知的巨人たちの百歳学(109)ー『屋敷も土地も全財産をはたいて明治の大学者/物集高見、高量父子が出版した大百科事典『群書索引』『広文庫』の奇跡の「106歳物語」⓵
2018/11/29
屋敷も土地も全財産をはたいて明治の大学者/物集高見、高量父子が出版した大百科事典『群書索引』『広文庫』の奇跡の「106歳物語」
超人・奇人・仙人の学者極道・物集高量(106歳)物語
前坂 俊之(ジャーナリスト)
物集高見・高量共著による文献百科事典『群書索引』『広文庫』(索引の原文を収録)(全23巻、合計26,000頁)という古典的な大著がある。約120年前に独力で膨大な古文書を収集、分類、索引をつくったこの『群書索引』「広文庫」は、今でも、たいていの図書館にはそろっているので、すぐ見に行きけば学者稼業にとってどれだけの大事業かわかる。中世、近世の日本史を知る上での基礎的な大辞典である。
内容は、古典や日本史、その周辺分野の研究に必要な文献を集大成したもので、天文地理、山川草木、鳥獣虫魚、神仏、人物、衣食住、冠婚葬祭、遊戯宴会、武技戦闘、家屋庭園、疾病医薬など森羅万象にわたり、「古事類苑」にない項目、文献も収めており、五万余の項目が五十音順に検策できるため日本史研究者には必携の大辞典である。
いわば、50音順に本が検索できる図書館であり、その該当原文までが記載されて辞書であり、現在でいえばアナログ本、紙ベースでの古典の項目、原文がインターネット上で検索できる「Wikipedia」を超えるものだ。「Wikipedia」は素人の集団知だが、「広文庫」は専門家による個人知のGoogle版といってよく、前人未踏の100年前の時代的限界、技術の制約を考えれば、Googleをこえた業績であると思う。
1899年(明治32)、53歳の国語学者の物集高見は東大教授、学習院教授など公職を一切辞して、以後は私財を注ぎ込んでこの前人未到の『知の冒険』に旅だった。
明治30年当時の書物の古典籍と言えば、印刷本などはほとんどなく、和本、写本が大部分である。高見はこれらの古典籍のすべてを網羅するため、必要な書籍は購入し、1つ1つ書写して、項目を作っていった。
現在と違って、デジタルコピー機が普及して、1枚5円でコピー印刷でき、ネット上でコピーペーストが日常茶飯事となり、学者が自動翻訳をつかって論文を書く「コピー文化全盛」の現在からは想像を絶した100年以上前の話。
高見は以後、「門戸を閉じ、客を謝し、また諸友との交際を辞し、専心一意に読書を事とした」。
身銭を切って、全国を行脚して、和漢書仏書合わせて一万余部、一〇余万巻を集め、その総てを読破し、項目別に書き写す根気のいる作業にとりかかった。毎日毎日、朝からから寝るまで机の前に座し、手の指先は血豆が生じ、冬はとりわけ痛苦に悩まされ、眼は極度に疲労し、水で冷やしながらで、検索カード作りに熱中した。
長男・高量は東大文科を卒業し、大正2年に朝日新聞記者を経て、博文館を退職後、父と共同でこの『群書索引』作りに加わり、「本書の編集、事件の配置、文字の選択、及び刊行校正等を担当した。(「異能異才人物事典」祖田浩一編、東京堂出版、1992年、358P)
そのうち全財産を使い果たし、「山林、田畑は言うまでもなく、家も売り、屋敷も売りはたいてすっからかんとなり、大正四年には、本郷の家はついに破産し、土地、家財道具はもちろんその膨大な書籍と原稿など一切を債権者や古物商たちに差し押さえられた。
この新聞記事をよんで、助け人が現れた。物集の故郷・肥前の豪商中村兄弟の援助によって、借金は何とか返済し、辞典づくりにピッチを上げて、物集高見が決意してから三〇余年後の大正五年になんとか完成にこぎつけた。
「広文庫」全20巻の内の第1巻を1916年(大正5)に広文庫刊行会より刊行され、2年後の1918年には全20巻を完了した。同時に、「群書索引」(3巻)も完成して、全巻そろって出版した。
出版と並行して販売は、高量が知恵を絞り、新聞広告、通信販売、セールスマンなど駆使して幅広く売り込んだ。昭和戦後では当たり前になった高額書籍販売方式をいち早く取り入れて売りまくり、昭和10年までに合計一万六〇〇セットを販売した。しかし、内容が硬派の事典で、高額な学術出版物で、商業ベースのものでなかため、膨大な借金を残したまま1928年(昭和3)、高見は82歳で亡くなった。
この時、49歳だった高量はその後半世紀以上、106歳まで長生きしたが、学者には彼のように長生きした人が多い。言語学者でみると大漢和辞典を編纂した諸橋轍次は99歳、漢字学者の白川静は96歳だったが、その中でも物集高量は106歳というとびぬけての長寿だった。
物集高量の奇想天外、ハチャメチャ人生
大体、学者というと、くそ真面目なタイプが多いが、物集高量は明治の最高のインテリの1人でありながら、学者極道、インテリヤクザといってよく、その浮き沈み人生はハチャメチャ、波乱万丈、落はい、赤貧人生、好色一代男の人生風である。
その破天荒な人生の末の晩年は枯れスズキのようにひょうひょうとして百歳すぎても「今、恋をしているのよ、33人目の彼女だよ」などとあっけらかんに語るなど、奇人、変人を通りこして、すでに山谷こえた人生の達人、仙人の領域に到達していたことがうかがえる。
Wikipediaによると、
高量の経歴は、父親の跡を継いで東大文科を卒業し、1907年に大阪朝日新聞に入社し学芸部に所属、夏目漱石の「虞美人草」の連載など担当。その間に文豪・二葉亭四迷や大隈重信らに可愛がられた。その後、博文館に入社したがこれもすぐやんめて、父と辞典づくりに取り組む。その人脈は幅広く、満州馬賊の頭目と知り合い、「わしが満州を支配するとお前は文部大臣にしてやる」と誘われたとか、結婚した最初の妻とはセックスの問題ですぐに離婚し、その後は、女道楽、ドンファンの道を歩んだ。
かと思えば、明治の東京大都会の犯罪は泥棒ではなくてスリが横行しており、スリの親分として有名な「湯島の吉」に弟子入りしを志願するが、高量が足が悪いため断られたこと、このころ遊興怠惰な悪の世界に身を耽溺し、吉原やばくちにのめり込み、警視庁に逮捕される、その後も貧乏暮らしの中で女遊びに熱中して、学者極道の遊興三昧のハチャメチャな人生を老年まで続け、借金で身動き取れない貧乏生活にもひょうひょうとして、人生を楽しんできた。
つづく
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