ち実業界に依って其資金を得て、其資金に俵で国の為に尽すには其日月は長きを要する、長きを要すれば其為めに健康を保って往くことを要すると云ふことだけはしなければならぬと云ふので断然として酒を絶たれた、爾後飲食を共にするに当って一口も之を口にしなかった。
             
其後君が実業界に入るにあたってつていわく、爾後実業界の目的を達するに至り再び政界に帰るまでは口に政談を語らず、足政治家の門を踏まず、是だけの事を誓ってやるのであると云ふことでありました、それは至極結構のことである、其積りでなければならぬ、実業界に入って傍ら政談をすると云ふやうなことではいけない、それでこそ宜いと私は甚だ感じた。
 
 然るに其後朝鮮の事あり支那の変あるに当りて、君は屡々私の宅に来られた、さうして其談ずる所其述ぶる所の経給は悉く政談である、それで私は大に中江を罵って、轟きに約する所誓ふ所は何事であるか、所が君の日く摺半鐘を鳴らし近火を報ずるときはどうであ
るか、誰人と雄ども必ず門外に飛び出し、或は屋上に駆登って何れに火災があるか之を見やうとする、中江篤介の頭脳には国事と云ふものゝ出来事、特に外交的の変を聞くことは殆ど脳髄に摺半鐘を感ずるが如きの感をする、如何に政談をせざらんことを欲するも、国
を愛するの熱情之を廃することが出来ぬ、此の如く答へられたことを記臆して居る、此中江君の国を思ふ、国を愛する、国に尽すと云ふこと、此精神と云ふものは又情として如何にも愛すべきことではないか。
 
又中江君の心情は如何にも感ずべきことではありませぬか、斯の如くして国に尽されたる中江君が中途其目的を未だ達せざるに当って不治の病を得、此時に方りて君は共起たざることを知って、如何に其後瞑目する迄の間如何なることをしたか、忽ち本領に立帰って、学者の立場よりして筆を執り、此哲学上に於ては一種の光輝を放された、世には唯区々として書物を弄び、共時の国情に投じて之を衣食の料に供する人は多々ありますが、兵に万世に伝はれんとする真理の発見、一種の学術社会に新規の説を発せられんことを期せられたと云ふのは如何にも之は後世の人を導き、惰弱の人の心を啓発し、大に学界に於て之を啓発する先導を与へられたものである、又其筆を一方に向つては飽までも国事を憂へて政治界の痛撃をなされたのである。
 
而して常に其力の有らむ限り腕の働かむ限り、死に至るまで筆を絶たぎりLと云ふことは、如何にも国の為に身を忘るゝと云ふ点は、誠に我々敬服の至りであると考へます、此の如くに君は国を愛し世を憂へた、然るに世は君を愛せず君を顧みぬ、古今往々愛国者と云ふ者は此の如く不遇に終るものである。
 
却って国を愛する人が国の為に終り国の為めに罰せらる、其国の為めに終り国の為めに詞せらるゝを以て一点の恨みを挟まぬ、尚は国を愛し国を愛へ国の為めに尽す、其心情の実に清潔にして如何にも可憐の点に於ては某に諸君と共に君に死を情まざるを待ぬのである、で此の如き所より見れば如何にも君は其大志を抱いて、甚だ不遇の境遇に終られたことでありまするが、然るに眼を転じて君の本領より之を見れば又大に慰すべきことがあらうと考へまする。
 
 成程君は赤貧洗ふが如くにして衣食も尚は充たぎる境遇でありましたけれども、一面より之を見れば亦君の精神を喜ばしむる所の財産には頗る富まれたことでぁる、何故なれば快楽を与ふる所のー最大快楽を与ふる所の材料は、宇宙万象を以て之を哲学研究の材料
に供すると云ふのは最大快楽である。
 
此点を見れば、一面に於ては世界有数の財産家であったと言はなければなりませぬ、而して此君は、人となりや実に単刀直人にして思ふ所を言ひ、又為さんと欲する所を為すと云ふ点に於て、我邦の実に絶品であツたと恩ふ、往々世の中には慾心に依て働く、名誉心に駆られて動くと云ふのは是は普通の人情である、けれども中江君に於ては一点の慾心がない、又一点の名誉心を得やうと云ふことはない。
 
而して此虚飾を排斥し、貨族的総て此事実にもとツた娩曲なることを頗る嫌はる、面たり自分の気に人らぬ所はそれを言ひ、又人に対しても其人の欠点を顔を動かして論ずる、然るに人は中江君を怨みたることなく、中江君を恵んだ者がない、走れ畢寛中江君は徹頭徹尾私心がない私慾を求むる所がないから、中江君の言ふ所は直言であつても、中江君を怨み悪むと云ふ人はない、却て中江君を愛すると云ふ情念を深くするだけでありました、従来此世の中には国を使ふて己を利する者があるが、己を空しうして国に尽すと云ふ気風は誠に乏しい、君の如きは実に始終一貫して国の為めに尽され、遂に其苑するや自分の身体を以て 医学界の研究の為めに其解剖の遺言をせられた。
 
死に至るまで尽す人があるが、死んだ後にも尚国の為めに尽す、学術界の為めに尽すと云ふ人は実に稀なことである、世の中には富貴にして身分あり人世の間に功を為す人が、多分は死んだ後も其身体と云ふものを勒って、中々此解剖をさせるなどと云ふことはむづかしいことである。
 
君は惜気もなく死すれば忽ち之を病院に持って往って、自由に解剖をして、世に益をする所があれば幾分なりとも世の為めに之を解剖せよ、それで此主治医を初として其意見を聞かれて居ツた国手は大に其心をよみされて、さうして死する翌日速かに解剖をせられた、其解剖の結果に依っては、承はる所に依れば余程医学界に得る所があつたと申されること
であります。
 
 而して又君の遺言には其点までは含まれなかったれども、局部の解剖をしてどうも是は一種偉人であったやうに恩ふが、脳髄の解剖は如何かと云ふ医者の相談がありました、親戚朋友共にそれは望む所でありまして、中江の心にはそれは適ふと云ふのでどうか何処
なりと十分解剖をされたらよからうと云ふことで、脳髄の解剖をせられた所が、其脳髄の解剖の結果に依り ました所では、一種果して異様の脳髄を持たれた、我々素人には分かりませぬけれども其学術界即ち医学界の御話を承はりまする所に依れば、余程脳中の仕組が異って居る。
異って居ると云ふ点は非常なる智識非常なる記臆力を持って居る人の脳髄の組織の、是迄の経験に依る所にはさう云ふ組織になって居る、其分量其大さを更に模造して、列国医学界にも参考の為に之を贈らると云ふことになって居るさうであります、此の如く中江君の国の為めに尽され学術界の為めに尽され、生きては身を以て働かれ、死しては死骸を以て尽されると云ふことに至っては、如何にも中江君の一種独得の共働きは、是は国家の為めに感謝する所であらうと考へます、柳か此別に臨んで自分の感ずる所を述べます
        
                 〔明治341217日、『兆民先生』附録〕
 
 
 
 

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